婚約破棄は先手を取ってあげますわ

浜柔

文字の大きさ
5 / 6

しおりを挟む
「たわけたことを! 貴様が犯人であろう!」

 キセンセシルが何の気負いも無く「できる」と言えば、クースデルセは色めき立った。最早余裕を完全に失っている。勿論勝手に投げ捨てただけで、キセンセシルが誘導した訳ではない。独りでテンパっているだけなのだ。
 恐らく推理に酷く時間を掛けたのだろう。そして自分だからこそ推理できたのだと考えた。ところがそれを簡単なことと言われて、きっとプライドがずたずたになったのだ。安物のちり紙くらいにしか強度の無いプライドである。
 キセンセシルは何やらおかしくなって、少しだけ弾んだ声を出す。

「いいえ。そこなご婦人を階段から突き落とした犯人は殿下、貴方様ですわ! 殿下は裏をかいたと見せ掛けたのですわね! 裏の裏をかいたと言い直してもよろしいですわ」

 加えて、クースデルセをビシッと指差した。その勢いで金色の縦ロールがぽよんと揺れる。

「貴様ぁ! 言うに事欠いて、余を犯人呼ばわりするか!」
「おーっほっほっほっほっ! 少しは冤罪で犯人呼ばわりされる気持ちをお解りになれまして?」

 クースデルセがあっさり激高したせいで、ますます愉快になったキセンセシルである。
 ところが意外にもこの高笑い、比較的落ち着いている人を苛つかせる一方で、激高している人の頭を冷やす効果が有ったらしい。
 クースデルセが苦々しげにしながらも、肝心な部分に反応を示す。

「冤罪だと?」
「まだお解りになられませんか?」

 冤罪を可能性だけでも認識したら、もう一歩考えを進めるだけだ。

「何をだ?」
「簡単なことですわ。きっと犯人なんて居ないのですもの」

 そう、狂言である。ただ、この場合は少し違うかも知れない。

「犯人が居ないだと? 現にシーリーは突き落とされたのだぞ!」
「彼女自身は突き落とされたなどとは、おっしゃっていないのではございませんか?」

 彼らが思い込んでいる大前提が、根本的に違うのだ。ハーナーシの証言でもシーリガルテは何も言っていない。ただ指差しただけだ。ハーナーシが勝手に想像してストーリーを作り上げ、それをクースデルセが鵜呑みにした事実が有るだけ。
 シーリガルテが叫んだ理由も、倒れていた理由も、実のところ明らかになっていない。

「なに?」
「じ、自分はそうに違いないと……」

 狼狽えたのがハーナーシである。指摘されて初めて、自身の思い込みに気付いたらしい。
 そしてクースデルセの自信も揺らぐ。ハーナーシの自信を土台にそのまま自らの自信を建てていたのなら、土台が崩れれば建物もガラガラと崩れるのが道理だ。

「何、だと……」

 この時、シーリガルテがいつの間にやら、また別の男性の腕を抱いていた。彼も彼女の愛人だろう。そして彼女は相変わらずぷるぷる震えている。
 キセンセシルはこれに気付いて、何と強かなことかと感心する。震えているのが演技なのか、自然なものなのかは判らない。自然なものだったとしても怯えているとは限らないのだ。嗤いを堪えているのかも知れない。むしろこの可能性が高いか。
 しかしそんな女の強かさに気付かない男共と来たらと、キセンセシルはまた笑いが込み上げる。

「おーっほっほっほっほっ! ほんとーにおつむのお弱いこと!」
「ぐぬ……」

 クースデルセは呻いた。

「それにしても、先に婚約破棄をしていて、ようございました。婚約者のままでしたら、おつむのお弱い方の婚約者だと後ろ指を指されるところでしたわ。おーっほっほっほっほっ!」

 婚約は口約束だ。しかし公表した時点で一定の効力を持つ。それが王族に関係するなら尚更だ。だから逆に、解消するのも口先だけで良く、公表した時点で効力を発する。

「これで勝ったと思うな!」

 クースデルセは悔しげに叫んだ。目に涙まで浮かべてダッシュする。
 置いて行かれたシーリガルテが慌てて後を追う。今までの震えが何だったのかと思える逞しい足取りだ。王子の婚約者の立場は、まだまだ捨てるには惜しいらしい。
 そのシーリガルテをハーナーシともう一人の彼女の愛人が追う。何と言う忠誠か。
 そんな彼らを苦笑しつつ見送りながらキセンセシルは呟く。相手に届きはしないが。

「勿論ですわ」

 結局は痛み分けのようなものだ。婚約者に堂々と浮気されれば、それだけで名誉が傷付いている。キセンセシルから婚約破棄を突き付けたことでどうにか五分以上に持ち込めたに過ぎない。いくら政略とは言え、愚にも付かない相手との婚約は不利益しか生まないものだったと、嘆息するキセンセシルである。
 そして相手方が退場したことで、キセンセシルが欠席裁判のようにして悪く言われる可能性も消えた。すると今度は、このままこの場に居ても噂話のネタにされるだけだ。
 ならば、することは一つ。

「皆さん、巻き込まれたこととは言え、騒がせたことに違いはございません。わたくしがここに居たのでは、皆さんのお気を使わせてしまうでしょう。ですから、これにて失礼いたしますわ。皆様ごきげんよう」

 キセンセシルは華麗に淑女の礼を取りつつ周りに宣言すると、パーティ会場を優雅な足取りで後にした。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

婚約破棄ですか? では、最後に一言申しあげます。

にのまえ
恋愛
今宵の舞踏会で婚約破棄を言い渡されました。

お別れを言うはずが

にのまえ
恋愛
婚約者に好きな人ができたのなら、婚約破棄いたしましよう。 エブリスタに掲載しています。

巻き戻りした令嬢はあなた達を許さない!

