婚約破棄されたら、辺境伯とお試し結婚することになりました

ミズメ

文字の大きさ
52 / 54

49 戻る場所

しおりを挟む
 エミリアとルシアンが騒々しく退室していき、扉が閉まる。大広間には嘘のような静寂が落ちた。

 空気が震えるほど張り詰めていた緊張が、すっと解けていく。誰もが状況を飲み込めず、ただフィオレッタと王太子を見つめていた。

 そんな中、セドリックがゆっくりと一歩前に出た。

「フィオレッタ嬢」

 その声音は、先ほどルシアンに向けたものとは違い、深い悔恨と敬意を含んでいた。

「長きにわたり、王家の無力と不備により、不当な疑いをかけられ、苦しませてしまった。王太子として、そして兄として謝罪する」

 大広間にいた全員が息を呑む。王族の謝罪は稀なことだ。それが今行われている。

(王太子殿下が私に謝罪を……)

 胸の奥がじんと熱くなる。フィオレッタは静かに、しかしはっきりと前を見据えた。

「謝罪を受け入れます。起きてしまったことは、もう過ぎたことです。ですが……今日、真実が明らかになったことに、心より感謝申し上げます」

 その毅然とした声に、周囲の貴族たちが小さくざわめき、やがて、尊敬の色を帯びた視線が次々に彼女へ向けられた。

(やっと……終わったのね)

 胸に積もっていた重しが、ふっと軽くなったような気がする。セドリックは深く頷き、広間全体に向かって宣言した。

「フィオレッタ・エルグランド夫人の名誉は、今この場をもって完全に回復された。彼女は潔白であり、むしろ王家を救った忠義の人である!」

 その言葉が響き渡った瞬間——最初は遠慮がちだった拍手が、波のように広がっていく。さっきまでフィオレッタを疑っていた者たちでさえ、今は尊敬の眼差しを向けていた。

 胸の奥が熱くなり、視界が少し滲む。

「よく頑張ったな。フィオ」

 ヴェルフリートの大きく温かい手が、そっとフィオレッタの手を包む。驚いて顔を上げると、彼の瞳はこれまで見たこともないほど優しく柔らかい光を宿していた。

「我が妻が強く誇らしい」
「ヴェルフリート様……!」

 指先に唇を落とされ、心が一気にほどける。
 こうしてここに立てたのも、逃げずにいられたのも、全てこの人が隣にいるという安心感からだ。

「本当に、ありがとうございました」

 フィオレッタは心からの笑顔で、それに応じた。


 王太子が皆に夜会を楽しむようにと呼びかけたことで場が落ち着きかけたその時、フィオレッタの耳に、聞き慣れた声が飛び込んできた。

「おおフィオレッタ!」
「娘よ、よく戻ってきたわね!」
「……お父様、お母様」

 グラシェル公爵夫妻が勢いよく駆け寄ってくる。先ほどの空気とは打って変わって、満面の笑顔だ。どうして今更そういう顔ができるのか分からない。フィオレッタは顔を強張らせる。

「あなたが名誉を回復したと聞いて、胸がいっぱいよ。さあ、公爵家に戻りましょう。今なら全て許してあげるわ」
「家出など早まったことをして……我々は本当に心配したのだぞ」

 その言葉が、胸にひやりと落ちた。

(嘘ね。私のことを大切にしてくれたことなんてないくせに)

 血が繋がっている家族はいつも、フィオレッタに愛をくれなかった。もう信じることはない。
 辺境での生活の方がずっと、愛と自由に満ちている。

 フィオレッタは両親を見据え、背筋を伸ばした。

「私はもう公爵家に戻るつもりはございません」

 静かに告げると、公爵夫妻の表情が固まる。

「な、何を言っているの! 公爵家の名を捨ててどうやって生きていくの」
「身分がなければ困るのはお前だろう! 平民に価値などない!」

 何て勝手な言い分だ。フィオレッタが息を呑むより早く、すっと影が差し、ヴェルフリートが前に出た。

「身分で困ることは一つもない」

 低い声は氷のように冷たく、しかし揺るぎなく響いた。

「フィオはもうエルグランド辺境伯夫人だ。彼女が困る未来など、私が許さない」

 公爵夫妻は言葉を失い、半歩後ずさる。

「し、しかし! 平民の子など後継には不適格だ!」
「おや、公爵閣下は我が辺境伯家の後継問題もお考えなのだな。その点についても安心してください。正統な後継はもういます」
「ぐ……! 不愉快だ!」
「こ、後悔するのだからね、フィオレッタ!」

 ヴェルフリートがきっぱりと言い放つと、公爵夫妻は捨て台詞を残してそのまま人混みに消えていった。

(正統な後継とはティナのことね)

 ティナの顔を思い浮かべてフィオレッタが小さく息を吐くと、ヴェルフリートは振り返り、そっと手を取った。

「……すまない。カッとなって俺が勝手に答えてしまった」

 バツの悪そうな顔をしている。そのしゅんとした様子がどこか可愛らしく、フィオレッタはくすくすと笑みをこぼした。

 助けられたのはフィオレッタの方だ。あの両親ともちゃんと決別できてよかった。

「それに、アレも殴り損ねた」

 拳をじっと見下ろすヴェルフリートにそっと近づいたフィオレッタはゆっくりと首を横に振る。

「私、早くエルグランド領に帰りたいです」
「……そうだな」

 そう答えると、ヴェルフリートは安心したように笑い返してくれたのだった。
しおりを挟む
感想 29

あなたにおすすめの小説

無自覚人たらしマシュマロ令嬢、王宮で崇拝される ――見た目はぽっちゃり、中身は只者じゃない !

