慟哭の螺旋(「悪役令嬢の慟哭」加筆修正版)

浜柔

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第三話 虚言-2

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『迷ってるわけじゃないんだからねっ』
 そんなことを呟きながら、エカテリーナはハイデンの町を彷徨さまよい歩く。行く当てなど有ろう筈もない。だからこぼれるその言葉は正しい。それでも呟く毎に哀愁が漂うのを否めない。
 生前なら目的地も帰る場所も有ったため、今のような状況なら異論を差し挟む余地無く迷子なのだ。
『もう! ここは一体どこ!?』
 続けて零れるその言葉からしてみれば、今も異論を差し挟む余地など無いのかも知れない。
 今のエカテリーナを突き動かすのは憎しみと怒り。表面に現れていなくとも、内側で沸々と煮えたぎり続けている。客観的には逆恨みと見られても、彼女にとっては理不尽に壊し、理不尽に奪った者達を許せはしないのだ。その原因となった者達をもだ。
 だが、恨んでも、それを晴らすのはやすくない。呪おうにもただ念じれば良いと言うものではなく、自らの手で為さねばならないのである。
 ここには大きな問題が有る。重いものを持ち上げられないため、それ相応の工夫をしなければ目的を為し得ない。
 目下もっかの問題、つまり現在地がどこかについてはともかくとして、元々頭を悩ませていたのはこの点だ。フォークを喉など、人の柔らかい部分に突き刺すことはできても、「勢いを付ければ」の条件付きでしかない。これではあまりに力不足。何らかの改善を必要とする。
 それが解っているからとて、じっとしていても何も思い付かないのだ。だから色々見ながらであれば、目に留まったものから妙案も浮かぶのではないかと考え、町中をあちらこちらと歩いていた。
 だが、考え疲れて周りに目を向ければ見知らぬ光景であった。
 生まれ育った町でも、それが大きければ知らない道が有るものだ。ましてや、領主の家に生まれた身では護衛を伴わなければならず、出歩ける場所は多くない。有りていに言えば、知っている場所の方が少ない。
 それでも、現在地が判らないままだろうとも、町の中だけを歩き続けていれば、いつかは見知った場所へと出る筈だと考える。ついさっき居た場所をまた通ったり、前方で町並みが途切れたりしても、向きを変えさえすれば良いのだ。ハイデンには城壁は無いが、市街地か郊外かの区別くらい容易たやすい。だから野っ原のっぱらに立ち尽くすようなことだけは避けられている。

 歩き始めてどれだけの時間が過ぎたことか。少なくとも夜を越えた。夜の町は昼とはガラリと変わった装いを見せるもので、どこかは判らないが、昼の間に何度も通って見知った道に通り掛かっても直ぐにはそうと判らなかった。判ったのは夜になってから三度目くらいに通った時だ。こんなことでは知っている筈の道でも判らずに通りすぎてしまうと、夜の間は道を探すのを諦めた。
 いくら歩いても肉体的な疲れは無く、どれだけの時間を費やしても空腹にならないのは幸運なのだろうか。
 確かなことは、自らの方向音痴ぶりにエカテリーナ自身が恐々としたことであった。

 現在地が判る判らないにかかわらず、事件に遭遇することもある。
 今のハイデンを支配下に置くのはハイデルフト領に攻め込んで来た隣接領ボナレスだが、その兵士が商店で代金を払わずに品物を持ち去ろうとして揉めている。代金を貰おうとすがり付く店主を蹴り飛ばす始末である。
「お前らは俺らが統治してやってんだ。温和おとなしく商品を寄越せばいいんだよ」
「そ、そんなっ! 代金を支払っていただけなければ明日にも首をくくらなければならなくなってしまいます」
 店主は泣いて支払を懇願するが、兵士はあくまで冷酷だった。
「へっ! だったら首を括りなよ。なんなら俺が今ここで殺してやろうか?」
 店主は恐怖のあまりに顔面蒼白になった。恐怖で震える口からは発しようにも言葉が出ない。
 それに気をよくした兵士は、いつの間にか集まっていた野次馬に「おら、何見てやがんだ! 退きやがれ!」と剣を振り回して追いやると、悠々とその場を立ち去った。
『次は彼奴あやつですね』
 エカテリーナは呟いて、兵士の後を追う。
 店主のことなど知りはしないし、ボナレスの兵士であれば等しく呪う対象なのだが、一人を呪うにも手間暇が掛かる。目に付いた相手からになるのも致し方なしであった。

 騒動を周りで見ていた人々は立ち去るボナレス兵を苦々しげに見詰め、あるいは泣き崩れる店主を宥める。今は見ていることしかできないのだ。ボナレス兵の横暴が日を追う毎にあからさまとなっていても、今のハイデルフトには対抗できる戦力が存在しない。
 本来であればボナレスからの奇襲を受けようとも、ハイデンは陥落などしない。それが陥落してしまったのは、領軍の主力が王都攻略に派遣されていたことで、ハイデンを含めた領内には治安をギリギリ維持できる兵力が残されるのみだったためだ。その隙を突かれた。
 領を守る兵士達は勇敢に戦ったが、多勢に無勢。次々に討ち取られ、敢え無く壊滅した。
 そうして治安の維持もままならなくなったハイデンには、ボナレス領軍が治安の維持を名目にして駐屯したままになっている。
 ただ、その名目は怪しいもので、略奪が目的だろうと誰もが察している。奇妙なのは、略奪が中途半端なことである。
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