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38 稽古してみよう
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昼前にはたいてい、父は農作業に出かける。あたしは傍の草の上に座って、それを眺める。
たいして大きな畑ではないので、作業が終わるとそのまま村の外に巡回に出かけることも多い。
しかし今日はその予定がないということなので、あたしは他の家の畑仕事なども楽しく眺め回していた。
そのうち、予想していた声がかかった。
集落の側から、小さな人影が二人分駆けてきている。
「おーい、イェッタ」
「イェッタ、原っぱ行くか?」
「あい」
畑脇を駆け抜けながら、ホルガーとヨーナス兄弟からのお誘いだ。
顔を上げると、父が頷き返してくる。
「行ってこい。怪我しないようにな」
「あい」
傍らに用意した棒を掴んで、即座にあたしは立ち上がる。
もう背中を見せている男の子二人を追って、走り出す。
畑の広がる一帯が途切れて草むらになった、その手前端で二人は足を止めていた。
あたしがヨーナスと並ぶと、ホルガーはこちらと少し距離をとった対面をして、取り繕った宣言をした。
「よーし、じゃあいつものように素振りから始める」
「あい」
「おお」
兄弟もあたしも、持参した棒を両手に握った。山で拾った木の枝を削った程度のものだけど、ヨッヘム爺さんに仕上げてもらいそれぞれ自分用に使い込んでいる愛用の木剣だ。
「いつもの通り、まず五十回な」
「「おお」」
一、二、三、と声を揃えて数えながら、正面向きに剣を振り下ろす。
将来獣狩りの役に立つんだ、と決意を共にして三人で始めたこの稽古には、親たちからいくつか条件がつけられていた。
コンラートやツァーラが家の仕事などで傍につけないときは、畑仕事の大人たちの目に入る原っぱのこちら隅で行うこと。
剣を振るうのは、素振りかそれ用の立木など相手に限ること。二人で剣を打ち合わせる程度ならいいが、自由に立ち会いをするのは今のところ禁止する。
つまりは現状、剣を振る足腰と立木など相手に打つ腕力を鍛える目的に限る、ということだ。
最年長のホルガーがまだ五歳、残る二人は三歳と二歳という幼子ばかりで、ふつうならそんな言いつけに黙って従う期待など持たれないところだろうけど、もう数ヶ月、親たちにそれ以上口出しされることもなくこれは続いている。
この三人に限らず他の子たちも含めて、害獣被害の恐ろしさは身に染みているので、安易に森に近づいたりはしないし、将来に向けて自衛のすべを身につけるというのも本気の決意なんだ。
「「四十七、四十八、四十九、五十」」
「よし、終わり」
予定回数を数え終わり、一度剣を下ろす。
なお、百までの数の呼び方はあたしが二人に教えた。息子たちがいつの間にか数をかぞえられるようになっていて、ロミルダが仰天していたものだ。楽しいことが絡むと、子どもの物覚えがよくなるのは常識と言えるようだ。
「続けて、打ち込み。まず十本ずつ」
「「おお」」
長さの半分程度を土中に埋めて大人の背丈ほどにしっかり直立させた丸太三本に、それぞれ対面する。
最初の十本は頭上の右から左から、いわゆる袈裟斬りの恰好で斜めに打ち込む。
続く十本は腰を屈めて、自分の脚程度の高さに左から横払いで打ち込んでいく。
二歳児や三歳児にそれほど力が乗せられるはずもないし、今のところは手が痺れたりしないように気をつけろ、まずは形を安定して身体に覚え込ませるのが先決だ、と父に言われた注意を守るようにしている。
あたしが剣の稽古を始めると言い出した際、やや渋りながらも父が助言をくれたのは、この低い姿勢での横払いの形だった。
幼児の力で、打ち込みの効果など高が知れている。もし現実に獣や不審な人間に出会った際、まず体勢を低めて脚を狙え。わずかな程度でも相手の動きを封じて逃げる隙を作れ、という助言だった。
もちろんそんな相手に出会う危険に寄らないのが大前提だし、この対処法もうまくいけば儲け物という程度のものだ。
そんな稽古で汗を流していると、午を回ったらしい。他の子どもたちも遊びに出てきた。
「イェッタ、ヤッホー」
「遊ぼうよ、イェッタ」
「あい」
今日は女の子が大きな布製の鞠を抱えてきていた。
ホルガーとヨーナスも木剣を置き、六人全員で鞠遊びを始める。二つのチームに分かれて向かい合い、鞠をぶつけ合う遊びだ。
ひとしきりそうして騒いでいると、コンラートやツァーラがやってきた。これでもう少し広い範囲の行動が許されるので、みんな喚声を上げて駆け回ることになった。
こんな調子で、遊び回りの日課が過ぎていく。
「じゃあねえ」
「また明日」
陽が低くなると、それぞれ家や畑の親もとに向けて帰っていく。
あたしも木剣を肩に背負って、畑で片づけをしている父に駆け寄っていった。
「オータ」
「おう、よく遊んだか」
「あい」
屈み姿勢の父の背に飛びつくと、笑ってそのままおんぶで帰ってくれた。
家に戻り、父は夕食の支度、あたしは床に座って風魔法を練り始める。大人のように風を飛ばせない分、何かうまい工夫の方法がないか研究中なんだ。
「オータ、やっぱり火はあれよりチュよくなんない?」
「ああ。前に周りの燃えるものを一緒に飛ばすって言って効果を上げた以上には、進歩しないな。もっと強く燃えるものがあるかもしれないなんて言っても、雲を掴むような感覚だ」
「ふうん」
竈の方に声をかけると、父は火を熾しながら振り返らず答えた。
あたしも両手の間に空気を練りながら、唸る。
「むりなのかなあ」
「今のやり方で充分、以前魔狩人でやっていた連中より強い火が飛ばせているんだ。さらにこれ以上なんて、話にも聞いたことがないぞ」
「そっかあ」
「やっぱり絵本にあった話ってのは、作り物なんだろう」
「うーん」
借りて読んでいた絵本の神話のような話の中に、ドラゴンを吹っ飛ばすほど強力な火魔法を放つ英雄が出てきていたんだ。
もちろん『話』なのだから、大げさに書いてあって不思議はない。
それでもある程度の尾鰭などを取り払って現実に近づけて想像したとして、そもそもの疑問が残る。
――『火』で、物を押すような力を出すことができるか?
そもそもの火とか炎のようなものだけなら、重さも硬さもほとんどないはずだ。それで物体を押すことはできない。
それなのに神話にせよ作り話にせよそんな現象が扱われているということは、そこまで強力じゃなくても火魔法にそんな可能性が秘められているんじゃないのか。
まったくの作り物、空想だけなら何ということもない。
けれどこの世には実際、火魔法が存在しているんだ。そこまで現実に合わせておいて、その先で非現実に飛躍するだろうか。
いや、飛躍があり得ないって言うわけじゃないけど。何かその方向に、現実から繋がる要素があってもいいと思う。
具体的に言って、ドラゴンは吹っ飛ばせなくても、ある程度の物を押す力を『火』に乗せることができてもいいんじゃないか。
――もしできるとしたら、『火』に重さや硬さを持たせることだろう。
純粋に重さも硬さもない『火』だけで物を押せるなどと考えるほど、おめでたい頭を持つことはできない。
『火』自体を変質させて実際に重さや硬さを持たせることは、父に試してもらった限り無理そうだ。
としたら残る可能性は、『火』と一緒に別のものを飛ばしてぶつけるか、ぶつけたその瞬間に爆発のようなものを起こさせるか、だろう。
どちらの可能性でも最有力に上がるのは、現在成功している『火』と一緒に飛ばす『周りの燃えるもの』だ。実際にはこれ、空気の中に存在する何かしらの成分と思われる。これをもっと硬く凝縮させて『火』とともにぶつけるか、ぶつけたところで爆発的に燃焼を起こさせるか、といった辺りがあり得そうな方向で考えられる。
