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第五話 商品
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サブリナ・メドルーアは朝から落ち着かない。お昼からのパーティーが待ち遠しくて堪らないのだ。今日は六歳の誕生日である。
パーティがお昼からなのはお友達を何人か呼んでいるため。暗くなれば大人でも外を歩くのが危ない今日この頃で、保護者同伴であっても子供が夜に外を歩くのは危なすぎるのだ。
サブリナが落ち着かないのは、ワクワクしているからだけではない。大人達がパーティの準備で忙しくしているからでもある。父親は朝食を終えて直ぐ、パーティに合わせてテーブルを動かした。そのまま仕事に出掛けてしまったが、パーティの時間に合わせて帰る約束だ。母親はご馳走作りにてんてこ舞いで、お手伝いさんは飾り付けを頑張っている。
だけどサブリナは少し不満だ。誰も遊んでくれない。「兵隊さんが沢山居るから危ない」と言われ、家から出して貰えない。だからお手伝いをしようと思った。でも、飾り付けを手伝おうとしたらお手伝いさんは言う。
「お嬢様は主賓なのですから飾り付けが終わるのをお待ちください」
だったらと、料理を手伝おうとしたら母親は言う。
「お楽しみは、楽しむべき時に楽しむから楽しいのよ。だから我慢してね」
サブリナには意味がよく解らなかったが、拒絶されたのだけは判る。不満でぷうっと頬を膨らませたまま、自室に戻って窓から外を眺めることにした。落ち着かないから絵本を読む気にもなれなかったのだ。そして、ただただ退屈を持て余していた。
サブリナの家族は、父親と母親とサブリナの三人。父親はメドルーア商会と言う宝石商を営んでいる。昨年の夏までは業績が上がらず生活も苦しかった。もっと子供が欲しいと思ってもサブリナ一人を育てるので精一杯だったのだ。
だがその秋から状況が変わった。隣接領の兵士達がハイデルフト家由来の品を持ち込んでくるようになったのだ。盗品か横流し品であることは間違いないが、元々の所有者は既に死んでいないのだからと買い取って転売した。買い取る時は兵士の足下を見て買い叩き、ハイデルフト家の名を使って他の町で高く売りつける。
ハイデンで売り捌けなかったのは、皆がその出所を知る上、食糧の高騰で宝飾品どころではなかったことによる。必然的に他の町に持ち出した。検問が敷かれていたために少量しか運べない密輸ルートを通ってのことだが、宝飾品は大きさや重さに対して動く金額が大きく、十分な利益を得ることができた。
この強欲な姿勢こそがメドルーアの業績が上がらなかった理由だが、彼はそれに全く気付いていない。信用ならないと同業者から敬遠されていることを知らないのだ。
そして業績が上がったのは、同業者の多くがハイデルフト家由来の品を買い取らなかったことによる。確実に盗品なのだ。過去にハイデルフト家との取り引きで恩恵を得ていた身であれば、そうそう罰当たりな不義理もできない。
メドルーアはハイデルフト家と取り引きができなかったためか、躊躇いが無かったのだ。そして、自らの置かれている状況を知らないまま、転売で上げた業績が一生続くとさえ思ってもいた。
それは有る意味では正しい。
サブリナがずっと外を見ていたら、見知らぬ女の人が来るのが見えた。一体誰が来たのかと思ってリビングへ行くと、その女の人がちょうどリビングに入って来るところだった。お手伝いさんは何処に行ったのか、ここには居ない。
「お姉さん、誰?」
サブリナが尋ねると、女の人は目を丸くしてサブリナの方を見た。だけどもその驚いたような顔は直ぐににやーっとした気持ちの悪い笑顔に変わる。
怖気が走った。怖い。サブリナは慌てて自室へ戻りベッドに潜り込んだ。そして、ギュッと目を瞑って丸まった。
「怖い、怖い、怖い」
