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第六章『黒の衝撃/ライトニング・ブレイズ』
Int.48:白狼と金狼、案じ思うは揺れ動く藍の巫女
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「お疲れ様だね、カズマ」
「全くだぜ。ああ見えてクリス、人使いが荒すぎる」
「あはは、言えてる。カズマってば後半の方、もうヘトヘトだったもんね」
数時間にも及ぶタイプF改の起動テストを終え、律儀に最後まで待っていてくれたエマとともに校舎に戻った一真は、一旦シミュレータ・ルームの更衣室で置いてきた制服へと着替え。その後に、同じく制服に着替えたエマとともに校舎の中をぶらりと散歩程度に散策していた。
「でも、もう夏休みも終わりなんだね」
そうして歩きながら、昼下がりの景色を廊下の窓越しにチラリと眺めつつ。エマはそう、ポツリと何気ない言葉を口にする。
「言われてみれば、そうだった」一真が反応する。「あっという間だったな、何か」
「うん。……短い間に、色んなことがあったから」
「色々とありすぎたよ、ホントに」
本当に、色々なことがあった。瀬那やエマなど多数との連日のデートラッシュや、その後のA-311訓練小隊の編成と、早すぎる初陣。美桜や国崎たちとの出逢いに、盆の夏祭り。慧や雪菜が合流して、そしてあの晩のマスター・エイジ率いる楽園派の奇襲……。
その全てが、今ではあまりに遠い昔に感じてしまう。あの晩に戦死した橘まどかの葬儀を終えて暫く経った今では、尚更のことだ。彼女の死は、≪ライトニング・ブレイズ≫の面々が馴染んできた今でも尚、一真たちを初めとしたA-311小隊の面々の胸に深く刻み込まれている。初めて経験する戦友の死は、きっとどれだけ経っても忘れることはないだろう。
「そういえば、三人でデートするって約束」
「あー……」
言われてみれば、そんな約束もしていた。エマに今こうして言われるまですっかり忘れていたが、確かに瀬那にエマとそんな約束を交わしていた。あの晩の戦闘とまどかの戦死、そして≪ライトニング・ブレイズ≫合流のゴタゴタで一真もエマも、そして恐らくは瀬那までもが完全に忘れてしまっていたらしい。
「どうしようか、もう一度誘ってみる?」
エマに言われて、一真も一真で吝かじゃないとは思った。しかし……。
「……瀬那が、乗り気になるかどうかだ」
「あー……」
問題は、そこだ。今の瀬那は何というか、本当に自分たちを――特に一真を何故か避けている節がある。それこそ、朝や夜の食事を共にする機会すら疎らになってきたぐらいだ。何度も言うように、彼女がそうする理由が全く分からないだけに、下手に誘うのも何だか憚られてしまうのだ。
どうやらそう思うのはエマも同じようで、瀬那のことを口に出した途端、何とも言えないような苦い表情へと変わってしまう。エマにしては珍しく抜けているというか、肝心なことを忘れていた。
「難しい、よね。今の瀬那の調子を見てる限りだと……」
「まあ、多分なあ……」
あれだけベタベタと一真に引っ付いていた彼女が、今では部屋と必要時以外であまり顔を合わせないぐらいだ。並々ならぬ事情か、或いは考えの上で行動していることはエマにも、そして勿論当事者である一真にも分かる。
分かるからこそ、下手に誘うのはマズいという結論に二人揃って行き着いた。善意の上で誘った結果で彼女を傷付けてしまうようなオチになってしまうのは、あまりにも洒落になっていない。無用なリスクを冒すぐらいなら、この話はまたお流れとしよう。結局、二人が出した最終決定はそんな具合だった。
「じゃあさ、カズマ」
一連の話が終わった後で、エマは呼び掛けながら立ち止まると。「ん?」と首を傾げる一真の前に躍り出て、手を後ろで組み小さく腰を折りながら、彼の顔を下から見上げる格好でこんなことを提案する。
「僕と君とで、何処かに出掛けようよっ」
「エマと、俺でか?」
「うんっ」頷くエマ。「さっきの話のも、割と楽しみにしてたから。だから、僕たちだけでも……って思ったんだけれど」
「うーん」
率直に言って、悪くない提案だ。魅力的とも言える。丁度良い具合に一真の方も、彼女に要らぬ心配を掛けてしまった埋め合わせをどうにかしてしてやりたいと思っていたところだ。
「エマちゃんはね、アンタのことが心配で、毎日毎日アンタの無茶に付き合ってくれてるってこと」
一真の頭の中で、昼前の食堂で四ッ谷のおばちゃんから言われた言葉がフラッシュ・バックする。あの場ではそこそこに流したが、実のところは一真もこの言葉はかなり気にしていた。自分が知らぬ間に、無意識の内に何かの作用をしてしまって、その結果としてエマに何かしらの心配を抱かせていたのではないかと。
だからこそ、こうして彼女の方から申し出てくれるのは、情けないことだが一真にとっては渡りに船だった。こんなことで埋め合わせが出来るとは思えないが、少しぐらいは彼女の望みを叶えてやれることには変わりない。
「夏休みも、もう終わっちゃうから。最後ぐらいは楽しい思い出が欲しいかなって。……ね、駄目かな?」
そんな眼で訴えかけられたら、そんなアイオライトみたいに蒼く透き通った瞳で見つめられては。一真に取れる選択肢に、折れる以外のモノは存在しないことになってしまうではないか。
「……オーライ、分かったよ。いつが良い? 付き合うよ、君に合わせて」
「やったぁ♪」
軽く飛び上がりそうなぐらいに喜ぶエマの反応を見ていると、一真まで笑みを漏らしてしまい。しかしその笑顔の裏で、やはり案ずるのは瀬那のことだった。
(……ホントに、どうしちまったんだか)
そして、そんな風に瀬那を案じるのは、飛び上がりそうなぐらいの勢いで無邪気に喜ぶエマもまた、同じことだった。
(瀬那がそんな風だと、張り合いがないじゃないか。……本当に、僕がカズマを取っちゃうよ…………?)
