アワセワザ! ~異世界乳幼女と父は、二人で強く生きていく~

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39 対策してみよう

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 この世の適性による魔法は、周囲にある決まった物質を集め操る能力のようだ。
「水」魔法は当然、水という物質を集め操る。おそらくのところ、空気中にある水分を集めてきているんじゃないか。
「光」魔法は、物質というのかどうか知らないけど、光という存在を集めて放つ。
「風」魔法は、空気という物質を。この点『知識』が伝えるところで、空気の中には何種類もの異なる成分が混じっているらしいけど、操るのはその中の一種類か二種類のものでもいいかもしれない。どうも二種類の成分で空気のほとんどの割合が占められているらしいし。
 これらに比べて、どうも「火」は説明しにくい感じがする。周囲の空気中に小さな火が含まれていてそれを集めてきている、というわけじゃないだろう。
 たぶんこれも『知識』が伝える内容から考えると、空気中の成分のうちに、それ自体燃える種類のものと、物が燃えるのを助けるというかそれがないとあらゆるものが燃えることがないという種類のものがあるらしい。
「火」魔法はたぶん、その二種類のものを適度に集め、何らかの方法で発火させて操るものなんじゃないか。
 そういう想像のもと、「火」魔法でその「燃え」成分と「助け」成分の集め方や操り方を工夫変化させられないか、と考えたんだ。
 あたしが火魔法を使えないので、父にいろいろ試してもらおうと。
 でも――しかし。

――無理か。無理だよなあ。

 どういうことをどんなふうに試してもらいたいのか、幼児の口じゃ父にさえ伝えることができないんだ。
 その仮称「燃え」成分と「助け」成分にしても、あたしにも現実どういうものか分かっていないんだし、どう探し当ててどう区別したりするのか、見当もつかない。いろいろ感覚で違えてみて、火の燃え方が変わらないか試してみる、くらいしか思いつかない。

――諦めるしかないか、この思いつきは。

 こうして、火魔法強力化計画は、頓挫した。

 こんなことをいろいろ考えているのも、まださらに北方の山の方から脅威が迫ってくる危険に備えてのことだった。
 あたしたちが初めて行商と出会った前年の春以降、大型を含む猿魔獣の件を聞いた商人と神官は他の村にもその危険を伝え、領都の役人にも報告を上げたという。
 神官は教会の資料で過去の事案を調べ、あのときの話よりもう少し詳しい調査結果をこちらにも教えてくれた。
 三百年ほど前に北の山から脅威がもたらされたという記録によると、さまざまな種類の魔獣が散発的に現れて村々を襲い、最後には体高五ガターを超える二足歩行の鬼のような外観の個体が現れた。当然腕力が強く動きも敏捷、家畜や人間の肉を食らう。剣も弓矢も通じず、人々は村を捨てて南へ逃げ延びるしかなかった。
 その巨大な鬼のような魔獣が迫ってきたら、我々も逃げるしかないかもしれない。しかし過去の記録ではその前数年にわたり、もう少し小型の魔獣が次々と現れたとされる。
 小型とは言ってもその鬼と比べてという話で、中には牛や熊に匹敵しそうな大きさのものもいたという。それらもほとんど例外なく肉食で、家畜などに被害が続出した。
 もしかすると近い将来、そんな魔獣が姿を現すかもしれないんだ。

 そんな脅威に震えて暮らすくらいならさっさと村を捨てて移住すればいい、という意見もあるかもしれない。けれどこのドーレス村の人たちにとって、どうしてもこの村への愛着は捨てきれないらしい。
「ご先祖たちが開拓した土地だから」と言う。
 先祖とは言っても三~四代前くらいらしいけど、この北方の地を苦労して開墾した事実がある。今の村人たちは、親からその労苦と土地の尊さを聞かされて育ってきている。
「そんな簡単に捨てられるもんじゃねえ」ということだ。
 本当に他にどうしようもなくなったとしたら、避難は考える。しかしそうそう簡単に移住して農業を続けられる土地などない。
 避難先の候補としては、まだ未開の地を開墾する役目に就くか、領都などで転職をするか、ということになるだろう。
 村の人たちの大半の思いは、もし移住することになっても短期間に収まることを願って、またこの村に帰ってきたいということのようだ。
 そうすると。当然、避難の決断はぎりぎりまで延ばしたい、という意向になる。つまりは、どうしても敵わない魔獣でない限り、村人の力で対抗、撃退したい、ということだ。
 これがひたすら無謀な希望というならともかく、現時点で熊くらいなら何とか数人がかりで対処できるようになっている。もう少し戦闘力を上げれば、もしかすると巨大鬼以外なら相手できるのではないか、という思いになる。
 もちろん男たち数名で剣の稽古は続けて、そこそこ腕は上げている。あと上げられる戦闘力といえば、火魔法の威力増強なのではないか、と考えは向かう。
 父や村の人たちは当然いろいろ考え工夫しているし、あたしも折りにつけ知恵をひねくる習慣になっている、という次第だ。

