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第9章
138 茶会2
しおりを挟む魔法陣のある地下室の前まで、ヴィヴィアンは魔力を使って高速で駆けて行く。
地下室の入口付近で人の気配を察知すると、監視塔の陰に身を隠して状況を確認…要するに、覗き見である。
地下室へ続く階段の前で、身体の大きな男性が抱きかかえた女性に覆い被さっていた。人目を忍んで熱い口付けを交わしている。
【…え?】
時間と場所、装いと髪色から、アシュリーとレティシアに間違いない。
奥手だと思っていた息子は、ヴィヴィアンの予想を裏切ってかなり積極的だった。
【…あらあら…】
二人はお互いの唇を何度も啄み合い、名残惜しそうに離れる。アシュリーは滾る想いを凌ぎきれない熱を孕んだ瞳でレティシアを見つめ、宝物を抱えるようにして宮殿を目指して歩き出した。
「…レイったら…恋をしているのね…」
「………ヴィヴィアン…」
「キャーーッ!!!!」
甘いキスシーンの余韻にうっとりと浸っていたヴィヴィアンは、耳元でいきなり名を呼ばれ、悲鳴を上げて大きく前へつんのめる。
「ア…アヴィ?!…あなた…驚かさないでちょうだい」
「ははっ!捕まえたよ、ヴィヴィ」
いつの間にか側に潜んでいたアヴェルは、悪戯っ子のようにニカッと笑って、ヴィヴィアンを腕の中にしっかりと抱き締め捕獲した。
♢
「…叫び声…?」
アシュリーは、聞き覚えのある女性の声に立ち止まる。まさかと…後ろを振り返って、父アヴェルと母ヴィヴィアンが抱き合っている姿を目にしてしまった。
「ちっ…父上、母上!なぜそんなところに?!」
「えっ!!」
直前まで口付けに夢中になっていたアシュリーとレティシアは、顔を真っ赤にして飛び上がる。
──────────
「親子で堂々と…一体何やってんのさ?」
アヴェルはヴィヴィアンを、アシュリーはレティシアを、それぞれお姫様抱っこして登場したのだから、部屋の扉を開けた瞬間にスカイラが呆れ顔でそう言うのも無理はない。サオリは…仏のような顔をしていた。
♢
「皆様、お時間となりました。お茶会を始めましょう。…こちらのお部屋へ、どうぞお入りください」
前国王の住まう離宮の応接室は、金と青を基調とした優美な室内装飾に、重厚で豪華な調度品がずらりと並んだ荘厳な雰囲気。大きな窓からたっぷりと光を取り込むことで、高貴な色合いを柔らかな印象へと変えている。
「改めまして、この度は私のお茶会へようこそお越しくださいました」
ヴィヴィアンは一礼すると、招待したスカイラ、サオリ、レティシアへと…順に、一言ずつ言葉を述べながら握手を交わしていく。
「本日は、私たちの大切な息子…レックスを救ってくださった皆様をお招きできましたこと、大変うれしく思います」
ヴィヴィアンは、隣に並ぶアシュリーの肩に軽く触れる。
「大魔女スカイラの魔法の力、聖女サオリの癒しの力、そして…レティシア・アリスの愛の力…その尊いお力をお貸しくださった皆様のお陰で、私は今こうして…息子と触れ合えているのです」
ヴィヴィアンは、ゆっくり噛みしめるようにそう言うと、目にうっすら涙を浮かべた。
「レックスと私たち家族に、素晴らしい未来を与えてくださいました皆様に、心よりお礼を申し上げます…本当に…ありがとう…」
「スカイラ殿、サオリ殿、レティシア・アリス殿、私からも感謝を申し上げる。我が家族にとって、これ程の喜びはない。ありがとう」
アヴェルとヴィヴィアン、つい一年前までこの王国を統べていた二人が揃って頭を下げる。大魔女でも聖女でもない凡人のレティシアには畏れ多いことだった。
愛情に溢れ、慎み深く穏やかな両親であったからこそ、今の誠実なアシュリーが存在するのだとレティシアは思う。
「大魔女殿、聖女様…幼いころより私の身体のことを気にかけていただき、誠にありがとうございました。お二人の崇高な御心に深く感謝いたします。大魔女殿がいらっしゃらなければ、呪いに気付くことも解呪も不可能でした。心からお礼申し上げます」
