勇者になった幼馴染は聖女様を選んだ〈完結〉

ヘルベ

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勇者ってなんだよ(ジグ視点)

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 山奥の村の、特産品と言えば野菜と山でのびのび育った豚や牛くらいの、住人はせいぜい二百人くらいの田舎。
 それが俺の住んでいたところだ。
 
 妹が二人、一番下に弟が一人の四人兄弟で、父さんが弟が生まれてすぐ亡くなったから、ほとんど妹たちの父親代わりだった。

 友達は田舎から出たがってたけど、俺は苦労して都心へ行って仕事を探すよりも仕事も将来も用意されてる今の慣れた環境のほうがいい。
 弟妹や母も心配だし。

 家の手伝いばかりの生活だったけど、隣の家の家族は早くに父親を亡くした俺たちをよく気を遣ってくれ、おすそ分けや畑の手伝いもしてくれたし、村の人たちは優しい人ばかりでたまに来る行商人や旅芸人のお陰でいい娯楽も有って特に不満もない。

 俺の一歳年下のアンヌはお隣さんの子で、俺も相手もちょっと勝気な性格をしてる上小さい頃から顔見知りだからよく喧嘩をした。
 他の子にはもっと余裕のある接し方ができるのに、アンネにはいつも嫌味を言ってしまう。
 
 まあその口喧嘩を楽しんでいる節があったから、ついってのもある。
 言った分だけ言い返されるぽんぽんと小気味よいテンポ会話はけっこう楽しくて、どう言い負かしてやろうなんて考えるのも嫌いじゃ無かった。
 アンヌと言い合ってるうちにあっという間に仕事が終わってしまっているなんて事がよくあり、正直言うとちょっと便利で。

 俺はもう一人の妹くらいに思ってるけど、お互いの両親は俺たちに結婚して欲しいようだった。
 
 別にそれもいいか。
 他に気になる女の子が居る訳でもないし。アンヌは俺の家族とも仲が良いし。
 顔も犬みたいで懐っこくて愛嬌がある。
 アンネと夫婦になったら、喧嘩しながらも信頼できる、いい家族になれる気がする。

 ――そんな穏やかな生活が、ある日突然終わりを告げた。

「あなたがジグ殿ですね。お迎えに上がりました」

 親の親の親の、そのまた親の代からずっと言い伝えられている伝承。
 百年に一度聖女を異世界から召喚し、世界各地にある聖地に再び力を与えて貰う。そしてその旅に同行するための勇者が聖女によって選ばれると。
 
 俺じゃない誰かがいつの間にか世界を救ってるんだろうな。
 もしかしたら勇者と聖女がこの村に寄るかもしれない、そしたら村が有名になるかもくらいに考えていたそれが、突然自分の現実になって襲ってきた。

 重々しい鎧の兵士が馬に跨って俺を取り囲む。
 否とは言わせない圧力に足が震えた。

「か、」

 母さんと言いかけて、弟妹と抱き合って悲しそうに泣いている家族を見つけ口を閉じる。
 早々に引き留めるのは諦められたんだと、その時感じた。

 何百人といる重装備の兵士相手に抵抗したって仕方ないって頭では分かってる。
 聖女が召喚されたら無条件で協力しなければいけないのも、そうしなければ世界が終わってしまう事も。

 けど、あの時俺は家族に見捨てられたような気分だった。
 父さんが生きていたら、もっと引き留めてくれただろうか。

「いやです、ジグ連れて行かないで!こんなのいきなり酷い!」

 だから、村の人たちも悲しそうに顔を伏せるばかりの中でアンヌが声を上げてくれたのがどれだけ嬉しかったことか。
 思わず泣いてしまいそうでアンヌから目を逸らすので精いっぱいだった。

 家族や村の人たちにいってくるとだけ伝え、急いで用意された馬車に乗り込んだ。
 外観からして豪華だと思っていたが、座る場所が雲のようにふかふかでより現実感を遠ざける。
 少し呆然として不安と恐怖が襲ってきそうになった時、いきなり馬車の扉が開いた。
 そしてアンネが勢いよく乗り込んで来て、俺の前の椅子に座る。

「兵士さんにお願いしたの。あたしも一緒に連れてってくださいって。あんただけじゃ聖女様にどんな粗相するか分かったもんじゃないもの」

 反射で口から出た第一声ははあ?だった。
 遊びに行くわけじゃ無いんだぞ。
 勇者が必要ってことはどこかで戦うことになるんだろう。そんなところにちょっと目を離すとちょこまか動きまわるアンヌなんて連れていけない。

 こっちの心配も知らずいつものように言い返してくるアンヌに、俺もいつものような喧嘩腰で応えてしまう。
 埒のあかない言い合いに夢中になってるうちに兵士の一人が馬車に乗って来て、扉の鍵を閉めた。

 その兵士にアンヌを降ろしてくれ訴えると、隊長の決めた事なので自分ではどうしようもできない、と。
 脱力して柔らかい椅子に深く身体を沈みこませる。

「……本当は不安だった。アンヌが来てくれて、ちょっとほっとしてる」

 馬車がそこそこ走った所で、ぽつりと本音を漏らす。
 アンヌはいつの間にか握りしめていた俺の拳をぽんぽんと柔らかく叩いた。


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