252 / 2,079
7の扉 グロッシュラー
モヤモヤを吹き飛ばせ 2
しおりを挟む「レシフェは向こうで合流するそうだ。」
そう聞いたのは、昼食後。
調整に行っていたのだろう、気焔が帰ってきて私達は門に向かって白い廊下を歩いていた。
クテシフォンと昼食を終えた私は、出発前に部屋に寄って朝とベイルートを回収した。
ついでに部屋に帰ってきていた気焔も回収したのだが、クテシフォンは気焔が昼食を取らない事を心配していたので丁度良かった。
気焔本人に訊かれた場合「まぁ。」とか適当な事を言うに決まっている。
きっとクテシフォンは心配するだろうから、私が「食べたみたいです。」と言っておけば話が早いのだ。
今更、何をどこまで、どう隠すのか微妙な所ではあるけれど知られないに越した事はない。
目立たないに限る。
それにしても………。
「今日は特に気を付けないと。本当に大丈夫なの?」
「まあ、一応この前ウイントフークも光は吾輩に飛ぶ筈だと。それなら多分………。」
「まぁ、レシフェも来るんだろう?なんとかなるだろ。多分。」
「ちょ、なんでみんな多分多分、言ってるワケ??」
私達の話を聞きながらクテシフォンが笑っている。
門を潜りさあ、これから旧い神殿へ出発だ、と鼻息荒く私が張り切っているのが不安らしい、いつものメンバー。
門からの午後の灰色の道はどこまでも遠く見え、少しだけ石の館の上部も見える。
高い階段を下りながら目の前に広がる前庭の池を目の端に映す。
あの、祭祀から。
ちゃんと、見るのは久しぶりだ。
下り切って顔を上げると、目の前にキラキラと光る水面はなんだか少し、浄化されている様な気もするし心なしかほんのり青くなった気も、する。
思わず立ち止まり、じっとその波打つ様子を観察してしまう。
気の、せいかな………??
「いや、多分少し「戻った」のかもしれないと。ウェストファリアは、言っていた。」
私の視線の先が分かったのだろう、隣のクテシフォンが教えてくれる。
「………戻っ、た、って………。」
「そうだな。昔はやはり、水は青だったんだろう。ラピスでも、青く、見えるのだろう?」
「そうですね………。」
ラピスの、青。
そう、言われただけで鼻の奥がツンときてしまう。
ホームシック?
うん?私だけ、話してないからかなぁ。
後で、ハーシェルさんにラジオ電話していいか聞いてみようかな………。
でも泣いちゃいそう………。
そんな事を考えている間にも、周りの景色はどんどん変わってゆく。
ずっと下が灰色の石畳なのであまり感じないのだが、ぐるぐるしている間に距離は進んでいた。
ふわりとしっぽで脚を撫でられ、慌てて二人に追い付くよう、足を早める。
二人とも、私に合わせてくれているとはいえ、考え事をしてしまうとどうしたって遅れてしまうのだ。
そう、私の歩くのが特別遅いわけじゃあ、ないのよ。うん。
造船所も過ぎ、あの長い名前の人の館も、もう遙か後ろ。
今日も荒廃している様でいて穏やかな灰色の道は、コツコツという軽い石音と共に緩やかに過ぎていく。
小さな石を蹴りながら、大きな足音に続く姫様の、靴。灰色の石畳に、装飾の虹色ビーズがキラキラと映えた。
視線を白い空に移して、深呼吸する。
何にも、ないんだけど。
悪くないんだよねぇ、ここも。
私は始め、ここに来る前は「灰色の世界なんて嫌だ」と漠然と思っていた。
勿論、今だって嫌な部分は、ある。
でも。
やっぱり、実際ここに来て、きちんとここのもの、こと、人を、見て。
思うのだ。
ここだって、どこだって、やっぱり。
「同じ」なのだと。
少し、ルールが違ったって。
草木も無い、色だって無い、ちょっと特殊な、世界だって。
同じ様に人は暮らして、同じ様に感じて、そして変化もしてきている。
ラピスだって、始めはそうだった。
表向きは美しい、青の街、ラピス。
でも実際は人の目に縛られ、石は奪われ人ですら奪われて。
綺麗なだけなんかじゃ、全然、無かったのだ。
ここも、変われる。
そう思いながら、石橋を駆け上がった。
「よう、お揃いで。」
すっかりいつもの軽い挨拶に戻っているレシフェは、何故だか茶色の、髪だった。
「え?なんで?」
