幻想遊撃隊ブレイド・ダンサーズ

黒陽 光

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第六章『黒の衝撃/ライトニング・ブレイズ』

Int.49:黒の衝撃/漆黒の兄妹

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 雅人と、そして美弥。
 何処からどう見ても似ても似つかない二人が、親しげに並び立って今、一真たちのすぐ目の前に居る。片方はねっとりとした不気味な笑顔で、そしてもう片方は無邪気な子供っぽい笑顔を浮かべて。
「……そういえば、アンタと美弥は兄妹だったんだよな…………」
 忘れがちだったその事実を今更ながらに思い出すと、一真はそう言ってあからさまに頭を抱えた。その隣でエマも「あは、あはは……」と思い切り困った様子で苦笑いを浮かべている。
「どういう意味かなぁ、それは」
 とすると、雅人が浮かべる笑顔の不気味な色を一層深めながら、頭を抱える一真の顔を下から覗き込んで問うた。それこそ、まるで脅すかのような口振りでだ。
「どうもこうも、アンタと美弥が兄妹だってのが、未だに信じられないだけだっての」
「ま、まあ……お兄ちゃんのことは、私もよく言われますから……」
 雅人が更に何かを言う前に、美弥が苦笑いをしてそう言う。「ど、どういうこと?」とそれに対しエマが恐る恐るで訊いてみると、美弥は「はいっ」と元気いっぱいに頷いてから口を開いた。
「お兄ちゃんには、昔から色んな所に連れて行って貰ってるんです。でも……」
「その度に、警察に職務質問されるんだ。全く深い極まりないね。俺と美弥は確かに兄妹だというのに」
(いや、仕方ないだろ)
(こればっかりは警察の方に同情するよ)
 雅人は忌々しげに言うが、しかし一真とエマは二人とも完全に納得した風だった。
 何せ、この黙っていれば好青年(笑えば超不気味)で高身長な雅人と、かたや子供のように背が小さく、仕草も顔立ちも何もかもが子供っぽい美弥との組み合わせだ。百歩譲って歳の離れた兄妹、ましてあんな不気味すぎる笑顔を浮かべた雅人を横に置いていては、完全に人攫いと騙された無垢な子供にしか見えないだろう。職務質問をされても仕方が無いというか、さもありなんというか。
「あはは……な、何となくお二人の気持ちは分かります……」
 とすれば、美弥はこんな具合に苦笑いを浮かべ返してくれる。どうやら彼女の方にも自覚はあるらしい。自覚が無いのは張本人の雅人だけということか。恐らくは毎度毎度、職務質問か……或いは署まで連行された時に何かしらの釈明と証明をしているのが美弥だということを察すれば、二人とも思わず涙が出そうになるぐらいだ。彼女の苦労は、恐ろしいほどに察して余りある。
「ところで、二人は何でまたこんな所に?」
 いい加減に事態が膠着してきたところで、一気に話題を切り替えようとして一真が問うと。すると雅人は「ああ」といつもの好青年っぽい笑顔に戻し、
「さっきまでサラが美弥に色々と講義をしてくれてたんだけれど、それが終わってね。たまたま俺も合流できたから、一旦実家の方に顔を出しておこうかって話をしていたんだ」
「実家……?」
 そういえば、美弥はこの辺りの出身だったはずだ。白井と同じく、A-311小隊では数少ない自宅通学組というか。言われてみれば前に、雅人や省吾、それに愛美もこの京都士官学校の出身だと西條が口にしていたような気がする。
「壬生谷大尉は、宿舎泊まりなんですか?」
 と、ここまで思い返して一真が思い立った疑念を、しかし彼が口にするより早く隣でエマが問うた。
「特殊部隊という性質上、いつどんな招集が掛かるか分からないからね。西條教官には構わないと言われていたんだけれど、仮にも俺は中隊長だ。即応できる場所に陣取っておきたいから、今回は敢えて桂駐屯地の宿舎を借りることにしたんだ」
 そういうことらしい。意外に勤勉というか、何というかマメな性格のようだ。前のシミュレータでの一戦以降、一真の中で雅人に対しての認識は日に日に改まっていくのだが、今日もまた彼に対する認識が改められてしまった。雅人は中隊長としての自覚があるというか、責任感が凄い男らしい。確かにこれなら、中隊長の位置に相応しい器なのだろう。
「で、君たちの方は?」
「俺たちはタイプFの改修が終わったってんで、その起動テストが終わって云々って感じだ。アンタらとそんなに変わりはないよ。神は天にいまし、そして世は事もなしって奴だ」
「良いことじゃないか」雅人が微かに微笑む。「俺たち軍人に出番がないことが、本来なら一番のことなんだ」
 本当に、その通りだった。エマはともかく、今となっては一真ですらもがそれを痛感できる立場になってしまっていた。
「まあ何にせよ、今の内に英気を養っておくことだ」
 そう言って、雅人は美弥に「行くぞ」と小さく呼び掛け。すると物凄い身長差の彼女と手なんか繋ぎながら、一真たちの横をすれ違っていこうとする。
(……分かっちゃいたが、やっぱり重度のシスコンなのか?)
 どう見てもその通りだ。雅人は美弥に対する過保護が極まっている。こんな風に手と手を繋ぎながら歩いていれば、出歩いて二秒で職質を喰らうのもさもありなんという奴だ。一真の中で、再び雅人に対する認識が塗り変わった瞬間だった。
「……弥勒寺くん、気を付けたまえ」
 なんて阿呆なことを思っていれば、雅人はすれ違いざまに一真の肩をトン、と叩き。そしてエマや美弥に聞こえない程度の小声で耳打ちをしてくる。
「……何にだよ」
「綾崎の姫君にだ。いつどういう形でまた狙われるか、俺にも予想は付かない」
「ッ……!」
 綾崎の姫君――――。
 その言葉が瀬那のことを指すと分かっているからこそ、一真は思わず顔を強張らせた。
「俺たちでも、出来る限りのことはしてみるつもりだ。弥勒寺くん、君の方でも気を付けておきたまえ」
 一真が身体を強張らせ硬直しているのを、意図的に無視するようにして雅人は言うと。すると今度こそ美弥を伴い、一真と背中合わせに向こう側へと歩き去って行ってしまった。
「……カズマ?」
 それから少しが経てば、一真の並々ならぬ様子を察したエマが案じた声で呼びかけてくる。それに一真は「あ、ああ……」と正気を取り戻しながら反応すると、
「綾崎の姫君に、瀬那に気を付けろと」
「……どういうこと?」
「分からん。分からんが……どうにもロクでもない予感がするぜ、後々に」
 きっと、この予感の先は遠い。しかし一真は今の雅人の言葉を切っ掛けに、確かな予感を感じていた。瀬那にまつわることで、ロクでもないことが起きる予感を。
(…………その為にも、俺はもっと強い力を手に入れなくちゃあならない)
 それは、やがて一真の決意へと変貌していく。何処か呪いの色にも似た、十字架めいた決意へと…………。
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