婚約破棄されたら、辺境伯とお試し結婚することになりました

ミズメ

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46 決意

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 広場での事件からまた一週間ほどが過ぎた。

 オルドフの横領と虚偽告発、それから前領主夫妻に対する罪が明らかになり、彼が王都に連行されたことで収束した。あの直前、ヴェルフリートの尋問についにオルドフは車輪に細工をしたことを認めたという。彼はなんと、賭博依存だった。

 横領した公金は賭博に溶かし、王都への度々の遠征も全て賭博のためだ。額も期間も徐々に大きくなり、引き戻せないところまできていたのだという。

 そして、そのことに気がついた夫妻に咎められ、凶行に走った。なんとも身勝手すぎる犯行だ。

(なんてひどいことをするのかしら)

 フィオレッタは、隣でスヤスヤと眠るティナの頭をそっと撫でた。

 広場で立ち向かってくれた彼女の強さには助けられた。あのまま馬車に乗っていても、誰にもフィオレッタの声は届かなかったかもしれない。

 オルドフを支持していた使用人たちも合わせて一掃され、エルグランド城は新たな一歩を迎えた。ティナはいつかこの事実を知ることになるだろう。
 だがそれは、今ではないと思った。

(私の勝手を許してね、ティナ)
 
 フィオレッタがティナのまんまるなおでこにそっと唇を落とした時、控えめなノックの音が聞こえた。

「フィオ、まだ起きているか?」
「……ヴェルフリート様?」

 声を潜めて問いかけると、扉の向こうから落ち着いた声が返ってくる。

「……少し話がある。場所を移してもいいだろうか」
「はい、わかりました」

 フィオレッタは小さく息を整え、ティナに毛布をかけ直すと、そっと寝室を後にした。

 廊下は夜の冷気を含んで静まり返っている。ヴェルフリートは寝室の外で待っており、フィオレッタを見ると肩の力をふっと緩めた。

「ティナは眠っているか?」
「ええ。今日は色々ありましたもの」

 ヴェルフリートは深く頷くと、控えめに手を差し出した。

「執務室へ行こう。誰にも邪魔されず話せる」

 夜の執務室は静寂に包まれていた。燭台に灯る火だけが明滅し、棚に並ぶ本の影が細かく揺れている。

「実は……王都から正式な返答が届いた」

 ヴェルフリートはテーブルに分厚い封筒を置いた。封蝋には王太子の紋章である双竜の紋が刻まれている。
 その重々しい印を見た瞬間、フィオレッタの胸が小さく跳ねる。

「王太子殿下から、ですか」
「ああ。監察局の暴挙とオルドフの件をセドリック殿下に直訴したら、即座に監察局を含めた再調査をしてくれた」

 ヴェルフリートは封を切り、中の報告書を広げる。
 王太子に直訴、という点にフィオレッタはまず驚いたが、ヴェルフリートは何も気にも留めていない。

(王太子殿下とヴェルフリート様はお知り合いだったのね)

 第三王子の婚約者だった時に王太子夫妻とは何度か会ったことはあるが、とても聡明な方に見えた。王太子妃も同様に。

「監察局は、オルドフの横領と虚偽告発、それから前領主の殺害について正式に認めた。極刑になるだろう。それから……」

 視線がわずかに険しくなる。
 ヴェルフリートは数秒だけ言葉を選び、それから封筒のもう一枚を取り出した。

「セドリック殿下から直々の招待状だ。来月、王城の夜会に出席するようにとのこと。そして——妻も同伴せよと書かれている」

 フィオレッタの背筋に冷たいものが走る。

(正直なところ、夜会にいい思い出はないわ、けれど)

 フィオレッタが黙りこんでしまったため、ヴェルフリートはその招待状を破るようなそぶりを見せる。

「大丈夫だ。強制ではない。君が望まぬなら俺ひとりで……いや無視してもいい。そうしよう」
「破らないでくださいませ!?」

 ヴェルフリートと視線を合わせて、フィオレッタは悠然と微笑んだ。確かな意志を込めて。

「行きますわ。ヴェルフリート様が一緒にいてくださるのですよね?」

 その声音に、ヴェルフリートは驚いたように目を瞬いた。

「それはもちろんだ」
「逃げたくありません。私はようやく向き合える気がするのです」

 ヴェルフリートの表情に、微かな誇らしさが宿る。

「俺が隣にいる。何があろうと、今度こそ君を守る。そして殴る」
「まあ」

 第三王子のことを言っているのだろう。そう思えて、自然と笑みがこぼれる。とても心強くて、安心できる。とても信頼できる人だ。

「告発状の件も王太子に聞いているところだからな」
「監査局への命令書はルシアン殿下の名前だったのですよね」
「ああ。オルドフとあの男を同じ賭博場で見かけた者がいる。叩けば埃が出るだろう」

 あのトーマスという調査官は、高圧的ではあったが考えを正せる人だった。だからこそあの時オルドフを捕縛し、命令書をヴェルフリートに見せたのだろう。

「ジークフリート殿下のことだ。何かお考えがあっての事だと思う。絶対に俺の傍から離れるな」
「はい。そうします」

 不思議と心は軽い。フィオレッタはまた自然に笑うことができた。

(ルシアン殿下やエミリアに会うことになっても、きっと大丈夫ね)

 ヴェルフリートがいてくれたら乗り越えられる。
 その決意を胸に、フィオレッタは王城の夜会へ向かうことを決めたのだった。
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