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墜ちた者 這い上がる者(1)
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僕につけられた名前はキース。
古い言葉で「森」。別の地方の言葉では「戦場」という意味を持つそうだ。
両親は「森」のように穏やかで、しっかりと根を張った人生を僕に送らせたくてキースと名づけたのだろう。だけど実際に歩んだ人生は穏やかさとは程遠いもので、「戦場」と呼ぶに相応しいものだった。
この世界に住む生き物は全て、女神である岩見鈴音が造り上げたフィクションなんだと聞かされた。
偽の人生か……。ならどうして僕はこんなにも苦しいのだろう?
人々の性欲を掻き立てる魅了の瞳。それを持って産まれたことは僕にとって呪いでしかなかった。
記憶は無いが、僕が赤ん坊の頃までは平穏に暮らせていたと父が言っていた。ただ「可愛い、可愛い」それだけで済んでいたと。
歩けるように、話せるようになってからだ。僕を見る人の目が変わってきたのは。
住んでいた地域の人達は僕と話す際に、首筋や短いズボンから覗く脚を見るようになった。幼かった僕にはその意味がまだ解らなかったけれど。
初めて恐怖したのは5歳の時。
いつも一緒に遊んでいた一つ上の少年に、小麦粉を収納する小屋の中で押し倒されたのだ。幸い彼には性的な知識が無く大したことはされなかったが、荒い息でしがみ付いてきた幼馴染みの目が忘れらず、僕はもう彼と遊べなくなってしまった。
そして決定的な事件が起きたのは8歳の時。
両親が不在中にお裾分けを持ってきてくれた隣人。母の友人でもあった彼女は、僕が家で独りきりだと知った途端に理性を無くした。
一時間後に帰宅した母は悪夢に遭遇し、長年の友人を失うことになった。
その次は学校の女性教師。更に次は親戚の伯父。
連続する事件と加害者がそれまで評判の良い人物だったことが重なり、最初は僕に同情的だった世間は手のひらを返した。「あの子は悪魔だ」と僕を非難し排斥しようとした。
両親は僕を護る為に二度引っ越したが、場所を変えても同じことが起きた。
そして僕は寺院へ送られることになったのだ。結局は修行を積んだ僧侶とて、欲望を抱えた人間なのだと学ぶことになったけれど。
「おい……術師……!」
僕と同じく闇に墜ちた男が憎々しげに忠告してくる。
「テメェは解ってんのか……? 禁呪を……人間相手に使ったとバレたら……逮捕されて処刑……だぞ」
何を言っているんだよ、レスター・アーク。おまえも処刑覚悟で動いてきた人間のくせに。今更だろ。
ユーリから聞いたよ、両親も自分も騙されて散々な目に遭ったんだよね。でもゴメン、正直キミの事情はどうでもいい。キミだけでなく、ほとんどの人間は僕にとってどうでもいい存在だ。
温和で優しいと周囲の人間は僕を褒めてくれるけど、僕の態度はできるだけ軋轢を生まない為の処世術に過ぎない。そこに感情なんて存在していなかった。ずっと。
「死ぬことなんてな、今さら怖くないんだよ……!」
僕は強い決意込めてレスターへ言い返した。
「アンダー・ドラゴン首領のレスター・アーク、もうおまえの世は終わりだ。刺し違えてでもこの僕が、おまえを地獄の底へ送ってやる……!!」
僕のすぐ傍に居るロックウィーナが、瞳を大きく見開いて泣くのを堪えていた。
ゴメンね。キミにそんな顔をさせたくないのに。キミには笑っていて欲しいのに。魅了の瞳の恐ろしさを知った後も、僕と歩もうとする稀有な女のコ。
すぐに終わらせるから、今は目を閉じておいで。
キミが冒険者ギルドに就職してから、僕はいつもキミのことが気になっていたよ。力になってあげたいって。