開口一番、それに突っ込む私を小突きながら答えてくれる。
「ずっとだと、流石に疲れるんだよ。お前のそれとは違うからな。」
「そうなんだ………。」
パッとティラナの事を思い出してしまった私は、思わず自分の髪留めに触れる。
私は、自分で意識して変化させている訳じゃない。
レシフェの様に、自分で変えているとやはり力を使うのだという事が、よく分かった。
彼だって、力は強い筈だからだ。
「でも。………まぁ、いいけど。」
「なんだよ。で?どう、するって?」
すぐに切り替えて、レシフェは二人と相談を始めた。
さっき迄ラピスの事を、考えていたからだろう。
一人で佇む私の心の中はなんだかモヤモヤして、ついでに目元もじんわり、していた。
ティラナは私の涙腺君にとっては、天敵なのだ。
「大丈夫?」
「うん、多分。」
私の考えが分かるのだろう、朝は心配してくれているけれど。
なんとなく一人で落ち着きたくて、入り口の三人をチラリと振り返ると、私は先に中に入った。
数段の階段を下り、少し暗い通路に入る。
太陽の意匠のホールを通り、右廊下の奥にある見えないオルガンの部屋にチラリと視線を送った。
ここは、少し暗い。祈るなら、あそこがいいな。
そう、これから、祈るんだ。
何か、思う事があるならば。
乗せちゃえば、いいんだ。
私には、それが解っていた。
そう、それが大体いつも、事件の始まりになるという事に気が付いていないのは、例の如く私だけだったのだけど。
そのまま真っ直ぐ進み、奥の礼拝堂へ入る。
相変わらず高い天井は剥離が多く、床の瓦礫も変わらず埃を被ったまま横たわっている。
等間隔に並ぶベンチはあの凹んだ小さな祭壇を向いているし、変わらず違う方向を向いている事にもう、違和感を抱く事は無い。
だって。
私はもう、知っているから。
ここにあったのはきっと「あの絵」で。
本来は、あの、正面の。
円窓の下で、祈りを捧げていたこと。
一番初めに感じた畏れは、今はもう無い。
瓦礫を避けながら、ゆっくりと進んで行った。
まだ、誰も追いついて来ない。
カツーンと響く、足音は静寂の中に心地よく響いて足音を抑えようという気にはならなかった。
「静かだな。」
肩に留まるベイルートが呟く。
頷くだけの返事にして、私はそのまま階段を上り始めた。
朝はもう何処かへ行ってしまった様だ。
あの人達の所か、それとも何処か、散策へ行ったのか。
考えつつも、今日も薄く光が差す円窓を見上げた。
あそこって、登れば外、見えたっけな?
円窓の下にはまた小さな飾り窓がある。
もしかしたら外が見えるかも?
そう思いながら進み、階段を上り切ると思いの外、広く感じる踊り場。
「こんなに、広かったっけ?」
「誰も、いないからじゃないか?」
「………成る程。」
一番始めは、一人だったか。
しかし、その後は誰かしらが、いた。
そう、広い訳ではないので誰もいないと逆に、広く感じるのかもしれない。
くるりと辺りを見渡しながら、真ん中の丸い図の場所まで進んだ。
何か、変化は無いだろうか。
あったら、面白いんだけどな…。
私が塵を払ってから、誰も触れていないのだろう手の跡が少し残っているが再び薄い塵に覆われている、鏡の様な丸い面。
その周りの図形の様な、文字の様な美しい何かはやはりまだ読めない。
今度紙を持ってきて、写して帰ればトリルが喜ぶんじゃ無いだろうか。
そこから上を見上げると、やはり「ここ」が正面、真ん中であって祈りの場なのだと、分かる。
「でも。これって、踏んでもいいと思います??」
「どれ?………?どうだろうな。祈りの為の、円なのかそれとも踏んではいけない方か。お前はどちらだと思う?」
「うーーん………。」
そう言われると、悩むな………。
でも、多分。
「ここ」に立つんだと、思うんだよね。
分かんないけど。
カンで。
何となく、そう思う。
その、鏡面が濁っている所為かもしれないし、私が真ん中に立ちたいだけかも、しれない。
でも、なんとなく。
「!あ。」
閃いた。
「なんだ、ロクなことじゃなさそうだな…。」
「失礼ですよ?いや、舞えばいいんですよ。それなら、解決!」
「ん?そう、か?」
そうだよ。
別に、じっと立ってろなんて。
書いてなかったもんね??
