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50 家族になる
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第三王子ルシアンへの告発、そして監察局の調査によって、事件の全容は瞬く間に王都中へ広がった。
ルシアンは賭博による莫大な損失と虚偽告発の罪によって、王命で正式に廃嫡。財産も全て返上した上で、南部の塔での幽閉を命じられた。
エミリアは婚約解消後、本人の希望により修道院に送られた。暴言を吐き散らしていた彼女が、最後には「……公爵家じゃないところで静かに暮らしたい」と呟いたのが印象的だったそうだ。
監察局自体も不正に関与したとして王太子の監督下に置かれることとなり、王家は批判の対象となった。
そして、フィオレッタの両親——グラシェル公爵夫妻は、不正横領に関与していたわけではなかったものの、娘を守るどころか王家の圧力に迎合し冤罪を助長したとして、叱責と身分縮小を受けた。
華やかな公爵家は侯爵家へ降格し、王都での影響力も大きく失うこととなった。これから針の筵だろう。
その処遇について、フィオレッタは何も口を挟まなかった。必要な決定だと、静かに受け止めただけだった。
(ようやく、すべて終わったのね)
王都での役目をすべて終えたその夜、フィオレッタはタウンハウスの窓辺でそっとため息をついた。明日には辺境に向けて出立する予定だ。
心は驚くほど静かで、胸の奥まで澄んだ風が通っていくようだった。
そんな時、控えめなノックが響く。
「フィオ。少し、いいか」
扉を開けると、ヴェルフリートが柔らかな表情で立っていた。
「散歩に行かないか。もうしばらく王都には来ないだろうから、夜風にあたるのも悪くないだろうと思って」
不器用に付け足すような誘い方に、フィオレッタは思わず笑みをこぼす。
「はい。喜んで、お供いたしますわ」
「そうか!」
*
タウンハウスの前に出ると、夜気はひんやりしていたが、王都の光はまだ眩しいほどに輝いていた。
玄関前には、一台の馬車が待っている。
御者が静かに帽子を下げ、灯されたランプがほのかに黄金の輪郭を作っていた。
「馬車で行くのですか?」
フィオレッタが小首を傾げると、ヴェルフリートは視線を逸らしながら手を差し出す。
「ああ。少し付き合ってほしい」
その声音には、不思議と逆らいがたい静かな熱が宿っている。フィオレッタが手を重ねると、ヴェルフリートはそのまま馬車へとエスコートする。
扉が閉じると、街灯の移ろいが窓をなぞり、馬車はゆっくりと石畳を進み始めた。
「どこへ向かっているのですか?」
「着けばわかる」
素っ気なく聞こえるが、いつもよりわずかに声が硬い。
いつも堂々としている彼が、珍しく落ち着かない。
(ヴェルフリート様、どうしたのかしら)
不思議に思いながら、フィオレッタは窓の外を眺める。
外の景色が賑わいから静けさへと変わり、馬車が緩やかに坂道を登り始めた。
「……こんなふうに、夜に外へ出るのは初めてです」
ぽつりと零した言葉に、ヴェルフリートの肩がわずかに動く。
「初めて?」
「ええ。朝から夕までやることがたくさんあって、自由に過ごせたことはなかったかもしれません」
息を吐くように言うと、馬車の中の空気が少しだけしんみりしてしまった。
ヴェルフリートは、何か言いたげに視線を伏せる。
(ここで私は、何も自由に選べなかった。それに……)
望めばなんでも手に入ると言われている王都で、その実フィオレッタは何も手にすることができなかった。
けれど、今——
そっと揺れる馬車の中で、フィオレッタはふと思ったことをそのまま口にしてしまった。
「こんなに楽しいのは、ヴェルフリート様とご一緒だからかもしれません」
純粋な、飾り気のない笑顔。
まっすぐに向けられる翠の瞳は、淡いランプの光を含んで宝石のように揺れていた。
ヴェルフリートの呼吸が、ほんの一拍遅れる。
「…………フィオ。それは……」
「はい?」
本当に無邪気に首をかしげるその仕草が、追い打ちのように甘い。
彼は強く目を伏せ、喉の奥で何かを押し殺すように息を吐いた。
「……覚えていろ」
「え? 何かおっしゃいましたか?」
「何でもない」
明らかに動揺した低い声。
普段は揺らがない男の、珍しく不器用な沈黙。
(今、何か変だったかしら?)
フィオレッタが思案する一方で、ヴェルフリートの耳はほんのり赤く染まっていた。
それからしばらくすると、馬車は目的地に到着したらしく静かに停まった。
ヴェルフリートに促されて降車すると、夜風が頬を撫で、フィオレッタの髪をふわりと揺らした。
「まあ……!」
展望台のようになっている丘の向こうには、王都の街並みがあった。特に明るいところが繁華街だろうか。夜空には星が煌めき、幻想的な風景が広がっている。
「綺麗ですね! ……ヴェルフリート様?」
思わず吐息が零れる。隣に立つヴェルフリートに同意を求めてのことだったが、彼はフィオレッタを見つめたまま微動だにしていなかった。
(どうしたのかしら)
なぜだか胸の奥がきゅっと掴まれるように緊張してくる。
ヴェルフリートはゆっくりと息を吸い込み、迷うように、それでいて決意を宿した指先で、そっとフィオレッタの手に触れた。
「フィオ」
名を呼ぶ声が、かすかに震えている。
彼はフィオレッタの指先をひとつずつ確かめるように包み込み、そのままゆっくりと膝を折った。
ヴェルフリートがフィオレッタを見上げる。今宵は満月。月明かりに照らされた銀の髪は幻想的で美しい。
驚きに息を呑むフィオレッタの前で、彼はひとつ深く息を吐く。それから彼女の白い指先に、そっと唇を落とした。
ヴェルフリートは唇を離し、見上げた瞳に揺るぎない覚悟を宿していた。
「俺は、君を幸せにしたい」
低く静かな声が、夜気の中でまっすぐ届く。
「もう誰にも傷つけさせない。フィオが笑うなら、何だってする」
跪いたまま、彼は言葉を探すように一度だけ息を整えた。
彼の手が、そっと彼女の指を包み込む。
「フィオ。いつも誇り高く優しい君を、俺は本気で好きになってしまった。契約ではなく、正式に俺の妻になってくれないだろうか?」
飾り気も、比喩も、虚勢もない。
ただ一人フィオレッタだけに向けられた、実直な願い。
フィオレッタは胸の奥が熱く満ちるのを感じながら、そっと唇を震わせた。
(私の答えは決まっているわ)
ヴェルフリートのそばだと、息がしやすい。そのままのフィオレッタでいいと、彼の行動が示してくれる。フィオレッタにとっての大切なものは、もはやエルグランド辺境領にしかない。
「はい。私もあなたをお慕いしています。ヴェルフリート様の本当の妻に、なりたいです」
その瞬間、跪いたヴェルフリートの表情が、驚きと歓喜に揺れた。
そして立ち上がると、彼はそのままフィオレッタを抱き寄せた。
「フィオ! 良かった、嬉しい」
低く掠れた声は、普段の彼からは考えられないほど弱く、必死だった。
「私も、とても嬉しいです」
目頭が熱くなる。誰かを大切に思い、思われることの幸せ。涙が溢れて止まらなくなった時、ヴェルフリートがフィオレッタの頬へ手を添えた。
親指で涙をそっと拭う。無骨な手の優しい仕草に、フィオレッタの胸は愛しさでいっぱいになる。
「馬車では我慢したんだ」
「え?」
その言葉と同時に、彼の唇がそっとフィオレッタの口元に触れた。
一度離れて、それだけでは足りないと言うように、もう一度。
さらに角度を変えて、深く、甘く、確かめるように。
「愛してる、フィオ」
ヴェルフリートは小箱から取り出した指輪を、震える指先でそっとフィオレッタの薬指へ滑らせた。
月明かりを受けて宝石が淡く瞬き、ふたりの影が寄り添うように重なる。
「これからの人生を、俺とティナと共に歩んでほしい。あの子を立派に育てることが、兄さんたちへのせめてもの弔いだと思っている」
低く、確かな声。責任感の強い彼らしい言葉に、フィオレッタは微笑み、そっと彼の手を包み込んだ。
「はい、もちろんです。家族がふたりも出来るなんて、幸せすぎますわ」
フィオレッタにとって心からの言葉だ。ティナとヴェルフリートは、ずっと前からフィオレッタにとっての家族だった。改めて口にすると、ますますその思いが強くなる。
「……ティナはどうしているだろうか」
「……ティナはどうしているかしら」
ふいに、二人で同時に辺境にいるティナのことを口にする。
今回お留守番となったティナを、出発前はたくさん泣かせてしまった。帰ったらたくさん遊んであげなくては。
「クラウスがなんとか頑張っているだろう」
