アワセワザ! ~異世界乳幼女と父は、二人で強く生きていく~

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40 再訪と凶報

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 畑の収穫期を迎え山の木々の葉が赤く色づく頃になっても、子どもたちの剣の鍛錬は続いていた。
 畑の土を掘り返しながらライナルトがやや遠くを見やると、小さなイェッタとヨーナスがホルガーの立てた木剣に向けて打ち込みをくり返している。二歳児の剣の上達など高が知れたものと思っていたが、腰の構えなどそれなりにしっかりしてきているようだ。

「ほら、もっと腰を入れて打ち込め!」
「「おう!」」

 ホルガーの叱咤の声が、風に乗って聞こえてくる。
 まだ五歳の幼児だが、あの二人相手だと兄貴ぶって偉そうになっているのが微笑ましい。逆に年長のコンラートなどに対しては、甘えた背伸びの格好になっているのだが。
 そんなことを考えていると。背後から声をかけられた。

「ライナルト殿、お久しぶり」
「おお、ブリアックさんか」

 近づいてきているのは、二十代半ばの領兵だった。革と金属を使った簡易鎧を身につけ。腰に長剣、背に短槍と一抱えの荷物を負っている。
 この春にはひと月ほど村に滞在して、魔獣の監視と火魔法の訓練をしていた。また秋には同様に駐留する命を受けていて、近く到着という報せは村長まで入ってきたと聞いている。
 その村長は、すぐ先の畑作業から腰を上げていた。

「やあブリアックさん、よく来なすった」
「またお世話になります、ホラーツさん」
「こちらこそ、よろしく」

 村長相手に着任の挨拶と簡単な打ち合わせを交わし、荷物を背負い直す。
 そうして、兵士は改めてライナルトに笑いかけた。

「じゃあライナルト殿、また剣と魔法の稽古を頼む」
「ああ。前と同じく夕方には男たちが集まるから、好きに加わってくれ」
「分かった」

 ライナルトよりいくつか年長だが、剣と魔法の指導役として立てて、いくぶん丁寧な言葉遣いになっているのだ。元魔狩人という荒くれ者同然の身分ながら出自は騎士爵の家系と聞いて、敬意を払っている向きもあるのか。
 何にせよ領都の兵に珍しく驕り威張り散らすなどということのない、朴訥な性格の男だった。
 奥の畑から、ケヴィンとフェーベの夫婦が速歩で寄ってきた。
 春と同じくブリアックは、ケヴィンの家裏にある空き家に滞在することになっている。食事についても必要分を支払って、この若夫婦家の世話を受ける約束だ。
 親しく声を交わしながら、三人は家に向かっていった。

 宣言の通りこの日から、ライナルトと村の男五人の稽古に兵士が加わった。全員息を合わせて素振りを行い、その後火魔法の組に交じって的に向かっている。
 いつもの村人だけの日課と変わるのは、時間の最後だった。
 ライナルトの木剣とブリアックの短槍で、立ち合い稽古を行うのだ。
 鍛錬していた男たちに女子どもも加わって、興味深げに見物することになった。イェッタは指定席の積み上げた木箱に座って、楽しそうに手を叩いている。
 カツンカツンと小気味よく木が打ち合わせられ、大男二人の身体が寄り、離れ、入れ替わる。
 最後にライナルトが剣を払うと、兵士の槍が手を離れ、宙に舞った。
「参った」と、ブリアックは大きく肩を上下した。

