消えるはずだった予知の巫女は、今日もこの世界で生きている ――異端と呼ばれる騎士さんが、私には綺麗すぎる

豆腐と蜜柑と炬燵

文字の大きさ
7 / 15
第7章

美桜の決断 ―― 戻ると決めた日

しおりを挟む
レイスさんが現れてから、
私の心は落ち着かなくなった。

宿での仕事は、これまでと変わらない。
廊下を掃除して、食器を運び、
夜になれば疲れて眠る。

それなのに、心だけが同じ場所を行き来している。

――このままで、いいのだろうか。

あの日。
自分が美桜だと気づかれたこと。
守られて、抱き上げられて、
それでも何も言えなかったこと。

忘れようとしても、
忘れられるはずがなかった。

数日後の夕方。

洗濯物を畳み終えた私は、
宿の裏手で一人、風に当たっていた。

足音が近づく。

「……美桜さま」

その声に、胸が小さく跳ねる。

振り返ると、
そこに立っていたのは、レイスさんだった。

「少し、話せますか」

逃げ場のない言い方だった。
けれど、不思議と嫌ではなかった。

「はい」

短く答えて、
私は彼の隣に立つ。

しばらく、二人とも何も言わない。

先に口を開いたのは、私だった。

「……やっぱり、このままじゃ、まずいですよね」

自分でも驚くほど、
落ち着いた声だった。

レイスさんは、すぐには答えない。
ただ、黙って私の言葉を待っている。

「逃げてたわけじゃ、ないんです。
ただ……戻る覚悟が、足りなかっただけで」

指先を、ぎゅっと握る。

「でも、考えました。
このまま、王妃様にすら何も言わずにいるのは違うのかなって」

顔を上げて、彼を見る。

「城へ戻ります」

言葉にした瞬間、
胸の奥で、何かが静かに定まった。

「……ただし、一つだけ、お願いがあります」

「何でしょう」

「私は、もう巫女じゃありません。
力も、役目も、ありません」

一度、息を整えてから続ける。

「だから、一般人として戻りたいんです。
特別扱いも、保護も、できるだけいりません」

身勝手なお願いだと、
自分でも分かっていた。

それでも、言わずにはいられなかった。

レイスさんは、しばらく黙っていた。
視線を落とし、
何かを考えるように、静かに呼吸をする。

「……分かりました」

短い返事だった。

「ただし、俺の一存では決められません。
上に、相談します」

それで十分だった。

「ありがとうございます」

そう言ったとき、
胸の奥に重さは残っていたけれど、
後悔はなかった。

――――――――――――

翌日。

特別任務隊の三人は、
先に城へ戻ることになった。

装備の確認を終えたあと、
レイスは一人、部隊長に呼び止められる。

「……昨夜の件だが」

低く、周囲に聞こえない声だった。

レイスは短くうなずく。

「彼女は――間違いないです」

部隊長は、しばらくレイスの顔を見ていた。

「お前がそう言うなら、そうなのだろうな」

それは問いではなく、確認だった。

「はい」

一拍の沈黙。

部隊長は小さく息を吐く。

「……分かった。
この件は、私が上へ報告する」

それ以上、詮索はなかった。

「騎士団長へは私から話す。
王妃陛下へも、段階を踏んで伝える」

「ありがとうございます」

「感謝はいらん」

部隊長は視線を逸らし、
すでに馬に乗った他の隊員たちを見やる。

「他の二人には、
お前は後処理で遅れると伝えてある」

「了解しました」

「……いいか、レイス」

呼び止める声は、
上官としてではなく、
長く部下を見てきた者のものだった。

「今回は、私情と任務の境目が曖昧だ。
だが――越えていない」

レイスは、何も言わずに頭を下げる。

「行け。
城まで、無事に連れて帰れ」

命令だった。
同時に、託す言葉でもあった。

部隊長が合図を出すと、
三人の騎士はそのまま城へ向かっていった。

その背を見送り、
レイスは一度だけ、深く息を吐く。

これで、すべてが動き出した。

城へ戻る。
彼女を連れて。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

愛しの第一王子殿下

みつまめ つぼみ
恋愛
 公爵令嬢アリシアは15歳。三年前に魔王討伐に出かけたゴルテンファル王国の第一王子クラウス一行の帰りを待ちわびていた。  そして帰ってきたクラウス王子は、仲間の訃報を口にし、それと同時に同行していた聖女との婚姻を告げる。  クラウスとの婚約を破棄されたアリシアは、言い寄ってくる第二王子マティアスの手から逃れようと、国外脱出を図るのだった。  そんなアリシアを手助けするフードを目深に被った旅の戦士エドガー。彼とアリシアの逃避行が、今始まる。

結婚5年目の仮面夫婦ですが、そろそろ限界のようです!?