そういった発想で、父に試行を提案していたのだけど。
――やっぱり、無理だったか。
たいして大きな畑ではないので、作業が終わるとそのまま村の外に巡回に出かけることも多い。
しかし今日はその予定がないということなので、あたしは他の家の畑仕事なども楽しく眺め回していた。
そのうち、予想していた声がかかった。
集落の側から、小さな人影が二人分駆けてきている。
「おーい、イェッタ」
「イェッタ、原っぱ行くか?」
「あい」
畑脇を駆け抜けながら、ホルガーとヨーナス兄弟からのお誘いだ。
顔を上げると、父が頷き返してくる。
「行ってこい。怪我しないようにな」
「あい」
傍らに用意した棒を掴んで、即座にあたしは立ち上がる。
もう背中を見せている男の子二人を追って、走り出す。
畑の広がる一帯が途切れて草むらになった、その手前端で二人は足を止めていた。
あたしがヨーナスと並ぶと、ホルガーはこちらと少し距離をとった対面をして、取り繕った宣言をした。
「よーし、じゃあいつものように素振りから始める」
「あい」
「おお」
兄弟もあたしも、持参した棒を両手に握った。山で拾った木の枝を削った程度のものだけど、ヨッヘム爺さんに仕上げてもらいそれぞれ自分用に使い込んでいる愛用の木剣だ。
「いつもの通り、まず五十回な」
「「おお」」
一、二、三、と声を揃えて数えながら、正面向きに剣を振り下ろす。
将来獣狩りの役に立つんだ、と決意を共にして三人で始めたこの稽古には、親たちからいくつか条件がつけられていた。
コンラートやツァーラが家の仕事などで傍につけないときは、畑仕事の大人たちの目に入る原っぱのこちら隅で行うこと。
剣を振るうのは、素振りかそれ用の立木など相手に限ること。二人で剣を打ち合わせる程度ならいいが、自由に立ち会いをするのは今のところ禁止する。
つまりは現状、剣を振る足腰と立木など相手に打つ腕力を鍛える目的に限る、ということだ。
最年長のホルガーがまだ五歳、残る二人は三歳と二歳という幼子ばかりで、ふつうならそんな言いつけに黙って従う期待など持たれないところだろうけど、もう数ヶ月、親たちにそれ以上口出しされることもなくこれは続いている。
この三人に限らず他の子たちも含めて、害獣被害の恐ろしさは身に染みているので、安易に森に近づいたりはしないし、将来に向けて自衛のすべを身につけるというのも本気の決意なんだ。
「「四十七、四十八、四十九、五十」」
「よし、終わり」
予定回数を数え終わり、一度剣を下ろす。
なお、百までの数の呼び方はあたしが二人に教えた。息子たちがいつの間にか数をかぞえられるようになっていて、ロミルダが仰天していたものだ。楽しいことが絡むと、子どもの物覚えがよくなるのは常識と言えるようだ。
「続けて、打ち込み。まず十本ずつ」
「「おお」」
長さの半分程度を土中に埋めて大人の背丈ほどにしっかり直立させた丸太三本に、それぞれ対面する。
最初の十本は頭上の右から左から、いわゆる袈裟斬りの恰好で斜めに打ち込む。
続く十本は腰を屈めて、自分の脚程度の高さに左から横払いで打ち込んでいく。
二歳児や三歳児にそれほど力が乗せられるはずもないし、今のところは手が痺れたりしないように気をつけろ、まずは形を安定して身体に覚え込ませるのが先決だ、と父に言われた注意を守るようにしている。
あたしが剣の稽古を始めると言い出した際、やや渋りながらも父が助言をくれたのは、この低い姿勢での横払いの形だった。
幼児の力で、打ち込みの効果など高が知れている。もし現実に獣や不審な人間に出会った際、まず体勢を低めて脚を狙え。わずかな程度でも相手の動きを封じて逃げる隙を作れ、という助言だった。
もちろんそんな相手に出会う危険に寄らないのが大前提だし、この対処法もうまくいけば儲け物という程度のものだ。
