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手ぶくろ
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真由は左手をかざして空を見上げました。
降り出した雪、にスワロフスキー・クリスタルの小さな粒が輝きます。先週の誕生日にプレゼントされたリングです。
「いけない、また遅れる。ヒールのブーツなんて履いて来なきゃよかった」
そう言いながら、真由は、危なっかしい足取りで、大学から駅前にあるいつものカフェに急ぎました。後ろから、小学生が三人、雪を手に歓声を上げながら追い越して行きました。ゆれるランドセルに、自分の小学生だった頃が重なります。
六年生だったあの日も、めずらしく雪が積もりました。
わずかな雪が溶けてしまわないうちにと、競うように遊ぶ子供たちで、校庭はあふれていました。
真由は、一人、うつむきながら二階の教室へ入りました。ひっそりとした教室の窓際の席に着くと、ほっと白い息を吐き出しました。
「お~い! 雪合戦やろうぜ」
ケン君の声です。
「うわっ、冷てえ~、あはは」
みんなより頭一つ分背の高いケン君は、何をするのもグループのリーダーです。
「いくぞ、達也!なんだよ、どんくせーなあ。雪玉作っとけよ、俺が投げるから」
気づくといつも、ケン君を耳と目が追っています。真由は、カバンから青い毛糸の手袋を出して、大きなため息をつくと、がばっと机に伏せました。
「明日はバレンタインデイだし、もうすぐ卒業だし、あ~でも、これは渡せない」
ケン君は手袋をしていません。真由は編み物なんてしたことなかったけれど、何日もかかって編みました。お母さんにも言えなくて、肩も腕もパンパンにして、夜遅くまでかかってやっと仕上げました。でも、できあがったのは、手袋というのもはばかられるような、左右大きさも違うぼこぼこのかたまりだったのです。
「心がこもっていればいいって、うそよね。はああ、どうしよう」
その日、真由は、ずっと上の空で過ごしました。みんなが帰ってしまった寒い昇降口を何度も行ったり来たりしました。そして、唇をかみしめて目をつぶると、ケン君の靴箱に、ラッピングした袋を押しこんだのです。それから、転がるように校門を出ました。そんな真由を心配そうに見ていたのは、達也君でした。
次の日の昼休み、廊下から、ケン君と誰かの声が聞こえてきました。
「ケン、あのきったねえ手袋捨てたのか?」
「あたりまえだろ、あんなの。持ってるだけではずかしいよ。だれだよ、あんな気もち悪いもん、靴箱に入れといたやつ。おれ泣きそうだよ、呪いかよ」
大きな笑い声が遠くなりました。真由は耳まで赤くして、涙がこぼれそうな目を、おかっぱの髪でかくしました。
「あれから十年かあ。うふふ。よし! 待ち合わせ、なんとか間に合った」
真由は、白い息を吐きながらカフェに入りました。そして、奥のテーブルの方へ、にっこりと手をあげました。
「達也、お待たせ。これバレンタインプレゼント」
コーヒーカップを置いた達也は、うれしそうにリボンをほどいて、青い毛糸の手袋を出すと、はじけるような笑顔になりました。
「ありがと、大事に使うね。なんかマジうれしい」
真由は、両手を合わせると、必死の顔で言いました。
「だからそっちの方は返して!お願い」
「真由のお願いでもだめ。これは返せない。お守りみたいなもんだから」
そう言うと、達也は、カバンにぶら下がっている薄汚れた青い手袋もどきを、得意そうに、ひらひらさせました。
「あの時、焼却炉の前まで拾いに行ったんだぜ。だって、憧れの真由の手作りだからさ」
真由は、口をとがらせてみせました。二人はぷっと吹き出すと、顔を寄せて外を眺めました。
夕暮れのアスファルトに、白い天使たちが次々と舞い降りていました。
おしまい
降り出した雪、にスワロフスキー・クリスタルの小さな粒が輝きます。先週の誕生日にプレゼントされたリングです。
「いけない、また遅れる。ヒールのブーツなんて履いて来なきゃよかった」
そう言いながら、真由は、危なっかしい足取りで、大学から駅前にあるいつものカフェに急ぎました。後ろから、小学生が三人、雪を手に歓声を上げながら追い越して行きました。ゆれるランドセルに、自分の小学生だった頃が重なります。
六年生だったあの日も、めずらしく雪が積もりました。
わずかな雪が溶けてしまわないうちにと、競うように遊ぶ子供たちで、校庭はあふれていました。
真由は、一人、うつむきながら二階の教室へ入りました。ひっそりとした教室の窓際の席に着くと、ほっと白い息を吐き出しました。
「お~い! 雪合戦やろうぜ」
ケン君の声です。
「うわっ、冷てえ~、あはは」
みんなより頭一つ分背の高いケン君は、何をするのもグループのリーダーです。
「いくぞ、達也!なんだよ、どんくせーなあ。雪玉作っとけよ、俺が投げるから」
気づくといつも、ケン君を耳と目が追っています。真由は、カバンから青い毛糸の手袋を出して、大きなため息をつくと、がばっと机に伏せました。
「明日はバレンタインデイだし、もうすぐ卒業だし、あ~でも、これは渡せない」
ケン君は手袋をしていません。真由は編み物なんてしたことなかったけれど、何日もかかって編みました。お母さんにも言えなくて、肩も腕もパンパンにして、夜遅くまでかかってやっと仕上げました。でも、できあがったのは、手袋というのもはばかられるような、左右大きさも違うぼこぼこのかたまりだったのです。
「心がこもっていればいいって、うそよね。はああ、どうしよう」
その日、真由は、ずっと上の空で過ごしました。みんなが帰ってしまった寒い昇降口を何度も行ったり来たりしました。そして、唇をかみしめて目をつぶると、ケン君の靴箱に、ラッピングした袋を押しこんだのです。それから、転がるように校門を出ました。そんな真由を心配そうに見ていたのは、達也君でした。
次の日の昼休み、廊下から、ケン君と誰かの声が聞こえてきました。
「ケン、あのきったねえ手袋捨てたのか?」
「あたりまえだろ、あんなの。持ってるだけではずかしいよ。だれだよ、あんな気もち悪いもん、靴箱に入れといたやつ。おれ泣きそうだよ、呪いかよ」
大きな笑い声が遠くなりました。真由は耳まで赤くして、涙がこぼれそうな目を、おかっぱの髪でかくしました。
「あれから十年かあ。うふふ。よし! 待ち合わせ、なんとか間に合った」
真由は、白い息を吐きながらカフェに入りました。そして、奥のテーブルの方へ、にっこりと手をあげました。
「達也、お待たせ。これバレンタインプレゼント」
コーヒーカップを置いた達也は、うれしそうにリボンをほどいて、青い毛糸の手袋を出すと、はじけるような笑顔になりました。
「ありがと、大事に使うね。なんかマジうれしい」
真由は、両手を合わせると、必死の顔で言いました。
「だからそっちの方は返して!お願い」
「真由のお願いでもだめ。これは返せない。お守りみたいなもんだから」
そう言うと、達也は、カバンにぶら下がっている薄汚れた青い手袋もどきを、得意そうに、ひらひらさせました。
「あの時、焼却炉の前まで拾いに行ったんだぜ。だって、憧れの真由の手作りだからさ」
真由は、口をとがらせてみせました。二人はぷっと吹き出すと、顔を寄せて外を眺めました。
夕暮れのアスファルトに、白い天使たちが次々と舞い降りていました。
おしまい
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