透明の「扉」を開けて

美黎

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7の扉 グロッシュラー

図書室

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サラリとした紺色の髪が本の上に、垂れ下がる。

肩から流れているフードの、青いラインは近くで見るとよく判って、なかなか美しい。
同色のラインは少しだけ濃い、青の糸で留められていて紺の髪とがいいアクセントに見えてきた。

深緑と、深い茶に囲まれたこの空間では、この青という色がとても鮮やかな差し色に、見える。
右側の細長い窓から差し込む光は静かなこの空間を柔らかく照らして、そのコントラストをより美しく見せていた。

普段は遠くに聴こえる筈の騒めきも遮られ、私達だけの空間になっているこの奥のスペース。

時折微かに「リン」と鳴る、まじないの主の姿はない。
きっと何処かへ、本を探しに行っているのだろうけど。


目の前に、視点を戻した。

微かに揺れる、紺色の髪の艶を眺めて暫く。
ページを捲る様子は素早いが、開いたページを目だけで追って、動かないトリル。

再び素早く、捲られる厚い紙のページ。


うーん、静かだ。

うん、こんな感じが、良くない?
もうしばらく、平和が、いいんだけど。


私は既に、少し飽きていて目の前の生成りの大きな本を開くでもなく撫でていた。


この、「あの絵」とラブレターからなる、長の本。
祭祀の事と一緒にトリルに訊こうと、張り切って朝支度をしていた私は、その本が部屋に無い事に気が付いて一人、焦っていた。



「え?!ウソ!なんで??!」

そう焦って、バタバタして、ガサガサ探して、でもそう探す場所もない、私の部屋。
そもそも、基本定位置管理派の私はその辺に本をポイポイ置いたりはしない。
そう、あの人達みたいに。

あの人達………?あ!!

それで思い出したのだが、あれは確か禁書室だった。
そう、最後にその話をした時。
確か、ウェストファリアの話に気を取られて、忘れてきたのだ。多分、だけど。


そうして朝食後、禁書室へ行くとやはり忘れものはあった。

「良かった、あって。」

そもそも何故かは分からないけれど、私はこの本がもし片付けられてしまったなら、もう一度見つける自信が無かった。
禁書室なら、多分分かる。
そう、広くないしあそこはまじない空間の筈だ。

でも。
もし忘れた場所がここ、図書室だったら。

見つけられない気がするのだ。
理由は、分からない。
でも、初めて見つけた時この本の背表紙は金色に光っていた。
今は、普通。濃い生成りくらいだ。

もしかしたら、私にだけ光る、青の本系党かも?とも考えたけれど、見つからないかもしれないと思った自分の勘は捨てられないのだ。

うん、こういう時の勘って当たるからね………。


そうして再び、目の前の青いローブを眺め始める。

もう殆ど、終盤に差し掛かっている手元の本は何の本なのだろうか。
私はこの大きな本の文字がトリルに読めるか試してもらおうと、待っている所だ。

これを試してもらって、読めれば読んで欲しいし、無理ならイストリアさんの所に行って…旧い神殿のアレも写したいしなぁ?
一緒に………は、行けないか。
うーん?そうすると?
先にイストリアさんの所、それからランペトゥーザの件も確認しなきゃ。

あの下の畑で木がどうなったかも、気になるしな………祭祀の祝詞が終わったら、まずは…………

「ヨル?」

「ん?え?あっ!終わった?」

「いや。でももう、大体解りましたから。これはもういいんです。」

見ると、手元の本は既に閉じられ脇に寄せられている。
多分、私がこの本を見て欲しいと思っているのが判ったのだろう、トリルの手は既に伸びて、いた。

とりあえず無言で、ズイと差し出してみる。

「ほう、ほう。」

ん?
これ、みんな言うの?そんな事無いよね??

トリルが白い魔法使いの様になっているのが可笑しくて、でもクスクス笑いが出ない様に口を押さえる。

ん?でもラガシュがまじない張っていったな??
何処まで行ったんだろう?

「祭祀について少し話しておいた方がいいかもしれませんね。」

そんな事を言ったまま、何処かへ消えた彼はまだ戻る気配が無い。

私がキョロキョロしているうちに、少し緊張した様な声が聴こえてきた。


「この絵に祈りが集まる事で
     少しでもヴィルが救われます様に」


「ふぅん?これはもしかするともしかするかもですね?でも…………。」

あの、始めに書かれている言葉を読んだ後、意味深な事を言ってページを捲っていくトリル。

しかしザッと、最後まで行くとパタンと閉じて顔を上げた。

「うん、ヨル、これは読めませんね?もっと勉強が必要な様です。でもな………これが読めれば………。」

うん?
またなんかブツブツ、言い出したよ…??


何やら一人の世界へ入ってしまったトリルを眺めながら、やはりこの本には秘密があるのだと確信した私。

それも多分。
セフィラ関係の。


「やあ、お待たせしました。」

私達のぐるぐるに似つかわしくない、テンション高めの声が降って来たのは、その時だった。






「で?どうです?少しは、進みましたか?」


むーん?
なんで「少ししか進んでない」前提なの?
いや、殆ど、進んでないんだけど。

ラガシュの言葉に内心引っかかりながら、ノートを出す。
私の、これからやりたいことと並べて書かれている、祝詞の古語。
そこにはざっくりとした、訳が書かれている。

普段の祝詞と、冬の祭祀の祝詞、それに今回訳す、春。

それぞれは勿論、違っているのだが枕詞が同じなので春に関してはそう難しくは無かった。
しかし、全体の流れを通して訳す事に重きを置いた私。
祭祀の趣旨や、様子が分からないと全く違った解釈をしている可能性も、ある。
それでラガシュに一度、見てもらおうと思っていた。

最終的に詰めてから、駄目出しされるよりはきっとダメージも少ないだろう。
そう思って、ページを開き彼の前に、置いたのだけど。


うーん?


長く、ない?


ラガシュが私のノートを見始めてから、暫く。

とりあえずは動かない彼を放っておいて、私はトリルとさっきの「あの絵の本」の話をしていた。

イストリアの件は許可を貰わないとトリルを落胆させる事が分かっている私は、その辺りは脇に寄せて、さっき彼女が呟いていた意味深な言葉を尋ねていた。

「で、この本なんだけど。トリルは何か、心当たりはある?ウェストファリアさんは、「ラブレターだ」なんて言ってたけどさ。そんな事ってある??本だよ、本。」

その言葉を聞いて首を傾げつつも、やはり意味深な瞳をして私をじっと見つめるトリル。
しかし、何かを疑うと言うよりは私を通して何かを見ている様な、深い謎を考え込んでいる、そんな様子で頬杖をついた。

その淡い茶の瞳を見つめながら、不思議な気分になる。

トリルにじっと見つめられながら、私は自分の感覚が少し、スライドした事が解っていた。



この深緑の落ち着いた空間。
古い紙の匂い、私達を守る様に囲む本棚達。
後方では窓から差し込む光が、深い緑の絨毯をそこだけ芝生の様に切り取っているし。
向かい側の茶の瞳は、ガラス玉の様に綺麗だ。

青いローブの皺すらも、光が当たる面の濃淡でその細い糸と柔らかな様子が知れる。
白い肌に映える紺の髪の艶が、差し込む光と共にその真っ直ぐな様を強調してまるで絵を見ている様に感じてしまう。

私の世界では、あり得ない色と様子とこの、空間。

現実私の世界との乖離、世界の対比と自分が今ここに在ることの不思議をただ「見る」事で感じる。


は貴重で、有限であり自分が大きな目的の為に旅をしていること。

しかし自分の中にはこの世界のカケラセフィラも混じって、繋がっているということ。

今、私がにこうして、いることの、意味。

自分の立ち位置、周りの環境、見ること。


ただそこにあるものをありのままに感じて、浸み込ませて、そこから何かを感じ取り、自分の糧に、していくこと。


そうだ。
私は、「全てを」「感じる」ことが、出来る。

だって。

は、私の、ものだからだ。


そう、すんなり感じられるこの瞬間。

そうして少し、時間がうつつへ戻る。


「リン」といういつもの音がして、自分の世界から帰ってきた私。
現実感を確かめる様に、ポツリと呟いた。


「うーん、奇跡。」

「そうですね。私も、そう思います。」

「うん??」

私を見つめたまま、そう言ったトリルをまじまじと見てしまった。

「確かに「ラブレター」とは、言い得て妙です。宛に。手紙を出すのは、無理でしょうから。」

うん?
「この人宛」って、なんだっけ長い名前………長に宛てて、って事だよね?

案の定、私の頭はあの思わず突っ込んだくらい長い名前を覚えていなかった。

でも、確か………。

「ヴィル、ナントカなんだよね…………?」

さっきトリルが読んでくれた、最初の文、そのくらいは覚えている。

「そうですね。ヴィルヘルムスハーフェン。長に正式な妻はいましたが、青の本の著者の母親は別の人でした。、彼女は手紙も出せなかったしきっとこの本を残す事で、何かのあかしとしたのでしょうね。」

あかし…………?」

「そうですね。この、内容が本当に「ラブレター」だとすれば。きっと「愛の証」か、何かでしょうかね?」

きっとこの時の私は鳩が豆鉄砲を食ったような、顔をしていたに違いない。


だって。

私の思う、トリルから「愛の証」という言葉が、出てくるとは思っていなかったから。

うん、今思えば失礼だけど。


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