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26. 世界を照らす知性
ポツダムの影
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1943年8月下旬。ドイツ敗戦から間もないある日、歴史の転換点となる会談がひっそりと始まろうとしていた。
会場はドイツ・ポツダム郊外のツェツィーリエンホフ宮殿。敗戦後間もない焦土のなかに、荘厳な国際会議の舞台が整えられていた。
そこに集ったのは、世界における戦勝の象徴といえる三人の指導者たち――
アメリカ大統領フランクリン・ルーズベルト。
ソビエト連邦最高指導者ヨシフ・スターリン。
イギリス首相ウィンストン・チャーチル。
日本はこの会談に招かれていなかった。日本はドイツとの戦争に直接的には関与しておらず、ドイツ占領における権益を主張する立場にないからである。
だが、誰の胸にも、日本の存在は確かに影を落としていた。
⸻
「……さて、ドイツという国家の行方を決める時が来たようだな」
チャーチルが葉巻に火をつけながら低く言った。古い木の天井に煙が静かに漂う。
「分割統治が妥当でしょう。ドイツ国民をすぐに“統治”させるには、まだ早すぎる」
スターリンの目は、窓の外の曇り空を見つめている。
「我々は勝った。だが、“どう終えるか”が未来を決める」
ルーズベルトが呟くように語った。
会談は慎重に、そして重苦しく進行していった。
まず議題となったのは、ドイツの分割管理である。三国それぞれが一定地域を占領し、監督するという案が出され、互いに主張を交わす中で、その骨子が練られていった。
「ベルリンはどうする?」
チャーチルが切り込む。
「例外だ。三国で共同管理する」
ルーズベルトが応じると、スターリンも口を挟む。
「それでいい。だが、我々の監督区域は工業地帯を含むよう、再調整を要求する」
三者の間には、すでに戦後の“主導権”をめぐる微かな火花が散り始めていた。
⸻
その議論の合間――ふと、日本の名前が持ち出された。
「日本が提示した“欧州復興支援構想”――ERSP、だったか」
ルーズベルトがそう漏らした。
「あれは驚いたな。あれほど早く、戦後の支援に乗り出すとは」
チャーチルが感心と皮肉の混ざった声を出す。
「ふむ。あの少年か」
スターリンの視線が、壁の地図に貼られた“日本帝国”の赤い輪郭へと向かう。
「日本はドイツに直接的な権益を持たぬが、世界秩序の構築においては、もはや無視できぬ存在だ」
ルーズベルトの声音には、どこか複雑な響きがあった。
帝国の名は、この場にはない。だが、その影は確実にこの部屋の空気を変えていた。
⸻
会談の終盤。
各国は、以下の事項で暫定合意を形成した。
・ドイツは四国(米英仏ソ)による分割統治とし、首都ベルリンは共同管理区域とする。
・ナチス政権の徹底的な排除と戦犯裁判の実施。
・ドイツ再建における政治的・経済的方針は、各占領区域ごとに定め、後日調整を継続する。
・ヨーロッパ全体の復興支援は“各国の自由意志”に委ねる。
最後の項目――“各国の自由意志による支援”という表現には、ルーズベルトの深慮が込められていた。
アメリカは、今後、欧州支援で世界的影響力を保持するつもりだった。
だが、その先手を打とうとしている日本の構想に対し、牽制も忘れてはいなかったのだ。
「では……ここに、戦後の第一歩を記そう」
チャーチルがペンを持ち、署名欄に名前を記す。
三人の男が、それぞれの信念と計算とを胸に秘めながら、協定文書に署名していく。
⸻
その夜。
会議室の灯が落ちたあと、ルーズベルトは一人、書斎にこもっていた。
机の上には、一通の電報。差出人は――東京・蒼月レイ。
《欧州復興支援構想“ERSP”の第一弾資金供与を、来月より開始する》
短く、それでいて明確な一文だった。
「……未来を築く競争は、既に始まっているのかもしれんな」
ルーズベルトは静かに呟いた。窓の外に広がるドイツの夜空は、深く、そして遠かった。
⸻
その頃、東京。
レイは机の前でペンを走らせていた。次に向かうのは、再建される“新たな世界秩序”の中心――教育と知の力である。
