前世の記憶しかない元侯爵令嬢は、訳あり大公殿下のお気に入り。(注:期間限定)

miy

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第10章

147 二人きりの夜

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「ねぇ、ルーク…今朝も稽古をやったんじゃないの?」

「いや、朝のとは違う」


鍛錬室では、見たこともない戦いが繰り広げられていた。剣術の稽古は休め…と、レティシアに言っていたアシュリー本人が、真剣を使用してラファエルと激しく打ち合っている。どうやら、日課にしている朝稽古とも異なるらしい。

アシュリーの剣は青い炎、ラファエルの剣は赤い炎を纏った魔法の剣だった。剣を振り下ろす度、ゴウッと…恐ろしい音と共に、風雪や風焔がまるで生きた獣の如く相手を襲う。それを互いに薙ぎ払いながら新たな攻撃を繰り出す動きが早く、その残像は二色の絵の具が混ざり合ったように見える。


(改めて、本当にとんでもない世界に来たわね)


漫画やアニメさながらの光景は別次元過ぎてレティシア自身の剣術の勉強には全くならないが、見学自体は楽しい。
時折、間合いを詰めて燃え盛る剣を重ねた二人が身動きせずに睨み合う。上半身裸の美男子たちの引き締まって隆起する筋肉に、レティシアは見惚れた。

一方で、隣に座るルークは何やらつまらなそうだ。二人の動きを目で追っている様子から、動きたくてウズウズしているのが分かる。
レティシアと一緒に防御壁シールドで囲われているために、窮屈さを感じているのかもしれない。


「ラファエル様が言っていた魔法剣士って、こういうことなの?」

「あぁ。ラファエル様は火の魔法を扱うのが得意で、攻撃力が高い。殿下はあらゆる魔法をお使いになるが、今は氷魔法を…これは珍しい属性でラファエル様には不利属性だから、押され気味だ」

「…え、あれで?」

「攻撃より防御する手数のほうが多い。そもそも、殿下は保護魔法に加えて防御壁シールドを部屋全体に張り巡らせながら戦っておられる。力をコントロールする能力も長けているお方だからな」

「つまり…絶対的な魔力量の差があるのね」


ルークは今さら何だと言いたげな顔をするが、戦闘シーンに遭遇した覚えのないレティシアにとって、今目にしているものが全てだった。


「『百聞は一見に如かず』とは、よく言ったものだわ」

「魔法剣士でも氷魔法とやり合える機会など普通はない。ラファエル様はかなりお強いが、さらなる高みを目指して努力されている」

「向上心があるのね」

「…新しい家族のためだ。俺がロザリーを守りたいのと同じだと思う」


ラファエルは、家督争いの末に愛する家族の命を理不尽に奪われた過去を持つ。
魔力を解放したことで奇跡的に生き残り、瀕死の状態だったところをアシュリーとサオリに助けられた彼は、貴族の最も醜い部分を嫌と言う程知っている。


「…そうね…」


たとえ名を変えたとしても、忌まわしい記憶から抜け出すのは容易ではなかっただろう。それでも、懸命に頑張って…ラファエルはここまで辿り着いたのだ。


(彼なら、きっと公爵家を守って行くに違いないわ)


レティシアがラファエルに目を向けると、稽古が終わった直後で床に座り込んでいた。


「ラファエル、今の感じならほぼ無傷だな。剣術は十分に力がある。魔法単独での攻防戦もしっかり学んで、同時に使えるようになれば応用が利いて楽になるぞ」

「…はい…ありがとうございました…」

「魔力の扱い方も上手くなった。まぁ、叔父上から指導を受けていれば当然か」


少し息を切らした様子のラファエルは、アシュリーに頭を撫でられ、されるがまま心地よさそうにしている。
微笑ましい雰囲気に、レティシアの心まで和む。



    ♢



「レティシア、タオルを…」


指を鳴らして防御壁シールドを解除したアシュリーは、手にしていた剣二本をルークに預け、レティシアの横にゆっくりと腰掛けた。
乱れた長い前髪を無造作に掻き上げる半裸の美丈夫は、汗すら煌めく装飾品となる。


「お疲れ様でした。私の手作りドリンクは如何ですか?蜂蜜レモン水は疲労回復に効くんです」

「レティシアの手作り?」

「はい、時々自分用に作るんです」


レティシアは、手元の籠の中から取り出したタオルとドリンクをアシュリーに手渡した後、別のタオルを握り締めてラファエルの下へ走り出す。


「…手作り…」


駆けて行く恋人の背中を見つめるアシュリーは、うれしそうに微笑んだ。




──────────




「ラファエル様、お疲れ様でした。魔法の剣で戦うお姿は初めて見ました。迫力がありますね」

「私も貴重な経験をさせていただいた。保護や防御の魔法がまだ完璧ではないから、大公殿下には随分と手加減をしていただいている」


立ち上がったラファエルの額からドッと流れ落ちる汗に、レティシアは反射的にタオルを押し当てた。途端に、ラファエルが慌てる。


「…っ…レティシア…」

「はい」

「それは、大公殿下のために用意したタオルだろう?」

「誰が使っても構いませんよ?」

「…いや、汗なら自分で…」


そう言ったラファエルだったが…先ず、くっきりと割れた腹筋に手を当て、次に脱いだ上着が置いてある入口付近の棚へ視線を動かし…最後に、少し情けない声を出した。


「…ぅあ…」


着ている服の袖や裾で汗を拭く癖のあるラファエルは、上半身が裸であることに気付く。
公爵令息となった現在は、鍛錬の際に侍従がタオルを携行している。ただし、今夜は特別な稽古だからと侍従を連れていなかった。


「ラファエル様、遠慮なさらずにお使いください。汗が冷えてはよくありません」

「…申し訳ない…」


恥ずかしそうにタオルを受け取るラファエルは、ガッシリとした男らしい体躯でありながら少年っぽさの残る綺麗な顔立ちをしている。その不調和が成り立っているところも、彼の魅力の一つだ。



    ♢



「レティシア、ドリンクをありがとう。美味しかったよ」


後ろからやって来たアシュリーの声に、レティシが振り向く。


「それはよかったです」

「見ているだけでは、退屈だったろう?」

「退屈だなんて…魔法剣士の素晴らしい剣術と筋肉美に大満足ですよ」


退屈に感じていたのは、きっとルークのほう。鍛錬室の隅で剣の手入れをする彼を見れば、作業の手を止めてこちらを睨んでいた。


(…何よ?…大満足はちょっと言い過ぎたかしら?)


鈍感なレティシアは、自分の何気ない発言がアシュリーの嫉妬心を煽る火種になっているとは考えもしない。


「…筋肉美か…そう言えば、君はラファエルの身体が気に入っていたな…」

「……はい?」

「えっ??」


一瞬、室内が静寂に包まれる。
ついさっきまで上気して朱に染まっていたラファエルの顔色がみるみる青ざめ、気のせいかタオルで身体を隠しているようにも思えた。


「殿下、言い方に問題があります。私が変態みたいに聞こえるではないですか」

「ムキムキの肉体だと言っていたではないか」

「えっ??」

「ちょ…ラファエル様、誤解なさらないで。鍛え上げられた筋肉が美しいという意味です…その…目の保養とでも申しましょうか…」

「ラファエルを目の保養にしていたのか?」


(ギクゥッ!)


「こ…言葉のあやです」

「…ほぅ…」


レティシアがぎこちない笑顔でこの場を切り抜けようとしていると、黄金色の瞳をギラつかせたアシュリーに抱き込まれてしまう。
火照った逞しい胸板をピタリと添わせた彼が、その熱っぽさとは真逆の冷やかな声で囁いて来る。


「私だけでは不満か?」


ここで、レティシアはアシュリーが妬いていることにやっと気付く。
ラファエルは二人の親密ぶりに驚いてポカンと口を開け、ルークは大きくため息をついた後、無言で剣を磨き出す。










────────── next 148 二人きりの夜2

いつも読んで下さる皆様、本当にありがとうございます。






    
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