「確かに火魔法の威力をさらに上げる方法が見つかったら、大助かりなんだがなあ」
「うん」

 なお去年の秋や今年の春、ドーレス村付近にあの猿魔獣ほどの脅威の獣は近づいていない。この春に大型の熊が二頭、現れたくらいだ。
 代わりに、昨秋深くの行商人の話によると、周辺の他の村近くに大型のヤマネコのような魔獣の小規模な群れが出没したらしい。
 家畜などに被害をもたらし、領都から兵が出動してある程度撃退したという。そんなことが、三つの村であったそうだ。ドーレス村だと領都から三日程度かかるけど、それらの村までは一日くらいなので辛うじて対処できたという話だ。
 その魔獣の群れも北の山から下りてきたものらしいけど、本来なら真っ先にドーレス村を襲うのが順路だ。それが三度の群れの襲来すべてこちらを迂回したかのように、少し南の村に現れている。領の役所では、それを疑問視しているという。
 もしかすると、ドーレス村であの大猿魔獣が討伐されたのを知って、回避したんじゃないか。そういう想像が、取り沙汰されているとか。
 その程度の知恵が魔獣にあっても、不思議はないらしい。
 またそのヤマネコ魔獣の強さについても、懸念が広がっている。

「話によると、狩りに慣れた者でも一頭に対して十人程度で立ち向かわなければ討伐は難しいというのさ」
「それほどか」

 村長の話を聞いて、父は唸っていた。
 膝に座り込んだあたしの正面で、老人はさも嫌そうに顔をしかめている。

「それだけじゃ終わらねえ。領都に残る記録じゃ北の山のぬしというのは、前にも聞いた背丈が五ガターを超えようっちゅう鬼みてえな見てくれの奴らしいが、それより少し弱いぐらいの魔獣がまたたくさんいる。つまりはそのヤマネコ魔獣と最強の鬼みてえな奴の間にも、まだ厄介なのがいくらでもいるかもしんねえわけだ」
「気が遠くなりそうな話だな」
「ふだんはそれぞれ北の山の中に縄張りを持って落ち着いていると想像されるが、最近になって何かの理由でそいつらがこっちへ移動を始めている。だから、そのヤマネコより厄介なのがこの先現れるかもしんねえ」
「ヤマネコはあの大猿より弱いかどっこいぐらいで、この村を回避した。しかしもっと強い奴ならそのまま襲ってくるかもしれない」
「そういう想像もできるわけだ」
「堪らねえな」

 そういう懸念もあって、さらに村人たちの訓練は厳しく続いている。
 他の村や領都の役所でも同様の懸念を抱いて、対策に苦慮しているという。
 とりあえず魔獣の襲来が最も憂慮されるのは、春先と晩秋だ。
 今年の春からその時期に限って、領は北方村近くにある程度の兵を駐留させることにした。またドーレス村をはじめすでに被害のあったいくつかの村に一名ずつ、監視の兵を置くことにした。
 さらに最近になって開発されたらしい隣村程度の遠方まで見ることのできる狼煙のろしと、領都まで飛ばせる伝書鳩を、それぞれの村長の家に常備することにした。これでもしもの場合どの村に対しても、最大警戒期なら一日かからずに援軍が駆けつけることができる。今までの魔獣相手なら、石造りの家に籠城して救援を待つこともできるだろう。
 また領の役所では、猿魔獣の群れと大猿を討伐したドーレス村の闘い方にも注目した。
 明らかに従来と異なるのは、火魔法の威力を上げることができたのと、獣の口の中に水を放り込む方法だ。
 後者は言われてみればなるほどと、すぐに何処でも練習次第で再現することができる。
 しかし前者の火魔法は、かなりコツを教えてもらって修練が必要だ。
 ということでこの春、領兵の数名と各村の代表が何人かずつ、ドーレス村を訪れてこれを伝授してもらうことになった。父とケヴィン、コンラートが講師役として、数日間訓練した。
 領から講師の礼金が支払われ、他の村から最近寒冷地栽培に成功した新種のムギの種などが贈られて、ドーレス村にもそこそこの利益があったことになる。

 とにかくもこうしてこの夏中、次の秋に向けて村人たちは修練を怠りなく進め、領でもさまざまな対策を打っている。
 村ではあたしたちのような年少者まで、何かの役に立ちたいと身体を鍛え始めているんだ。

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