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第二話 徘徊-2
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過去は振り返らなければ良いことだが、直近の課題である頭と身体の接続は果たせていない。だからと、このままじっとしていても何も始まらないのだ。頭を首の上に置いて両手で支えておけば視覚的な違和感は無さそうだからと、当座はこれで凌ぐことにした。
しかしながら、頭を穴に落としたりしてしまっては取り返しがつかないので慎重な行動を心懸ける。
不自由になった右脚を引き摺って、最初に処刑場入り口脇へと行く。斬首された首が晒される場所だ。晒された首を確認しない訳にはいかない。
並んでいる首の幾つかは見知らぬ人のものだったが、ハイデルフトの屋敷へよく訪れていた人のものも有る。いずれも無念だったことを忍ばせる表情をしている。
エカテリーナは彼らが自らのように迷い続けることなど無く、天に召されていることを願った。
それらの受刑者とは違う意味で残念な人物の首も有った。エカテリーナが処刑される直前に国王を暗殺した実行犯だ。エカテリーナがポチ一号と仮称した彼は現国王の妃候補となった女に犬の如く付き従っていた。
その女は前世のエカテリーナが遊んだゲームのヒロインに当たり、ハイデルフト候が叛乱を決意した直接の原因でもある。
彼が彼女の命令で暗殺を行ったのは確実だ。殉死したつもりか、気持ち悪いほどに恍惚とした表情をしている。捨て駒にされたことに気付いていたかどうかさえ怪しい限りである。ましてや間接的には現国王の命令でしかないことなど、意識に掠めもしなかったに違いない。
そしてエカテリーナ自身の首。
『どっひぇえええぇぇぇ!』
極めて怖かった。自分の顔でありながら、飛び散った血を浴びたままの恨みの隠ったような笑顔に恐怖を感じるエカテリーナである。現国王が今際の際のエカテリーナを見て恐怖に引き攣ったようにしたのにも納得した。我ながら随分恨んでいたようだとしみじみと考える。生前は心労で一杯一杯になっていて気付いていなかったのだ。
エカテリーナの隣が父のハイデルフト候だ。無念よりも悲哀が強い表情をしている。
『ああ……お父様……』
その表情でエカテリーナは悟った。父、ハイデルフト候が叛乱を拙速に実行したのはエカテリーナのためだったのだ。座したままならばその未来が失われると察したに違いない。自分がゲームヒロインに翻弄されたりしていなければ、自分の心がもっと強かったならと悔やんでみてももう遅い。
知らず嗚咽も溢れ出す。
『あ……あああ……わあああぁぁぁ……』
父が亡くなったのは自分のせいだと自分を責めずにいられなかった。
僅かな時間だったとしても、没するのが父より後だったことがせめてもの救いであろうか。
ひとしきり嗚咽を漏らしてしまえば、少しだけ落ち着いた。嗚咽は出ても涙はもう出ない。涙を流せれば悲しみももっと流せてしまえただろうかと思っても確かめようもない。だから全てを呑み込むことにした。
――さあ、気を取り直して次へ参りましょう。
悲しみを振り払い、腰の辺りで両手に握り拳を作って気合いを入れる。
『ふんっ』
頭がころんと転がった。
『はわわわ』
ひゅーと下がってぽてっと落ちた。
わたわたと頭を手探りする。
――あ、頭、頭、頭……。
出もしない汗を拭う仕草をする。
――ふぅ、うっかり頭から手を放してしまいました。
少し、いやかなり焦ったエカテリーナであった。
晒された首を確かめ終わり、身体や他の受刑者について調べるために建屋への侵入を試みる。牢屋は建屋の中に有ったため、死体安置所も有るはずと考えてのことだ。グロテスクなものを好みはしないが、晒された首同様に見ておくべきとも考えている。
しかし、扉を開けることも叶わず、どうしたものかと途方に暮れる。入れないのでは目的が果たせない。何か良い考えが浮かばないものかと、扉にもたれ掛かりつつ空を見上げる。
空には一面の星。キラキラと輝く砂粒のようにも見える。白く輝く月も浮かぶ。
――真っ赤で真ん丸な月が綺麗です。
若干の現実逃避を交えつつ考える。扉を開けられないのなら擦り抜けてしまいたいところだ。それが幽霊と化していながら出来ないのは何故なのか。
端から扉が開いていれば悩むこともなかったのに、と益体のないことを思いつつ、扉が開いているところを想像してみる。
ふわっと身体が支えを失った。
『え?』
とさっと倒れてしまった。
しかし何故後ろに倒れたのか。後ろには扉が有ったはずなのだ。
尽きそうにない疑問に考えを巡らせようとして、はたと気付く。建屋の中に入っている。
辺りを見回すと、足が扉に突き刺さっている。
『ひゃっ』
小さく悲鳴を上げて足を引っ込める。すると足はしっかり付いていた。図らずも擦り抜けてしまったのだ。
宙を歩いていた件も合わせ、暫く理由を考える。
扉を擦り抜けられるかどうかと言ったことは、自らの認識次第との結論に達した。
ならばやらねばならない。今こそ首を繋げる時だ。今は事切れた時点の姿だが、生前の傷一つ無い時の姿になれば繋がる筈である。
首を合わせてぎゅっと押さえ、生前に姿見で見ていた自身の姿を思い浮かべる。勿論のこと、親友のシルフィエットがまだ学園に在籍していた頃の何の憂いもない姿である。
そして恐る恐る手を放す。
――ふっふっふっふっ、成功ですわ!