キミが駄目なコだからじゃない。むしろ逆だ。キミは男でも逃げ出すハードワークな出動班で、何年も頑張り続けられる逞しく我慢強い女性だ。上司や金持ちの依頼人のご機嫌を取れば、もっと楽で美味しい仕事に就けたかもしれないのに、キミは絶対にそういう姑息な手段に出ないよね。だからギルド職員はみんなキミを好きになるんだ。
だというのにキミは自己評価が低く、時々落ち込んで俯いてしまうことが有ったね。年頃の娘なのにお洒落も放棄しているように見えた。
だから励ましたかった。キミは素敵な女のコなんだから堂々としなよって。でも今の僕は前髪で顔半分を隠し、服装も地味な物ばかり選んで隠者のようにしているから、とてもキミにアドバイスできる立場になかった。
それに……僕が余計なお節介を焼かなくても、キミの傍にはいつもルパートが居た。彼がキミに好意を抱いているのは一目瞭然だった。
ルパートは強くそして美しい男だ。キミもいつかはルパートに惹かれると思ったから、僕は遠くから見守るだけにしようと思っていたんだ。
それがまさか、キミが卑屈になった原因が「ルパートに酷い振られ方をされたせい」だったとは。しかも振った後もルパートは、子供っぽい独占欲でキミを支配しようとしていたなんて。
何なのアイツ、いっぺん死んだらいいのに。……とか思っていたのにさ、今の僕にはルパートの気持ちがよく解るんだよ。嫌になる。
セスとルパートの馬鹿がキミの周りの男を排除しなくなったので、キミは漸く普通にモテ始めた。何人もの男に求婚されてキミは戸惑っているけど、これが世間のキミに対する正当な評価なんだよ。
そんな中で僕がキミに選ばれるなんて。
嬉しかった。本当に。でも僕と一緒に居たらキミも「悪魔の子」の仲間入りだ。
何もしていないのに、傷を負ったのはこちら側なのに罵られる日々。そんな目にキミを遭わせたくない。
だから離れる道を選んだ。だのにキミの愛が僕に向けられることを今も望んでしまう。僕を見て触れて欲しい。諦めるどころか欲が膨らんでいく。
古い言葉で「森」。別の地方の言葉では「戦場」という意味を持つそうだ。
両親は「森」のように穏やかで、しっかりと根を張った人生を僕に送らせたくてキースと名づけたのだろう。だけど実際に歩んだ人生は穏やかさとは程遠いもので、「戦場」と呼ぶに相応しいものだった。
この世界に住む生き物は全て、女神である岩見鈴音が造り上げたフィクションなんだと聞かされた。
偽の人生か……。ならどうして僕はこんなにも苦しいのだろう?
人々の性欲を掻き立てる魅了の瞳。それを持って産まれたことは僕にとって呪いでしかなかった。
記憶は無いが、僕が赤ん坊の頃までは平穏に暮らせていたと父が言っていた。ただ「可愛い、可愛い」それだけで済んでいたと。
歩けるように、話せるようになってからだ。僕を見る人の目が変わってきたのは。
住んでいた地域の人達は僕と話す際に、首筋や短いズボンから覗く脚を見るようになった。幼かった僕にはその意味がまだ解らなかったけれど。
初めて恐怖したのは5歳の時。
いつも一緒に遊んでいた一つ上の少年に、小麦粉を収納する小屋の中で押し倒されたのだ。幸い彼には性的な知識が無く大したことはされなかったが、荒い息でしがみ付いてきた幼馴染みの目が忘れらず、僕はもう彼と遊べなくなってしまった。
そして決定的な事件が起きたのは8歳の時。
両親が不在中にお裾分けを持ってきてくれた隣人。母の友人でもあった彼女は、僕が家で独りきりだと知った途端に理性を無くした。
一時間後に帰宅した母は悪夢に遭遇し、長年の友人を失うことになった。
その次は学校の女性教師。更に次は親戚の伯父。
連続する事件と加害者がそれまで評判の良い人物だったことが重なり、最初は僕に同情的だった世間は手のひらを返した。「あの子は悪魔だ」と僕を非難し排斥しようとした。
両親は僕を護る為に二度引っ越したが、場所を変えても同じことが起きた。
そして僕は寺院へ送られることになったのだ。結局は修行を積んだ僧侶とて、欲望を抱えた人間なのだと学ぶことになったけれど。
「おい……術師……!」
僕と同じく闇に墜ちた男が憎々しげに忠告してくる。
「テメェは解ってんのか……? 禁呪を……人間相手に使ったとバレたら……逮捕されて処刑……だぞ」
何を言っているんだよ、レスター・アーク。おまえも処刑覚悟で動いてきた人間のくせに。今更だろ。
ユーリから聞いたよ、両親も自分も騙されて散々な目に遭ったんだよね。でもゴメン、正直キミの事情はどうでもいい。キミだけでなく、ほとんどの人間は僕にとってどうでもいい存在だ。
温和で優しいと周囲の人間は僕を褒めてくれるけど、僕の態度はできるだけ軋轢を生まない為の処世術に過ぎない。そこに感情なんて存在していなかった。ずっと。
「死ぬことなんてな、今さら怖くないんだよ……!」
僕は強い決意込めてレスターへ言い返した。
「アンダー・ドラゴン首領のレスター・アーク、もうおまえの世は終わりだ。刺し違えてでもこの僕が、おまえを地獄の底へ送ってやる……!!」
僕のすぐ傍に居るロックウィーナが、瞳を大きく見開いて泣くのを堪えていた。
ゴメンね。キミにそんな顔をさせたくないのに。キミには笑っていて欲しいのに。魅了の瞳の恐ろしさを知った後も、僕と歩もうとする稀有な女のコ。
すぐに終わらせるから、今は目を閉じておいで。
キミが冒険者ギルドに就職してから、僕はいつもキミのことが気になっていたよ。力になってあげたいって。
キミが駄目なコだからじゃない。むしろ逆だ。キミは男でも逃げ出すハードワークな出動班で、何年も頑張り続けられる逞しく我慢強い女性だ。上司や金持ちの依頼人のご機嫌を取れば、もっと楽で美味しい仕事に就けたかもしれないのに、キミは絶対にそういう姑息な手段に出ないよね。だからギルド職員はみんなキミを好きになるんだ。
だというのにキミは自己評価が低く、時々落ち込んで俯いてしまうことが有ったね。年頃の娘なのにお洒落も放棄しているように見えた。
だから励ましたかった。キミは素敵な女のコなんだから堂々としなよって。でも今の僕は前髪で顔半分を隠し、服装も地味な物ばかり選んで隠者のようにしているから、とてもキミにアドバイスできる立場になかった。
それに……僕が余計なお節介を焼かなくても、キミの傍にはいつもルパートが居た。彼がキミに好意を抱いているのは一目瞭然だった。
ルパートは強くそして美しい男だ。キミもいつかはルパートに惹かれると思ったから、僕は遠くから見守るだけにしようと思っていたんだ。
それがまさか、キミが卑屈になった原因が「ルパートに酷い振られ方をされたせい」だったとは。しかも振った後もルパートは、子供っぽい独占欲でキミを支配しようとしていたなんて。
何なのアイツ、いっぺん死んだらいいのに。……とか思っていたのにさ、今の僕にはルパートの気持ちがよく解るんだよ。嫌になる。
セスとルパートの馬鹿がキミの周りの男を排除しなくなったので、キミは漸く普通にモテ始めた。何人もの男に求婚されてキミは戸惑っているけど、これが世間のキミに対する正当な評価なんだよ。
そんな中で僕がキミに選ばれるなんて。
嬉しかった。本当に。でも僕と一緒に居たらキミも「悪魔の子」の仲間入りだ。
何もしていないのに、傷を負ったのはこちら側なのに罵られる日々。そんな目にキミを遭わせたくない。
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