23 / 120
6.向かうべき未来
軍刀と白紙
しおりを挟む
1942年(昭和17年)3月初旬
新京・関東軍司令部――特別戦略会議室。
薄明かりの会議室に、重厚な軍服の男たちが並ぶ。
中央には、14歳の少年――蒼月レイが立っていた。
会議の冒頭、満州国の統治構造に関する見直し提案が読み上げられる。
「……要するに、我々軍が築いてきた“安定”を捨て、土着民族とテーブルを囲めというのか?」
そう口火を切ったのは、関東軍参謀長・土肥原賢二。彼の眼光は、まるで敵を見るようにレイを射抜いた。
「その“安定”は、“不満を押し殺す力”によって保たれているに過ぎません」
レイは一歩も退かずに言い切った。
「関東軍が現地を支配して以来、満州国は“独立国家”ではなく“日本の前線基地”として存在してきました。
だがその構造は、時間が経つほどに腐敗し、民意を削り取っていくのです」
「民意? 笑わせるな。奴らが我々に勝てるとでも?」
「いいえ。勝てません。ですが、憎しみは積み上がり、銃ではなく思想によって火薬庫になる。
“日本に協力した者こそ裏切り者”という感情が、一度広まれば、我々が築いた協力体制そのものが崩壊する」
レイは、卓上の資料を手に取った。
「現時点で、満州国民のうち日本軍に対して肯定的な意見を持つ割合は、約38%に留まっています。
この数字は、2年前には52%を超えていた。つまり、関東軍が“支配”を強めるほど、“信頼”は減っている」
ざわめきが走る。
「さらに付言すれば、我々が用いる“満州語教育の統制”や“土地収用”は、一見制度的に成功しているように見えて、
根底では民族的怨念を生んでいます。」
⸻
ここでレイは言った。
「……私は、満州国を“独立国家”にはしません。
ですが、“植民地”にもしたくありません。
私の構想は、“連邦構造”です」
「連邦構造?」
「はい。“日本を中心としたアジア共栄圏”という構想のもと、
満州国を、日本が盟主となる“平等協議制”のモデル国家とし、
これを軸に中国・朝鮮・蒙古・台湾・インドシナと“思想による連結”を構築していくのです」
「……空論だな」
土肥原が低く吐き捨てる。
「なぜ我々が、既に従わせている民族に“対等”を演じる必要がある?」
⸻
レイは、懐から一冊の小冊子を取り出した。
タイトルは――
『民族自決論と帝国存続の条件』
彼が静かに語り始める。
「帝国という言葉は、もはや“軍による支配”では持ちません。
世界は“影響力の帝国”に移行しています。
経済力、情報、思想、尊敬――これらによって他国を動かす“精神的帝国”こそ、これからの世界の覇者となる」
「……精神的帝国だと?」
「私は未来を見ています。軍事によって支配された帝国は、全て滅びました。
オスマンも、ナポレオンも、清も。例外はない。
だからこそ、私たちは“日本が盟主であることを誇りに思われる構造”を作らなければならない」
そして、決定的な言葉を投げかけた。
「……軍による支配は、“占領”です。
日本が目指す主導は、“信頼”による連邦化です。
“占領”は敵を増やし、“信頼”は味方を増やす。
いま我々が選ぶべき道は明白です」
⸻
土肥原は黙った。
長い沈黙の末、彼は低く言った。
「……貴様の論は、理屈の上では通っている。
だが、我々が積み上げてきた“戦友の死”はどうする。
この地に流れた日本の血を、ただ“平等”という言葉で薄めるのか」
レイは初めて一歩近づいた。
「だからこそ、この構想の“盟主”は日本です。
それを支えるのが、戦場に散った日本人の“記憶”であり、“理念”です。
この構想は、彼らの死を“奪うための戦争”ではなく、“導くための礎”に変えるものです」
――その瞬間、誰もが、黙った。
やがて、土肥原はゆっくりと立ち上がり、背筋を正した。
「……構想案、持ち帰らせてもらう。
だが忘れるな。理念が軍刀を制するには、覚悟が要る」
レイは頷いた。
「その覚悟なら、もう持っています」
新京・関東軍司令部――特別戦略会議室。
薄明かりの会議室に、重厚な軍服の男たちが並ぶ。
中央には、14歳の少年――蒼月レイが立っていた。
会議の冒頭、満州国の統治構造に関する見直し提案が読み上げられる。
「……要するに、我々軍が築いてきた“安定”を捨て、土着民族とテーブルを囲めというのか?」
そう口火を切ったのは、関東軍参謀長・土肥原賢二。彼の眼光は、まるで敵を見るようにレイを射抜いた。
「その“安定”は、“不満を押し殺す力”によって保たれているに過ぎません」
レイは一歩も退かずに言い切った。