彼女に対し、何かしらの手加減をする気は毛頭無い。隙あらば彼を掻っ攫うぐらいの気概は最初から持ち合わせているつもりだ。つもりだが……それでも、急にあそこまでのことをされると、エマとしても戸惑ってしまうのだ。
「うーん、いつにしようか。というより、何処に行こうか?」
「適当に考えるさ。エマは行きたい場所、あるか? あるならそっち方面で色々と考えてみるけど」
だが、二人とも今は敢えてそのことは気にしないことに決めた。互いが互いに示し合わせたワケでもなく、心が通じ合ったみたく暗黙の内に。今はただ、目の前の楽しいことだけを考えていたかった。……あんな哀しいことがあった後だから、余計に。
「――――おや、弥勒寺くんじゃあないか。それにアジャーニ少尉まで」
「あっ、一真さんにエマちゃん!」
そうして二人で廊下のド真ん中に突っ立って相談し始めたのも束の間、そんな風に聞き慣れた二つ分の声が飛んでくる。一真は声のした方に振り向くと、思わず出てきた「げっ……」という引き攣った声を抑えられなかった。
――――壬生谷雅人、そして壬生谷美弥。
そんな二人が、雅人の方はねっとりとした笑みを浮かべて。美弥の方はぱぁっと明るく無邪気な笑顔で、廊下の向こう側から歩み寄って来ていた。
「全くだぜ。ああ見えてクリス、人使いが荒すぎる」
「あはは、言えてる。カズマってば後半の方、もうヘトヘトだったもんね」
数時間にも及ぶタイプF改の起動テストを終え、律儀に最後まで待っていてくれたエマとともに校舎に戻った一真は、一旦シミュレータ・ルームの更衣室で置いてきた制服へと着替え。その後に、同じく制服に着替えたエマとともに校舎の中をぶらりと散歩程度に散策していた。
「でも、もう夏休みも終わりなんだね」
そうして歩きながら、昼下がりの景色を廊下の窓越しにチラリと眺めつつ。エマはそう、ポツリと何気ない言葉を口にする。
「言われてみれば、そうだった」一真が反応する。「あっという間だったな、何か」
「うん。……短い間に、色んなことがあったから」
「色々とありすぎたよ、ホントに」
本当に、色々なことがあった。瀬那やエマなど多数との連日のデートラッシュや、その後のA-311訓練小隊の編成と、早すぎる初陣。美桜や国崎たちとの出逢いに、盆の夏祭り。慧や雪菜が合流して、そしてあの晩のマスター・エイジ率いる楽園派の奇襲……。
その全てが、今ではあまりに遠い昔に感じてしまう。あの晩に戦死した橘まどかの葬儀を終えて暫く経った今では、尚更のことだ。彼女の死は、≪ライトニング・ブレイズ≫の面々が馴染んできた今でも尚、一真たちを初めとしたA-311小隊の面々の胸に深く刻み込まれている。初めて経験する戦友の死は、きっとどれだけ経っても忘れることはないだろう。
「そういえば、三人でデートするって約束」
「あー……」
言われてみれば、そんな約束もしていた。エマに今こうして言われるまですっかり忘れていたが、確かに瀬那にエマとそんな約束を交わしていた。あの晩の戦闘とまどかの戦死、そして≪ライトニング・ブレイズ≫合流のゴタゴタで一真もエマも、そして恐らくは瀬那までもが完全に忘れてしまっていたらしい。
「どうしようか、もう一度誘ってみる?」
エマに言われて、一真も一真で吝かじゃないとは思った。しかし……。
「……瀬那が、乗り気になるかどうかだ」
「あー……」
問題は、そこだ。今の瀬那は何というか、本当に自分たちを――特に一真を何故か避けている節がある。それこそ、朝や夜の食事を共にする機会すら疎らになってきたぐらいだ。何度も言うように、彼女がそうする理由が全く分からないだけに、下手に誘うのも何だか憚られてしまうのだ。
どうやらそう思うのはエマも同じようで、瀬那のことを口に出した途端、何とも言えないような苦い表情へと変わってしまう。エマにしては珍しく抜けているというか、肝心なことを忘れていた。
「難しい、よね。今の瀬那の調子を見てる限りだと……」
「まあ、多分なあ……」