にのまえ
恋愛
 婚約者が持ってきた、毒入りクッキーを食べて死んだわたしは巻き戻りした。  わたしの死もだけど、無実の人に罪をなすりつけたのは許さない!

お飾りの婚約者で結構です! 殿下のことは興味ありませんので、お構いなく!

にのまえ
恋愛
 すでに寵愛する人がいる、殿下の婚約候補決めの舞踏会を開くと、王家の勅命がドーリング公爵家に届くも、姉のミミリアは嫌がった。  公爵家から一人娘という言葉に、舞踏会に参加することになった、ドーリング公爵家の次女・ミーシャ。  家族の中で“役立たず”と蔑まれ、姉の身代わりとして差し出された彼女の唯一の望みは――「舞踏会で、美味しい料理を食べること」。  だが、そんな慎ましい願いとは裏腹に、  舞踏会の夜、思いもよらぬ出来事が起こりミーシャは前世、読んでいた小説の世界だと気付く。

婚約破棄ならもうしましたよ?

春先 あみ
恋愛
リリア・ラテフィール伯爵令嬢の元にお約束の婚約破棄を突き付けてきたビーツ侯爵家嫡男とピピ男爵令嬢 しかし、彼等の断罪イベントは国家転覆を目論む巧妙な罠!?…だったらよかったなぁ!! リリアの親友、フィーナが主観でお送りします 「なんで今日の今なのよ!!婚約破棄ならとっくにしたじゃない!!」 ……… 初投稿作品です 恋愛コメディは初めて書きます 楽しんで頂ければ幸いです 感想等いただけるととても嬉しいです! 2019年3月25日、完結致しました! ありがとうございます!

婚約破棄と言いますが、好意が無いことを横においても、婚約できるような関係ではないのですが?

迷い人
恋愛
婚約破棄を宣言した次期公爵スタンリー・グルーバーは、恥をかいて引きこもり、当主候補から抹消された。 私、悪くありませんよね?

寵愛のいる旦那様との結婚生活が終わる。もし、次があるのなら緩やかに、優しい人と恋がしたい。

にのまえ
恋愛
リルガルド国。公爵令嬢リイーヤ・ロイアルは令嬢ながら、剣に明け暮れていた。 父に頼まれて参加をした王女のデビュタントの舞踏会で、伯爵家コール・デトロイトと知り合い恋に落ちる。 恋に浮かれて、剣を捨た。 コールと結婚をして初夜を迎えた。 リイーヤはナイトドレスを身に付け、鼓動を高鳴らせて旦那様を待っていた。しかし寝室に訪れた旦那から出た言葉は「私は君を抱くことはない」「私には心から愛する人がいる」だった。 ショックを受けて、旦那には愛してもられないと知る。しかし離縁したくてもリルガルド国では離縁は許されない。しかしリイーヤは二年待ち子供がいなければ離縁できると知る。 結婚二周年の食事の席で、旦那は義理両親にリイーヤに子供ができたと言い出した。それに反論して自分は生娘だと医師の診断書を見せる。 混乱した食堂を後にして、リイーヤは馬に乗り伯爵家から出て行き国境を越え違う国へと向かう。 もし、次があるのなら優しい人と恋がしたいと…… お読みいただき、ありがとうございます。 エブリスタで四月に『完結』した話に差し替えいたいと思っております。内容はさほど、変わっておりません。 それにあたり、栞を挟んでいただいている方、すみません。

 それが全てです 〜口は災の元〜

一 千之助
恋愛
   主人公のモールドレにはヘンドリクセンという美貌の婚約者がいた。  男女の機微に疎く、誰かれ構わず優しくしてしまう彼に懸想する女性は数しれず。そしてその反動で、モールドレは敵対視する女性らから陰湿なイジメを受けていた。  ヘンドリクセンに相談するも虚しく、彼はモールドレの誤解だと軽く受け流し、彼女の言葉を取り合ってくれない。  ……もう、お前みたいな婚約者、要らんわぁぁーっ!  ブチ切れしたモールドと大慌てするヘンドリクセンが別れ、その後、反省するお話。  ☆自業自得はありますが、ざまあは皆無です。  ☆計算出来ない男と、計算高い女の後日談つき。  ☆最終的に茶番です。ちょいとツンデレ風味あります。  上記をふまえた上で、良いよと言う方は御笑覧ください♪

処理中です...