婚約破棄されたら、辺境伯とお試し結婚することになりました

ミズメ

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44 守る

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 ティナの泣き叫ぶ声は、広場の空気を震わせた。
 誰もが息を呑み、動きを止める。

 その小さな背中を見た瞬間、フィオレッタは胸の奥がぎゅっと締め付けられるのを感じた。

(ティナ……そんな、私のために)

 この小さな子にとって、対峙する騎士たちはどんなにこわいことだろう。それでも彼女は、精一杯に手を伸ばしてフィオレッタを守ろうとしてくれている。

 騎士たちもティナの様子に戸惑って、どうするか決めあぐねているようだった。

「何をしているんです。さっさと被疑者を馬車に入れなさ——ぶわっ⁉︎」

 調査官トーマスの顔が、突然真っ白に弾けた。
 粉雪のような白い何かが、ぶわっと一面に舞い上がる。

「なっ……こ、これは……! 粉……? ぐっ……!」

 調査官だけでなく、後ろに控えていた王都騎士たちも一斉にむせ返る。全員の頭から肩まで、小麦粉でまっしろだった。

 その粉袋を投げつけた主は——勢いよく走ってきた二つの小さな影。
 宿屋のニコルとトールだ。

 息を切らせながら、ティナの横に飛び込むように並び立つと、震える腕を大きく広げ、粉まみれの調査官へと向かって叫ぶ。

「ティナさまとフィオお姉ちゃんに、近づくなっ!!」
「オレたちが守るんだからな!!」

 粉袋を二つ抱えていたらしく、ニコルは二つ目の袋を胸に抱えたまま全身で威嚇する。トールは粉まみれの手でティナの前に腕を広げ、必死にその小さな身体を隠した。

 広場の人々が一斉にどよめく。

「な、なにをしている!? 無礼だぞ、お前たち!」

 王都の騎士が怒鳴るが、ニコルの足は震えながらも一歩も引かない。

「フィオねえちゃんは悪いことなんかしてない! 悪いのはお前らだ!」
「だから……だから、連れていかせない!!」

 二人の声は子どもらしい高さなのに、不思議と広場の隅々まで響いた。
 粉まみれの調査官は咳き込みながら、怒りで顔を歪める。

「こ、こざかしいガキどもがっ……民草の分際で調査を妨害とは……!」

 真っ白になった調査官と騎士たちが、ニコルとトールを排除しようと動きだす。怪我をする前に二人を逃さなければとフィオレッタが思った時だった。

「フィオ様は……悪女なんかじゃありませんよ!」

 マルタが屋台から出てきて、震えるニコルとトールの肩をそっと抱くように押しやりながら、フィオレッタの前へ一歩踏み出した。
 その声は、よく通った。
 調査官が不機嫌そうに眉を寄せるより早く、宿屋の主人ヨエルが大股で前に出た。

「この町の誰より働いとった。宿屋でも教会でも! 子供達にもよく懐かれて……素晴らしい人ですよ!」
「そうだ!」
「フィオちゃんがお金を勝手に使ったなんて、ありえん!」
「領主様のところに来てくださってから、我が領地は平和そのものだ!」
「普段は辺境など切り捨てている中央のもんが勝手なことを言わないでくれ!」

 声が次々に重なっていく。パン屋の夫婦も、洗濯屋の娘も、大工も、教会の神父も。次々と人々が輪を広げ、フィオレッタとティナ、そして子どもたちの前に壁を作る。

 目の前の光景にフィオレッタの胸が、強く強く震えた。

(私のことを……こんなにも……信じてくれるひとがいるの?)

 王都では決して得られなかったもの。ずっと欲しくても手に入らなかったもの。
 ずっと誰かに必要とされたかった。ここにいていいと、言われたかったのだ。

 調査官は顔を真っ赤にし、怒りに任せて声を荒げた。

「下がれと言っている! 民草如きが国家の命令に逆らうつもりか! 武力行使も——」
「我が領地で武力行使と口にしたな」

 その一言に、広場の空気がぴん、と張り詰めた。

 威圧でも怒号でもなく。低く、地を這うような声音。
 フィオレッタを守っていた人々が左右へ割れるように道を開ける。

 ヴェルフリート・エルグランド。

 銀の髪が陽光を受けてきらりと光る。馬に乗ったまま駆けつけたらしいその人の瞳には、凍てつくような怒りが宿っていた。
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