慟哭の螺旋(「悪役令嬢の慟哭」加筆修正版)

浜柔

文字の大きさ
18 / 38

第五話 商品

しおりを挟む
 サブリナ・メドルーアは朝から落ち着かない。お昼からのパーティーが待ち遠しくて堪らないのだ。今日は六歳の誕生日である。
 パーティがお昼からなのはお友達を何人か呼んでいるため。暗くなれば大人でも外を歩くのが危ない今日この頃で、保護者同伴であっても子供が夜に外を歩くのは危なすぎるのだ。
 サブリナが落ち着かないのは、ワクワクしているからだけではない。大人達がパーティの準備で忙しくしているからでもある。父親は朝食を終えてぐ、パーティに合わせてテーブルを動かした。そのまま仕事に出掛けてしまったが、パーティの時間に合わせて帰る約束だ。母親はご馳走作りにてんてこ舞いで、お手伝いさんは飾り付けを頑張っている。
 だけどサブリナは少し不満だ。誰も遊んでくれない。「兵隊さんが沢山居るから危ない」と言われ、家から出して貰えない。だからお手伝いをしようと思った。でも、飾り付けを手伝おうとしたらお手伝いさんは言う。
「お嬢様は主賓なのですから飾り付けが終わるのをお待ちください」
 だったらと、料理を手伝おうとしたら母親は言う。
「お楽しみは、楽しむべき時に楽しむから楽しいのよ。だから我慢してね」
 サブリナには意味がよく解らなかったが、拒絶されたのだけは判る。不満でぷうっと頬を膨らませたまま、自室に戻って窓から外を眺めることにした。落ち着かないから絵本を読む気にもなれなかったのだ。そして、ただただ退屈を持て余していた。

 サブリナの家族は、父親と母親とサブリナの三人。父親はメドルーア商会と言う宝石商を営んでいる。昨年の夏までは業績が上がらず生活も苦しかった。もっと子供が欲しいと思ってもサブリナ一人を育てるので精一杯だったのだ。
 だがその秋から状況が変わった。隣接領の兵士達がハイデルフト家由来の品を持ち込んでくるようになったのだ。盗品か横流し品であることは間違いないが、元々の所有者は既に死んでいないのだからと買い取って転売した。買い取る時は兵士の足下を見て買い叩き、ハイデルフト家の名を使って他の町で高く売りつける。
 ハイデンで売り捌けなかったのは、皆がその出所でどころを知る上、食糧の高騰で宝飾品どころではなかったことによる。必然的に他の町に持ち出した。検問が敷かれていたために少量しか運べない密輸ルートを通ってのことだが、宝飾品は大きさや重さに対して動く金額が大きく、十分な利益を得ることができた。
 この強欲な姿勢こそがメドルーアの業績が上がらなかった理由だが、彼はそれに全く気付いていない。信用ならないと同業者から敬遠されていることを知らないのだ。
 そして業績が上がったのは、同業者の多くがハイデルフト家由来の品を買い取らなかったことによる。確実に盗品なのだ。過去にハイデルフト家との取り引きで恩恵を得ていた身であれば、そうそう罰当たりな不義理もできない。
 メドルーアはハイデルフト家と取り引きができなかったためか、躊躇いが無かったのだ。そして、自らの置かれている状況を知らないまま、転売で上げた業績が一生続くとさえ思ってもいた。
 それは有る意味では正しい。

 サブリナがずっと外を見ていたら、見知らぬ女の人が来るのが見えた。一体誰が来たのかと思ってリビングへ行くと、その女の人がちょうどリビングに入って来るところだった。お手伝いさんは何処に行ったのか、ここには居ない。
「お姉さん、誰?」
 サブリナが尋ねると、女の人は目を丸くしてサブリナの方を見た。だけどもその驚いたような顔は直ぐににやーっとした気持ちの悪い笑顔に変わる。
 怖気が走った。怖い。サブリナは慌てて自室へ戻りベッドに潜り込んだ。そして、ギュッと目を瞑って丸まった。
「怖い、怖い、怖い」
 女の人は笑っただけだ。だけど怖い。サブリナはガチガチと歯の根が合わなかった。