「やあ、やはりライナルト殿の打ち込みの力はたいしたものだ。領兵の稽古場でも、そうそうこんな立ち合いはできない」
「俺も、こんないい稽古は久しぶりだ」

 村人たちが、やんややんやと二人の健闘を讃えている。
 その後さらに数度立ち合いをして、その日の稽古を終えた。

 魔獣監視の領兵が駐留することになって、ライナルトが毎日のように行っていた村外巡回の役目は譲ることになり、当分畑の収穫に集中する余裕ができた。
 それでも狭い耕作地なので、二日ほどで成熟した豆類なども乾燥の形に落ち着けてしまう。
 空いた余裕の時間で、村長の家の畑を手伝うなどまですることができた。
 村に配置された監視兵の役目は、魔獣などの接近を確かめたらまず、領都より北部に駐留している小隊に伝書鳩で報告を飛ばすことだ。
 小隊の駐留は複数の村を対象にしているので、最北のドーレス村に到着するまでに一日程度かかる。それまでの時間、村人たちを指揮して魔獣の進攻を押さえ、非戦闘民たちは家に籠もらせるか避難させるか判断を下す。
 熊程度や噂だけに聞くヤマネコ魔獣なら、石造りの家に籠もることで難を逃れることができるとされている。ただ収穫前に襲われると、畑の被害は覚悟しなければならない。
 そういう意味があってこの時期、村人たちは最優先で収穫を済まそうと急いでいるのだ。収穫物もまとめて石造りの蔵に収めてしまえば、まず被害は避けられるという予想が立てられている。
 ただどれもこれも、伝説級の鬼魔獣が襲来したなら話は別だ。昔話の通りなら、石の建築物でも素手で破壊する力を持つという。
 なのでこれが目撃されたならもう、全村避難の一択とされているのだ。
 そういうわけで監視兵は毎日欠かさず村周辺から遠い山の方まで目を光らせ、村人たちは収穫作業を急ぐという次第になっている。

 兵士が駐留を始めて、五日目。
 夕刻、男たちがいつもの鍛錬を終えて汗を拭っていると、遠くから声が聞こえてきた。西側に少し離れたギードのチャマメヤギ牧場の方から、中年女性らしい姿が駆けてきている。
 牧場主の娘で寡婦の、バベットらしい。
 牧場で何かあったか、と立ち合い稽古を見物していた女たちもそちら方向へ寄ってきた。

「バベット、何かあったんかい?」
「大変だよ、魔獣らしいのが出たのさ」
「魔獣? 牧場にかい」
「そうさ。ヤギを一頭咥えて、逃げちまった。親父が遠くから見たんだけど、やたら大きな狼みたいな見てくれだったって」

 ロミルダの問いかけに、体格のいい女は息を切らしながら答える。
 汗を拭いた上体に簡易鎧をまとい直して、ブリアックは一同を見回した。

「俺は現場を確かめに行く。ライナルト殿と男たちは、村の警備を固めていてくれ。念のため、女子どもと年寄りは家に籠もっていろ」
「分かった」

 ライナルトが頷き返すと、兵士はすぐに駆け出していった。
 騒ぎを聞きつけて出てきた村長のホラーツは、「うーむ」と唸っている。ライナルトの顔を見上げて、顔をしかめた。

「牧場の柵を越えたか破ったか、か。今までにない体力の魔獣ということになるな」
「そのようだな」

 ギードと娘が営んでいる牧場はチャマメヤギを十数頭飼育して、乳や肉を村に提供している。ヤギは当然肉食獣の格好の獲物になるのだから、村の集落以上に警護を固めている。
 ライナルトも折に触れて巡回に訪れているが、川を渡って村の外五百ガターほど離れた場所にある牧場の周囲は、高さ二ガターを超える頑丈な柵に囲まれ猪や熊でも破れないと聞いている。以前襲来した猿魔獣も、侵入を果たしていない。大猿は接近前だったので、防御可能だったか確かめられていないわけだが。
 とにかくもそうした予備知識からすると、その狼のような魔獣と思しきものは熊より破壊力を持つか、猿より跳躍力があるか、だと想像される。
 牧場主の目撃によると大きなヤギの個体を軽々と咥えて走っていたということだから、それだけでもふつうの狼の大きさとは思えない。紛れもなく肉食の上、力も敏捷さも兼ね備えていると疑っておくべきだろう。
「厄介だな」と、ライナルトは唸った。
 何にせよ、兵士の調査報告を待つしかない。ケヴィンとイーヴォに山方面の監視を指示し、ライナルトは村の周囲を一巡り見回ることにする。
 巡回を終えてロミルダに預けていた娘を引き取りに行くと、間もなくブリアックが戻ってきた。

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