女の人は笑っただけだ。だけど怖い。サブリナはガチガチと歯の根が合わなかった。
どれだけの時間そうしていたのかは判らない。だけどもサブリナは母親のこの世ならざる悲鳴に飛び起きた。
「ママー、ママー」
サブリナは母親を呼びながら走る。母親が居るはずの厨房の前まで来ると、何だか変な臭いがした。何かが燃えて焦げている臭いを嗅いだことのないサブリナには臭いことしか判らないのだ。厨房へのドアを開けようとするとノブがとても熱い。でもその熱いのを我慢してドアを開けた。
「ひっ!」
厨房は火に包まれていた。母親の姿は見えない。
「ママー、ママー」
サブリナは必死に母親を呼ぶ。だがその時、ぞわりと悪寒を感じた。そろりそろりと振り返ると、直ぐ後ろでさっきの女の人が冷たく見下ろしていた。思わず女の人から後退る。それに合わせるように、女の人がサブリナの額を押した。
一瞬時が止まったように感じる。女の人が何か喋っているけれど聞こえない。そのままサブリナは火の中に倒れていった。
『せめてもの慈悲よ』
知らない女の人、即ちエカテリーナ・ハイデルフトはそう呟いていた。
ハイデンだけでなく旧ハイデルフト領全体で多くの人々の生活が苦しくなっており、孤児になってはまともには生きられもしない。まだまだ夜が冷え込む季節柄にあっては、冷たくなって朝を迎えるか、塗炭の苦しみを味わいながら泥水を啜るかだ。
それをエカテリーナはハイデンへと帰郷する道すがらに見て知っていた。
それならいっそのこと、幸せでいられただろう今この時に母親と一緒に逝かせてやるのが慈悲だとエカテリーナは考えるのだ。
また、サブリナが怖いと感じたエカテリーナの笑みは、単なる苦笑であった。こんな可愛らしい娘が居ながらあくどい商売をしているのかと、その厚顔無恥さに呆れたのだ。
「放せーっ! 放してくれーっ! 中には妻が! 娘が!」
「駄目だ! こんだけ火が回ってたらもう助からん! お前まで死んでしまうだけだ!」
サブリナの父親であるメドルーアが燃え盛る自宅を前に暴れ叫んでいた。家族を助けるのだと言って家の中に入ろうとしている。その足下にはサブリナへのプレゼントの箱が転がる。
そんなメドルーアを周りの者が止めているが、彼らにとっては迷惑この上ない。何時自宅に延焼するか判らない今、メドルーアに拘っている場合ではないのだ。だが、目の前で火に飛び込まれても寝覚めが悪い。だから止める。
家全体に火が回ってしまっていては、自然に鎮火するのを待つしかない。できるのは近隣の建物に水を掛けて延焼を食い止めることだけだ。メドルーアを抑えるのに人手を割けば、その分だけ掛けられる水の量が減ってしまう。
幸いなのは風が無いことである。
数時間が経ち、メドルーアの家が焼け落ちる。近隣の建物はまだ無事だ。
この段になってやっとメドルーアは温和しくなった。プレゼントを抱きかかえて嗚咽を漏らす。
それを見た近所の者達は直ぐに自宅に戻り、まだ油断はできないと、自宅に水を掛け続けた。
「店長ーっ!」
項垂れるメドルーアを訪ねて商会の店員が必死の形相で走って来た。店員は燃え落ちる家を見て驚愕を顔に張り付けるが、直ぐに用事を思い出したらしい。
「店長! 商会が火事です! もう、手が付けられません!」
「何だと!?」
メドルーアは走る。必死に走る。そして商会の店舗の前にして絶望した。店舗は疾うに焼け落ちていた。
「俺になんの恨みが有ると言うんだ!?」
メドルーアは嘆き、誰にともなく叫んだ。
『有るに決まっているではありませんか』
いつからかメドルーアの後ろに立っていたエカテリーナが彼の叫びに答えた。彼には聞こえないのが判っていながら敢えて口にする。
『私達家族の思い出の品で勝手な商売をされたのですから、恨まない筈がないでしょう』
項垂れるメドルーアを見下ろしてエカテリーナは考える。
――さて、この男の始末はどう付けましょう?
メドルーアが燃え落ちる店舗を見詰める中、周りが俄に騒がしくなる。ボナレス兵が駆け付けて来たのだ。
兵士達はメドルーア商会の店舗の周りを封鎖すると、民衆を追い払い始めた。メドルーアさえも追い払われる。彼が抗議しても聞き入れないどころか、剣を向ける始末である。
為す術の無いメドルーアは顔を歪めながらとぼとぼと自宅へと向かう。せめて妻子の亡骸を探して弔おうとしてのことだ。ところがその先も同じようにボナレス兵が封鎖していて、焼け跡に近づけない。
「あの中には妻や子供が居たんだ!」
そう叫んでみてもボナレス兵は嘲笑うだけだった。
ボナレス兵が何をしようとしているのかはメドルーアにも容易に判った。焼け残った金品を略奪しようというのだ。火事跡なら現場検証の名目で好き勝手に探索できる。憤りを感じても、メドルーアには手も足も出せなかった。
◆
「なんてもの持って来やがる! 出て行きやがれ!!」
メドルーアは知り合いの商人の店から叩き出された。手持ちの現金が少なかった彼は、仕方なくサブリナへのプレゼントに用意していた髪留めを知人に売りに行ったのだ。彼なら近々誕生日を迎える小さな娘が居るため、プレゼントとして買ってくれると考えた。ところがである、知人は髪留めを見た途端に激怒し始めた。
「何故だ!? これはハイデルフト家所蔵の確かな作りの品だぞ?」
メドルーアは縋った。そんな彼を知人は冷たく問う。
「お前はハイデルフトの呪いのことを聞いてないのか?」
「呪いなんて単なる噂だろ!」
メドルーアは呪いなど信じていない。興味も無かったため、噂の内容も聞き流してしまっていた。
「はぁ……。呪いじゃなくてフォークや短剣がどうやって独りでに動くって言うんだ?」
知人はメドルーアの物知らずぶりに呆れたように言った。
「そんなのは誰かの見間違いだ!」
「大勢が同じものを見ていたのにか?」
「だったら誰かがトリックを使ったに決まっている!」
「糸すら付いてなかったって話だ。大体、お前自身が呪われてるだろ」
「どうして俺が!? 呪われる理由なんて何も無いぞ!」
メドルーアは心外とばかりに言い返すが、知人はいよいよ呆れた声で言い放つ。
「有るだろ。今お前が持ってる髪留めだよ」
「何!?」
メドルーアは慮外の理由に頭が真っ白になった。
「ハイデルフト家から流れた品を扱っていた商人がもう何人も死んでるんだ。それすら知らなかったのか?」
知人の信じられない言葉にメドルーアは放心した。
失意の中、メドルーアはとぼとぼと歩く。気付けば自宅の焼け跡の前に立っていた。焼け跡ではボナレス兵がまだ瓦礫を漁っている。その様子を見ていると怒りが込み上げて来る。
ぽすんと、メドルーアは誰かに背中を押された気がした。それを合図のようにして、メドルーアはボナレス兵へと襲いかかった。
そして殴られたボナレス兵は剣を抜き、メドルーアへと振るう。
メドルーアの顔に一瞬笑みが浮かんだ。
『背中を押すだけの簡単なお仕事だったわね』
エカテリーナはそう呟くと、死肉を漁る獣のようなボナレス兵を見ながら思案を巡らし続けた。
パーティがお昼からなのはお友達を何人か呼んでいるため。暗くなれば大人でも外を歩くのが危ない今日この頃で、保護者同伴であっても子供が夜に外を歩くのは危なすぎるのだ。
サブリナが落ち着かないのは、ワクワクしているからだけではない。大人達がパーティの準備で忙しくしているからでもある。父親は朝食を終えて直ぐ、パーティに合わせてテーブルを動かした。そのまま仕事に出掛けてしまったが、パーティの時間に合わせて帰る約束だ。母親はご馳走作りにてんてこ舞いで、お手伝いさんは飾り付けを頑張っている。
だけどサブリナは少し不満だ。誰も遊んでくれない。「兵隊さんが沢山居るから危ない」と言われ、家から出して貰えない。だからお手伝いをしようと思った。でも、飾り付けを手伝おうとしたらお手伝いさんは言う。
「お嬢様は主賓なのですから飾り付けが終わるのをお待ちください」
だったらと、料理を手伝おうとしたら母親は言う。
「お楽しみは、楽しむべき時に楽しむから楽しいのよ。だから我慢してね」
サブリナには意味がよく解らなかったが、拒絶されたのだけは判る。不満でぷうっと頬を膨らませたまま、自室に戻って窓から外を眺めることにした。落ち着かないから絵本を読む気にもなれなかったのだ。そして、ただただ退屈を持て余していた。
サブリナの家族は、父親と母親とサブリナの三人。父親はメドルーア商会と言う宝石商を営んでいる。昨年の夏までは業績が上がらず生活も苦しかった。もっと子供が欲しいと思ってもサブリナ一人を育てるので精一杯だったのだ。
だがその秋から状況が変わった。隣接領の兵士達がハイデルフト家由来の品を持ち込んでくるようになったのだ。盗品か横流し品であることは間違いないが、元々の所有者は既に死んでいないのだからと買い取って転売した。買い取る時は兵士の足下を見て買い叩き、ハイデルフト家の名を使って他の町で高く売りつける。
ハイデンで売り捌けなかったのは、皆がその出所を知る上、食糧の高騰で宝飾品どころではなかったことによる。必然的に他の町に持ち出した。検問が敷かれていたために少量しか運べない密輸ルートを通ってのことだが、宝飾品は大きさや重さに対して動く金額が大きく、十分な利益を得ることができた。
この強欲な姿勢こそがメドルーアの業績が上がらなかった理由だが、彼はそれに全く気付いていない。信用ならないと同業者から敬遠されていることを知らないのだ。
そして業績が上がったのは、同業者の多くがハイデルフト家由来の品を買い取らなかったことによる。確実に盗品なのだ。過去にハイデルフト家との取り引きで恩恵を得ていた身であれば、そうそう罰当たりな不義理もできない。
メドルーアはハイデルフト家と取り引きができなかったためか、躊躇いが無かったのだ。そして、自らの置かれている状況を知らないまま、転売で上げた業績が一生続くとさえ思ってもいた。
それは有る意味では正しい。
サブリナがずっと外を見ていたら、見知らぬ女の人が来るのが見えた。一体誰が来たのかと思ってリビングへ行くと、その女の人がちょうどリビングに入って来るところだった。お手伝いさんは何処に行ったのか、ここには居ない。
「お姉さん、誰?」
サブリナが尋ねると、女の人は目を丸くしてサブリナの方を見た。だけどもその驚いたような顔は直ぐににやーっとした気持ちの悪い笑顔に変わる。
怖気が走った。怖い。サブリナは慌てて自室へ戻りベッドに潜り込んだ。そして、ギュッと目を瞑って丸まった。
「怖い、怖い、怖い」
女の人は笑っただけだ。だけど怖い。サブリナはガチガチと歯の根が合わなかった。
どれだけの時間そうしていたのかは判らない。だけどもサブリナは母親のこの世ならざる悲鳴に飛び起きた。
「ママー、ママー」
サブリナは母親を呼びながら走る。母親が居るはずの厨房の前まで来ると、何だか変な臭いがした。何かが燃えて焦げている臭いを嗅いだことのないサブリナには臭いことしか判らないのだ。厨房へのドアを開けようとするとノブがとても熱い。でもその熱いのを我慢してドアを開けた。
「ひっ!」
厨房は火に包まれていた。母親の姿は見えない。
「ママー、ママー」
サブリナは必死に母親を呼ぶ。だがその時、ぞわりと悪寒を感じた。そろりそろりと振り返ると、直ぐ後ろでさっきの女の人が冷たく見下ろしていた。思わず女の人から後退る。それに合わせるように、女の人がサブリナの額を押した。
一瞬時が止まったように感じる。女の人が何か喋っているけれど聞こえない。そのままサブリナは火の中に倒れていった。
『せめてもの慈悲よ』
知らない女の人、即ちエカテリーナ・ハイデルフトはそう呟いていた。
ハイデンだけでなく旧ハイデルフト領全体で多くの人々の生活が苦しくなっており、孤児になってはまともには生きられもしない。まだまだ夜が冷え込む季節柄にあっては、冷たくなって朝を迎えるか、塗炭の苦しみを味わいながら泥水を啜るかだ。
それをエカテリーナはハイデンへと帰郷する道すがらに見て知っていた。
それならいっそのこと、幸せでいられただろう今この時に母親と一緒に逝かせてやるのが慈悲だとエカテリーナは考えるのだ。
また、サブリナが怖いと感じたエカテリーナの笑みは、単なる苦笑であった。こんな可愛らしい娘が居ながらあくどい商売をしているのかと、その厚顔無恥さに呆れたのだ。
「放せーっ! 放してくれーっ! 中には妻が! 娘が!」
「駄目だ! こんだけ火が回ってたらもう助からん! お前まで死んでしまうだけだ!」
サブリナの父親であるメドルーアが燃え盛る自宅を前に暴れ叫んでいた。家族を助けるのだと言って家の中に入ろうとしている。その足下にはサブリナへのプレゼントの箱が転がる。
そんなメドルーアを周りの者が止めているが、彼らにとっては迷惑この上ない。何時自宅に延焼するか判らない今、メドルーアに拘っている場合ではないのだ。だが、目の前で火に飛び込まれても寝覚めが悪い。だから止める。
家全体に火が回ってしまっていては、自然に鎮火するのを待つしかない。できるのは近隣の建物に水を掛けて延焼を食い止めることだけだ。メドルーアを抑えるのに人手を割けば、その分だけ掛けられる水の量が減ってしまう。
幸いなのは風が無いことである。
数時間が経ち、メドルーアの家が焼け落ちる。近隣の建物はまだ無事だ。
この段になってやっとメドルーアは温和しくなった。プレゼントを抱きかかえて嗚咽を漏らす。
それを見た近所の者達は直ぐに自宅に戻り、まだ油断はできないと、自宅に水を掛け続けた。
「店長ーっ!」
項垂れるメドルーアを訪ねて商会の店員が必死の形相で走って来た。店員は燃え落ちる家を見て驚愕を顔に張り付けるが、直ぐに用事を思い出したらしい。
「店長! 商会が火事です! もう、手が付けられません!」
「何だと!?」
メドルーアは走る。必死に走る。そして商会の店舗の前にして絶望した。店舗は疾うに焼け落ちていた。
「俺になんの恨みが有ると言うんだ!?」
メドルーアは嘆き、誰にともなく叫んだ。
『有るに決まっているではありませんか』
いつからかメドルーアの後ろに立っていたエカテリーナが彼の叫びに答えた。彼には聞こえないのが判っていながら敢えて口にする。
『私達家族の思い出の品で勝手な商売をされたのですから、恨まない筈がないでしょう』
項垂れるメドルーアを見下ろしてエカテリーナは考える。
――さて、この男の始末はどう付けましょう?
メドルーアが燃え落ちる店舗を見詰める中、周りが俄に騒がしくなる。ボナレス兵が駆け付けて来たのだ。
兵士達はメドルーア商会の店舗の周りを封鎖すると、民衆を追い払い始めた。メドルーアさえも追い払われる。彼が抗議しても聞き入れないどころか、剣を向ける始末である。
為す術の無いメドルーアは顔を歪めながらとぼとぼと自宅へと向かう。せめて妻子の亡骸を探して弔おうとしてのことだ。ところがその先も同じようにボナレス兵が封鎖していて、焼け跡に近づけない。
「あの中には妻や子供が居たんだ!」
そう叫んでみてもボナレス兵は嘲笑うだけだった。
ボナレス兵が何をしようとしているのかはメドルーアにも容易に判った。焼け残った金品を略奪しようというのだ。火事跡なら現場検証の名目で好き勝手に探索できる。憤りを感じても、メドルーアには手も足も出せなかった。
◆
「なんてもの持って来やがる! 出て行きやがれ!!」
メドルーアは知り合いの商人の店から叩き出された。手持ちの現金が少なかった彼は、仕方なくサブリナへのプレゼントに用意していた髪留めを知人に売りに行ったのだ。彼なら近々誕生日を迎える小さな娘が居るため、プレゼントとして買ってくれると考えた。ところがである、知人は髪留めを見た途端に激怒し始めた。
「何故だ!? これはハイデルフト家所蔵の確かな作りの品だぞ?」
メドルーアは縋った。そんな彼を知人は冷たく問う。
「お前はハイデルフトの呪いのことを聞いてないのか?」
「呪いなんて単なる噂だろ!」
メドルーアは呪いなど信じていない。興味も無かったため、噂の内容も聞き流してしまっていた。
「はぁ……。呪いじゃなくてフォークや短剣がどうやって独りでに動くって言うんだ?」
知人はメドルーアの物知らずぶりに呆れたように言った。
「そんなのは誰かの見間違いだ!」
「大勢が同じものを見ていたのにか?」
「だったら誰かがトリックを使ったに決まっている!」
「糸すら付いてなかったって話だ。大体、お前自身が呪われてるだろ」
「どうして俺が!? 呪われる理由なんて何も無いぞ!」
メドルーアは心外とばかりに言い返すが、知人はいよいよ呆れた声で言い放つ。
「有るだろ。今お前が持ってる髪留めだよ」
「何!?」
メドルーアは慮外の理由に頭が真っ白になった。
「ハイデルフト家から流れた品を扱っていた商人がもう何人も死んでるんだ。それすら知らなかったのか?」
知人の信じられない言葉にメドルーアは放心した。
失意の中、メドルーアはとぼとぼと歩く。気付けば自宅の焼け跡の前に立っていた。焼け跡ではボナレス兵がまだ瓦礫を漁っている。その様子を見ていると怒りが込み上げて来る。
ぽすんと、メドルーアは誰かに背中を押された気がした。それを合図のようにして、メドルーアはボナレス兵へと襲いかかった。
そして殴られたボナレス兵は剣を抜き、メドルーアへと振るう。
メドルーアの顔に一瞬笑みが浮かんだ。
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