 どれだけの時間そうしていたのかは判らない。だけどもサブリナは母親のこの世ならざる悲鳴に飛び起きた。
「ママー、ママー」
 サブリナは母親を呼びながら走る。母親が居るはずの厨房の前まで来ると、何だか変な臭いがした。何かが燃えて焦げている臭いを嗅いだことのないサブリナには臭いことしか判らないのだ。厨房へのドアを開けようとするとノブがとても熱い。でもその熱いのを我慢してドアを開けた。
「ひっ!」
 厨房は火に包まれていた。母親の姿は見えない。
「ママー、ママー」
 サブリナは必死に母親を呼ぶ。だがその時、ぞわりと悪寒を感じた。そろりそろりと振り返ると、直ぐ後ろでさっきの女の人が冷たく見下ろしていた。思わず女の人から後退あとじさる。それに合わせるように、女の人がサブリナの額を押した。
 一瞬時が止まったように感じる。女の人が何か喋っているけれど聞こえない。そのままサブリナは火の中に倒れていった。

『せめてもの慈悲よ』
 知らない女の人、即ちエカテリーナ・ハイデルフトはそう呟いていた。
 ハイデンだけでなく旧ハイデルフト領全体で多くの人々の生活が苦しくなっており、孤児になってはまともには生きられもしない。まだまだ夜が冷え込む季節柄にあっては、冷たくなって朝を迎えるか、塗炭の苦しみを味わいながら泥水をすするかだ。
 それをエカテリーナはハイデンへと帰郷する道すがらに見て知っていた。
 それならいっそのこと、幸せでいられただろう今この時に母親と一緒に逝かせてやるのが慈悲だとエカテリーナは考えるのだ。
 また、サブリナが怖いと感じたエカテリーナの笑みは、単なる苦笑であった。こんな可愛らしい娘が居ながらあくどい商売をしているのかと、その厚顔無恥さに呆れたのだ。

「放せーっ! 放してくれーっ! 中には妻が! 娘が!」
「駄目だ! こんだけ火が回ってたらもう助からん! お前まで死んでしまうだけだ!」
 サブリナの父親であるメドルーアが燃え盛る自宅を前に暴れ叫んでいた。家族を助けるのだと言って家の中に入ろうとしている。その足下にはサブリナへのプレゼントの箱が転がる。
 そんなメドルーアを周りの者が止めているが、彼らにとっては迷惑この上ない。何時いつ自宅に延焼するか判らない今、メドルーアにかかずらっている場合ではないのだ。だが、目の前で火に飛び込まれても寝覚めが悪い。だから止める。
 家全体に火が回ってしまっていては、自然に鎮火するのを待つしかない。できるのは近隣の建物に水を掛けて延焼を食い止めることだけだ。メドルーアを抑えるのに人手を割けば、その分だけ掛けられる水の量が減ってしまう。
 幸いなのは風が無いことである。
 数時間が経ち、メドルーアの家が焼け落ちる。近隣の建物はまだ無事だ。
 この段になってやっとメドルーアは温和しくなった。プレゼントを抱きかかえて嗚咽を漏らす。
 それを見た近所の者達は直ぐに自宅に戻り、まだ油断はできないと、自宅に水を掛け続けた。

「店長ーっ!」
 項垂うなだれるメドルーアを訪ねて商会の店員が必死の形相で走って来た。店員は燃え落ちる家を見て驚愕を顔に張り付けるが、直ぐに用事を思い出したらしい。
「店長! 商会が火事です! もう、手が付けられません!」
「何だと!?」
 メドルーアは走る。必死に走る。そして商会の店舗の前にして絶望した。店舗はうに焼け落ちていた。
「俺になんの恨みが有ると言うんだ!?」
 メドルーアは嘆き、誰にともなく叫んだ。

『有るに決まっているではありませんか』
 いつからかメドルーアの後ろに立っていたエカテリーナが彼の叫びに答えた。彼には聞こえないのが判っていながらえて口にする。
『私達家族の思い出の品で勝手な商売をされたのですから、恨まない筈がないでしょう』
 項垂れるメドルーアを見下ろしてエカテリーナは考える。

 ――さて、この男の始末はどう付けましょう?

 メドルーアが燃え落ちる店舗を見詰める中、周りがにわかに騒がしくなる。ボナレス兵が駆け付けて来たのだ。
 兵士達はメドルーア商会の店舗の周りを封鎖すると、民衆を追い払い始めた。メドルーアさえも追い払われる。彼が抗議しても聞き入れないどころか、剣を向ける始末である。
 為す術の無いメドルーアは顔を歪めながらとぼとぼと自宅へと向かう。せめて妻子の亡骸を探して弔おうとしてのことだ。ところがその先も同じようにボナレス兵が封鎖していて、焼け跡に近づけない。
「あの中には妻や子供が居たんだ!」
 そう叫んでみてもボナレス兵は嘲笑うだけだった。

 ボナレス兵が何をしようとしているのかはメドルーアにも容易に判った。焼け残った金品を略奪しようというのだ。火事跡なら現場検証の名目で好き勝手に探索できる。憤りを感じても、メドルーアには手も足も出せなかった。

   ◆

「なんてもの持って来やがる! 出て行きやがれ!!」
 メドルーアは知り合いの商人の店から叩き出された。手持ちの現金が少なかった彼は、仕方なくサブリナへのプレゼントに用意していた髪留めを知人に売りに行ったのだ。彼なら近々誕生日を迎える小さな娘が居るため、プレゼントとして買ってくれると考えた。ところがである、知人は髪留めを見た途端に激怒し始めた。
「何故だ!? これはハイデルフト家所蔵の確かな作りの品だぞ?」
 メドルーアはすがった。そんな彼を知人は冷たく問う。
「お前はハイデルフトの呪いのことを聞いてないのか?」
「呪いなんて単なる噂だろ!」
 メドルーアは呪いなど信じていない。興味も無かったため、噂の内容も聞き流してしまっていた。
「はぁ……。呪いじゃなくてフォークや短剣がどうやって独りでに動くって言うんだ?」
 知人はメドルーアの物知らずぶりに呆れたように言った。
「そんなのは誰かの見間違いだ!」
「大勢が同じものを見ていたのにか?」
「だったら誰かがトリックを使ったに決まっている!」
「糸すら付いてなかったって話だ。大体、お前自身が呪われてるだろ」
「どうして俺が!? 呪われる理由なんて何も無いぞ!」
 メドルーアは心外とばかりに言い返すが、知人はいよいよ呆れた声で言い放つ。
「有るだろ。今お前が持ってる髪留めだよ」
「何!?」
 メドルーアは慮外の理由に頭が真っ白になった。
「ハイデルフト家から流れた品を扱っていた商人がもう何人も死んでるんだ。それすら知らなかったのか?」
 知人の信じられない言葉にメドルーアは放心した。

 失意の中、メドルーアはとぼとぼと歩く。気付けば自宅の焼け跡の前に立っていた。焼け跡ではボナレス兵がまだ瓦礫を漁っている。その様子を見ていると怒りが込み上げて来る。
 ぽすんと、メドルーアは誰かに背中を押された気がした。それを合図のようにして、メドルーアはボナレス兵へと襲いかかった。
 そして殴られたボナレス兵は剣を抜き、メドルーアへと振るう。
 メドルーアの顔に一瞬笑みが浮かんだ。

『背中を押すだけの簡単なお仕事だったわね』
 エカテリーナはそう呟くと、死肉を漁る獣のようなボナレス兵を見ながら思案を巡らし続けた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

笑顔が苦手な元公爵令嬢ですが、路地裏のパン屋さんで人生やり直し中です。~「悪役」なんて、もう言わせない!~

虹湖🌈
ファンタジー
不器用だっていいじゃない。焼きたてのパンがあればきっと明日は笑えるから 「悪役令嬢」と蔑まれ、婚約者にも捨てられた公爵令嬢フィオナ。彼女の唯一の慰めは、前世でパン職人だった頃の淡い記憶。居場所を失くした彼女が選んだのは、華やかな貴族社会とは無縁の、小さなパン屋を開くことだった。 人付き合いは苦手、笑顔もぎこちない。おまけにパン作りは素人も同然。 「私に、できるのだろうか……」 それでも、彼女が心を込めて焼き上げるパンは、なぜか人の心を惹きつける。幼馴染のツッコミ、忠実な執事のサポート、そしてパンの師匠との出会い。少しずつ開いていくフィオナの心と、広がっていく温かい人の輪。 これは、どん底から立ち上がり、自分の「好き」を信じて一歩ずつ前に進む少女の物語。彼女の焼くパンのように、優しくて、ちょっぴり切なくて、心がじんわり温かくなるお話です。読後、きっとあなたも誰かのために何かを作りたくなるはず。

【完結】婚約破棄された辺境伯爵令嬢、氷の皇帝に溺愛されて最強皇后になりました

きゅちゃん
ファンタジー
美貌と知性を兼ね備えた辺境伯爵令嬢エリアナは、王太子アレクサンダーとの婚約を誇りに思っていた。しかし現れた美しい聖女セレスティアに全てを奪われ、濡れ衣を着せられて婚約破棄。故郷に追放されてしまう。 そんな時、隣国の帝国が侵攻を開始。父の急死により戦場に立ったエリアナは、たった一人で帝国軍に立ち向かうことにー 辺境の令嬢がどん底から這い上がる、最強の復讐劇が今始まる!

メインをはれない私は、普通に令嬢やってます

かぜかおる
ファンタジー
ヒロインが引き取られてきたことで、自分がラノベの悪役令嬢だったことに気が付いたシルヴェール けど、メインをはれるだけの実力はないや・・・ だから、この世界での普通の令嬢になります! ↑本文と大分テンションの違う説明になってます・・・

婚約破棄してたった今処刑した悪役令嬢が前世の幼馴染兼恋人だと気づいてしまった。

風和ふわ
恋愛
タイトル通り。連載の気分転換に執筆しました。 ※なろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ、pixivに投稿しています。

叶えられた前世の願い

レクフル
ファンタジー
 「私が貴女を愛することはない」初めて会った日にリュシアンにそう告げられたシオン。生まれる前からの婚約者であるリュシアンは、前世で支え合うようにして共に生きた人だった。しかしシオンは悪女と名高く、しかもリュシアンが憎む相手の娘として生まれ変わってしまったのだ。想う人を守る為に強くなったリュシアン。想う人を守る為に自らが代わりとなる事を望んだシオン。前世の願いは叶ったのに、思うようにいかない二人の想いはーーー

罠にはめられた公爵令嬢~今度は私が報復する番です

結城芙由奈@コミカライズ連載中
ファンタジー
【私と私の家族の命を奪ったのは一体誰?】 私には婚約中の王子がいた。 ある夜のこと、内密で王子から城に呼び出されると、彼は見知らぬ女性と共に私を待ち受けていた。 そして突然告げられた一方的な婚約破棄。しかし二人の婚約は政略的なものであり、とてもでは無いが受け入れられるものではなかった。そこで婚約破棄の件は持ち帰らせてもらうことにしたその帰り道。突然馬車が襲われ、逃げる途中で私は滝に落下してしまう。 次に目覚めた場所は粗末な小屋の中で、私を助けたという青年が側にいた。そして彼の話で私は驚愕の事実を知ることになる。 目覚めた世界は10年後であり、家族は反逆罪で全員処刑されていた。更に驚くべきことに蘇った身体は全く別人の女性であった。 名前も素性も分からないこの身体で、自分と家族の命を奪った相手に必ず報復することに私は決めた――。 ※他サイトでも投稿中

問い・その極悪令嬢は本当に有罪だったのか。

風和ふわ
ファンタジー
三日前、とある女子生徒が通称「極悪令嬢」のアース・クリスタに毒殺されようとした。 噂によると、極悪令嬢アースはその女生徒の美貌と才能を妬んで毒殺を企んだらしい。 そこで、極悪令嬢を退学させるか否か、生徒会で決定することになった。 生徒会のほぼ全員が極悪令嬢の有罪を疑わなかった。しかし── 「ちょっといいかな。これらの証拠にはどれも矛盾があるように見えるんだけど」 一人だけ。生徒会長のウラヌスだけが、そう主張した。 そこで生徒会は改めて証拠を見直し、今回の毒殺事件についてウラヌスを中心として話し合っていく──。

婚約破棄のその場で転生前の記憶が戻り、悪役令嬢として反撃開始いたします

タマ マコト
ファンタジー
革命前夜の王国で、公爵令嬢レティシアは盛大な舞踏会の場で王太子アルマンから一方的に婚約を破棄され、社交界の嘲笑の的になる。その瞬間、彼女は“日本の歴史オタク女子大生”だった前世の記憶を思い出し、この国が数年後に血塗れの革命で滅びる未来を知ってしまう。 悪役令嬢として嫌われ、切り捨てられた自分の立場と、公爵家の権力・財力を「運命改変の武器」にすると決めたレティシアは、貧民街への支援や貴族の不正調査をひそかに始める。その過程で、冷静で改革派の第二王子シャルルと出会い、互いに利害と興味を抱きながら、“歴史に逆らう悪役令嬢”として静かな反撃をスタートさせていく。

処理中です...