恋せよ恋
ファンタジー
 富豪にして美食家、オラニエ侯爵家の長女ステファニー。  もっちり体型から「マシュマロ令嬢」と陰口を叩かれる彼女だが、  本人は今日もご機嫌に美味しいものを食べている。  ――ただし、この令嬢、人のオーラが色で見える。  その力をひけらかすこともなく、ただ「気になるから」と忠告した結果、  不正商会が摘発され、運気が上がり、気づけば周囲には信奉者が増えていく。  十五歳で王妃に乞われ、王宮へ『なんでも顧問』として迎えられたステファニー。  美食を愛し、人を疑わず、誰にでも礼を尽くすその姿勢は、  いつの間にか貴族たちの心を掴み、王子たちまで惹きつけていく。  これは、  見た目はぽっちゃり、されど中身は只者ではないマシュマロ令嬢が、  無自覚のまま王宮を掌握していく、もっちり系・人たらし王宮譚。 🔶登場人物・設定は筆者の創作によるものです。 🔶不快に感じられる表現がありましたらお詫び申し上げます。 🔶誤字脱字・文の調整は、投稿後にも随時行います。 🔶今後もこの世界観で物語を続けてまいります。 🔶 エール📣いいね❤️励みになります! 🔶表紙はAI生成画像です🤖

乙女ゲームの悪役令嬢の兄の婚約者に転生しましたが傷物になったので退場を希望します!

ユウ
恋愛
平凡な伯爵令嬢のリネットは優しい婚約者と妹と穏やかで幸福な日々を送っていた。 相手は公爵家の嫡男であり第一王子殿下の側近で覚えもめでたく社交界の憧れの漆黒の騎士と呼ばれる貴族令息だった。 結婚式前夜、婚約者の妹に会いに学園に向かったが、そこで事件が起きる。 現在学園で騒動を起こしている第二王子とその友人達に勘違いから暴行を受け階段から落ちてしまう… その時に前世の記憶を取り戻すのだった… 「悪役令嬢の兄の婚約者って…」 なんとも微妙なポジション。 しかも結婚前夜で傷物になる失態を犯してしまったリネットは婚約解消を望むのだが、悪役令嬢の義妹が王子に婚約破棄を突きつける事件に発展してしまう。

【完結】転生したらラスボスの毒継母でした!

白雨 音
恋愛
妹シャルリーヌに裕福な辺境伯から結婚の打診があったと知り、アマンディーヌはシャルリーヌと入れ替わろうと画策する。 辺境伯からは「息子の為の白い結婚、いずれ解消する」と宣言されるが、アマンディーヌにとっても都合が良かった。「辺境伯の財で派手に遊び暮らせるなんて最高!」義理の息子など放置して遊び歩く気満々だったが、義理の息子に会った瞬間、卒倒した。 夢の中、前世で読んだ小説を思い出し、義理の息子は将来世界を破滅させようとするラスボスで、自分はその一因を作った毒継母だと知った。破滅もだが、何より自分の死の回避の為に、義理の息子を真っ当な人間に育てようと誓ったアマンディーヌの奮闘☆  異世界転生、家族愛、恋愛☆ 短めの長編(全二十一話です) 《完結しました》 お読み下さり、お気に入り、エール、いいね、ありがとうございます☆ 

前世の記憶を取り戻した元クズ令嬢は毎日が楽しくてたまりません

Karamimi
恋愛
公爵令嬢のソフィーナは、非常に我が儘で傲慢で、どしうようもないクズ令嬢だった。そんなソフィーナだったが、事故の影響で前世の記憶をとり戻す。 前世では体が弱く、やりたい事も何もできずに短い生涯を終えた彼女は、過去の自分の行いを恥、真面目に生きるとともに前世でできなかったと事を目いっぱい楽しもうと、新たな人生を歩み始めた。 外を出て美味しい空気を吸う、綺麗な花々を見る、些細な事でも幸せを感じるソフィーナは、険悪だった兄との関係もあっという間に改善させた。 もちろん、本人にはそんな自覚はない。ただ、今までの行いを詫びただけだ。そう、なぜか彼女には、人を魅了させる力を持っていたのだ。 そんな中、この国の王太子でもあるファラオ殿下の15歳のお誕生日パーティに参加する事になったソフィーナは… どうしようもないクズだった令嬢が、前世の記憶を取り戻し、次々と周りを虜にしながら本当の幸せを掴むまでのお話しです。 カクヨムでも同時連載してます。 よろしくお願いします。

