王立辺境警備隊にがお絵屋へようこそ!

小津カヲル

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番外小話 2

小話 カズハと鬼の攪乱②

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 気分は回復したものの、まだ熱は引かない私は布団の中でリュファスさんから今日のアルベリックさんの様子を聞かせてもらいました。
 いつだって悠然と構えていて絶対の安心感を私に与えてくれるアルベリックさんが、少しだけ動揺している姿を聞かされるのは、複雑でした。心配をかけている申し訳なさと、それが私だったからそこまで動揺してくれたのかな、とか少しだけ嬉しくなってしまったり。いえ、心配をかけた張本人である私がそんな事で喜ぶなんて不謹慎ですよね。顔を引き締めますよ。

「なにその恥ずかしい変な顔。嬉しいなら素直に笑ったら?」
「リュファスさんのいけず。引き締めきれないだらしない頬筋がいけないんですか、どうやったら鍛えられるんですか教えて下さい。ホウレイ線予防もついでに……ふぐぐ」

 両頬をむぎゅっと挟まれました。寝ている病人になんてことするんですか!

「僕は見回りの途中だから行くけれど、隊長が来たら半日休暇を追加しておいたので、夕刻には戻って来て下さいと、カズハちゃんから言っておいて」

 私の不満をスルーして、リュファスさんは仕事へと戻っていきました。
 エルザさんもお店を長く空けることは出来ず早々に帰ってしまい、セリアさんも私の熱を冷ます水を取り替えると、また来ると告げてオランド亭へ。一気に静かになった寝室で、一人です。

 健康優良児であることだけが取り柄でしたのに、今回はすっかり異世界風邪に負けてしまいました。小学生以来の高熱に前後不覚になり、とんだ醜態も晒した次第ですが、相手がアルベリックさんとリュファスさんなので良しとしましょう。
 リバースするには十分な刺激ではありましたが、おかげ様と言うべきか、かえってスッキリしてしまったのも事実です。元の世界風に言うところの胃腸風邪だったのでしょうか。セリアさんには、子供のよくかかる風邪だよと笑われました。

 少しすると熱が下がってきたのか、ずいぶん楽になってきました。
 寝台の背にもたれて、スケッチブックを開きます。ここ数日描いた絵をみながら時間を潰していると、休憩を終えたアルベリックさんがやってきました。

「寝ていなくて大丈夫か」
「はい、熱も下がってきたようです」

 大きな手が、前髪をかきわけて額を覆います。ごつごつした大きな手のひらは温かく安心します。まぶたを閉じていると、あっという間に離れていってしまうのがもったいないと思ってしまいました。

「アルベリックさんもよくお休みできましたか?」
「……ああ」

 私と同様、すっきりしたような顔をしたアルベリックさん。
 リュファスさんから強制的にお休みを言い渡されて、観念して寝てきたようです。最後に会った時のように、青い顔はしていないので安心です。アルベリックさんが居ない間に聞いた、彼なりの気遣いがとても嬉しかったのに、私のせいで倒れられてはそうも言っていられなくなります。

「熊殺しの実、ありがとうございました」
「……いや、すまなかった」
「何がですか?」

 お礼を言って謝られるとは思っていませんでした。頭を下げたアルベリックさんに、取りあえず椅子を勧めてまずは座ってもらいました。

「あれが病人にそこまで刺激が強すぎると思っていなかった。それにお前の身体に馴染みやすいものでなかったことも……」
「そんな事、気にする必要ありません。私が勝手に口に入れたんですから! それに熊殺しの実あれは、アルベリックさんにとって『桃缶』と同じですよね、もしかして」
「モモカン……?」
「ええと、同じようにシロップ漬けの甘い果物の事です。世間一般では、風邪の子供の特権というやつでして。滅多に食べられないものだけど風邪ひきさんには開封される、特別なスイーツです」

 何か微妙に違う気もしますが、アルベリックさんには通じたようで、頷いてくれました。

「うちはその桃缶が肉でしたけど」
「……」
「しゃぶしゃぶでした。うすーく肉をスライスして、野菜のお出汁が効いたスープで肉をこう、しゃーぶしゃーぶって……あ、思い出したら涎が」

 肉を箸でゆらゆらさせる仕草を見せながら、寝間着の袖で口元を拭います。アルベリックさんは少々引いてるかもしれませんが、事実なので仕方ありません。

「それはよくある事なのか」
「いえ、全く。真似してはいけません」
「……そうか」
「私は肉が大好きなんです。あ、知ってますよね。で、小さい頃に風邪で何も食べられなかった私に、お母さんがダメ元で出した料理がしゃぶしゃぶでした。それが良かったのか、はたまたタイミング的なものだったかは分かりませんが、食べられました。美味しかったのを私も覚えています。それ以来、お母さんは馬鹿の一つ覚えで風邪イコール肉! みたいになって」

 お母さんの出す料理を思い出して、笑いがこみあげてきます。

「破天荒なお母さんだけれど、きっと心配して心配して、ようやく食べたからすごく安心したんだと思います。それが子供心にも分かって嬉しくて、私にとってもそれがとっておきの風邪ひきさんメニューになりました。アルベリックさんもそう?」

 目を細めて私の話を聞いてくれていたアルベリックさんは、頷きました。

「アンジェが、とにかく熊殺しの実を用意した」
「アンジェさん?」

 てっきりお母様かなと思ったのですが、アンジェさんでしたか。そういえば、かなり幼い頃にお亡くなりになったんでしたっけ。
 アルベリックさんは、続きを話してくれました。

「アンジェは熊殺しの実あれがあれば何とかなると、昔は思い込んでいた」

 アルベリックさんが六歳、アンジェさんは十歳の時。お母様が亡くなったのだそうです。アルベリックさんはまだ幼かったので知らなかったそうですが、アンジェさんは床に伏しているお母様の見舞客がお父様に、『熊殺しの実』が手に入れば良くなるのではと漏らしていたのを聞いていたようです。ですが収穫できる季節が短い熊殺しの実は、辺境以外ではなかなか手に入らないのだそうです。加えてとても高価。アンジェさんは自ら手に入れようとしたのだそうですが、間に合わずお母様は亡くなってしまったのだそうです。後から聞けば実際にそれが効くかどうかは分からなかったようですが、出来なかったという後悔だけが残ったのです。
 その後悔がアンジェさんをその後も突き動かしました。兄弟を母親代わりに面倒を見たアンジェさんは、誰かが風邪をひいたり身体を壊すたびに、熊殺しの実を用意して食べさせたそうです。もちろんお父様にも。

「ええと、でも滋養強壮薬になるんじゃ、子供にはきつくありませんか?」
「そういえばセヴランは嫌がってはいたが……」
「……ああー」

 一気に同情が募りますよ、セヴランさん!

「アルベリックさんは大丈夫だったんですか?」
「ああ、そもそも滅多に風邪などひかないし、そう悪い味でもない」
「……そうですか、はは、悪くないですか」

 甘党恐るべし。
 レヴィナス家兄弟は、アンジェさんとアルベリックさんは規格外、ヴィクトールさんとセヴランさんは繊細ときっぱり別れるのです。何だか納得です。

「セヴランは一歳で母と死別している。病気も多くアンジェは怖かったのだと思う。またふいに家族を失うのではないかと」
「……お母様のように?」
「ああ。私もまた、同じように怖かった」

 もう会えないというだけで悲しいのに、そうですよね。そう言おうとして言えなかったのは、真剣な面持ちで私を見るアルベリックさんと眼が合ったから。

「世界をまたいで来たからこそ、不安になった。母もきっかけは些細な風邪だったせいもあり、どこかでカズハを失う最悪の状況が頭にあったんだと思う」
「……私?」

 アンジェさんと同じように、アルベリックさんも失う悲しみを知っているのだと分かっているつもりでした。だからって私にそれが結びつくだなんて思ってもみなくて……。
 膝の上に握られたアルベリックさんの拳に手を伸ばします。

「風邪をひいて、セリアさんに言われたんです。この風邪は子供がかかるもんだよって。それで実はちょっと嬉しかったんです」
「……熱が高かったのにか」
「はい。風邪をひけば熱が出るものです。それに治った時には免疫が出来るわけですよね、そうしたら私も、もっとこの世界に馴染んだ証拠になるのかなって思って」

 そう言って笑えば、アルベリックさんの固く握られた拳が緩められ、私の手を握り返してくれました。

「それに、他にもありますよ。私の知らないアルベリックさんの話をまた一つ聞けました。それから、すごく心配してもらって、嬉しかったんです。それから皆がお見舞いを……」

 転んでもただでは起き上りません。そんなつもりで数えた嬉しい事でしたが、続きは口に出来ませんでした。
 抱き寄せられ、アルベリックさんの肩口に押し付けられたせいで。

 ずっと、そばにいたい。
 少しずつですが、世界に染まる私を待っていて。

 そう告げた時のアルベリックさんの顔が照れたように見えて、まさに鬼の攪乱ですねと言った言葉ものみこまれて。

「風邪が本当にうつっても知りませんよ」

 真っ赤に空が染まる頃、そう言ってアルベリックさんを見送った私の顔も赤かったに違いありません。
 
 
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