これで怖れるものは何もないと、歓喜する。
しかしこれは気の緩み。まだまだ生前の姿が定着には程遠い。
ころころころんと頭が転がった。
『ほえぇぇぇっ!』
ぽてんと落ちた。
油断大敵であった。慣れるまでは生前の姿を常に思い浮かべる必要があるのだ。それでもこれで不自由なく移動できる。
ただどうしたことか、衣裳と髪型は処刑された時のままである。
建屋の間取りを知らないため、入り口に近い部屋から虱潰しに見て回る。閉まったままの扉こそ通り抜けられるようになったものの、壁はまだ抜けられない。廊下を通じて歩く。
目指す死体安置所の場所の目算は有る。心理的には地下に設けたいところでも、運ぶことを考えれば一階。その外れの方だ。
途中、兵士の詰め所らしき部屋も有り、数人の兵士が居眠りをしている。
各部屋や廊下には兵士以外の人も大勢居る。少々生気のない顔をした人が多く、足音も無く歩く人ばかりだ。足音が聞こえないため、気付かない内に横に立っていることもあり、そんな時にはビクッとなった。暗くて足下がよく見えなかったせいで、彼らがどのようにして足音を立てずに歩いたのかは判らず仕舞いだ。他にも、どこかに有るのだろう治療所から抜け出したと思しき血塗れの人には驚かされた。
処刑場と言う場所柄、エカテリーナはお化けが出るのかと思ってビクビクしていたのだが、夜でも大勢の人で賑わっているだけで全くの杞憂であった。
――ですが、大勢の方がこんな場所で夜中に活動していらっしゃるとは不思議なこともあったものです。
そして見つけた死体安置所には、晒された首と同じ数の首無し遺体が有るだけだった。
更に牢屋も確認したが、囚われている人は誰も居なかった。エカテリーナと一緒に首を晒された受刑者が最後だったのだろう。
確認したことで何がどうなる訳でもないのだが、気持ちだけは少し落ち着いたエカテリーナであった。
しかしながら、頭を穴に落としたりしてしまっては取り返しがつかないので慎重な行動を心懸ける。
不自由になった右脚を引き摺って、最初に処刑場入り口脇へと行く。斬首された首が晒される場所だ。晒された首を確認しない訳にはいかない。
並んでいる首の幾つかは見知らぬ人のものだったが、ハイデルフトの屋敷へよく訪れていた人のものも有る。いずれも無念だったことを忍ばせる表情をしている。
エカテリーナは彼らが自らのように迷い続けることなど無く、天に召されていることを願った。
それらの受刑者とは違う意味で残念な人物の首も有った。エカテリーナが処刑される直前に国王を暗殺した実行犯だ。エカテリーナがポチ一号と仮称した彼は現国王の妃候補となった女に犬の如く付き従っていた。
その女は前世のエカテリーナが遊んだゲームのヒロインに当たり、ハイデルフト候が叛乱を決意した直接の原因でもある。
彼が彼女の命令で暗殺を行ったのは確実だ。殉死したつもりか、気持ち悪いほどに恍惚とした表情をしている。捨て駒にされたことに気付いていたかどうかさえ怪しい限りである。ましてや間接的には現国王の命令でしかないことなど、意識に掠めもしなかったに違いない。
そしてエカテリーナ自身の首。
『どっひぇえええぇぇぇ!』
極めて怖かった。自分の顔でありながら、飛び散った血を浴びたままの恨みの隠ったような笑顔に恐怖を感じるエカテリーナである。現国王が今際の際のエカテリーナを見て恐怖に引き攣ったようにしたのにも納得した。我ながら随分恨んでいたようだとしみじみと考える。生前は心労で一杯一杯になっていて気付いていなかったのだ。
エカテリーナの隣が父のハイデルフト候だ。無念よりも悲哀が強い表情をしている。
『ああ……お父様……』
その表情でエカテリーナは悟った。父、ハイデルフト候が叛乱を拙速に実行したのはエカテリーナのためだったのだ。座したままならばその未来が失われると察したに違いない。自分がゲームヒロインに翻弄されたりしていなければ、自分の心がもっと強かったならと悔やんでみてももう遅い。
知らず嗚咽も溢れ出す。
『あ……あああ……わあああぁぁぁ……』
父が亡くなったのは自分のせいだと自分を責めずにいられなかった。
僅かな時間だったとしても、没するのが父より後だったことがせめてもの救いであろうか。
ひとしきり嗚咽を漏らしてしまえば、少しだけ落ち着いた。嗚咽は出ても涙はもう出ない。涙を流せれば悲しみももっと流せてしまえただろうかと思っても確かめようもない。だから全てを呑み込むことにした。
――さあ、気を取り直して次へ参りましょう。
悲しみを振り払い、腰の辺りで両手に握り拳を作って気合いを入れる。
『ふんっ』
頭がころんと転がった。
『はわわわ』
ひゅーと下がってぽてっと落ちた。
わたわたと頭を手探りする。
――あ、頭、頭、頭……。
出もしない汗を拭う仕草をする。
――ふぅ、うっかり頭から手を放してしまいました。
少し、いやかなり焦ったエカテリーナであった。
晒された首を確かめ終わり、身体や他の受刑者について調べるために建屋への侵入を試みる。牢屋は建屋の中に有ったため、死体安置所も有るはずと考えてのことだ。グロテスクなものを好みはしないが、晒された首同様に見ておくべきとも考えている。
しかし、扉を開けることも叶わず、どうしたものかと途方に暮れる。入れないのでは目的が果たせない。何か良い考えが浮かばないものかと、扉にもたれ掛かりつつ空を見上げる。
空には一面の星。キラキラと輝く砂粒のようにも見える。白く輝く月も浮かぶ。
――真っ赤で真ん丸な月が綺麗です。
若干の現実逃避を交えつつ考える。扉を開けられないのなら擦り抜けてしまいたいところだ。それが幽霊と化していながら出来ないのは何故なのか。
端から扉が開いていれば悩むこともなかったのに、と益体のないことを思いつつ、扉が開いているところを想像してみる。
ふわっと身体が支えを失った。
『え?』
とさっと倒れてしまった。
しかし何故後ろに倒れたのか。後ろには扉が有ったはずなのだ。
尽きそうにない疑問に考えを巡らせようとして、はたと気付く。建屋の中に入っている。
辺りを見回すと、足が扉に突き刺さっている。
『ひゃっ』
小さく悲鳴を上げて足を引っ込める。すると足はしっかり付いていた。図らずも擦り抜けてしまったのだ。
宙を歩いていた件も合わせ、暫く理由を考える。
扉を擦り抜けられるかどうかと言ったことは、自らの認識次第との結論に達した。
ならばやらねばならない。今こそ首を繋げる時だ。今は事切れた時点の姿だが、生前の傷一つ無い時の姿になれば繋がる筈である。
首を合わせてぎゅっと押さえ、生前に姿見で見ていた自身の姿を思い浮かべる。勿論のこと、親友のシルフィエットがまだ学園に在籍していた頃の何の憂いもない姿である。
そして恐る恐る手を放す。
――ふっふっふっふっ、成功ですわ!
これで怖れるものは何もないと、歓喜する。
しかしこれは気の緩み。まだまだ生前の姿が定着には程遠い。
ころころころんと頭が転がった。
『ほえぇぇぇっ!』
ぽてんと落ちた。
油断大敵であった。慣れるまでは生前の姿を常に思い浮かべる必要があるのだ。それでもこれで不自由なく移動できる。
ただどうしたことか、衣裳と髪型は処刑された時のままである。
建屋の間取りを知らないため、入り口に近い部屋から虱潰しに見て回る。閉まったままの扉こそ通り抜けられるようになったものの、壁はまだ抜けられない。廊下を通じて歩く。
目指す死体安置所の場所の目算は有る。心理的には地下に設けたいところでも、運ぶことを考えれば一階。その外れの方だ。
途中、兵士の詰め所らしき部屋も有り、数人の兵士が居眠りをしている。
各部屋や廊下には兵士以外の人も大勢居る。少々生気のない顔をした人が多く、足音も無く歩く人ばかりだ。足音が聞こえないため、気付かない内に横に立っていることもあり、そんな時にはビクッとなった。暗くて足下がよく見えなかったせいで、彼らがどのようにして足音を立てずに歩いたのかは判らず仕舞いだ。他にも、どこかに有るのだろう治療所から抜け出したと思しき血塗れの人には驚かされた。
処刑場と言う場所柄、エカテリーナはお化けが出るのかと思ってビクビクしていたのだが、夜でも大勢の人で賑わっているだけで全くの杞憂であった。
――ですが、大勢の方がこんな場所で夜中に活動していらっしゃるとは不思議なこともあったものです。
そして見つけた死体安置所には、晒された首と同じ数の首無し遺体が有るだけだった。
更に牢屋も確認したが、囚われている人は誰も居なかった。エカテリーナと一緒に首を晒された受刑者が最後だったのだろう。
確認したことで何がどうなる訳でもないのだが、気持ちだけは少し落ち着いたエカテリーナであった。
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