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覚悟(5)
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「卑怯者が! そっから出てきて正々堂々と戦えや!!」
身体にいくつも赤い線を刻み血を滲ませる男が恨み言を吐いた。凶悪犯罪組織で幹部にまでなった奴が正々堂々とは笑わせてくれる。悔しかったら優しくてイケメンで焼き菓子作りが上手い術師を仲間にしてみろ。
「おいおい、アンダー・ドラゴンの幹部ともあろうものが、なーに情けない台詞言ってんだよ」
からかう口調で、私が心の中で思っていた前半部分を口にした男が居た。見るとレスター・アークがゆっくりとこちらへ向かって歩いてくる。
(えっ!?)
彼はユーリと一対一の勝負をしていたのに。私は視線をダンスホールの奥へ走らせて悲鳴を上げそうになった。
ユーリが横向きの姿勢で床に倒れていたのだ。そして近くに来たレスターの剣には血糊が付いていた。
ま さ か。ユーリが…………殺されたの!?
(嘘! 噓噓!!)
前の周回でエンが殺された記憶が蘇った。エンとユーリの倒れた姿が重なる。
あの胸の痛みを今度はユーリに抱くの? 頭がガンガンする。指先が震え出した。
「ロックウィーナ、退却だ!」
キースに怒鳴られて我に返った。最も手強い首領レスターに大きな傷は見当たらない。彼まで加わった今、もはや私達だけでは勝ち目が無いのだ。
「させねぇよ!!」
幹部の一人が入口へ回り込んで私達の退路を断ってしまった。
「好き勝手やってくれたな女。楽に死ねると思うなよ?」
私の鞭で顔面血だらけの男から確かな殺意が放たれた。レスターと幹部二人が私とキースを囲んだ。
キースの防御障壁の継続時間は彼のスタミナに比例している。既に幹部の攻撃から何度も私を護ってくれていたキース。顔には玉の汗が浮かんでいる。保ってあと一分ほどだろう。
一分以内にレスターを含む手練れ三人を私だけで倒せるとは思えない。防御障壁が消えてしまった後、私とキースは……。
(しっかりしろ、戦い抜くと決めたんでしょう?)
自分で自分に檄を飛ばした。でも足が竦む。
いったいどうしたらいいの…………?
その時だった。
「我が内の不浄なる怒りよ、今こそ解き放たれよ」
低く静かに響く声が場を支配した。
「呪われたこの身を捧げよう。苦しんだ年月、死へ繋がる祈り……」
キースだった。彼は男達を見据えてゆっくり、ゆっくりと呪文を詠唱していた。
優勢であったはずのレスターや幹部達は、何故か攻撃をやめてキースから目を離せないでいた。全員棒立ちだ。
「転移せよ、我が敵へ。呪いとなって彼の者達の心臓を焼け」
ああ……これは呪詛だ。理解した私の目にキースから立ち昇る黒い煙が見えた。
煙は三つに枝分かれをして、レスターと幹部二人にそれぞれ吸い込まれていった。
「うぐっ……?」
幹部の一人が手にしていた武器を落として床に片膝を付いた。
「なっ……何だ、心臓が締め付け……られる」
もう一人の幹部は立ってはいたが、左手を胸へ当てた。
「お、俺も、何か息が苦しい……!」
レスターがキースを睨みつけた。彼も呼吸が荒かった。
「この効果……。テメェ……それ、相手を呪い殺す禁呪じゃねぇのか?」
禁呪!? 不穏な言葉を聞いた私はキースを振り返ったが、キースも膝を床に付いて屈んでしまった。
「ハハハ……。そうらしいな。禁呪は術を安定させるのが難しくて、術者自身の命をも削ると聞いたことが有る」
レスターはキースを見下ろした。
「よぉ兄さん、俺達の心臓を止めたいようだが、その調子じゃアンタの方が先に死んじまうぜ……?」
「そ、そうなんですか!? 先輩!?」
レスターの言葉に誰よりも動揺したのは私だった。裏付けるようにキースの顔が色を失って白くなっていた。
「もうやめて、やめて下さい先輩!」
私はキースを止めようと彼の肩に手を掛けた。それなのに彼は払い除けて呪文詠唱を続けたのだ。
「我が不浄なる怒りよ、力となれ……!」
「くっ……」
レスターが苦しそうに顔を歪めた。キースもだ。
「ハハ、どっちが先にくたばるか……我慢比べだな」
攻撃にまでは移れないようだが、レスターにはまだ憎まれ口を叩く余裕が残っていた。対するキースは身体から発生している煙が薄く消えそうになっている。
駄目、死んじゃ嫌だキース。やめて。
『なぁ~~ご~~~~!!!!』
突如キースの頭上に黒猫が現れた。次男猫のローウェルだ。保護色だから気づけなかったが、ソルではなく私達の方へ付いてきてくれていたのか!
ローウェルは回転して人間の姿となった。突如起こった奇跡にレスター達は目を丸くした。
『キースさん、あなたの魔力は俺が増幅します!』
ローウェルの宣言通り、消えそうだった死の煙が量を増やし、再度レスターと彼の部下の身体を蝕んだ。
「がっはぁ!!」
「ぐあ、あああ!!!!」
幹部の二人が床へ倒れた。一人は胸を押さえてその場を転がり回った。もう一人は息ができないのか胸の辺りを両手で搔き毟った。
この先どうなるか火を見るよりも明らかだった。それでも躊躇わず、キースは冷たい眼差しを男達へ向けて詠唱を続けた。
「我が分身、穢れし魔物よ、彼の者達の心臓を握り潰せ……」
「……ぎっ」
幹部達は痙攣を起こし、やがて目を見開いたまま動かなくなった。彼らの口からは白い泡が漏れていた。
────絶命したのだ。
「おい……術師……!」
レスターは両膝を付いたもののまだ倒れていなかった。術にかかりにくい体質なのだろう。それでもダメージは深刻なようで、額に大量に汗を滲ませて声が掠れていた。
「テメェは解ってんのか……? 禁呪を……人間相手に使ったとバレたら……逮捕されて処刑……だぞ」
キースが処刑!?
疲労の中に居るキースがレスターを睨み返した。
「それがどうした」
「……何……?」
「死ぬことなんてな、今さら怖くないんだよ……!」
ローウェルのおかげで魔力放出の負担が減ったとはいえ、キースの精神力はもう限界のはずだった。彼は最後の気力を振り絞ってレスターに挑んだ。
「アンダー・ドラゴン首領のレスター・アーク、もうおまえの世は終わりだ。刺し違えてでもこの僕が、おまえを地獄の底へ送ってやる……!!」
身体にいくつも赤い線を刻み血を滲ませる男が恨み言を吐いた。凶悪犯罪組織で幹部にまでなった奴が正々堂々とは笑わせてくれる。悔しかったら優しくてイケメンで焼き菓子作りが上手い術師を仲間にしてみろ。
「おいおい、アンダー・ドラゴンの幹部ともあろうものが、なーに情けない台詞言ってんだよ」
からかう口調で、私が心の中で思っていた前半部分を口にした男が居た。見るとレスター・アークがゆっくりとこちらへ向かって歩いてくる。
(えっ!?)
彼はユーリと一対一の勝負をしていたのに。私は視線をダンスホールの奥へ走らせて悲鳴を上げそうになった。
ユーリが横向きの姿勢で床に倒れていたのだ。そして近くに来たレスターの剣には血糊が付いていた。
ま さ か。ユーリが…………殺されたの!?
(嘘! 噓噓!!)
前の周回でエンが殺された記憶が蘇った。エンとユーリの倒れた姿が重なる。
あの胸の痛みを今度はユーリに抱くの? 頭がガンガンする。指先が震え出した。
「ロックウィーナ、退却だ!」
キースに怒鳴られて我に返った。最も手強い首領レスターに大きな傷は見当たらない。彼まで加わった今、もはや私達だけでは勝ち目が無いのだ。
「させねぇよ!!」
幹部の一人が入口へ回り込んで私達の退路を断ってしまった。
「好き勝手やってくれたな女。楽に死ねると思うなよ?」
私の鞭で顔面血だらけの男から確かな殺意が放たれた。レスターと幹部二人が私とキースを囲んだ。
キースの防御障壁の継続時間は彼のスタミナに比例している。既に幹部の攻撃から何度も私を護ってくれていたキース。顔には玉の汗が浮かんでいる。保ってあと一分ほどだろう。
一分以内にレスターを含む手練れ三人を私だけで倒せるとは思えない。防御障壁が消えてしまった後、私とキースは……。
(しっかりしろ、戦い抜くと決めたんでしょう?)
自分で自分に檄を飛ばした。でも足が竦む。
いったいどうしたらいいの…………?
その時だった。
「我が内の不浄なる怒りよ、今こそ解き放たれよ」
低く静かに響く声が場を支配した。
「呪われたこの身を捧げよう。苦しんだ年月、死へ繋がる祈り……」
キースだった。彼は男達を見据えてゆっくり、ゆっくりと呪文を詠唱していた。
優勢であったはずのレスターや幹部達は、何故か攻撃をやめてキースから目を離せないでいた。全員棒立ちだ。
「転移せよ、我が敵へ。呪いとなって彼の者達の心臓を焼け」
ああ……これは呪詛だ。理解した私の目にキースから立ち昇る黒い煙が見えた。
煙は三つに枝分かれをして、レスターと幹部二人にそれぞれ吸い込まれていった。
「うぐっ……?」
幹部の一人が手にしていた武器を落として床に片膝を付いた。
「なっ……何だ、心臓が締め付け……られる」
もう一人の幹部は立ってはいたが、左手を胸へ当てた。
「お、俺も、何か息が苦しい……!」
レスターがキースを睨みつけた。彼も呼吸が荒かった。
「この効果……。テメェ……それ、相手を呪い殺す禁呪じゃねぇのか?」
禁呪!? 不穏な言葉を聞いた私はキースを振り返ったが、キースも膝を床に付いて屈んでしまった。
「ハハハ……。そうらしいな。禁呪は術を安定させるのが難しくて、術者自身の命をも削ると聞いたことが有る」
レスターはキースを見下ろした。
「よぉ兄さん、俺達の心臓を止めたいようだが、その調子じゃアンタの方が先に死んじまうぜ……?」
「そ、そうなんですか!? 先輩!?」
レスターの言葉に誰よりも動揺したのは私だった。裏付けるようにキースの顔が色を失って白くなっていた。
「もうやめて、やめて下さい先輩!」
私はキースを止めようと彼の肩に手を掛けた。それなのに彼は払い除けて呪文詠唱を続けたのだ。
「我が不浄なる怒りよ、力となれ……!」
「くっ……」
レスターが苦しそうに顔を歪めた。キースもだ。
「ハハ、どっちが先にくたばるか……我慢比べだな」
攻撃にまでは移れないようだが、レスターにはまだ憎まれ口を叩く余裕が残っていた。対するキースは身体から発生している煙が薄く消えそうになっている。
駄目、死んじゃ嫌だキース。やめて。
『なぁ~~ご~~~~!!!!』
突如キースの頭上に黒猫が現れた。次男猫のローウェルだ。保護色だから気づけなかったが、ソルではなく私達の方へ付いてきてくれていたのか!
ローウェルは回転して人間の姿となった。突如起こった奇跡にレスター達は目を丸くした。
『キースさん、あなたの魔力は俺が増幅します!』
ローウェルの宣言通り、消えそうだった死の煙が量を増やし、再度レスターと彼の部下の身体を蝕んだ。
「がっはぁ!!」
「ぐあ、あああ!!!!」
幹部の二人が床へ倒れた。一人は胸を押さえてその場を転がり回った。もう一人は息ができないのか胸の辺りを両手で搔き毟った。
この先どうなるか火を見るよりも明らかだった。それでも躊躇わず、キースは冷たい眼差しを男達へ向けて詠唱を続けた。
「我が分身、穢れし魔物よ、彼の者達の心臓を握り潰せ……」
「……ぎっ」
幹部達は痙攣を起こし、やがて目を見開いたまま動かなくなった。彼らの口からは白い泡が漏れていた。
────絶命したのだ。
「おい……術師……!」
レスターは両膝を付いたもののまだ倒れていなかった。術にかかりにくい体質なのだろう。それでもダメージは深刻なようで、額に大量に汗を滲ませて声が掠れていた。
「テメェは解ってんのか……? 禁呪を……人間相手に使ったとバレたら……逮捕されて処刑……だぞ」
キースが処刑!?
疲労の中に居るキースがレスターを睨み返した。
「それがどうした」
「……何……?」
「死ぬことなんてな、今さら怖くないんだよ……!」
ローウェルのおかげで魔力放出の負担が減ったとはいえ、キースの精神力はもう限界のはずだった。彼は最後の気力を振り絞ってレスターに挑んだ。
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