そんな稽古で汗を流していると、午を回ったらしい。他の子どもたちも遊びに出てきた。
「イェッタ、ヤッホー」
「遊ぼうよ、イェッタ」
「あい」
今日は女の子が大きな布製の鞠を抱えてきていた。
ホルガーとヨーナスも木剣を置き、六人全員で鞠遊びを始める。二つのチームに分かれて向かい合い、鞠をぶつけ合う遊びだ。
ひとしきりそうして騒いでいると、コンラートやツァーラがやってきた。これでもう少し広い範囲の行動が許されるので、みんな喚声を上げて駆け回ることになった。
こんな調子で、遊び回りの日課が過ぎていく。
「じゃあねえ」
「また明日」
陽が低くなると、それぞれ家や畑の親もとに向けて帰っていく。
あたしも木剣を肩に背負って、畑で片づけをしている父に駆け寄っていった。
「オータ」
「おう、よく遊んだか」
「あい」
屈み姿勢の父の背に飛びつくと、笑ってそのままおんぶで帰ってくれた。
家に戻り、父は夕食の支度、あたしは床に座って風魔法を練り始める。大人のように風を飛ばせない分、何かうまい工夫の方法がないか研究中なんだ。
「オータ、やっぱり火はあれよりチュよくなんない?」
「ああ。前に周りの燃えるものを一緒に飛ばすって言って効果を上げた以上には、進歩しないな。もっと強く燃えるものがあるかもしれないなんて言っても、雲を掴むような感覚だ」
「ふうん」
竈の方に声をかけると、父は火を熾しながら振り返らず答えた。
あたしも両手の間に空気を練りながら、唸る。
「むりなのかなあ」
「今のやり方で充分、以前魔狩人でやっていた連中より強い火が飛ばせているんだ。さらにこれ以上なんて、話にも聞いたことがないぞ」
「そっかあ」
「やっぱり絵本にあった話ってのは、作り物なんだろう」
「うーん」
借りて読んでいた絵本の神話のような話の中に、ドラゴンを吹っ飛ばすほど強力な火魔法を放つ英雄が出てきていたんだ。
もちろん『話』なのだから、大げさに書いてあって不思議はない。
それでもある程度の尾鰭などを取り払って現実に近づけて想像したとして、そもそもの疑問が残る。
――『火』で、物を押すような力を出すことができるか?
そもそもの火とか炎のようなものだけなら、重さも硬さもほとんどないはずだ。それで物体を押すことはできない。
それなのに神話にせよ作り話にせよそんな現象が扱われているということは、そこまで強力じゃなくても火魔法にそんな可能性が秘められているんじゃないのか。
まったくの作り物、空想だけなら何ということもない。
けれどこの世には実際、火魔法が存在しているんだ。そこまで現実に合わせておいて、その先で非現実に飛躍するだろうか。
いや、飛躍があり得ないって言うわけじゃないけど。何かその方向に、現実から繋がる要素があってもいいと思う。
具体的に言って、ドラゴンは吹っ飛ばせなくても、ある程度の物を押す力を『火』に乗せることができてもいいんじゃないか。
――もしできるとしたら、『火』に重さや硬さを持たせることだろう。
純粋に重さも硬さもない『火』だけで物を押せるなどと考えるほど、おめでたい頭を持つことはできない。
『火』自体を変質させて実際に重さや硬さを持たせることは、父に試してもらった限り無理そうだ。
としたら残る可能性は、『火』と一緒に別のものを飛ばしてぶつけるか、ぶつけたその瞬間に爆発のようなものを起こさせるか、だろう。
どちらの可能性でも最有力に上がるのは、現在成功している『火』と一緒に飛ばす『周りの燃えるもの』だ。実際にはこれ、空気の中に存在する何かしらの成分と思われる。これをもっと硬く凝縮させて『火』とともにぶつけるか、ぶつけたところで爆発的に燃焼を起こさせるか、といった辺りがあり得そうな方向で考えられる。
そういった発想で、父に試行を提案していたのだけど。
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