「リゼとヘルマさんがいればきっと大丈夫ですわ」
家族を想うこの会話がなんだかとても温かくて、フィオレッタとヴェルフリートは顔を見合わせて微笑みあったのだった。
ルシアンは賭博による莫大な損失と虚偽告発の罪によって、王命で正式に廃嫡。財産も全て返上した上で、南部の塔での幽閉を命じられた。
エミリアは婚約解消後、本人の希望により修道院に送られた。暴言を吐き散らしていた彼女が、最後には「……公爵家じゃないところで静かに暮らしたい」と呟いたのが印象的だったそうだ。
監察局自体も不正に関与したとして王太子の監督下に置かれることとなり、王家は批判の対象となった。
そして、フィオレッタの両親——グラシェル公爵夫妻は、不正横領に関与していたわけではなかったものの、娘を守るどころか王家の圧力に迎合し冤罪を助長したとして、叱責と身分縮小を受けた。
華やかな公爵家は侯爵家へ降格し、王都での影響力も大きく失うこととなった。これから針の筵だろう。
その処遇について、フィオレッタは何も口を挟まなかった。必要な決定だと、静かに受け止めただけだった。
(ようやく、すべて終わったのね)
王都での役目をすべて終えたその夜、フィオレッタはタウンハウスの窓辺でそっとため息をついた。明日には辺境に向けて出立する予定だ。
心は驚くほど静かで、胸の奥まで澄んだ風が通っていくようだった。
そんな時、控えめなノックが響く。
「フィオ。少し、いいか」
扉を開けると、ヴェルフリートが柔らかな表情で立っていた。
「散歩に行かないか。もうしばらく王都には来ないだろうから、夜風にあたるのも悪くないだろうと思って」
不器用に付け足すような誘い方に、フィオレッタは思わず笑みをこぼす。
「はい。喜んで、お供いたしますわ」
「そうか!」
*
タウンハウスの前に出ると、夜気はひんやりしていたが、王都の光はまだ眩しいほどに輝いていた。
玄関前には、一台の馬車が待っている。
御者が静かに帽子を下げ、灯されたランプがほのかに黄金の輪郭を作っていた。
「馬車で行くのですか?」
フィオレッタが小首を傾げると、ヴェルフリートは視線を逸らしながら手を差し出す。
「ああ。少し付き合ってほしい」
その声音には、不思議と逆らいがたい静かな熱が宿っている。フィオレッタが手を重ねると、ヴェルフリートはそのまま馬車へとエスコートする。
扉が閉じると、街灯の移ろいが窓をなぞり、馬車はゆっくりと石畳を進み始めた。
「どこへ向かっているのですか?」
「着けばわかる」
素っ気なく聞こえるが、いつもよりわずかに声が硬い。
いつも堂々としている彼が、珍しく落ち着かない。
(ヴェルフリート様、どうしたのかしら)
不思議に思いながら、フィオレッタは窓の外を眺める。
外の景色が賑わいから静けさへと変わり、馬車が緩やかに坂道を登り始めた。
「……こんなふうに、夜に外へ出るのは初めてです」
ぽつりと零した言葉に、ヴェルフリートの肩がわずかに動く。
「初めて?」
「ええ。朝から夕までやることがたくさんあって、自由に過ごせたことはなかったかもしれません」
息を吐くように言うと、馬車の中の空気が少しだけしんみりしてしまった。
ヴェルフリートは、何か言いたげに視線を伏せる。
(ここで私は、何も自由に選べなかった。それに……)
望めばなんでも手に入ると言われている王都で、その実フィオレッタは何も手にすることができなかった。
けれど、今——
そっと揺れる馬車の中で、フィオレッタはふと思ったことをそのまま口にしてしまった。
「こんなに楽しいのは、ヴェルフリート様とご一緒だからかもしれません」
純粋な、飾り気のない笑顔。
まっすぐに向けられる翠の瞳は、淡いランプの光を含んで宝石のように揺れていた。
ヴェルフリートの呼吸が、ほんの一拍遅れる。
「…………フィオ。それは……」
「はい?」
本当に無邪気に首をかしげるその仕草が、追い打ちのように甘い。
彼は強く目を伏せ、喉の奥で何かを押し殺すように息を吐いた。
「……覚えていろ」
「え? 何かおっしゃいましたか?」
「何でもない」
明らかに動揺した低い声。
普段は揺らがない男の、珍しく不器用な沈黙。
(今、何か変だったかしら?)
