透明の「扉」を開けて

美黎

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6の扉 シャット

気焔と私

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私達が移動したのは、10階。

どこに行くか、訊く暇がないくらい速足で歩く気焔に掴まっているのがやっとで、私は動転していた。

なに?どうしたの?
何で?怒ってる??


判る。

顔を見ていないけれど気焔が凄く怒ってるのが判るので、訊けない。
どこに行くのか。
どうして怒ってるのか。

とりあえず、彼に掴まっている事しか、できていない。

そのまま廊下を少し歩き、お風呂の扉が見えた。

何故か、扉の前で私は下され、開けるように促される。

ああ、一応女湯に行くつもりなのね…。

私が行く時は誰も来ないことを、気焔は知っているけれど流石に男湯で試したことは無い。

しかし、扉を開けるとまた抱え上げられ、そのまま中に連れて行かれた。

「えっ?」

入るの?

脱衣所から浴槽の前までは、すぐ。

一度、私の事をチラリと見る気焔。

うひょっ。
…………怒って…は、無い?

少し哀しそうにも、寂しそうにも、悔しそうにも見えるその表情からは、強い感情だけが漏れていた。

ああ。うん。…そうか。

その顔を見た瞬間、どうして彼がこうなっているのかは解らないけど、私はされるがままになった。

気焔はその、私を抱えたままの状態でザブンと湯船に入る。
服も、着たまま。

そしてお湯の浮力で少し楽になると、私を抱えたまま、片手で顔を撫でる。

お化粧も台無し。
髪もびしょびしょ。


そのままずっと、手を濡らして、私を撫で、手を濡らして、私を撫で、していたけれど少しずつそれがゆっくりになってきた。


ああ。

少し、ホッとした。
いつもの気焔に戻ってきたからだ。

さっき迄は、正直「誰?」って感じだった。
なんだか、知らない、男の人。
そんな感じ。

今はいつもの、私の事を心配する気焔に段々戻ってきてるのが判る。

よかった、とりあえず。

話ができるようになるまで、話を訊けるように、なるまで、もう少し待つ。
ちなみにまだ浴槽。
これ、帰りどうしよう。

でも飛んでもらうしか、無いか。


「…………。」

「なんだか……気焔がシンになっちゃったみたいね。」

何の気なしに言った言葉が多分、失敗だった。

行っては駄目な方に、スイッチがパチンと入った感じ。

私が入れた、ダメ押しの、スイッチ。

バッと気焔が手を振りかぶり、反射で目を閉じた。
髪が少し引っ張られた感触があり、ぽちゃんと音がする。



熱い!

目を開けると、私達は今まで見た中で一番濃い、橙の炎の中だった。

金色の筈の気焔も橙に見え、その辺りも、全て。

全てがシャットの空のような、橙。

お湯ですら、色が付いていた。
そしてだんだん熱くなっている。

もしかして私、煮えちゃう?


気焔の、激しい感情がそのままぶつかってきて、どうしようもなく涙が出てくる。

直接、炎が訴えかけてくる。
身体に纏わり付く炎は否応無しに激しい感情を私にも纏わせる。


辛い。痛い。寂しい。重い。悲しい。苦しい。


何これ?なんなの?今、そう思ってるの?

拳に力を入れ下を向いている彼の顔が見えない。
あまり、目を逸らす事がない気焔。

あの、金の瞳が見たい。
見れば、分かる。

私は気焔にぐっと近づきいつも彼が私にそうするように、頬を手で挟んだ。
グイッと上にあげる。

駄目。下を向いちゃ。
ちゃんと、私を見て?

「いやだ。」

その時、何故か私の口から出た言葉が、これだった。

なんで?なにが?
どうしたの?笑って?

涙が凄く出てくるけど、頑張って目を逸らさず、見つめる。
絶対逸らしてなんか、やらないんだ。


その様子を認めた気焔の炎の色が変化し始めた。

ゆっくりと。

濃い、橙から山吹色へ、黄色へ、優しい薄い金色へ。

同時に発せられる激しいオーラも小さくなってきた。


ダメダメ、無くして?要らないよ?
そんなものは。
笑って?
いつもみたいに、ダメ出ししてよ。
お小言も、言ってもいいよ?


私は落ち着いてきた気焔をグイと押して湯船の縁に座らせる。
そして湯船から出て、ぎゅっとする。

藍じゃなくて、気焔は私が癒す。

そう感じて、何も考えずにそう、動いた。


さっき私の頬を撫でてくれてたみたいに金の髪を撫でる。
濡れてるとへにゃっと寝ているところも、可愛い。

可愛いな。

可愛い。

あー、…可愛い。



気が付いたら、頭をグシャグシャにしていた。

なんだか、可愛さ余ってというか、私はちょっと、段々、ジワジワ、ムカついてきた。


そうして私の心がパチンと、弾けた。


なに?なんなの?
何が嫌なの?
私の事??

涙がボロボロ、ボロボロ出てきて叫ぶように喋り出した私を見て、驚く気焔。

プツリと感情の糸が切れて、涙と、言葉が、溢れ出す。

なんなの?
そんなに私の事気に入らない?

「もうやだ!嫌い!気焔なんて嫌い!なに?なんで怒ってるの?言ってくれなきゃ分かんないよ!なんで?もう、ぐちゃぐちゃだし。折角、レナが…。やだ!もう怖いのやだ!怒っちゃいやだ!駄目だよ…………なんで?もう……………嫌になっちゃった?居なくな…………。」

蹲って思いっきり泣いていた。

あっちに行って。

もう嫌い。
知らない。
もういい。
もう、要らない。

全身で、突っぱねて、泣く。




しばらく泣いていたと思う。

突然抱き起こされて、全身確認され始めた。

泣きすぎた私はその気焔の様子をボーッと見る。

立たされて、頭から全部触られて、異常が無いか、確かめている。
それが終わると淡い金の炎で包まれて、全身が乾いた。


きちんと私に向き合った気焔が口を開く。

「吾輩が悪い。」

え?それ?
いや。

「何が?だから、どっか行っちゃうの?私の事要らないの?…………ずっとそばで守ってって言ったじゃん!」

「…や」

「駄目。いや。聞こえない。ヤーーーーダーーーーーーーーーーーー!」

「聞けと言うに!」

あ。


ずるい。


気焔はあの声を使った。

脳に直接響く感じがする声に、全身がビクッとする。
声が、出ない。

涙だけはどんどん出るんだけど。

なに?嫌だよ?聞かない。
どっか行くって言うんでしょう?

聞きません。
そう言う話は。

声が出せない私は、顔だけプイとして意思表示をした。
グイッと戻されたので、精一杯の恨みがましい目で見てやった。

なに?なんか言ってみなさいよ?

「吾輩が悪かったと言うに。何を考えておる?離れられるわけが無かろうが。」

フンだ。知ってるもん。
気焔が、他のところを見てる時があるって。

そっちに行くんでしょう?

どうせ。そんな事言ってても。


「どうせ…………。」

あ。声が出る。

「だって。私、知ってるもん。どうせ、別の所に行くんでしょう?あるんだよね?大切なもの。」

私の言葉を聞いた気焔が物凄く驚いて固まっている。

隠していたんだろう、きっと。

深い所に、しまってあったんでしょう?
知ってるよ?
知りたくなかったけど。

「知りたくなかったけど。…………見てたら、分かるよ。」

「…………。」

「なんで何も言わないの。…………もうやだ。帰る。」

もう、ここに居たくない。

逃げるように廊下に向かう。

すると腕をグイと引かれ、捕まる。

やだ。
帰る、部屋に!

バタバタしたけど気焔はびくともしない。
諦めて力を抜いた。

なに?どうするつもり?

「悪かった。どこにも行かん。約束する。」

「…………。いやだ。」
「依る…………。」

「そんなんじゃ嫌。行きたいなら、行って。気焔の思うようにしてくれなきゃ嫌だ。」

「お主、言ってる事が滅茶苦茶だぞ?」

「分かってるよ。そんなの。だってしょうがないじゃない。我慢して居てもらっても、嬉しくない。いいもん。シンもいるから。大丈夫。」

「…………。だから…それが。」

なんだかとても、深~~~~いため息を吐いている。

ため息吐きたいのは、こっちだけど。


「依るは、吾輩に居て欲しいのよな?」

「そう言ってるじゃん。約束した。違う?駄目だよ。離れたら。気焔はずっと側に居なきゃ。」

「うむ…………。」

なんだ。煮え切らないな。

「私より…………。」

言いそうになった言葉を飲み込む。

うっ。やっぱり訊けない…………!
そうだって言われたら、死んじゃうかも?!


ん?なにその顔。

ウソ。もうやだ。
ホントに怒った!嫌い!

見ると、気焔はなんだか楽しそうにニヤニヤしていたのだ。

緩~い顔をして、私の続きを待っている。
何?
私怒ってるんだけど!

「もうやだ。ホントに怒った。はい。終わり。帰る!」

「悪かった、悪かった。吾輩が悪かった!依る。なぁ?」

「…………。」
「言うてみよ。どうせスッキリしなくて、気になるぞ?」

それだけ私の事分かってるんだったら、言わなくて良くない?

でも、なんだかスッキリした顔で優しく微笑む気焔を見ていたら、なんだかふっと、安心して我儘を言ってみたくなった。

大丈夫かな?言っても…。


「うんと、私…だけが、いい。一番が、いい…。」

う わ。

な、なにこれ。

めっちゃ顔熱い。火が出る!
気焔じゃないけど出るかもしれない!



気焔の顔が、見れない。


恥ずかしいのが少し下がると、今度は気焔が今、どんな顔をしているのかがめちゃくちゃ気になってきた。

見たい。でも見たくない。
見れない。でも、見たい。

いつも無理矢理目を見てくるくせに、どうしてこういう時に見ないのよ!

変な方向にキレる私を楽しんでいるように、気焔の足がソワソワ動いている。

チラッと、見た。

わっ、目が合った!逃げろ!

また扉に向かって走り出した私をフワッと捕まえると、そのまま気焔は部屋へ飛んだ。



ベッドへ私を下ろすと、濡れていないかまた確認して布団をかけられた。

「腹は減ってないか?」

「…………要らない。」

クマさんに怒られるな…と思いながら、でもこんな状態で食堂に行ける気がしない。

まだ顔が熱い。そして、凄く疲れてもいた。

察した気焔は何処かに行こうと扉へ向かっている。

「どこ行くの?!」

思ったより必死な声、出た。
ちょっと恥ずかしい。

「食堂だ。持って来ればいい。」

「あ…………。要らない。ここに居て?クマさんには後で怒られるから。」

「…………。」
「違う。もう、寝るの。来て。」

ベッドで待つ私を、ちょっと嫌なものを見る目で、見る気焔。

なによ。
嫌なの?


多分、私の言うであろう言葉が解ったのか、また深いため息を吐いて「大人になったんだか、子供なんだか…………。」と言いつつも、いつものように包んでくれた。

ホッとして、気焔の懐に入る。
ぬくぬく。
安心。

でも…………なんか、苦しいな?

やっぱりお腹空いてるのかな…………?


しかしそんな事を、ぐるぐる思っているうちにやっぱり寝ていた。

その日はなんだかいつもよりふわふわあったかくて、夢見が良かった気が、する。

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