慟哭の螺旋(「悪役令嬢の慟哭」加筆修正版)

浜柔

文字の大きさ
14 / 38

第三話 虚言-1

しおりを挟む
 惨劇は地方都市ハイデンから始まった。
 殆どの人々はその始まりを後から噂で知るだけだ。たまたまその場に居合わせた僅かな人々であっても、それが始まりだったことを後に知る。

 ハイデンは半年余り前までハイデルフト侯爵領の領都だった。侯爵と都市のどちらの名が古いのか、うに誰にも判らなくなっている程に歴史が深い。だが、ハイデルフト侯爵領も今は昔となった。侯爵が叛乱を起こして失敗し、爵位を剥奪されるのとともに領地も取り潰されたのだ。じきにハイデルフトを冠する領名と合わせ、ハイデンの名も変わるのではないかと噂されている。
 噂に留まっているのは、王都が大火に見舞われたことで、王家がその復興に掛かりきりであるためだ。王位が継承された直後だったことから、混乱に拍車が掛かっている。その影響は国内各地にも及ぶ。いや、むしろ及ぼすべき影響が失われたと見るべきだろう。王国の直轄領の運営が覚束おぼつかなくなっており、新しく直轄領に組み込まれる予定だった旧ハイデルフト領も統治が行き届いていない。今は逆賊討伐を大義名分として進駐した近隣領の軍によって分割統治された状況にある。
 ハイデンもまた、その近隣領の一つであるボナレス伯爵領軍の支配下に置かれている。領主館を攻め、焼き払ったのがボナレス領軍であり、彼らはそのまま駐留しているのだ。
 そうした状況に置かれたハイデンの人心は割れている。ボナレス領軍による支配を受け入れるか受け入れないかである。俗に容認派、否認派と呼ばれる両者は表立った対立こそしないが、距離を置くようになった。今日の生活のためには多かれ少なかれボナレスを受け入れざるを得ないため、市場いちばのような場所では以前の様子と変わらない。だが、酒場のような場所ではそれぞれに分かれて議論を交わす。時に人間関係の変化も伴いながら。

 そんなハイデンの街の一角にあるボナレス容認派が集まる酒場にて、ある男が自らの武勇伝を披露していた。それは半年近く前からの日常の光景にもなっている。
 男は酔っぱらう度に懐から装飾短剣を持ちだしては、如何いかに自分がハイデルフト領主館討伐で活躍したかを語る。ある時はハイデルフトの兵士を千切っては投げ千切っては投げの大立ち回りをしたと語り、ある時はハイデルフトの兵士を次から次へと鎧袖一触がいしゅういっしょく切り捨てたと語り、ある時はハイデルフトの騎士団長を一騎打ちの下に打ち倒したと語る。その時々に応じて武勇伝の内容が変わるのだ。早い話がホラ話である。
 聞く側はホラ話だと百も承知だ。男の持つ草臥れた剣が何処にでも売っている安物なのは一目瞭然で、男の腕は剣を振り上げただけでぷるぷる震えそうな程に細い。誰が見ても男の話が嘘だと判る。ただ、そんなものでも最初の頃は酒の場の余興には丁度良く、目新しさもあって囃し立てもした。
 勿論、容認派と言えどもハイデルフトの領主館の惨状に何も感じない訳ではない。だが、男のホラ話にハイデルフトの名が出てくるのは冒頭だけで、直ぐに兵士や騎士団長と言った職名だけになる。最初だけ聞かなければ心も痛まない。聴衆それぞれがハイデルフトを別の名に置き換えつつ想像を巡らせた。時にはホラ話の主人公を自分自身に置き換えながら。
 だが、話の筋書きに幾つかの種類が有ったとしても、毎日のように聞かされれば数日も経った頃には同じ話の繰り返しになる。聞き飽きもする。いつしか誰も聞かずに男が酔い潰れて静かになるのを待つだけになった。一度「やかましい」と野次が飛んだ時には余計に騒がしくなったため、暗黙の決まり事として皆が放置することにした。
 それでも何故、男が装飾短剣を持っているのか。これが聴衆にとっての一番の不思議である。ホラ話だと判っているから余計にだ。短剣は本物に見えるし、仮に贋作であったとしても安物の草臥くたびれた剣をぶら下げているような男が手に出来る値段ではあるまい。大方おおかたハイデルフト領主館討伐の際にこそこそと盗み出したのだろうと言うのが、皆の予想だ。そしてその予想は正しい。
 男は誰も聞いてないのを知ってか知らずか、武勇伝が終わった後に一頻ひとしきり管を巻いてから眠り込むのが通例だった。
 だが、その日は違った。

 ホラ吹き男が料理を食べ終えたままに皿の上に置かれていたフォークが宙を舞う。誰かが投げたのでも弾いたのでもない。フォークは勝手に浮かび上がり、ゆっくりとホラ吹き男から遠ざかった。ほんの二、三歩分。一旦止まって四つに分かれた先を男に向ける。たまたま近くでそれを目撃した客の一人が「おい! あれを見ろ!」と騒ぎ出す。いぶかしみながらもその言葉通りに視線をやった客も異様な光景に唸るような声を漏らす。瞬く間に騒ぎが店中に広がった。どよめきの中、ホラ吹き男以外の全ての客と店員がそのフォークに注目する。
 とっくに酒に酔い、自らの話に酔いしれているホラ吹き男はそんな店の様子を皆が自分の武勇伝に聞き惚れているのだと思い込む。より一層の熱を込め、更に話を盛って語り続ける。フォークのことは全く目に入っていない。
 皆が見詰める中、今度は勢いを付けてフォークが動き出す。ホラ吹き男へと一直線。深々と首に突き刺さった。
「ぐあああぁぁぁぁ!!」
 ホラ吹き男の絶叫が店内に木霊する。他の者は今見た光景にただただ呆然とする。ホラ吹き男は咳き込み始め、咳とともに血を吐いて、倒れ込んではのたうち回る。
 そこで漸く我に返った周囲の客がホラ吹き男を助けようと試みるが、時既に遅く、絶命した。

 誰かが呟く。呪いだ、と。その言葉は店内に留まらず、明くる日には町中へと広がった。
 住民は囁き合う。そう言えばこんなことがあった、こう言うこともあった、あれもそうじゃないか、最近起こった奇怪な事件の数々も呪いだったのではないか、やっぱり俺はそうだと思ったんだ、等々、恐怖を込めた噂は留まることを知らなかった。

 町に呪いの噂が蔓延はびこり、その恐怖で塗り固められるのには下地が有った。
 半年余り前にハイデルフトの領主館が討伐軍を名乗る軍隊によって攻められ、焼け落ちた後のこと。調査をしようとする者、焼け跡から何かを盗み出そうとする者、跡地を利用しようとする者など、それぞれがそれぞれの目的によって領主館け跡へと足を踏み入れた。ところがその目的に関わりなく、それらの者はその焼け跡で次々と不慮の死をげた。ある者は穴に落ち、ある者は焼け残った柱が崩れて下敷きになり、ある者は瓦礫に足を取られて頭部を強打し、ある者は何処いずこからか飛んできた石に頭部を強打された。
 犠牲者が一人二人であれば噂にはならなかっただろう。ところが領主館跡に滞在しているだけで、一時間の内に誰か一人は死亡するほどの頻度であった。その死因も不自然に過ぎた。誰もが呪いだと考えるにやすく、瞬く間に噂が町中に広がったのだ。
 ただ、その呪いも領主館跡だけに留まり、その外には及ばない。踏み入った者でも敷地から外に出てしまえば呪いから逃れられるのである。そのため、領主館跡にさえ入らなければ良いのだとして人々はいつもの生活に戻り、誰も立ち入らなくなったことと合わせて噂は徐々に静まった。

 だが、ホラ吹き男の事件は領主館跡の外での出来事なのだ。恐慌に陥ったかのように噂は駆け巡った。

 噂を聞いたある男は考えた。領主館跡の外でも呪われるなら入っても入らなくても同じことだと。
 男は領主館跡の瓦礫の中から金目の物を探した。だが、出てくるのはガラクタばかりだ。それもその筈、金目の物は全て討伐軍が略奪して持ち出していた後である。そのことを知らず、男は数時間に渡って探したが何も出てこなかった。ただ、考えは正しかったのだと自分を慰めて探索は諦めた。
 このことは目的を肝試しに変え、武勇伝として人々の耳に入ることになる。

 領主館跡に入っても呪い殺されなくなっているとの話も噂として広がるのは速かった。
 人々は考える。何故呪いに変化が起きたのか。だが、この時点でも、将来においても、誰も正しい答えに辿り着くことができない。ひとえに、呪いが同じものと錯覚したことによる。領主館跡だけに留まる呪いと町中に広がる呪いでは、呪いを振りまく元凶が異なることを、殆どの人々には見えないために気付けないのだ。
 もし、ホラ吹き男が刺された現場に立っていたもう一人を、女を誰かの目がとらえていたなら、気付けたかも知れない。
 そう、フォークを持ってホラ吹き男を刺したその女こそ、呪いに変化をもたらした原因である。
 女の名はエカテリーナ・ハイデルフト。死して尚彷徨さまよい続ける彼女の帰還こそ、呪いに変化をもたらした。
 領主館跡だけに留まった呪いは彼女の父であるハイデルフト侯によるもので、彼女と再会によって思い残すことの無くなった彼は冥府へと旅立ち、それと共に呪いも消えた。
 だが、後に「ハイデルフトの怨霊」と呼ばれ、「怨霊」の代名詞ともなったエカテリーナの呪いは今始まったばかりである。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

笑顔が苦手な元公爵令嬢ですが、路地裏のパン屋さんで人生やり直し中です。~「悪役」なんて、もう言わせない!~

虹湖🌈
ファンタジー
不器用だっていいじゃない。焼きたてのパンがあればきっと明日は笑えるから 「悪役令嬢」と蔑まれ、婚約者にも捨てられた公爵令嬢フィオナ。彼女の唯一の慰めは、前世でパン職人だった頃の淡い記憶。居場所を失くした彼女が選んだのは、華やかな貴族社会とは無縁の、小さなパン屋を開くことだった。 人付き合いは苦手、笑顔もぎこちない。おまけにパン作りは素人も同然。 「私に、できるのだろうか……」 それでも、彼女が心を込めて焼き上げるパンは、なぜか人の心を惹きつける。幼馴染のツッコミ、忠実な執事のサポート、そしてパンの師匠との出会い。少しずつ開いていくフィオナの心と、広がっていく温かい人の輪。 これは、どん底から立ち上がり、自分の「好き」を信じて一歩ずつ前に進む少女の物語。彼女の焼くパンのように、優しくて、ちょっぴり切なくて、心がじんわり温かくなるお話です。読後、きっとあなたも誰かのために何かを作りたくなるはず。

叶えられた前世の願い

レクフル
ファンタジー
 「私が貴女を愛することはない」初めて会った日にリュシアンにそう告げられたシオン。生まれる前からの婚約者であるリュシアンは、前世で支え合うようにして共に生きた人だった。しかしシオンは悪女と名高く、しかもリュシアンが憎む相手の娘として生まれ変わってしまったのだ。想う人を守る為に強くなったリュシアン。想う人を守る為に自らが代わりとなる事を望んだシオン。前世の願いは叶ったのに、思うようにいかない二人の想いはーーー

【完結】婚約破棄された辺境伯爵令嬢、氷の皇帝に溺愛されて最強皇后になりました

きゅちゃん
ファンタジー
美貌と知性を兼ね備えた辺境伯爵令嬢エリアナは、王太子アレクサンダーとの婚約を誇りに思っていた。しかし現れた美しい聖女セレスティアに全てを奪われ、濡れ衣を着せられて婚約破棄。故郷に追放されてしまう。 そんな時、隣国の帝国が侵攻を開始。父の急死により戦場に立ったエリアナは、たった一人で帝国軍に立ち向かうことにー 辺境の令嬢がどん底から這い上がる、最強の復讐劇が今始まる!

婚約破棄してたった今処刑した悪役令嬢が前世の幼馴染兼恋人だと気づいてしまった。

風和ふわ
恋愛
タイトル通り。連載の気分転換に執筆しました。 ※なろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ、pixivに投稿しています。

メインをはれない私は、普通に令嬢やってます

かぜかおる
ファンタジー
ヒロインが引き取られてきたことで、自分がラノベの悪役令嬢だったことに気が付いたシルヴェール けど、メインをはれるだけの実力はないや・・・ だから、この世界での普通の令嬢になります! ↑本文と大分テンションの違う説明になってます・・・

罠にはめられた公爵令嬢~今度は私が報復する番です

結城芙由奈@コミカライズ連載中
ファンタジー
【私と私の家族の命を奪ったのは一体誰?】 私には婚約中の王子がいた。 ある夜のこと、内密で王子から城に呼び出されると、彼は見知らぬ女性と共に私を待ち受けていた。 そして突然告げられた一方的な婚約破棄。しかし二人の婚約は政略的なものであり、とてもでは無いが受け入れられるものではなかった。そこで婚約破棄の件は持ち帰らせてもらうことにしたその帰り道。突然馬車が襲われ、逃げる途中で私は滝に落下してしまう。 次に目覚めた場所は粗末な小屋の中で、私を助けたという青年が側にいた。そして彼の話で私は驚愕の事実を知ることになる。 目覚めた世界は10年後であり、家族は反逆罪で全員処刑されていた。更に驚くべきことに蘇った身体は全く別人の女性であった。 名前も素性も分からないこの身体で、自分と家族の命を奪った相手に必ず報復することに私は決めた――。 ※他サイトでも投稿中

婚約破棄のその場で転生前の記憶が戻り、悪役令嬢として反撃開始いたします

タマ マコト
ファンタジー
革命前夜の王国で、公爵令嬢レティシアは盛大な舞踏会の場で王太子アルマンから一方的に婚約を破棄され、社交界の嘲笑の的になる。その瞬間、彼女は“日本の歴史オタク女子大生”だった前世の記憶を思い出し、この国が数年後に血塗れの革命で滅びる未来を知ってしまう。 悪役令嬢として嫌われ、切り捨てられた自分の立場と、公爵家の権力・財力を「運命改変の武器」にすると決めたレティシアは、貧民街への支援や貴族の不正調査をひそかに始める。その過程で、冷静で改革派の第二王子シャルルと出会い、互いに利害と興味を抱きながら、“歴史に逆らう悪役令嬢”として静かな反撃をスタートさせていく。

断罪中、味方が多すぎて王子が孤立している件について

夏乃みのり
恋愛
バーンスタイン伯爵家の令嬢ラミリアは、魔力も剣の才能もない「ごく普通」の地味な女性。 ある日のパーティーで、婚約者であるジェラルド第二王子から「地味で無能で嫉妬深い」と罵られ、身に覚えのない罪で婚約破棄を突きつけられてしまう。 しかし、断罪劇は予想外の展開へ。

処理中です...