あの、祝詞がいつからあるのか分からないけれどもしかしたらずっと前からあるのでは、ないんだろうけど。
「ていうか、ぶっちゃけ、なんでもいいんだと思うんですよね………。だって結局、あの時だって………。」
気焔と一緒で、適当に歌った時もやはり光が飛んできた。
だって、祈りって。
言葉とか、そんなのはきっと後付けで、気持ちがあれば想いが、あれば。
それだけで、いい筈なんだ。
だってきっと、「想い」が。「チカラ」になるんだ。
それはずっと、思ってたこと。
想いが、チカラになること。
別に言葉や舞自体が、大事な訳じゃ、ないこと。
それよりもっと、大切なものが、ある。
わかるよ。
沢山あるよね?
あの、オルガンの部屋とか、時間の止まったあの感じとか。
なんなら、あの部屋の埃だって、貴重な一部だ。
裏の池から流れる、このグロッシュラーの大地を流れる貴重な、川。
アーチの石橋、カラフルな貴石。あ、今日見てくるの忘れちゃったわ………ボーッとしてたからな………。
造船所も窓が付いたし、あの水槽。
早く幻の魚、来ないかな?
聞いてないけどもう来てたらどうしよう。
レシフェをとっちめないといけないな。
あの石の館は………いっか。
前庭の四角い池、白くて大きな、神殿。
ここより、ちょっと歴史の分はアレだけど。両脇の館は素敵だし、最近礼拝堂にも少し愛着が湧いたかもしれない。うん。
二階の小さな礼拝室も素敵だし。
秘密基地も、出来た。
なんたって、天空の門には木も、生えた。
あ!
そうだ、みんな木を見に行ってるから来ないんだ!
本来の目的を忘れている自分が可笑しくて、クスクス笑う。
そのままスカートとローブを翻して、回ってみる。
誰も、いないし。
まだ、歌ってないし、舞ってもないよ?
祈ってないし、怒られないもーん。
だってさぁ?
祈るのに、想う、ことに。
いちいち、許可なんて要らなくない?
おかしいよ、そんなの。
私の想いは誰にも制限されないし、誰の想いだって、制限されるべきじゃ、ない。
そんなんだから、こうなる。
抑えつけるから、色々おかしくなるんだよ。
みんな、自由でいいじゃん。
誰が、困るの?
誰か、損、する?
迷ったら相談すればいいし、衝突したら、話し合えばいい。
私達は、話し合いで解決する為に「言葉」を持ってるんだ。
「考える」為に、頭があって、脳みそだって詰まってる。…多分。うん。
大体さぁ、おかしいんだよ。
あれも駄目、これも駄目、身分がどうだ、石が無いとどうだ、色も無いし、空も、無い。
ホントは、在るのに。
何故、無くなった?
何が、原因?揉めたから?それだけ?
だって揉める事くらい、あるよ。人間だもん。
誤ちだって、犯す。
でもそれって、人から空を、取り上げる程の事なの?
よっぽどなのか、神様が意地悪なのか。
どっちよ?
なんか、気に入らないな。
誰だ?黒幕は。
なんだ?この、「世界」をコントロールしているのは。
「本当のこと」は、何処にある?
ここですら、まだ「本質」では無いのではないか。
だってまだ。ここは7番目の、扉。
そしてデヴァイが8の扉で。
まだ、9と10がある筈なのだ。
「私の扉」は。なんだ?
関係あるのか、ないのか。すっきりしない。
誰か、何か。
知っているもの、はいないのか。
上を見上げ、円窓に問う。
何故だか、知っていると思った。
だってずっと、この窓は。
見ていた、筈だ。ここの、歴史を。
ずっと、ずっと、どのくらいか分からないその時間の流れの中で。
きっと、通った筈なんだ。
セフィラも、姫様も。
いつの間にか足元の円を見て考えていた顔を上げ、キリリとした声を出し、尋ねる。
「お願い。教えて?ここを、通った筈なの。この、「私」と似た者が。私は知りたい。「どうして」なのか、「本当のこと」を。それを探して、ここまで来たの。そうして、私達は。」
そうだ。
本当の目的。
「本当のこと」を探しながら、旅している、私の目的は。
「「私」の、場所はどこ?探して、還るの。在るべき、処に。教えて?その為の想いなら、沢山、あるから。いっぱい、持ってきた。」
いままで。想ってきた分。
「あげる。全部。」
ふわりと目を閉じると、私はその「全部」を考え始めた。
そう、私を止める者は誰も、いなかったから。
0
あなたにおすすめの小説
【完結】離縁ですか…では、私が出掛けている間に出ていって下さいね♪
山葵
恋愛
突然、カイルから離縁して欲しいと言われ、戸惑いながらも理由を聞いた。
「俺は真実の愛に目覚めたのだ。マリアこそ俺の運命の相手!」
そうですか…。
私は離婚届にサインをする。
私は、直ぐに役所に届ける様に使用人に渡した。
使用人が出掛けるのを確認してから
「私とアスベスが旅行に行っている間に荷物を纏めて出ていって下さいね♪」
私に姉など居ませんが?
山葵
恋愛
「ごめんよ、クリス。僕は君よりお姉さんの方が好きになってしまったんだ。だから婚約を解消して欲しい」
「婚約破棄という事で宜しいですか?では、構いませんよ」
「ありがとう」
私は婚約者スティーブと結婚破棄した。
書類にサインをし、慰謝料も請求した。
「ところでスティーブ様、私には姉はおりませんが、一体誰と婚約をするのですか?」
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」
音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。
本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。
しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。
*6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。
愚かな側妃と言われたので、我慢することをやめます
天宮有
恋愛
私アリザは平民から側妃となり、国王ルグドに利用されていた。
王妃のシェムを愛しているルグドは、私を酷使する。
影で城の人達から「愚かな側妃」と蔑まれていることを知り、全てがどうでもよくなっていた。
私は我慢することをやめてルグドを助けず、愚かな側妃として生きます。
初夜に大暴言を吐かれた伯爵夫人は、微笑みと共に我が道を行く ―旦那様、今更擦り寄られても困ります―
望月 或
恋愛
「お前の噂を聞いたぞ。毎夜町に出て男を求め、毎回違う男と朝までふしだらな行為に明け暮れているそうだな? その上糸目を付けず服や装飾品を買い漁り、多大な借金を背負っているとか……。そんな醜悪な女が俺の妻だとは非常に不愉快極まりない! 今後俺に話し掛けるな! 俺に一切関与するな! 同じ空気を吸ってるだけでとんでもなく不快だ……!!」
【王命】で決められた婚姻をし、ハイド・ランジニカ伯爵とオリービア・フレイグラント子爵令嬢の初夜は、彼のその暴言で始まった。
そして、それに返したオリービアの一言は、
「あらあら、まぁ」
の六文字だった。
屋敷に住まわせている、ハイドの愛人と噂されるユーカリや、その取巻きの使用人達の嫌がらせも何のその、オリービアは微笑みを絶やさず自分の道を突き進んでいく。
ユーカリだけを信じ心酔していたハイドだったが、オリービアが屋敷に来てから徐々に変化が表れ始めて……
※作者独自の世界観満載です。違和感を感じたら、「あぁ、こういう世界なんだな」と思って頂けたら有難いです……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる