慟哭の螺旋(「悪役令嬢の慟哭」加筆修正版)

浜柔

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第四話 誕生-2

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 誰かが居なくなったとて世界は回る。
 この日もレミアは女給として忙しく働いていた。女給の仕事は忙しくても給金は雀の涙。ただ働きみたいなものである。
 酒場としての店は安さだけが売りで、ボナレス兵が常連になっている。安さに釣られたハイデンの住民も増えつつある。そんな酒場だから給金も安いのかと納得。できるはずもない。その上、店の真ん中で飲んだくれているボナレス兵は散々飲み食いした挙げ句に毎度毎度支払を踏み倒すのだ。ところが店主ときたら「お前が代金を受け取れないのが悪い」などと言ってレミアの給金から代金を天引きする始末である。
 だからレミアは思うのだ。
 本当に絞め殺したい。
 この代金の踏み倒しについては第二大隊も役に立たない。放置して逮捕しようともしないだけでなく、出入り禁止にもしない。
 そしてまたレミアは思うのだ。
 もう、全員絞め殺したい。
 だからと言って、実行はしないのだが。
「領主の野郎、給金を支払いやしねぇ」
 今日も今日とてボナレス兵はそんな愚痴を喚くが、レミアとしては「こんな所で呑んだくれているろくでなしに給金なんていらねぇだろ。それよりちゃんと代金を払えよ」と品のない言葉で罵ってやりたくなる。その兵士の所属が第一大隊のようだから余計にだ。
 いや、いっそ叩き殺してやりたい。こいつらのせいで皆が生活に困窮しているのだ。死んで貰って当然だ。
 そんなことを沸々と考えている最中さなか、レミアは知った顔を見た気がした。見回したが居ない。こんな場所に来るような人物ではなく、処刑されたと聞くから居るはずがない。何を考えているんだと自分に言い聞かせて仕事に戻ろうとするが、何やら騒がしい。ボナレス兵が他の客に絡み始めたのだ。
 本当に叩き殺してやりたい。
 そんな秘めたる思いを抱きつつ、憎しみを込めてボナレス兵の方を見ると、不思議な光景を見た。金糸銀糸で刺繍が施されたワインレッドの豪奢な衣裳に身を包んだ女がボナレス兵の後ろにしゃがみ込んでいる。あんな場違いな衣裳で何故あんな所にしゃがんでいるのか判らない。だが、そのことに誰も言及しない。
 他の人にはあの女が見えてないのだろうか。見えていて無視しているのだろうか。それとも自分が夢を見ているのだろうか。そもそもいつ入って来たのだろうか。あんな目立つ衣裳を今まで気付かなかったのか。
 レミアは何が間違っているのかを必死に考えた。

 考えに没頭する中でも事態は進む。しゃがんでいる女がボナレス兵の足下に瓶を転がした。兵士がその瓶に足を取られ、小さな悲鳴を上げながら後ろ向きに倒れてゆく。その先には女が短剣を上に向けて立てていた。
 くぐもった呻き声は一瞬だけのこと。床に赤い染みが広がってゆく。兵士の無様を囃し立てようとした周囲の客も、直前で事態の急変に声を詰まらせる。悲鳴を上げることすら忘れ、辺りは静まり返った。
 レミアが女の姿を追うと、誰もが硬直したように動かない中で一人、ガッツポーズを決めている。それから女は戸口の方へとスキップして行った。
 その姿には見覚えがあった。髪こそ短くなっているものの、容姿も衣裳も間違えようがない。かつての主であるエカテリーナ・ハイデルフトその人だ。着ている衣裳はハイデルフト家が主催したパーティで着用したものに違いない。解雇された前年だったからもう一昨年のことだ。
 仕草もそう。エカテリーナは極稀ではあったが、ご機嫌な時にガッツポーズやスキップをすることが有った。恐らくは本人さえ気付いていない癖。ある時、スキップしているのを見て「何か良いことがあったのですか?」と尋ねたところ、「どうして判ったの?」とびっくりされたことが有る。
 だが何故だろうか。あんなに目立つ行動をしているにもかかわらず、誰も気付いていない様子だ。
 そんなことを考えている内、漸く周りが騒がしくなった。「おい、見たか?」「お、おう。短剣が勝手に立ち上がりやがった」「やっぱ、あれか?」「間違いねぇ、呪いだ」。そんな話が店内を満たしている。

 なかば思考の海に沈んでいたレミアは、はたと我に返ってエカテリーナの姿を探したが、扉が開く音も聞こえないまま居なくなってしまっていた。何処にも見あたらない。音が喧騒に紛れてしまったのかとも考えたが、扉には鈴が付いているので多少のことでは聞こえなくなったりしない。エカテリーナが掻き消えたとしか思えなかった。
 それで確信した。エカテリーナは確かに処刑されたのだと。そしていま彷徨さまよって復讐しているのだと。自分にだけエカテリーナが見えたのは、きっと自分が特別なのだと。
 だから行動に移す。まずは倒れた兵士を介抱する振りをしてその懐から所持金をスリ取ってしまう。今まで散々立て替えさせられたのだからこれ位は当然だと言い訳しつつ、金目の物も物色する。そして改めて兵士の息が無いことを確認すると、店から抜け出した。

 春の足音が聞こえ始めた季節になってはいても、日が暮れた後の風はひんやりとして、吐く息はまだまだ白い。
 空に向けて「はー」と息を吐く。
 レミアはささやかながら開放感を感じた。
 今は明日の食事を気にするのは止めだ。必要があればボナレスの連中から奪えばいいのだ。奴らがやっていたことだ、やり返して何が悪い。エカテリーナが復讐しているのだから自分もそれに続くのだ。そうだ叛乱だ。ハイデルフトを荒らした者達に叛旗をひるがえすのだ。
 そんな都合の良いことを考えつつレミアは叫ぶ。
「お嬢様、私はやりますよ!」
 ただ、ボナレス兵の懐具合は本人が愚痴っていた通りだったようで、スリ取ったのは一回分の飲み代にも足りない金額だった。安酒場の飲み代に足りないのだから大概だ。最初から踏み倒す気満々だったに違いない。レミアは改めて絞め殺してやりたくなった。
 既に死んでいるのだけれど。
 ともあれ目標が出来たのだ。大きく腕を振って意気揚々と夜の町を歩く。

 こうして、一人の女盗賊が生まれた。
 ただ、レミアの想いがどうであるかに関わらず、人々の認識は盗賊でしかない。

   ◆

 盗賊となって最初に手を付けたのは強盗。夜の町を一人で歩いているボナレス兵を後ろから棒で殴りつけて昏倒させ、金品と武器を奪う。なぁにボナレス兵が死んだって構いはしない。それだけのことをされたのだからと、黙々と作業として行った。剣を手に入れてからは棒で殴る代わりに剣で突き刺した。銃も手に入れたが、音が出るので殆ど使っていない。
 だが、順調だったのも最初の頃だけだ。間もなくボナレス兵が単独行動をしなくなり、襲う相手を見つけるのも一苦労するようになった。漸く見つけたと思った相手はおとりで、這々ほうほうていで逃げざるを得なくなる始末だ。危うく捕まりそうになったことも有る。
 捕まっては元も子もないので方針の転換をした。それまでが行き当たりばったりだっただけとも言うが、もっと計画的に事を進めなければ命が幾つ有っても足りない。当然ながら持っている命は一つ切りだから大事にしなければならないのだ。
 とは言え、計画的にすればするほど手間も時間も掛かる。大掛かりになれば費用も掛かり、複数人を一度に襲わなければ割りに合わない。するとまた警戒が厳しくなってもっと手間と時間を使わなければならない。
 世の中とはままならないものであった。
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