あれだけベタベタと一真に引っ付いていた彼女が、今では部屋と必要時以外であまり顔を合わせないぐらいだ。並々ならぬ事情か、或いは考えの上で行動していることはエマにも、そして勿論当事者である一真にも分かる。
分かるからこそ、下手に誘うのはマズいという結論に二人揃って行き着いた。善意の上で誘った結果で彼女を傷付けてしまうようなオチになってしまうのは、あまりにも洒落になっていない。無用なリスクを冒すぐらいなら、この話はまたお流れとしよう。結局、二人が出した最終決定はそんな具合だった。
「じゃあさ、カズマ」
一連の話が終わった後で、エマは呼び掛けながら立ち止まると。「ん?」と首を傾げる一真の前に躍り出て、手を後ろで組み小さく腰を折りながら、彼の顔を下から見上げる格好でこんなことを提案する。
「僕と君とで、何処かに出掛けようよっ」
「エマと、俺でか?」
「うんっ」頷くエマ。「さっきの話のも、割と楽しみにしてたから。だから、僕たちだけでも……って思ったんだけれど」
「うーん」
率直に言って、悪くない提案だ。魅力的とも言える。丁度良い具合に一真の方も、彼女に要らぬ心配を掛けてしまった埋め合わせをどうにかしてしてやりたいと思っていたところだ。
「エマちゃんはね、アンタのことが心配で、毎日毎日アンタの無茶に付き合ってくれてるってこと」
一真の頭の中で、昼前の食堂で四ッ谷のおばちゃんから言われた言葉がフラッシュ・バックする。あの場ではそこそこに流したが、実のところは一真もこの言葉はかなり気にしていた。自分が知らぬ間に、無意識の内に何かの作用をしてしまって、その結果としてエマに何かしらの心配を抱かせていたのではないかと。
だからこそ、こうして彼女の方から申し出てくれるのは、情けないことだが一真にとっては渡りに船だった。こんなことで埋め合わせが出来るとは思えないが、少しぐらいは彼女の望みを叶えてやれることには変わりない。
「夏休みも、もう終わっちゃうから。最後ぐらいは楽しい思い出が欲しいかなって。……ね、駄目かな?」
そんな眼で訴えかけられたら、そんなアイオライトみたいに蒼く透き通った瞳で見つめられては。一真に取れる選択肢に、折れる以外のモノは存在しないことになってしまうではないか。
「……オーライ、分かったよ。いつが良い? 付き合うよ、君に合わせて」
「やったぁ♪」
軽く飛び上がりそうなぐらいに喜ぶエマの反応を見ていると、一真まで笑みを漏らしてしまい。しかしその笑顔の裏で、やはり案ずるのは瀬那のことだった。
(……ホントに、どうしちまったんだか)
そして、そんな風に瀬那を案じるのは、飛び上がりそうなぐらいの勢いで無邪気に喜ぶエマもまた、同じことだった。
(瀬那がそんな風だと、張り合いがないじゃないか。……本当に、僕がカズマを取っちゃうよ…………?)
彼女に対し、何かしらの手加減をする気は毛頭無い。隙あらば彼を掻っ攫うぐらいの気概は最初から持ち合わせているつもりだ。つもりだが……それでも、急にあそこまでのことをされると、エマとしても戸惑ってしまうのだ。
「うーん、いつにしようか。というより、何処に行こうか?」
「適当に考えるさ。エマは行きたい場所、あるか? あるならそっち方面で色々と考えてみるけど」
だが、二人とも今は敢えてそのことは気にしないことに決めた。互いが互いに示し合わせたワケでもなく、心が通じ合ったみたく暗黙の内に。今はただ、目の前の楽しいことだけを考えていたかった。……あんな哀しいことがあった後だから、余計に。
「――――おや、弥勒寺くんじゃあないか。それにアジャーニ少尉まで」
「あっ、一真さんにエマちゃん!」
そうして二人で廊下のド真ん中に突っ立って相談し始めたのも束の間、そんな風に聞き慣れた二つ分の声が飛んでくる。一真は声のした方に振り向くと、思わず出てきた「げっ……」という引き攣った声を抑えられなかった。
――――壬生谷雅人、そして壬生谷美弥。
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