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番外小話 2
小話 カズハと鬼の攪乱①
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※リュファス視点です
事の顛末を聞いたのは、あれこれ醜態を晒してひとしきり落ち着きを取り戻した後のことでした。
だってもう、それどころじゃなかったと言いますか──。
詳しく話を聞かせてくれたのは、珍しく優しいリュファスさんと、お見舞いに来てくれたエルザさん。それから寝台に沈む私の額に、冷たい水で絞った布をそっとのせてくれるセリアさん。
ここにはいないあの人の、今日を。リュファスさんが言葉を紡ぐ。
「そうだな、何から話そうか。……今朝、交代で休息に入った隊長が、カズハちゃんの元に行くとばかり思っていたのに、なぜか市場に向かったのを不思議に思ったところから、かな」
リュファスさんがふらりと街へ出たアルベリックさんを追いかけて、ようやく足を止めた先がエルザさんの果物屋だったようです。
リュファスさんはそこから、詳しく経緯を話して下さいました。
「熊殺しの実? 誰に食べさせる気だい?」
果物屋のエルザが素っ頓狂な声でそう問いただした相手は、この街の警備隊長アルベリック・レヴィナスだった。隊長である彼は、その立場から街の人々にも一目おかれてはいるが、何より生来の澄んだ青い瞳とその威圧的な視線のせいで、威厳という威厳をほしいままにしていた。
彼が街を警らして回るだけで、犯罪はおろか痴話げんかなどの諍いも自然と遠ざかる。街の善良な住民だけでなく、他の隊員にとっても喜ばしいことではある。本人はいたって威圧する気などないのだが、寡黙な性格も相まって、そんな立ち位置に収まって既に久しい。
「隊長、言葉が少なすぎます」
たまたま警ら当番ついで同行した私の言葉に、隊長は少しだけ頷いてから再び言葉を選んでいた。まったく手の焼けるお人だ。
「……カズハが、数日前から風邪をひいているようだが、治りが悪い。精のつくものを届けたい」
「風邪! あのカズハが?」
エルザが驚くのも無理はない。
落ち人カズハは、異世界という慣れない世界に飛び込んできたにもかかわらず、いままでさして体調を崩すということがなかった。それはまさに言葉のまま、女神の加護があってのことかもしれないが、初めての事に違いはない。来月に控えた婚礼準備のために忙しくしていたのも、原因だろうか。
エルザもそう考えたのだろう。疲れが出たのだろうかと、そう口にしたところで、はっとして上げたその顔にはバツの悪さが見てとれる。
「そう、それで滋養強壮にいい熊殺しの実を……確かにうちでも扱ってるけど、医者は何て言ってるんだろうね? ご存知ですかリュファス様」
困ったエルザはあからさまに私へ話を振ってきた。確かに隊長に話すよりは気安いだろうが。
「そうですね、消化能力が落ちている時にあれは少々きついかもしれませんね」
「……そうだ、こっちのはどうですか隊長さん」
エルザが勧めたのは、甘くて栄養価が高いとされている蜜桑の実だった。熊殺しの実は、その名の通り熊でさえもそのきつい甘味と栄養価に、一粒口にしただけで虜になり、夢中で貪るすきに狩人に殺されることからその名で呼ばれるようになった。冬ごもりする熊の大好物だ。更にそれを蜂蜜漬けにし保存したものを、滋養強壮薬の代名詞として人々に好まれる。
「……ではそちらも一緒に貰おう」
納得はしたものの、当初の目的である熊殺しの実も持ち帰る気のようだ。隊長は代金を渡し、瓶詰めの熊殺しの実と一房の蜜桑の実を手に、さっさと市場を後にする。
隊長が休憩をどう使おうがとやかく言う気はないが、己とてカズハの様子が気になるのも事実。何よりこの無骨な上司が、病人に強烈な果実を与えるつもりなのかも気にかかる。いや、隊長の話をよく聞けば、看病はオランド亭の女主人であるセリアがしてくれているようなので、本来ならば無用な心配ではあるのだが。
「……警らに行かないのか」
「来てますよ」
ちらりと振り返る隊長にそう答えれば、少しだけ間をおいてはみたものの、それ以上何も言うつもりはないようだった。
それもそうだろう。なぜなら今日もノエリアは平和で、暖かくなる日差しに人々の心は軽やかだった。しばらく続いた雨季も終わり、芽吹く緑が荒野の裾を染めて、辺境に命が溢れる。加えて隊長とカズハがノエリアに戻ってすぐから、二人を祝う空気がいっそう賑やかなものだ。ここのところ大きな犯罪や事故の報告はない。
「言っておきますけど、ソレはもう少し回復してから食べさせて下さいね。けが人にはよく使いますが、彼女は日ごろ鍛えてる兵士とは違います」
表情を変えずに頷く隊長を、追って歩く。
相変わらず不愛想なままの隊長へと向かうよりも、満面の笑みで受け答えするカズハが、人々の祝いの渦を呼び込んだことは仕方ないことなのだろう。私とて気を配っていたつもりだったのだが、昨日からカズハは臥せっていた。熱を出し、食事も喉を通らない状態だという。
宿舎前にあるカズハの家に戻ると、まだ具合が悪いのだろう、青白い顔をしたカズハが隊長を迎える。寝台から抜け出してきたカズハを寝るようにと追い立てる隊長。そして渋々ながらも従うカズハに聞けば、セリアはちょうどスープを取りにオランド亭に戻っているところらしかった。
「少しだけ気分がいいんですよ、熱も引いてきたし。それでセリアさんが何か口にしたほうがいいって」
「そうでもない。まだ熱が高いな」
空元気を見せるカズハの額に手をあてて、むべもなく否定する隊長にカズハは頼りなく笑った。
普段のカズハを知る者であれば、隊長でなくとも覚えるだろう不安。彼女が落ち人でなくば、そこまで心配にはならなかったのかもしれない。風邪など小さな子供でもかかるのだから。そんな我々の不安に、カズハは気付いていたのだろう。
「アルベリックさん、それお見舞いですか? ちょっと美味しそうなんですが!」
寝台の中から、隊長の持つ瓶に興味を示すカズハ。それを受け取って、光りにかざすようにのぞきこむ。蜜に浸かったそれは、半透明な赤い果肉をしている。発色のいいその色は、稀に染料の材料にもなるくらいだ。
「なんだか懐かしいです。お祭りのカキ氷イチゴ味の色! 食べてもいいですか?」
日ごろの言動が幼く映ろうとも、彼女が本当は人の機微に敏感であり、それを悟らせぬよう行動しているきらいがあることももう知っている。
それなのに止められなかったのは、そんなカズハを見る隊長の顔を目に入れてしまったからだ。
頼りなく細められた目は、ただカズハをいたわるように、だが不安に歪んでいるかのようにも見えた。
「……カズハ?」
慌てた隊長の声に、はっとした。
むせるようにして、口にした果実を吐き出すカズハ。止らない嘔吐に、立ち尽くす隊長を突き飛ばし、背中をさする。汚れを気にするカズハに、かまわないと短く告げて既に汚れたシーツへと吐き出させた。
苦しげな様子ではあったが、胃の中にあったものを全て出し切ってしまえば少し落ち着きを取り戻した。
「あらまあ、大変だったようね」
ちょうどそこに戻ってきたセリアが後始末を引き受け、カズハを着替えさせるために我々を追いやったところで、ようやく隊長が正気に戻ったようだ。
やれやれ、日ごろからもっと悲惨なけが人など見慣れていようものに。病人のように蒼白な隊長などという、貴重なものを目にしながら苦笑いがこぼれた。
「人はそう簡単にはどうにかなったりしません。ましてや彼女には加護があるんですよ」
「……ああ」
力なくアトリエの椅子に沈む隊長。
「情けないな……」
片手で顔を覆いながらも苦笑いを浮かべる隊長が、何もできなかったとつぶやく。
「それくらいで丁度いいんですよ、あなたが今日ほど人間らしく見えた日はない。さあ、無力を自覚したのなら、ついでに仮眠を取りに戻られたらどうですか。寝てないのでしょう?」
「……」
「昨日の朝から熱が高かったと聞いています。あなたの休憩時間と重なりますよね」
「……そうだな」
「戦場じゃないんですから、そんな顔してギラギラと見守られてたら落ち着いて休めないですよ。医師にも見せてセリアが引き受けてくれているんですから」
「そんな顔?」
「心配でいてもたってもいられない情けない顔です。……熊殺しの実、どうして熊殺しの実を選んだのかも、想像つかないわけではないですが、余裕がないから先走るのだと私は思いますよ」
隊長は大きくため息をもらす。
そして立ち上がり、にがお絵屋を出ることにしたようだ。その後ろ姿に声をかける。
「何かあれば、必ず知らせます」
振り返らず、手を振って出ていく隊長。畏れるのは、失った経験があるからだろう。
隊長が去ってすぐに、セリアが寝室から出て来た。
「様子は?」
「落ち着いて今、寝入ったところですよ」
洗濯物を抱えたセリアに経緯を伝えると、彼女もまた苦笑する。
「まあ、寝た状態じゃ何もできないからねぇ、酷なようだけど……。そういえばあの熊殺しの実を隊長さんが持ってきたなんて、ちょっとらしくないような気がするんですよね。リュファス様は何か知ってるんですか?」
「……いや、どうなんだろうね」
誤魔化すような答えにセリアは気にするそぶりも見せず、再び扉をそっと開いて様子をうかがう。
静かに寝息をたてるカズハを見て、私もまたその場を後にした。
見回りを終えて宿舎に戻ったのはそれから一時間ほどしてからだった。それから簡単な事務仕事をこなして三時間ほど経ってから、再びカズハの様子を見に行くことにした。
宿舎から出たところで、果物屋のエルザとばったり出くわす。聞けば、カズハの見舞いに来たという。というか、自分の売った『熊殺しの実の蜜漬け』の行方を気にしているのだろう。
「忠告はしたのだが、間に合わなくてね。すまない」
「いえ……そうですか」
カズハが警戒もせずに口にして、その勢いで吐き気をもよおした経緯を説明すると、エルザはやっぱりと言いたげだ。それはそうだろう、何せ熊殺し。
だが我々の心配をよそに、目を覚ましたカズハはスッキリとした顔だった。
「いやあ、お恥ずかしい! リバース現場見られちゃって、これでもう私たちズットモですねリュファスさん!」
意味不明な事を述べるカズハは、いつもの彼女に戻りつつあるとみていいだろう。
そしてなぜか心配して損した気分だ。
「ところでお腹が空いちゃいました、セリアさん特製パイとか食べたいです。というか、肉!」
「カズハ、また吐いても知らないよ。もっと麦粥のようなものから試してみなよ」
「エルザの言う通りだよ、胃がビックリするから」
「ああ、さっきはビックリしましたよ確かに、あはははは」
豪快に笑って見せてから、カズハはふと首を傾げる。
「アルベリックさんには悪いことをしました。ところで、アルベリックさんは? ちょっと調子が悪そうでしたので、私が風邪をうつしちゃったんじゃないかって、心配してるんです」
「隊長が風邪などひいたらそれこそ鬼の攪乱だよ」
そんな言葉に誤魔化されるわけはなく、話して聞かせることとなった。カズハの見られなかった隊長の様子を。
事の顛末を聞いたのは、あれこれ醜態を晒してひとしきり落ち着きを取り戻した後のことでした。
だってもう、それどころじゃなかったと言いますか──。
詳しく話を聞かせてくれたのは、珍しく優しいリュファスさんと、お見舞いに来てくれたエルザさん。それから寝台に沈む私の額に、冷たい水で絞った布をそっとのせてくれるセリアさん。
ここにはいないあの人の、今日を。リュファスさんが言葉を紡ぐ。
「そうだな、何から話そうか。……今朝、交代で休息に入った隊長が、カズハちゃんの元に行くとばかり思っていたのに、なぜか市場に向かったのを不思議に思ったところから、かな」
リュファスさんがふらりと街へ出たアルベリックさんを追いかけて、ようやく足を止めた先がエルザさんの果物屋だったようです。
リュファスさんはそこから、詳しく経緯を話して下さいました。
「熊殺しの実? 誰に食べさせる気だい?」
果物屋のエルザが素っ頓狂な声でそう問いただした相手は、この街の警備隊長アルベリック・レヴィナスだった。隊長である彼は、その立場から街の人々にも一目おかれてはいるが、何より生来の澄んだ青い瞳とその威圧的な視線のせいで、威厳という威厳をほしいままにしていた。
彼が街を警らして回るだけで、犯罪はおろか痴話げんかなどの諍いも自然と遠ざかる。街の善良な住民だけでなく、他の隊員にとっても喜ばしいことではある。本人はいたって威圧する気などないのだが、寡黙な性格も相まって、そんな立ち位置に収まって既に久しい。
「隊長、言葉が少なすぎます」
たまたま警ら当番ついで同行した私の言葉に、隊長は少しだけ頷いてから再び言葉を選んでいた。まったく手の焼けるお人だ。
「……カズハが、数日前から風邪をひいているようだが、治りが悪い。精のつくものを届けたい」
「風邪! あのカズハが?」
エルザが驚くのも無理はない。
落ち人カズハは、異世界という慣れない世界に飛び込んできたにもかかわらず、いままでさして体調を崩すということがなかった。それはまさに言葉のまま、女神の加護があってのことかもしれないが、初めての事に違いはない。来月に控えた婚礼準備のために忙しくしていたのも、原因だろうか。
エルザもそう考えたのだろう。疲れが出たのだろうかと、そう口にしたところで、はっとして上げたその顔にはバツの悪さが見てとれる。
「そう、それで滋養強壮にいい熊殺しの実を……確かにうちでも扱ってるけど、医者は何て言ってるんだろうね? ご存知ですかリュファス様」
困ったエルザはあからさまに私へ話を振ってきた。確かに隊長に話すよりは気安いだろうが。
「そうですね、消化能力が落ちている時にあれは少々きついかもしれませんね」
「……そうだ、こっちのはどうですか隊長さん」
エルザが勧めたのは、甘くて栄養価が高いとされている蜜桑の実だった。熊殺しの実は、その名の通り熊でさえもそのきつい甘味と栄養価に、一粒口にしただけで虜になり、夢中で貪るすきに狩人に殺されることからその名で呼ばれるようになった。冬ごもりする熊の大好物だ。更にそれを蜂蜜漬けにし保存したものを、滋養強壮薬の代名詞として人々に好まれる。
「……ではそちらも一緒に貰おう」
納得はしたものの、当初の目的である熊殺しの実も持ち帰る気のようだ。隊長は代金を渡し、瓶詰めの熊殺しの実と一房の蜜桑の実を手に、さっさと市場を後にする。
隊長が休憩をどう使おうがとやかく言う気はないが、己とてカズハの様子が気になるのも事実。何よりこの無骨な上司が、病人に強烈な果実を与えるつもりなのかも気にかかる。いや、隊長の話をよく聞けば、看病はオランド亭の女主人であるセリアがしてくれているようなので、本来ならば無用な心配ではあるのだが。
「……警らに行かないのか」
「来てますよ」
ちらりと振り返る隊長にそう答えれば、少しだけ間をおいてはみたものの、それ以上何も言うつもりはないようだった。
それもそうだろう。なぜなら今日もノエリアは平和で、暖かくなる日差しに人々の心は軽やかだった。しばらく続いた雨季も終わり、芽吹く緑が荒野の裾を染めて、辺境に命が溢れる。加えて隊長とカズハがノエリアに戻ってすぐから、二人を祝う空気がいっそう賑やかなものだ。ここのところ大きな犯罪や事故の報告はない。
「言っておきますけど、ソレはもう少し回復してから食べさせて下さいね。けが人にはよく使いますが、彼女は日ごろ鍛えてる兵士とは違います」
表情を変えずに頷く隊長を、追って歩く。
相変わらず不愛想なままの隊長へと向かうよりも、満面の笑みで受け答えするカズハが、人々の祝いの渦を呼び込んだことは仕方ないことなのだろう。私とて気を配っていたつもりだったのだが、昨日からカズハは臥せっていた。熱を出し、食事も喉を通らない状態だという。
宿舎前にあるカズハの家に戻ると、まだ具合が悪いのだろう、青白い顔をしたカズハが隊長を迎える。寝台から抜け出してきたカズハを寝るようにと追い立てる隊長。そして渋々ながらも従うカズハに聞けば、セリアはちょうどスープを取りにオランド亭に戻っているところらしかった。
「少しだけ気分がいいんですよ、熱も引いてきたし。それでセリアさんが何か口にしたほうがいいって」
「そうでもない。まだ熱が高いな」
空元気を見せるカズハの額に手をあてて、むべもなく否定する隊長にカズハは頼りなく笑った。
普段のカズハを知る者であれば、隊長でなくとも覚えるだろう不安。彼女が落ち人でなくば、そこまで心配にはならなかったのかもしれない。風邪など小さな子供でもかかるのだから。そんな我々の不安に、カズハは気付いていたのだろう。
「アルベリックさん、それお見舞いですか? ちょっと美味しそうなんですが!」
寝台の中から、隊長の持つ瓶に興味を示すカズハ。それを受け取って、光りにかざすようにのぞきこむ。蜜に浸かったそれは、半透明な赤い果肉をしている。発色のいいその色は、稀に染料の材料にもなるくらいだ。
「なんだか懐かしいです。お祭りのカキ氷イチゴ味の色! 食べてもいいですか?」
日ごろの言動が幼く映ろうとも、彼女が本当は人の機微に敏感であり、それを悟らせぬよう行動しているきらいがあることももう知っている。
それなのに止められなかったのは、そんなカズハを見る隊長の顔を目に入れてしまったからだ。
頼りなく細められた目は、ただカズハをいたわるように、だが不安に歪んでいるかのようにも見えた。
「……カズハ?」
慌てた隊長の声に、はっとした。
むせるようにして、口にした果実を吐き出すカズハ。止らない嘔吐に、立ち尽くす隊長を突き飛ばし、背中をさする。汚れを気にするカズハに、かまわないと短く告げて既に汚れたシーツへと吐き出させた。
苦しげな様子ではあったが、胃の中にあったものを全て出し切ってしまえば少し落ち着きを取り戻した。
「あらまあ、大変だったようね」
ちょうどそこに戻ってきたセリアが後始末を引き受け、カズハを着替えさせるために我々を追いやったところで、ようやく隊長が正気に戻ったようだ。
やれやれ、日ごろからもっと悲惨なけが人など見慣れていようものに。病人のように蒼白な隊長などという、貴重なものを目にしながら苦笑いがこぼれた。
「人はそう簡単にはどうにかなったりしません。ましてや彼女には加護があるんですよ」
「……ああ」
力なくアトリエの椅子に沈む隊長。
「情けないな……」
片手で顔を覆いながらも苦笑いを浮かべる隊長が、何もできなかったとつぶやく。
「それくらいで丁度いいんですよ、あなたが今日ほど人間らしく見えた日はない。さあ、無力を自覚したのなら、ついでに仮眠を取りに戻られたらどうですか。寝てないのでしょう?」
「……」
「昨日の朝から熱が高かったと聞いています。あなたの休憩時間と重なりますよね」
「……そうだな」
「戦場じゃないんですから、そんな顔してギラギラと見守られてたら落ち着いて休めないですよ。医師にも見せてセリアが引き受けてくれているんですから」
「そんな顔?」
「心配でいてもたってもいられない情けない顔です。……熊殺しの実、どうして熊殺しの実を選んだのかも、想像つかないわけではないですが、余裕がないから先走るのだと私は思いますよ」
隊長は大きくため息をもらす。
そして立ち上がり、にがお絵屋を出ることにしたようだ。その後ろ姿に声をかける。
「何かあれば、必ず知らせます」
振り返らず、手を振って出ていく隊長。畏れるのは、失った経験があるからだろう。
隊長が去ってすぐに、セリアが寝室から出て来た。
「様子は?」
「落ち着いて今、寝入ったところですよ」
洗濯物を抱えたセリアに経緯を伝えると、彼女もまた苦笑する。
「まあ、寝た状態じゃ何もできないからねぇ、酷なようだけど……。そういえばあの熊殺しの実を隊長さんが持ってきたなんて、ちょっとらしくないような気がするんですよね。リュファス様は何か知ってるんですか?」
「……いや、どうなんだろうね」
誤魔化すような答えにセリアは気にするそぶりも見せず、再び扉をそっと開いて様子をうかがう。
静かに寝息をたてるカズハを見て、私もまたその場を後にした。
見回りを終えて宿舎に戻ったのはそれから一時間ほどしてからだった。それから簡単な事務仕事をこなして三時間ほど経ってから、再びカズハの様子を見に行くことにした。
宿舎から出たところで、果物屋のエルザとばったり出くわす。聞けば、カズハの見舞いに来たという。というか、自分の売った『熊殺しの実の蜜漬け』の行方を気にしているのだろう。
「忠告はしたのだが、間に合わなくてね。すまない」
「いえ……そうですか」
カズハが警戒もせずに口にして、その勢いで吐き気をもよおした経緯を説明すると、エルザはやっぱりと言いたげだ。それはそうだろう、何せ熊殺し。
だが我々の心配をよそに、目を覚ましたカズハはスッキリとした顔だった。
「いやあ、お恥ずかしい! リバース現場見られちゃって、これでもう私たちズットモですねリュファスさん!」
意味不明な事を述べるカズハは、いつもの彼女に戻りつつあるとみていいだろう。
そしてなぜか心配して損した気分だ。
「ところでお腹が空いちゃいました、セリアさん特製パイとか食べたいです。というか、肉!」
「カズハ、また吐いても知らないよ。もっと麦粥のようなものから試してみなよ」
「エルザの言う通りだよ、胃がビックリするから」
「ああ、さっきはビックリしましたよ確かに、あはははは」
豪快に笑って見せてから、カズハはふと首を傾げる。
「アルベリックさんには悪いことをしました。ところで、アルベリックさんは? ちょっと調子が悪そうでしたので、私が風邪をうつしちゃったんじゃないかって、心配してるんです」
「隊長が風邪などひいたらそれこそ鬼の攪乱だよ」
そんな言葉に誤魔化されるわけはなく、話して聞かせることとなった。カズハの見られなかった隊長の様子を。
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