婚約破棄されたら、辺境伯とお試し結婚することになりました

ミズメ

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27 おままごと

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 街歩きから数週間あまりが経った。
 今日はティナのお部屋で一緒に遊んでいるところ。

「クーちゃんは、きょうおたんじょうびなの!」

 ティナが布のぬいぐるみを抱きしめながら、きっぱりと言った。
 丸いテーブルの上には、小さなティーセットと、木の皿にのったビスケットが並んでいる。そしてそれを、クマやうさぎのぬいぐるみや女の子の人形が囲んでいる。

「まあ、そうなのね。それはおめでとうございます」
「はい、ありがとうございまーす!」

 ティナがぬいぐるみの声を代弁しながら、ぺこりとお辞儀をする。
 フィオレッタは笑みをこらえきれず、思わず口元に手をあてた。

「今日は、ティナがケーキをやきましたの。クーちゃんはおうじさまで、ティナはおひめさま!」
「ふふ、それは素敵なお話ね」
「そしてね、おうじさまはティナにこういうの。『おひめさま、けっとうしてください』って!」
「……けっとう? 結婚ではなく?」

 ティナの言葉に、フィオレッタは思わず聞き返してしまった。聞き間違いだろうか。

「うん! おうじさまはティナとたたかうの!」
「本当に、決闘なのね?」
「そう! けっとう! そしてね、ティナがかつの!」

 ティナがぬいぐるみを高く掲げ、勇ましく宣言する。
 その小さな腕がぷるぷる震えていて、どう見ても戦闘には向いていない。それでも本人はいたって真剣だ。

 フィオレッタは口元を押さえて笑いをこらえきれず、肩を震わせた。

「ふふっ……すごいわね、ティナ。勝ったらどうするの?」
「ティナが、おうじさまのかんむりをもらうの!」
「まあ……勇ましいお姫さまですこと」

 ティナは得意げに胸を張り、ぬいぐるみの頭を撫でる。

「ヴェルフおじちゃまも、おうじさまだから、ティナもいつかけっとうするの!」
「まあまあ、それは楽しみね」

 フィオレッタは笑いながら、そっとティナの髪を撫でた。
 その笑い声が、かつての静まり返った屋敷にふわりと響く。
 まるで春の風が通り抜けるように、やさしく明るい午後だった。

「ヴェルフおじちゃまはね、すごくつよくてやさしいの。ティナのこともまもってくれるの!」
「そうね、ヴェルフリート様はとても立派な方ですもの」
「だからね、ティナ、おおきくなったらおじちゃまをまもるの。フィオおねえちゃまもよ」

 ティナの笑顔がまぶしい。
 ほんの少し前まで、笑顔を見せなかった子とは思えないほどだ。クラウスやヴェルフリートから聞くティナの様子は、フィオレッタが聞いたものと大きく異なっている。

(元気になってくれているのよね)

 無邪気に笑うその姿を見ていると、胸の奥がじんわりと温かくなる。

「……本当に、よく笑うようになりましたね」

 不意に扉の外から聞こえた声に、フィオレッタが振り返ると、そこにはクラウスが立っていた。

「この光景をヴェルフ様にも見せてあげたいですよ」
「ふふ、お忙しいですもの。でも……見せてあげたいですわね」

 そうしたら、きっと喜んでくれたはずだ。彼がティナのことを大切に思っていることは、部外者のフィオレッタにもよくわかっている。

 ティナがぬいぐるみを抱えて笑う声を聞きながら、クラウスがそっと声を落とした。

「奥様、城での暮らしにはもう慣れましたか?」
「ええ。皆さん親切にしてくださって、本当に助かっています」

 穏やかにそう答えたものの、クラウスはすぐに首を傾げた。

「そうですか。それなら何よりですが――もし不便なことや困ったことがあれば、遠慮なく仰ってくださいね」

 その言葉に、フィオレッタの指が一瞬止まる。

(困ったこと……)

 脳裏に、あの冷ややかな笑みを浮かべるメイドたちの姿が過った。
 廊下ですれ違うたびに交わされる、わずかな視線の棘。そして以前厨房で聞こえた「悪女」という言葉。

 決して直接的な危害を加えられたわけではない。
 けれど、あの視線を受けるたび、胸の奥に小さな痛みが残る。

(でも……言うほどのことではないわ)

 あの程度の陰口など、これまで散々浴びてきた。王都ではもっとあからさまな侮辱もあったし、泣いている暇もなかった。

 それを思えば、今の生活はあまりに穏やかで、幸福で――比べることすらおこがましい。

 フィオレッタは小さく息を吐いて、いつもの微笑みを浮かべた。

「いいえ、本当に不自由はありません。皆さんのおかげで、とても過ごしやすいですわ」

 クラウスは安堵したように目を細める。

「そうですか。それなら安心しました。屋敷の中には色んな者がおりますからね。もし何かあれば、遠慮なく私に言ってください」
「ありがとうございます」

 丁寧に頭を下げながら、フィオレッタはこの人は本当に誠実な方だと思う。

 クラウスのような存在がヴェルフリートの隣で屋敷を支えているからこそ、この場所は成り立っているのだろう。

 ティナがちょうどおままごとのカップを持って駆け寄り、ふたりの間に笑顔を咲かせた。

「クラウスもクーちゃんのおたんじょうびかいにきたの? どうぞ」

 ティナがおままごとのお茶をカップに注ぐそぶりをして、カップを差し出す。

「これは恐れ入ります、姫様。オレは決闘しなくていいですか?」
「うん、クラウスはおたすけがかりだよ」
「ンンッ! ありがとうございます」

 笑いを噛み殺しながらカップを受け取るクラウスの声に、ティナは満足げに笑った。

 そのやり取りに、フィオレッタもつい笑みをこぼす。

(私、いまとっても穏やかな気持ちで過ごせているわ。ここに来て、良かった)

 先ほどまで胸の奥に浮かんでいた小さな棘が、ほんの少し溶けていくようだった。

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