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47 夜会
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王城の大広間へと続く前室は、すでに夜会の熱気を帯びていた。
分厚い扉の向こうからは、華やかな楽団の調べと貴族たちのざわめきが波のように伝わってくる。
(……久しぶりだわ、この空気)
フィオレッタは深く息を吸い込む。
身に纏っているのは、エルグランドの仕立て職人が総動員で仕上げてくれた深い青色のドレス。淡い銀糸が裾に向かって星屑のように散っており、歩くたびに夜空を揺らすかのように光っている。
胸元には、ヴェルフリートが「護符代わりに」と贈ってくれた青いペンダント。
澄んだ蒼玉の中で光が揺れ、まるで凪いだ湖面に浮かぶ月を閉じ込めたようだった。
(これがあるだけで……心が折れない気がする)
手袋越しにそっとペンダントに触れた瞬間、横から大きな影が寄り添う。
「フィオ。本当に無理はしていないか」
隣から聞こえた低い声に、フィオレッタはドレスの裾を整えながら小さく微笑んだ。その声音は心地よく、心が凪いでいくようだ。
「少しだけ。でも大丈夫ですわ。ありがとうございます」
フィオレッタが微笑むと、ヴェルフリートはわずかに表情を和らげた。
彼は一度も手を離そうとしないばかりか、会場へ一歩進むごとにさりげなく身体を寄せ、視線で人々を牽制する。
(まるで、絶対に離れないと言っているみたい)
その心強さが胸に沁みて、緊張が少しずつ解けていく。
扉の前に到着すると、王家の礼官が声を張り上げた。
「エルグランド辺境伯、ヴェルフリート・エルグランド様。並びに、夫人フィオ・エルグランド様のご入場!」
大広間の視線が一斉に注がれる。
その中には驚きや困惑の色が見え、ざわめきたつ。
「……あれ、フィオレッタ様じゃない」
「どうして辺境伯と……?」
ささやきがいくつも耳に届くが、フィオレッタは俯かなかった。
背筋を伸ばし、ヴェルフリートの隣で堂々と歩く。
ちらりと隣を見れば、ヴェルフリートがすぐに優しい視線をフィオレッタに向けてくれる。それに笑みを返せば、自然と近くにいた人たちの声色は好意的なものに変わった。
視線を中央に向けると、大広間の最奥にある王族席には、今宵の主催である王太子ジークフリートと王太子妃レナリアが並んでいた。
ふたりは既にフィオレッタたちに気づいたようで、柔らかな微笑を浮かべている。
(王太子殿下と王太子妃殿下。まずはご挨拶へ向かわないと)
喉の奥が緊張でひきつる。
「大丈夫だ、フィオ」
手を包むヴェルフリートの掌が、そっと温度を添える。その一言に背筋がすっと伸び、フィオレッタは頷いた。
王族席へ近づくと、まず立ち上がったのは王太子妃レナリアだった。
相変わらずその佇まいは優雅で、目元に宿る柔らかい光がフィオレッタの胸を少しだけほぐしていく。
「フィオレッタ様。今までさぞ、ご心痛でしたでしょう。お元気そうで良かったわ」
丁寧で真心のこもった声。その言葉を聞いただけで、胸の奥の緊張がふっと緩むのを感じた。
「ありがとうございます、レナリア王太子妃殿下」
フィオレッタが礼を取っていると、横から低くよく通る声が響いた。
「フィオレッタ嬢。我が愚弟が失礼をした」
王太子ジークフリートだ。きっぱりと言い放たれた「愚弟」という言葉に、フィオレッタは思わず瞬きをする。
二人から向けられる言葉が予想外で、ただただ戸惑うことしかできない。
「そうですね。だが彼のおかげでこうして私が妻に巡り会えたので、その点は評価したいものだ」
「えっ」
隣から聞こえた落ち着いた声に、頬が熱くなり、心臓が跳ねた。
(ヴェルフリート様……!? いま、なんて……)
ジークフリートは、フィオレッタとヴェルフリートの様子を面白そうに眺めると、喉の奥でくつくつと笑い声を漏らした。
「ヴェルフリート。お前もそんな顔ができたんだな」
「……どういう意味でしょうか」
「いやいや、二人に会えて嬉しいよ。今夜は楽しんでくれ」
王太子夫妻は満足そうに微笑み、二人を大広間へと送り出した。
***
広間へ戻ると、先ほどまでのざわめきはすっかり落ち着き、代わりに好奇と驚きの視線が温かく混じり合う。
「フィオレッタ様、前よりお綺麗に見えるわ」
「なんだか、雰囲気が変わったような……?」
そんな声が聞こえるたびに、フィオレッタは少しだけ頬が熱くなる。
だが隣ではヴェルフリートが、あたかも当然のようにエスコートし、手を離そうとしない。
「フィオ。疲れていないか」
「大丈夫ですわ。むしろ、こんなに楽しいのは初めてです」
「……そうか。それなら安心した」
ヴェルフリートが柔らかく微笑んだ瞬間、近くの令嬢たちが小さく息を呑む。
(気持ちはわかるわ……破壊力がすごいもの)
彼は自然にフィオレッタの背へ手を添え、混雑からそっと庇ってくれる。
「足元に気をつけるように。手を」
「ありがとうございます」
手を取れば、そのまま指を優しく絡めてくる。
周囲の視線が、驚きから憧れへと変わるのがわかった。
フィオレッタは少し頬を染めるが、ヴェルフリートは当然のように言う。
「妻を大切にするのは当然だろう」
その穏やかな声に、また令嬢たちが小さな悲鳴を上げ、辺境伯夫妻の仲睦まじさが広間に静かに浸透していく。
(怖いだけの場所じゃないのね)
わずかに肩の力が抜けた、その時だった。
広間の奥――人のざわめきとは違う、刺すような気配が流れ込んできた。
「……フィオ」
ヴェルフリートがそっと手を引き寄せる。
その視線の先に、ゆっくりと別の二人が姿を見せる。
そこにいたのは第三王子ルシアンと、婚約者である妹のエミリアだった。
分厚い扉の向こうからは、華やかな楽団の調べと貴族たちのざわめきが波のように伝わってくる。
(……久しぶりだわ、この空気)
フィオレッタは深く息を吸い込む。
身に纏っているのは、エルグランドの仕立て職人が総動員で仕上げてくれた深い青色のドレス。淡い銀糸が裾に向かって星屑のように散っており、歩くたびに夜空を揺らすかのように光っている。
胸元には、ヴェルフリートが「護符代わりに」と贈ってくれた青いペンダント。
澄んだ蒼玉の中で光が揺れ、まるで凪いだ湖面に浮かぶ月を閉じ込めたようだった。
(これがあるだけで……心が折れない気がする)
手袋越しにそっとペンダントに触れた瞬間、横から大きな影が寄り添う。
「フィオ。本当に無理はしていないか」
隣から聞こえた低い声に、フィオレッタはドレスの裾を整えながら小さく微笑んだ。その声音は心地よく、心が凪いでいくようだ。
「少しだけ。でも大丈夫ですわ。ありがとうございます」
フィオレッタが微笑むと、ヴェルフリートはわずかに表情を和らげた。
彼は一度も手を離そうとしないばかりか、会場へ一歩進むごとにさりげなく身体を寄せ、視線で人々を牽制する。
(まるで、絶対に離れないと言っているみたい)
その心強さが胸に沁みて、緊張が少しずつ解けていく。
扉の前に到着すると、王家の礼官が声を張り上げた。
「エルグランド辺境伯、ヴェルフリート・エルグランド様。並びに、夫人フィオ・エルグランド様のご入場!」
大広間の視線が一斉に注がれる。
その中には驚きや困惑の色が見え、ざわめきたつ。
「……あれ、フィオレッタ様じゃない」
「どうして辺境伯と……?」
ささやきがいくつも耳に届くが、フィオレッタは俯かなかった。
背筋を伸ばし、ヴェルフリートの隣で堂々と歩く。
ちらりと隣を見れば、ヴェルフリートがすぐに優しい視線をフィオレッタに向けてくれる。それに笑みを返せば、自然と近くにいた人たちの声色は好意的なものに変わった。
視線を中央に向けると、大広間の最奥にある王族席には、今宵の主催である王太子ジークフリートと王太子妃レナリアが並んでいた。
ふたりは既にフィオレッタたちに気づいたようで、柔らかな微笑を浮かべている。
(王太子殿下と王太子妃殿下。まずはご挨拶へ向かわないと)
喉の奥が緊張でひきつる。
「大丈夫だ、フィオ」
手を包むヴェルフリートの掌が、そっと温度を添える。その一言に背筋がすっと伸び、フィオレッタは頷いた。
王族席へ近づくと、まず立ち上がったのは王太子妃レナリアだった。
相変わらずその佇まいは優雅で、目元に宿る柔らかい光がフィオレッタの胸を少しだけほぐしていく。
「フィオレッタ様。今までさぞ、ご心痛でしたでしょう。お元気そうで良かったわ」
丁寧で真心のこもった声。その言葉を聞いただけで、胸の奥の緊張がふっと緩むのを感じた。
「ありがとうございます、レナリア王太子妃殿下」
フィオレッタが礼を取っていると、横から低くよく通る声が響いた。
「フィオレッタ嬢。我が愚弟が失礼をした」
王太子ジークフリートだ。きっぱりと言い放たれた「愚弟」という言葉に、フィオレッタは思わず瞬きをする。
二人から向けられる言葉が予想外で、ただただ戸惑うことしかできない。
「そうですね。だが彼のおかげでこうして私が妻に巡り会えたので、その点は評価したいものだ」
「えっ」
隣から聞こえた落ち着いた声に、頬が熱くなり、心臓が跳ねた。
(ヴェルフリート様……!? いま、なんて……)
ジークフリートは、フィオレッタとヴェルフリートの様子を面白そうに眺めると、喉の奥でくつくつと笑い声を漏らした。
「ヴェルフリート。お前もそんな顔ができたんだな」
「……どういう意味でしょうか」
「いやいや、二人に会えて嬉しいよ。今夜は楽しんでくれ」
王太子夫妻は満足そうに微笑み、二人を大広間へと送り出した。
***
広間へ戻ると、先ほどまでのざわめきはすっかり落ち着き、代わりに好奇と驚きの視線が温かく混じり合う。
「フィオレッタ様、前よりお綺麗に見えるわ」
「なんだか、雰囲気が変わったような……?」
そんな声が聞こえるたびに、フィオレッタは少しだけ頬が熱くなる。
だが隣ではヴェルフリートが、あたかも当然のようにエスコートし、手を離そうとしない。
「フィオ。疲れていないか」
「大丈夫ですわ。むしろ、こんなに楽しいのは初めてです」
「……そうか。それなら安心した」
ヴェルフリートが柔らかく微笑んだ瞬間、近くの令嬢たちが小さく息を呑む。
(気持ちはわかるわ……破壊力がすごいもの)
彼は自然にフィオレッタの背へ手を添え、混雑からそっと庇ってくれる。
「足元に気をつけるように。手を」
「ありがとうございます」
手を取れば、そのまま指を優しく絡めてくる。
周囲の視線が、驚きから憧れへと変わるのがわかった。
フィオレッタは少し頬を染めるが、ヴェルフリートは当然のように言う。
「妻を大切にするのは当然だろう」
その穏やかな声に、また令嬢たちが小さな悲鳴を上げ、辺境伯夫妻の仲睦まじさが広間に静かに浸透していく。
(怖いだけの場所じゃないのね)
わずかに肩の力が抜けた、その時だった。
広間の奥――人のざわめきとは違う、刺すような気配が流れ込んできた。
「……フィオ」
ヴェルフリートがそっと手を引き寄せる。
その視線の先に、ゆっくりと別の二人が姿を見せる。
そこにいたのは第三王子ルシアンと、婚約者である妹のエミリアだった。
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