宮永レン
恋愛
 没落したアルブレヒト伯爵家を援助すると声をかけてきたのは、成り上がり貴族と呼ばれるヴィルジール・シリングス子爵。援助の条件とは一人娘のミネットを妻にすること。  ミネットは形だけの結婚を申し出るが、ヴィルジールからは仕事に支障が出ると困るので外では仲の良い夫婦を演じてほしいと告げられる。  仮面夫婦としての生活を続けるうちに二人の心には変化が生まれるが……

【完結】無口な旦那様は妻が可愛くて仕方ない

ベル
恋愛
旦那様とは政略結婚。 公爵家の次期当主であった旦那様と、領地の経営が悪化し、没落寸前の伯爵令嬢だった私。 旦那様と結婚したおかげで私の家は安定し、今では昔よりも裕福な暮らしができるようになりました。 そんな私は旦那様に感謝しています。 無口で何を考えているか分かりにくい方ですが、とてもお優しい方なのです。 そんな二人の日常を書いてみました。 お読みいただき本当にありがとうございますm(_ _)m 無事完結しました!

婚約者に好きな人がいると言われ、スパダリ幼馴染にのりかえることにした

みみぢあん
恋愛
子爵家令嬢のアンリエッタは、婚約者のエミールに『好きな人がいる』と告白された。 アンリエッタが婚約者エミールに抗議すると… アンリエッタの幼馴染みバラスター公爵家のイザークとの関係を疑われ、逆に責められる。 疑いをはらそうと説明しても、信じようとしない婚約者に怒りを感じ、『幼馴染みのイザークが婚約者なら良かったのに』と、口をすべらせてしまう。 そこからさらにこじれ… アンリエッタと婚約者の問題は、幼馴染みのイザークまで巻き込むさわぎとなり―――――― 🌸お話につごうの良い、ゆるゆる設定です。どうかご容赦を(・´з`・)

【完結】シュゼットのはなし

ここ
恋愛
子猫(獣人)のシュゼットは王子を守るため、かわりに竜の呪いを受けた。 顔に大きな傷ができてしまう。 当然責任をとって妃のひとりになるはずだったのだが‥。

婚約者が私のことをゴリラと言っていたので、距離を置くことにしました

相馬香子
恋愛
ある日、クローネは婚約者であるレアルと彼の友人たちの会話を盗み聞きしてしまう。 ――男らしい? ゴリラ? クローネに対するレアルの言葉にショックを受けた彼女は、レアルに絶交を突きつけるのだった。 デリカシーゼロ男と男装女子の織り成す、勘違い系ラブコメディです。

【完結】ひとつだけ、ご褒美いただけますか?――没落令嬢、氷の王子にお願いしたら溺愛されました。

猫屋敷むぎ
恋愛
没落伯爵家の娘の私、ノエル・カスティーユにとっては少し眩しすぎる学院の舞踏会で―― 私の願いは一瞬にして踏みにじられました。 母が苦労して買ってくれた唯一の白いドレスは赤ワインに染められ、 婚約者ジルベールは私を見下ろしてこう言ったのです。 「君は、僕に恥をかかせたいのかい?」 まさか――あの優しい彼が? そんなはずはない。そう信じていた私に、現実は冷たく突きつけられました。 子爵令嬢カトリーヌの冷笑と取り巻きの嘲笑。 でも、私には、味方など誰もいませんでした。 ただ一人、“氷の王子”カスパル殿下だけが。 白いハンカチを差し出し――その瞬間、止まっていた時間が静かに動き出したのです。 「……ひとつだけ、ご褒美いただけますか?」 やがて、勇気を振り絞って願った、小さな言葉。 それは、水底に沈んでいた私の人生をすくい上げ、 冷たい王子の心をそっと溶かしていく――最初の奇跡でした。 没落令嬢ノエルと、孤独な氷の王子カスパル。 これは、そんなじれじれなふたりが“本当の幸せを掴むまで”のお話です。 ※全10話+番外編・約2.5万字の短編。一気読みもどうぞ ※わんこが繋ぐ恋物語です ※因果応報ざまぁ。最後は甘く、後味スッキリ

隣国の王族公爵と政略結婚したのですが、子持ちとは聞いてません!?

朱音ゆうひ@『桜の嫁入り』発売中です
恋愛
「わたくしの旦那様には、もしかして隠し子がいるのかしら?」 新婚の公爵夫人レイラは、夫イーステンの隠し子疑惑に気付いてしまった。 「我が家の敷地内で子供を見かけたのですが?」と問えば周囲も夫も「子供なんていない」と否定するが、目の前には夫そっくりの子供がいるのだ。 他サイトにも掲載しています( https://ncode.syosetu.com/n3645ib/ )

処理中です...