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鈴音より愛を込めて(1)
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窓から差し込む西日が私達二人の影を長く伸ばしてした。
あの時は先輩に背負われた校舎の廊下、そして今度は私が入院する病院の個室である。
ベッドに座る私とパイプイスに座る衛藤先輩。向き合う二人。嬉しさの反面、照れ臭さと戸惑いも有った。私はそれを言葉にした。
「あ、あの先輩、どうして私のお見舞いに来て下さったのですか? それも二回も」
何事もなければ明後日に退院というタイミングで、衛藤先輩は学校帰りに二度目の面会を申し込んでくれた。
彼は気まずそうに答えた。
「ゴメン。一度しか会ってない上の学年の男に、何度も押しかけられたら怖いよね? 担任の先生に病院まで聞いてさ」
「いえいえ、そこは嬉しいんです、本当に。でもどうして来て下さったのかが解らなくて」
「そか、迷惑じゃなかったか……」
先輩はホッとしたようだ。でも表情が柔らかくなったのはほんの一瞬で、すぐに険しい顔つきに戻った。
「保険室に連れていったあの日から、ずっとキミのことが気になっていたんだ」
「!?」
ドキッとした。私だって恋愛に興味を持つ年頃の女のコなんだから。
でも大丈夫、勘違いはしない。衛藤先輩のソレはきっと保護欲か同情だ。
「あの後、部活で一年生に聞いたんだ。キミと同じクラスのヤツが居たから。キミは免疫系の病気で体力が無くて、そのせいで一部のクラスメイトから心無い扱いを受けているそうだね……」
やっぱりだ。先輩は私を可哀想に思ったんだ。
「はい。でも周りの人が苛立つのは仕方が無いですよ、私は重い物を持つ作業や、激しい運動を免除されてますから」
「………………」
私は軽く流そうとしたのだが、先輩がじっと私を見つめた。違うと解っているのに心臓のドキドキが止まらない。
「…………俺もさ、キミと同じだったんだよ」
「……え?」
「けっこう重い小児喘息でさ、小学校高学年になるまではひ弱な少年だった」
「そう……だったんですか?」
先輩の告白は意外だった。高身長で筋肉質、見るからにスポーツマンの現在の容貌からは想像できない。
「うん。ガキの頃は走るとすぐに胸が苦しくなったよ。ヒューヒューゼコゼコって。それでもさ、俺は思いきり走りたかった。みんなと同じように」
ああ、その気持ちは私も抱いた。走って跳ねて踊れたら気持ちいいだろうなぁって。みんなと一緒に。
「それで俺、昼休みにグラウンドでサッカーやってた友達に、今日は大丈夫、元気だからって嘘吐いて仲間に入れてもらったことが有ったんだ。でも途中で発作起こしてさ、保健室送りになっちゃった」
「………………」
「その後がキツかったな。遊んでくれた友達が先生に怒られたんだよ。何で衛藤に無理させた!って。悪いのは俺なのにさ」
先輩は私の肩越しに、窓の外の夕焼けを目で追った。
「家でも一緒。嫁姑問題っての? 祖父ちゃん祖母ちゃんと会う時に俺が体調を崩すとさ、オフクロが二人に責められるんだよね。あんたが丈夫に産んであげなかったせいだって。親父は自分の親を止めずにヘラヘラしているだけだった」
自嘲の笑みを浮かべて先輩は言った。
「俺さ、ずっと自分のことを迷惑な子供だと思っていたんだ。俺が居るとオフクロも友達も不幸になるって」
「!」
「だから静かに、大人しく、できるだけ周りに迷惑をかけないように遠慮して生きてきた」
「………………」
何てこと。自信に満ちているように見えた先輩も、根っこの部分は私と一緒だったんだ。
「喘息が治って身体は元気にデカくなったけど、俺の本質は変わってない。優等生だって言われる俺の下地は小学生時代に作られたんだ」
納得した。だから体育祭の応援練習で倒れた私に、あんなにも親切にしてくれたんだね。今も。
そういえばあの一件以来、クラスメイトが私に度を超した意地悪をしようとした時に、数人の男子が止めてくれるようになった。彼らは先輩と同じサッカー部だったような……。
「岩見ちゃん、ゴメンな」
唐突に先輩が謝ってきた。真剣な眼差しで見つめられて私は少し恥ずかしい。
「キミは俺よりも重い病気と闘っていた。充分に頑張っていた。それなのに俺は、無責任に頑張れって励ましてしまった」
女神の宮殿でのエリアスさんを思い出した。あの時の彼はやはり衛藤先輩だったんだ。
「いえ、ありがとうございました」
「……俺の言葉、重荷になってないか?」
「なっていません。だって今の私は、頑張りたいって思ってますから」
「!…………」
先輩は私の瞳の奥を確認するように覗き込み、私は逃げずに見つめ返した。
私の覚悟を知った先輩は微笑んだ。
「そうか……。なら応援するよ」
そして右手を私の前へ差し出してきた。
「はい。宜しくお願いします」
宮殿では拒否した彼の手を、今度こそ私はしっかりと握った。
そこに悲壮感は無い。こちらの世界の私達は笑顔だった。
(ただし…………)
私には重要なミッションが残されていた。先輩の手を放した私は切り出した。
「衛藤先輩、もう一つお願いが有ります。とても大切なことです」
「うん?」
私の鬼気迫る雰囲気に先輩が身構えた。
軽く深呼吸をしてから私は懇願した。
「私が書いた小説、その全ての情報を先輩の頭から消去して下さい」
「……………………」
「………………」
「…………ぶはっ!」
先輩は噴いた。それから大笑いに移行し、最終的にむせていた。夕焼けが無駄に美しかった。
あの時は先輩に背負われた校舎の廊下、そして今度は私が入院する病院の個室である。
ベッドに座る私とパイプイスに座る衛藤先輩。向き合う二人。嬉しさの反面、照れ臭さと戸惑いも有った。私はそれを言葉にした。
「あ、あの先輩、どうして私のお見舞いに来て下さったのですか? それも二回も」
何事もなければ明後日に退院というタイミングで、衛藤先輩は学校帰りに二度目の面会を申し込んでくれた。
彼は気まずそうに答えた。
「ゴメン。一度しか会ってない上の学年の男に、何度も押しかけられたら怖いよね? 担任の先生に病院まで聞いてさ」
「いえいえ、そこは嬉しいんです、本当に。でもどうして来て下さったのかが解らなくて」
「そか、迷惑じゃなかったか……」
先輩はホッとしたようだ。でも表情が柔らかくなったのはほんの一瞬で、すぐに険しい顔つきに戻った。
「保険室に連れていったあの日から、ずっとキミのことが気になっていたんだ」
「!?」
ドキッとした。私だって恋愛に興味を持つ年頃の女のコなんだから。
でも大丈夫、勘違いはしない。衛藤先輩のソレはきっと保護欲か同情だ。
「あの後、部活で一年生に聞いたんだ。キミと同じクラスのヤツが居たから。キミは免疫系の病気で体力が無くて、そのせいで一部のクラスメイトから心無い扱いを受けているそうだね……」
やっぱりだ。先輩は私を可哀想に思ったんだ。
「はい。でも周りの人が苛立つのは仕方が無いですよ、私は重い物を持つ作業や、激しい運動を免除されてますから」
「………………」
私は軽く流そうとしたのだが、先輩がじっと私を見つめた。違うと解っているのに心臓のドキドキが止まらない。
「…………俺もさ、キミと同じだったんだよ」
「……え?」
「けっこう重い小児喘息でさ、小学校高学年になるまではひ弱な少年だった」
「そう……だったんですか?」
先輩の告白は意外だった。高身長で筋肉質、見るからにスポーツマンの現在の容貌からは想像できない。
「うん。ガキの頃は走るとすぐに胸が苦しくなったよ。ヒューヒューゼコゼコって。それでもさ、俺は思いきり走りたかった。みんなと同じように」
ああ、その気持ちは私も抱いた。走って跳ねて踊れたら気持ちいいだろうなぁって。みんなと一緒に。
「それで俺、昼休みにグラウンドでサッカーやってた友達に、今日は大丈夫、元気だからって嘘吐いて仲間に入れてもらったことが有ったんだ。でも途中で発作起こしてさ、保健室送りになっちゃった」
「………………」
「その後がキツかったな。遊んでくれた友達が先生に怒られたんだよ。何で衛藤に無理させた!って。悪いのは俺なのにさ」
先輩は私の肩越しに、窓の外の夕焼けを目で追った。
「家でも一緒。嫁姑問題っての? 祖父ちゃん祖母ちゃんと会う時に俺が体調を崩すとさ、オフクロが二人に責められるんだよね。あんたが丈夫に産んであげなかったせいだって。親父は自分の親を止めずにヘラヘラしているだけだった」
自嘲の笑みを浮かべて先輩は言った。
「俺さ、ずっと自分のことを迷惑な子供だと思っていたんだ。俺が居るとオフクロも友達も不幸になるって」
「!」
「だから静かに、大人しく、できるだけ周りに迷惑をかけないように遠慮して生きてきた」
「………………」
何てこと。自信に満ちているように見えた先輩も、根っこの部分は私と一緒だったんだ。
「喘息が治って身体は元気にデカくなったけど、俺の本質は変わってない。優等生だって言われる俺の下地は小学生時代に作られたんだ」
納得した。だから体育祭の応援練習で倒れた私に、あんなにも親切にしてくれたんだね。今も。
そういえばあの一件以来、クラスメイトが私に度を超した意地悪をしようとした時に、数人の男子が止めてくれるようになった。彼らは先輩と同じサッカー部だったような……。
「岩見ちゃん、ゴメンな」
唐突に先輩が謝ってきた。真剣な眼差しで見つめられて私は少し恥ずかしい。
「キミは俺よりも重い病気と闘っていた。充分に頑張っていた。それなのに俺は、無責任に頑張れって励ましてしまった」
女神の宮殿でのエリアスさんを思い出した。あの時の彼はやはり衛藤先輩だったんだ。
「いえ、ありがとうございました」
「……俺の言葉、重荷になってないか?」
「なっていません。だって今の私は、頑張りたいって思ってますから」
「!…………」
先輩は私の瞳の奥を確認するように覗き込み、私は逃げずに見つめ返した。
私の覚悟を知った先輩は微笑んだ。
「そうか……。なら応援するよ」
そして右手を私の前へ差し出してきた。
「はい。宜しくお願いします」
宮殿では拒否した彼の手を、今度こそ私はしっかりと握った。
そこに悲壮感は無い。こちらの世界の私達は笑顔だった。
(ただし…………)
私には重要なミッションが残されていた。先輩の手を放した私は切り出した。
「衛藤先輩、もう一つお願いが有ります。とても大切なことです」
「うん?」
私の鬼気迫る雰囲気に先輩が身構えた。
軽く深呼吸をしてから私は懇願した。
「私が書いた小説、その全ての情報を先輩の頭から消去して下さい」
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