なりゆきで妻になった割に大事にされている……と思ったら溺愛されてた

たぬきち25番
恋愛
男爵家の三女イリスに転生した七海は、貴族の夜会で相手を見つけることができずに女官になった。 女官として認められ、夜会を仕切る部署に配属された。 そして今回、既婚者しか入れない夜会の責任者を任せられた。 夜会当日、伯爵家のリカルドがどうしても公爵に会う必要があるので夜会会場に入れてほしいと懇願された。 だが、会場に入るためには結婚をしている必要があり……? ※本当に申し訳ないです、感想の返信できないかもしれません…… ※他サイト様にも掲載始めました!

公爵令息様を治療したらいつの間にか溺愛されていました

Karamimi
恋愛
マーケッヒ王国は魔法大国。そんなマーケッヒ王国の伯爵令嬢セリーナは、14歳という若さで、治癒師として働いている。それもこれも莫大な借金を返済し、幼い弟妹に十分な教育を受けさせるためだ。 そんなセリーナの元を訪ねて来たのはなんと、貴族界でも3本の指に入る程の大貴族、ファーレソン公爵だ。話を聞けば、15歳になる息子、ルークがずっと難病に苦しんでおり、どんなに優秀な治癒師に診てもらっても、一向に良くならないらしい。 それどころか、どんどん悪化していくとの事。そんな中、セリーナの評判を聞きつけ、藁をもすがる思いでセリーナの元にやって来たとの事。 必死に頼み込む公爵を見て、出来る事はやってみよう、そう思ったセリーナは、早速公爵家で治療を始めるのだが… 正義感が強く努力家のセリーナと、病気のせいで心が歪んでしまった公爵令息ルークの恋のお話です。

【完結】女嫌いの公爵様に嫁いだら前妻の幼子と家族になりました

香坂 凛音
恋愛
ここはステイプルドン王国。 エッジ男爵家は領民に寄り添う堅実で温かな一族であり、家族仲も良好でした。長女ジャネットは、貴族学園を優秀な成績で卒業し、妹や弟の面倒も見る、評判のよい令嬢です。 一方、アンドレアス・キーリー公爵は、深紅の髪と瞳を持つ美貌の騎士団長。 火属性の魔法を自在に操り、かつて四万の敵をひとりで蹴散らした伝説の英雄です。 しかし、女性に心を閉ざしており、一度は結婚したものの離婚した過去を持ちます。 そんな彼が、翌年に控える隣国マルケイヒー帝国の皇帝夫妻の公式訪問に備え、「形式だけでいいから再婚せよ」と王に命じられました。 選ばれたのは、令嬢ジャネット。ジャネットは初夜に冷たい言葉を突きつけられます。 「君を妻として愛するつもりはない」 「跡継ぎなら、すでにいる。……だから子供も必要ない」 これは、そんなお飾りの妻として迎えられたジャネットが、前妻の子を真心から愛し、公爵とも次第に心を通わせていく、波乱と愛の物語です。 前妻による陰湿な嫌がらせ、職人養成学校の設立、魔導圧縮バッグの開発など、ジャネットの有能さが光る場面も見どころ。 さらに、伝説の子竜の登場や、聖女を利用した愚王の陰謀など、ファンタジー要素も盛りだくさん。前向きな有能令嬢の恋の物語です。最後には心あたたまるハッピーエンドが待っています。 ※こちらの作品は、カクヨム・小説家になろうでは「青空一夏」名義で投稿しております。 アルファポリスでは作風を分けるため、別アカウントを使用しています。 本作は「ほのぼの中心+きつすぎないざまぁ」で構成されています。 スカッとする場面だけでなく、読み終わったあとに幸福感が残る物語です。 ちょっぴり痛快、でも優しい読後感を大切にしています。 ※カクヨム恋愛ランキング11位(6/24時点) 全54話、完結保証つき。 毎日4話更新:朝7:00/昼12:00/夕17:00/夜20:00→3回更新に変えました。 どうぞ、最後までお付き合いくださいませ。

「地味で無能」と捨てられた令嬢は、冷酷な【年上イケオジ公爵】に嫁ぎました〜今更私の価値に気づいた元王太子が後悔で顔面蒼白になっても今更遅い

腐ったバナナ
恋愛
伯爵令嬢クラウディアは、婚約者のアルバート王太子と妹リリアンに「地味で無能」と断罪され、公衆の面前で婚約破棄される。 お飾りの厄介払いとして押し付けられた嫁ぎ先は、「氷壁公爵」と恐れられる年上の冷酷な辺境伯アレクシス・グレイヴナー公爵だった。 当初は冷徹だった公爵は、クラウディアの才能と、過去の傷を癒やす温もりに触れ、その愛を「二度と失わない」と固く誓う。 彼の愛は、包容力と同時に、狂気的な独占欲を伴った「大人の愛」へと昇華していく。

処理中です...