スカイラとサオリの前へ進み出たアシュリーは、左胸に手を当てて長く頭を下げた。
スカイラはアシュリーの背を撫で、微笑み返す。
「聖女様、耐え難い苦しみに思い悩む時は少なくありませんでしたが…一緒に戦ってくださった日々は忘れられない時間でもあり、いただいた数々のお言葉は私の生きる道標です」
「…大公…」
「もうしばらく、魔力捻れが解けるまでお世話になります」
「ええ、勿論よ。完治まであと少しね」
完治を目指していたサオリの努力を知るスカイラやレティシアは、思わず目頭が熱くなる。
「レティシア」
「……はい…」
「君の存在が、私の全てを大きく変えるきっかけとなった。レティシアが側にいてくれてよかった…この出会いは、偶然ではなく運命だと思っている。これからもよろしく頼む」
「勿体ないお言葉です、殿下」
挨拶が一通り済んだところで、ヴィヴィアンがチリンチリン!とベルを鳴らす。
部屋の扉が開いて、焼き立ての菓子やパイ、サンドイッチなどを手にした侍女と侍従がゾロゾロと現れた。淡いブルーのテーブルクロスが掛かった存在感のある丸テーブルに、カラフルな菓子や軽食が次々と運ばれる。キャスター付きのワゴン上には、冷えたプリンやケーキまで…食べ切れるか分からないくらいに盛りだくさんだ。
落ち着いた構えの応接室内が、一瞬で華やいだ茶会の場へと変貌した。
(わぁぁ…お菓子、全部手作り?!)
六人分の紅茶を配り終えた侍女が部屋を出た時には、甘くて香ばしい焼き菓子の香りと、花や果実の上品な紅茶の香りで室内は満たされ、視覚と嗅覚が一気に刺激を受ける。
「さぁ、座りましょう!どうぞ召し上がって」
♢
「客を放ったらかして、主催者をこっちが出迎えるだなんて前代未聞だよ?」
「悪かったわ、スカイラ。あなたの言う通り、大人しく待っていればよかったと私も反省しているの。どうして飛び出してしまったのかしら…?」
ヴィヴィアンは、隣に座るスカイラからお説教を受けていた。
「ヴィヴィアン様、このミートパイは絶品です!レシピをお聞きしたいわ」
「よかった!サオリちゃんは、お肉が好きよね」
「私はアップルパイが好きだな」
「アヴィ、言わなくてもあなたの好みは知っているわ。だから作ったのよ?うふふ」
にこやかな笑顔のヴィヴィアンは、淡いローズピンクの髪色に空色の瞳が可憐で若々しい。濃い紫色をした細身のドレスが似合っている。
(…サオリさんは、サオリちゃんなのね…)
多少の無礼講が許される私的な茶会だとは言っても、レティシアはやはり緊張していた。先ずは、菓子や料理をいただいて話題にするのが良さそうだと一人で頷く。
「レティシア、この焼き菓子を食べてみるか?」
「あ、…はい」
アシュリーはレティシアの考えが読めるのだろうか?丁度目をつけていた食べやすそうな一口サイズの焼き菓子を、さり気なく口元へ差し出して来る。レティシアは躊躇せずにパクリと食いついた。
(ん~バターとレモンの香り!すごく美味しい)
「どうだ?」
「しっとりしていて、風味が豊かで美味しいです。いくつでも食べれます。殿下も食べてみてください」
「そうだな」
今度は、レティシアがアシュリーの口へと菓子を運ぶ。二人が仲睦まじく食べさせ合う様子を、周りの四人が注目していることにレティシアは気付いていない。
「美味しいでしょう?」
「うん」
「……え……殿下……」
「…ん?」
黄金色の瞳から、ポロポロと涙が溢れている。
「…何だ…っ…?!」
アシュリー自身も事態を飲み込めていないのか、パッと涙を拭ったものの濡れた手をボーッと眺めて動かない。
また新たな涙がアシュリーの頬を伝い落ちていく。
(…どうしたの?どうして殿下は泣いているの…?)
「あなたは、昔からそのお菓子が一番好きだったわ」
優しい母の声が、室内に静かに響いた。
────────── next 139 茶会3
ここまで読んで頂きまして、ありがとうございます。
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