フィオレッタが思案する一方で、ヴェルフリートの耳はほんのり赤く染まっていた。
それからしばらくすると、馬車は目的地に到着したらしく静かに停まった。
ヴェルフリートに促されて降車すると、夜風が頬を撫で、フィオレッタの髪をふわりと揺らした。
「まあ……!」
展望台のようになっている丘の向こうには、王都の街並みがあった。特に明るいところが繁華街だろうか。夜空には星が煌めき、幻想的な風景が広がっている。
「綺麗ですね! ……ヴェルフリート様?」
思わず吐息が零れる。隣に立つヴェルフリートに同意を求めてのことだったが、彼はフィオレッタを見つめたまま微動だにしていなかった。
(どうしたのかしら)
なぜだか胸の奥がきゅっと掴まれるように緊張してくる。
ヴェルフリートはゆっくりと息を吸い込み、迷うように、それでいて決意を宿した指先で、そっとフィオレッタの手に触れた。
「フィオ」
名を呼ぶ声が、かすかに震えている。
彼はフィオレッタの指先をひとつずつ確かめるように包み込み、そのままゆっくりと膝を折った。
ヴェルフリートがフィオレッタを見上げる。今宵は満月。月明かりに照らされた銀の髪は幻想的で美しい。
驚きに息を呑むフィオレッタの前で、彼はひとつ深く息を吐く。それから彼女の白い指先に、そっと唇を落とした。
ヴェルフリートは唇を離し、見上げた瞳に揺るぎない覚悟を宿していた。
「俺は、君を幸せにしたい」
低く静かな声が、夜気の中でまっすぐ届く。
「もう誰にも傷つけさせない。フィオが笑うなら、何だってする」
跪いたまま、彼は言葉を探すように一度だけ息を整えた。
彼の手が、そっと彼女の指を包み込む。
「フィオ。いつも誇り高く優しい君を、俺は本気で好きになってしまった。契約ではなく、正式に俺の妻になってくれないだろうか?」
飾り気も、比喩も、虚勢もない。
ただ一人フィオレッタだけに向けられた、実直な願い。
フィオレッタは胸の奥が熱く満ちるのを感じながら、そっと唇を震わせた。
(私の答えは決まっているわ)
ヴェルフリートのそばだと、息がしやすい。そのままのフィオレッタでいいと、彼の行動が示してくれる。フィオレッタにとっての大切なものは、もはやエルグランド辺境領にしかない。
「はい。私もあなたをお慕いしています。ヴェルフリート様の本当の妻に、なりたいです」
その瞬間、跪いたヴェルフリートの表情が、驚きと歓喜に揺れた。
そして立ち上がると、彼はそのままフィオレッタを抱き寄せた。
「フィオ! 良かった、嬉しい」
低く掠れた声は、普段の彼からは考えられないほど弱く、必死だった。
「私も、とても嬉しいです」
目頭が熱くなる。誰かを大切に思い、思われることの幸せ。涙が溢れて止まらなくなった時、ヴェルフリートがフィオレッタの頬へ手を添えた。
親指で涙をそっと拭う。無骨な手の優しい仕草に、フィオレッタの胸は愛しさでいっぱいになる。
「馬車では我慢したんだ」
「え?」
その言葉と同時に、彼の唇がそっとフィオレッタの口元に触れた。
一度離れて、それだけでは足りないと言うように、もう一度。
さらに角度を変えて、深く、甘く、確かめるように。
「愛してる、フィオ」
ヴェルフリートは小箱から取り出した指輪を、震える指先でそっとフィオレッタの薬指へ滑らせた。
月明かりを受けて宝石が淡く瞬き、ふたりの影が寄り添うように重なる。
「これからの人生を、俺とティナと共に歩んでほしい。あの子を立派に育てることが、兄さんたちへのせめてもの弔いだと思っている」
低く、確かな声。責任感の強い彼らしい言葉に、フィオレッタは微笑み、そっと彼の手を包み込んだ。
「はい、もちろんです。家族がふたりも出来るなんて、幸せすぎますわ」
フィオレッタにとって心からの言葉だ。ティナとヴェルフリートは、ずっと前からフィオレッタにとっての家族だった。改めて口にすると、ますますその思いが強くなる。
「……ティナはどうしているだろうか」
「……ティナはどうしているかしら」
ふいに、二人で同時に辺境にいるティナのことを口にする。
今回お留守番となったティナを、出発前はたくさん泣かせてしまった。帰ったらたくさん遊んであげなくては。
「クラウスがなんとか頑張っているだろう」
「リゼとヘルマさんがいればきっと大丈夫ですわ」
家族を想うこの会話がなんだかとても温かくて、フィオレッタとヴェルフリートは顔を見合わせて微笑みあったのだった。
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