彼の目には、もはや戦争の終わりではなく、次の時代の胎動が映っていた。
会場はドイツ・ポツダム郊外のツェツィーリエンホフ宮殿。敗戦後間もない焦土のなかに、荘厳な国際会議の舞台が整えられていた。
そこに集ったのは、世界における戦勝の象徴といえる三人の指導者たち――
アメリカ大統領フランクリン・ルーズベルト。
ソビエト連邦最高指導者ヨシフ・スターリン。
イギリス首相ウィンストン・チャーチル。
日本はこの会談に招かれていなかった。日本はドイツとの戦争に直接的には関与しておらず、ドイツ占領における権益を主張する立場にないからである。
だが、誰の胸にも、日本の存在は確かに影を落としていた。
⸻
「……さて、ドイツという国家の行方を決める時が来たようだな」
チャーチルが葉巻に火をつけながら低く言った。古い木の天井に煙が静かに漂う。
「分割統治が妥当でしょう。ドイツ国民をすぐに“統治”させるには、まだ早すぎる」
スターリンの目は、窓の外の曇り空を見つめている。
「我々は勝った。だが、“どう終えるか”が未来を決める」
ルーズベルトが呟くように語った。
会談は慎重に、そして重苦しく進行していった。
まず議題となったのは、ドイツの分割管理である。三国それぞれが一定地域を占領し、監督するという案が出され、互いに主張を交わす中で、その骨子が練られていった。
「ベルリンはどうする?」
チャーチルが切り込む。
「例外だ。三国で共同管理する」
ルーズベルトが応じると、スターリンも口を挟む。
「それでいい。だが、我々の監督区域は工業地帯を含むよう、再調整を要求する」
三者の間には、すでに戦後の“主導権”をめぐる微かな火花が散り始めていた。
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その議論の合間――ふと、日本の名前が持ち出された。
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「あれは驚いたな。あれほど早く、戦後の支援に乗り出すとは」
チャーチルが感心と皮肉の混ざった声を出す。
「ふむ。あの少年か」
スターリンの視線が、壁の地図に貼られた“日本帝国”の赤い輪郭へと向かう。
「日本はドイツに直接的な権益を持たぬが、世界秩序の構築においては、もはや無視できぬ存在だ」
ルーズベルトの声音には、どこか複雑な響きがあった。
帝国の名は、この場にはない。だが、その影は確実にこの部屋の空気を変えていた。
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会談の終盤。
各国は、以下の事項で暫定合意を形成した。
・ドイツは四国(米英仏ソ)による分割統治とし、首都ベルリンは共同管理区域とする。
・ナチス政権の徹底的な排除と戦犯裁判の実施。
・ドイツ再建における政治的・経済的方針は、各占領区域ごとに定め、後日調整を継続する。
・ヨーロッパ全体の復興支援は“各国の自由意志”に委ねる。
最後の項目――“各国の自由意志による支援”という表現には、ルーズベルトの深慮が込められていた。
アメリカは、今後、欧州支援で世界的影響力を保持するつもりだった。
だが、その先手を打とうとしている日本の構想に対し、牽制も忘れてはいなかったのだ。
「では……ここに、戦後の第一歩を記そう」
チャーチルがペンを持ち、署名欄に名前を記す。
三人の男が、それぞれの信念と計算とを胸に秘めながら、協定文書に署名していく。
⸻
その夜。
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机の上には、一通の電報。差出人は――東京・蒼月レイ。
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短く、それでいて明確な一文だった。
「……未来を築く競争は、既に始まっているのかもしれんな」
ルーズベルトは静かに呟いた。窓の外に広がるドイツの夜空は、深く、そして遠かった。
⸻
その頃、東京。
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