「関東軍が現地を支配して以来、満州国は“独立国家”ではなく“日本の前線基地”として存在してきました。
だがその構造は、時間が経つほどに腐敗し、民意を削り取っていくのです」
「民意? 笑わせるな。奴らが我々に勝てるとでも?」
「いいえ。勝てません。ですが、憎しみは積み上がり、銃ではなく思想によって火薬庫になる。
“日本に協力した者こそ裏切り者”という感情が、一度広まれば、我々が築いた協力体制そのものが崩壊する」
レイは、卓上の資料を手に取った。
「現時点で、満州国民のうち日本軍に対して肯定的な意見を持つ割合は、約38%に留まっています。
この数字は、2年前には52%を超えていた。つまり、関東軍が“支配”を強めるほど、“信頼”は減っている」
ざわめきが走る。
「さらに付言すれば、我々が用いる“満州語教育の統制”や“土地収用”は、一見制度的に成功しているように見えて、
根底では民族的怨念を生んでいます。」
⸻
ここでレイは言った。
「……私は、満州国を“独立国家”にはしません。
ですが、“植民地”にもしたくありません。
私の構想は、“連邦構造”です」
「連邦構造?」
「はい。“日本を中心としたアジア共栄圏”という構想のもと、
満州国を、日本が盟主となる“平等協議制”のモデル国家とし、
これを軸に中国・朝鮮・蒙古・台湾・インドシナと“思想による連結”を構築していくのです」
「……空論だな」
土肥原が低く吐き捨てる。
「なぜ我々が、既に従わせている民族に“対等”を演じる必要がある?」
⸻
レイは、懐から一冊の小冊子を取り出した。
タイトルは――
『民族自決論と帝国存続の条件』
彼が静かに語り始める。
「帝国という言葉は、もはや“軍による支配”では持ちません。
世界は“影響力の帝国”に移行しています。
経済力、情報、思想、尊敬――これらによって他国を動かす“精神的帝国”こそ、これからの世界の覇者となる」
「……精神的帝国だと?」
「私は未来を見ています。軍事によって支配された帝国は、全て滅びました。
オスマンも、ナポレオンも、清も。例外はない。
だからこそ、私たちは“日本が盟主であることを誇りに思われる構造”を作らなければならない」
そして、決定的な言葉を投げかけた。
「……軍による支配は、“占領”です。
日本が目指す主導は、“信頼”による連邦化です。
“占領”は敵を増やし、“信頼”は味方を増やす。
いま我々が選ぶべき道は明白です」
⸻
土肥原は黙った。
長い沈黙の末、彼は低く言った。
「……貴様の論は、理屈の上では通っている。
だが、我々が積み上げてきた“戦友の死”はどうする。
この地に流れた日本の血を、ただ“平等”という言葉で薄めるのか」
レイは初めて一歩近づいた。
「だからこそ、この構想の“盟主”は日本です。
それを支えるのが、戦場に散った日本人の“記憶”であり、“理念”です。
この構想は、彼らの死を“奪うための戦争”ではなく、“導くための礎”に変えるものです」
――その瞬間、誰もが、黙った。
やがて、土肥原はゆっくりと立ち上がり、背筋を正した。
「……構想案、持ち帰らせてもらう。
だが忘れるな。理念が軍刀を制するには、覚悟が要る」
レイは頷いた。
「その覚悟なら、もう持っています」
73
あなたにおすすめの小説
戦神の星・武神の翼 ~ もしも日本に2000馬力エンジンが最初からあったなら
もろこし
歴史・時代
架空戦記ファンが一生に一度は思うこと。
『もし日本に最初から2000馬力エンジンがあったなら……』
よろしい。ならば作りましょう!
史実では中途半端な馬力だった『火星エンジン』を太平洋戦争前に2000馬力エンジンとして登場させます。そのために達成すべき課題を一つ一つ潰していく開発ストーリーをお送りします。
そして火星エンジンと言えば、皆さんもうお分かりですね。はい『一式陸攻』の運命も大きく変わります。
しかも史実より遙かに強力になって、さらに1年早く登場します。それは戦争そのものにも大きな影響を与えていきます。
え?火星エンジンなら『雷電』だろうって?そんなヒコーキ知りませんw
お楽しみください。
皇国の栄光
ypaaaaaaa
歴史・時代
1929年に起こった世界恐慌。
日本はこの影響で不況に陥るが、大々的な植民地の開発や産業の重工業化によっていち早く不況から抜け出した。この功績を受け犬養毅首相は国民から熱烈に支持されていた。そして彼は社会改革と並行して秘密裏に軍備の拡張を開始していた。
激動の昭和時代。
皇国の行く末は旭日が輝く朝だろうか?
それとも47の星が照らす夜だろうか?
趣味の範囲で書いているので違うところもあると思います。
こんなことがあったらいいな程度で見ていただくと幸いです
天竜川で逢いましょう 〜日本史教師が石田三成とか無理なので平和な世界を目指します〜
岩 大志
歴史・時代
ごくありふれた高校教師津久見裕太は、ひょんなことから頭を打ち、気を失う。
けたたましい轟音に気付き目を覚ますと多数の軍旗。
髭もじゃの男に「いよいよですな。」と、言われ混乱する津久見。
戦国時代の大きな分かれ道のド真ん中に転生した津久見はどうするのか!!???
そもそも現代人が生首とか無理なので、平和な世の中を目指そうと思います。
大東亜戦争を有利に
ゆみすけ
歴史・時代
日本は大東亜戦争に負けた、完敗であった。 そこから架空戦記なるものが増殖する。 しかしおもしろくない、つまらない。 であるから自分なりに無双日本軍を架空戦記に参戦させました。 主観満載のラノベ戦記ですから、ご感弁を
ゲート0 -zero- 自衛隊 銀座にて、斯く戦えり
柳内たくみ
ファンタジー
20XX年、うだるような暑さの8月某日――
東京・銀座四丁目交差点中央に、突如巨大な『門(ゲート)』が現れた。
中からなだれ込んできたのは、見目醜悪な怪異の群れ、そして剣や弓を携えた謎の軍勢。
彼らは何の躊躇いもなく、奇声と雄叫びを上げながら、そこで戸惑う人々を殺戮しはじめる。
無慈悲で凄惨な殺戮劇によって、瞬く間に血の海と化した銀座。
政府も警察もマスコミも、誰もがこの状況になすすべもなく混乱するばかりだった。
「皇居だ! 皇居に逃げるんだ!」
ただ、一人を除いて――
これは、たまたま現場に居合わせたオタク自衛官が、
たまたま人々を救い出し、たまたま英雄になっちゃうまでを描いた、7日間の壮絶な物語。
世界はあるべき姿へ戻される 第二次世界大戦if戦記
颯野秋乃
歴史・時代
1929年に起きた、世界を巻き込んだ大恐慌。世界の大国たちはそれからの脱却を目指し、躍起になっていた。第一次世界大戦の敗戦国となったドイツ第三帝国は多額の賠償金に加えて襲いかかる恐慌に国の存続の危機に陥っていた。援助の約束をしたアメリカは恐慌を理由に賠償金の支援を破棄。フランスは、自らを救うために支払いの延期は認めない姿勢を貫く。
ドイツ第三帝国は自らの存続のために、世界に隠しながら軍備の拡張に奔走することになる。
また、極東の国大日本帝国。関係の悪化の一途を辿る日米関係によって受ける経済的打撃に苦しんでいた。
その解決法として提案された大東亜共栄圏。東南アジア諸国及び中国を含めた大経済圏、生存圏の構築に力を注ごうとしていた。
この小説は、ドイツ第三帝国と大日本帝国の2視点で進んでいく。現代では有り得なかった様々なイフが含まれる。それを楽しんで貰えたらと思う。
またこの小説はいかなる思想を賛美、賞賛するものでは無い。
この小説は現代とは似て非なるもの。登場人物は史実には沿わないので悪しからず…
大日本帝国視点は都合上休止中です。気分により再開するらもしれません。
【重要】
不定期更新。超絶不定期更新です。
戦国終わらず ~家康、夏の陣で討死~
川野遥
歴史・時代
長きに渡る戦国時代も大坂・夏の陣をもって終わりを告げる
…はずだった。
まさかの大逆転、豊臣勢が真田の活躍もありまさかの逆襲で徳川家康と秀忠を討ち果たし、大坂の陣の勝者に。果たして彼らは新たな秩序を作ることができるのか?
敗北した徳川勢も何とか巻き返しを図ろうとするが、徳川に臣従したはずの大名達が新たな野心を抱き始める。
文治系藩主は頼りなし?
暴れん坊藩主がまさかの活躍?
参考情報一切なし、全てゼロから切り開く戦国ifストーリーが始まる。
更新は週5~6予定です。
※ノベルアップ+とカクヨムにも掲載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる