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クラウスに案内されたのは、城の奥にある重厚な扉の前だった。
「こちら、ヴェルフリート様の執務室です」
木目の浮かぶ深緑の扉は、長い年月を経てなお艶を保っている。
両開きの取っ手には獅子の意匠が彫り込まれており、触れるとひんやりとした金属の冷たさが伝わった。
「ヴェルフリート様。お客様をお連れしたから開けていいです~?」
クラウスが軽い調子で声をかける。短い沈黙のあと、落ち着いた低音が「入れ」と返すのが聞こえた。その声を合図に扉が開かれる。
室内に足を踏み入れた瞬間、フィオレッタは息をのんだ。
高い天井には彫刻の施された梁が走り、壁一面には地図と棚が並ぶ。古びた本革の装丁が並ぶ書架には、領地の古記録や法典がぎっしりと詰まっており、机の上には整然と――いや、整然としようとしているのに追いつかないほどの書類が積み上がっている。
(なんだか書類がとんでもないことになっているわ……!?)
フィオレッタも王子の執務を肩代わりしていたから、その大変さはよくわかる。そして王族とはいえ第三王子に割り振られていた仕事は限定的で、領地全体を見なければならない辺境伯の仕事とはまた毛色が違うものだろう。
窓から射す光が羊皮紙を照らし、紙の端に置かれた封蝋の赤を鈍く反射していた。
その執務机のところに、ヴェルフリートが座っていた。
分厚い書類に視線を落としていたヴェルフリートが、銀縁の眼鏡を指先で押し上げ、ゆっくりと顔を上げた。
長い睫毛の奥で、青い瞳が静かに光を宿す。思っていたよりも若い。だが、その瞳には経験と責務の色が濃く刻まれている。
(――事情を聞かれるんだわ。しっかり説明しないと)
いつものように、信じてもらえるかわからないけれど。
そう覚悟して、フィオレッタは無意識に背筋を伸ばした。
「待たせてしまったな。まずは……ティナを助けてくれたことに、礼を言おう」
「……え?」
思わず間の抜けた声が出た。叱責どころか、最初に出たのは感謝の言葉だった。
ヴェルフリートは立ち上がり、机の前まで歩み寄る。
その所作は重々しいというより、静かな誠実さを帯びていた。
「領主としてではなく、一人の叔父として礼を言う。あの子をひとりにしなかったことを、心から感謝している」
「そ、そんな……当然のことをしただけです」
フィオレッタが慌てて首を振ると、彼はふっと表情を緩めた。
それから、少し言いにくそうに視線を落とす。
「もう一つ――あのとき、あの場で淑女に声を荒らげたことを謝罪したい。必死だったとは言え、俺の態度はあまりに無礼だった」
「えっ……い、いえ! そんな、気にしておりません!」
勢いよく否定してしまい、フィオレッタは自分でも驚いた。思っていたよりずっと真摯な言葉が、静かに胸の奥に響いてくる。
「でも私、まだ何も説明していませんが……」
ティナと出会ったこと、花畑にいたこと。てっきり今から弁明をすることになると思っていたのに、あっさりと感謝と謝罪の言葉を述べられてしまった。
「状況ならあの時聞いたから問題ない。それに、その子が懐いていることが何よりの証拠だ」
ヴェルフリートがフィオレッタの足元に視線を移す。そこにはスカートにぴっとりとくっついて、なぜか得意げな顔をしているティナがいた。
「こちら、ヴェルフリート様の執務室です」
木目の浮かぶ深緑の扉は、長い年月を経てなお艶を保っている。
両開きの取っ手には獅子の意匠が彫り込まれており、触れるとひんやりとした金属の冷たさが伝わった。
「ヴェルフリート様。お客様をお連れしたから開けていいです~?」
クラウスが軽い調子で声をかける。短い沈黙のあと、落ち着いた低音が「入れ」と返すのが聞こえた。その声を合図に扉が開かれる。
室内に足を踏み入れた瞬間、フィオレッタは息をのんだ。
高い天井には彫刻の施された梁が走り、壁一面には地図と棚が並ぶ。古びた本革の装丁が並ぶ書架には、領地の古記録や法典がぎっしりと詰まっており、机の上には整然と――いや、整然としようとしているのに追いつかないほどの書類が積み上がっている。
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窓から射す光が羊皮紙を照らし、紙の端に置かれた封蝋の赤を鈍く反射していた。
その執務机のところに、ヴェルフリートが座っていた。
分厚い書類に視線を落としていたヴェルフリートが、銀縁の眼鏡を指先で押し上げ、ゆっくりと顔を上げた。
長い睫毛の奥で、青い瞳が静かに光を宿す。思っていたよりも若い。だが、その瞳には経験と責務の色が濃く刻まれている。
(――事情を聞かれるんだわ。しっかり説明しないと)
いつものように、信じてもらえるかわからないけれど。
そう覚悟して、フィオレッタは無意識に背筋を伸ばした。
「待たせてしまったな。まずは……ティナを助けてくれたことに、礼を言おう」
「……え?」
思わず間の抜けた声が出た。叱責どころか、最初に出たのは感謝の言葉だった。
ヴェルフリートは立ち上がり、机の前まで歩み寄る。
その所作は重々しいというより、静かな誠実さを帯びていた。
「領主としてではなく、一人の叔父として礼を言う。あの子をひとりにしなかったことを、心から感謝している」
「そ、そんな……当然のことをしただけです」
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それから、少し言いにくそうに視線を落とす。
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