112 / 120
27. 秩序の継承者たち
傾く世界、揺るがぬ帝国
しおりを挟む
1943年11月。
戦火が収束しつつある世界で、静かに、だが確実に、一つの国家が“中心”へと歩を進めていた。かつて“敗戦の予備軍”と目されていた島国・日本——。その名は今や、希望と安定の象徴として、世界の新聞紙面を連日飾っていた。
「アジアの灯は、西を照らす」
「未来は太平洋の彼方から来る」
そう書き立てたのは、英タイムズ紙の特集記事だった。英国経済が長期低迷に苦しむ中、同紙は特派員を東京に常駐させ、“帝国の脈動”と題した連載を開始。そこには、かつての植民地から成り上がった日本の“穏やかな覇権”が克明に記されていた。
⸻
東京・大手町、帝国国際戦略本部。
蒼月レイは、分厚い各国報告書を前に目を細めた。
「ヨーロッパはまだ混乱の只中。ドイツの分割統治も、予定通りには進んでいない。フランスは新政府が発足したが、経済はまるで戦時中と変わらない。ソ連はシベリア以東で食糧不足と反政府運動が拡大中。アメリカ……」
アメリカの報告書には、インフレと連邦債務の悪化が赤字で記されていた。終戦後の支援疲れと国内の物価高騰、兵士の帰還による雇用崩壊が重なり、ルーズベルト政権の支持率は急落していた。
「それに比して、我が国の通貨安定率、成長率、輸出入総量……」
レイは数値を指先でなぞった。全ての指標が、戦後国家とは思えない右肩上がりの曲線を描いていた。しかも、日本にはある“決定的な強み”があった。
——核兵器。
現時点で、核兵器を保有している国は日本ただ一国。
その絶対的抑止力は、軍事的威圧ではなく、“守護者”としての立場を日本に与えていた。
「我々は“核の傘”を広げる。ただし、敵ではなく、信頼する相手のために」
レイは“核の庇護”という新しい外交概念を掲げた。アジア諸国——フィリピン、インドネシア、タイ、イランに至るまで、日本との安全保障協定を求めて交渉を申し入れてきていた。
⸻
12月初旬、バンコクにて。
タイ王国との間で、正式に「経済友好協定」および「文化技術交流協定」が締結された。日本は鉄道、電力、教育制度の整備に協力し、見返りとして天然ゴムと鉱石資源の安定供給を受ける形に。
式典後の記者会見。
現地メディアの質問に対し、レイは静かに答えた。
「世界が日本に頼るとき、私たちは応える国家でありたい」
その発言は、現地の新聞一面に“真の帝国主義ではない帝国”という見出しで掲載された。
⸻
その頃、アルゼンチンでも同様の動きがあった。南米諸国の中で最も工業化の進んだ同国は、日本との技術提携によって、自動車と通信機器の生産技術を得る。日本製の無線ラジオが市場を席巻し、「日本語を学ぼう」という教材が現地の書店で売り切れるほどだった。
文化の輸出——。
それは、経済よりも深く、政治よりも長く、国の影響力を浸透させていく力だった。
⸻
東京・青山官邸。
桜は、国際新聞各紙を読みながら、ぽつりと呟いた。
「……あなたがやってることって、ほんとに“戦わずして勝つ”ことなのね」
「勝っているとは思ってない。ただ、“好かれている”とは思う」
レイはソファに腰かけ、新聞越しに彼女を見つめた。
「支配する力は一瞬。けれど、好かれる力はずっと残る。
だから僕は、“好かれた国家”でい続けたい」
「でも……それがどれだけ難しいか、あなた自身が一番知ってるはずよ」
「だから怖い。だからこそ、怠けた瞬間に崩れる」
レイは目を閉じる。
「影響力は、魅力があるうちだけ。
武力でも、金でもなく、“魅せる力”こそが、帝国の核なんだ」
⸻
同じ日、パリ——。
日本の企業連合「帝産グループ」が、フランスの鉄道再建事業に巨額投資を行うことが発表された。
国を挙げての支援に、仏首相は感極まり、公式記者会見でこう述べた。
「この国を真っ先に助けてくれたのは、戦勝国でも宗主国でもなかった。
極東の、かつての“敵”とさえ呼ばれた国だった」
そして、彼はゆっくりと日本語で言った。
「……ありがとう、日本」
この映像は翌日、全世界の報道機関によって放映され、日仏の新時代の到来を象徴する一幕となった。
⸻
再び東京。
レイは深夜の戦略会議で、静かに地図を見つめながら言った。
「我々は、もう一つの選択肢になった。
アメリカでもソ連でもない、“日本”という世界の軸に」
参謀の一人が問う。
「この影響力、どこまで広げるおつもりですか?」
レイは即座に否定する。
「広げない。“届ける”だけだ。
望まれる限り、必要な人に、必要なものを。
それが、帝国のかたちだ」
その言葉に、部屋の空気が静かに震えた。
“支配しない支配”。
“戦わない勝利”。
それが、蒼月レイがつくろうとしている、新しい覇権国家——日本の姿だった。
戦火が収束しつつある世界で、静かに、だが確実に、一つの国家が“中心”へと歩を進めていた。かつて“敗戦の予備軍”と目されていた島国・日本——。その名は今や、希望と安定の象徴として、世界の新聞紙面を連日飾っていた。
「アジアの灯は、西を照らす」
「未来は太平洋の彼方から来る」
そう書き立てたのは、英タイムズ紙の特集記事だった。英国経済が長期低迷に苦しむ中、同紙は特派員を東京に常駐させ、“帝国の脈動”と題した連載を開始。そこには、かつての植民地から成り上がった日本の“穏やかな覇権”が克明に記されていた。
⸻
東京・大手町、帝国国際戦略本部。
蒼月レイは、分厚い各国報告書を前に目を細めた。
「ヨーロッパはまだ混乱の只中。ドイツの分割統治も、予定通りには進んでいない。フランスは新政府が発足したが、経済はまるで戦時中と変わらない。ソ連はシベリア以東で食糧不足と反政府運動が拡大中。アメリカ……」
アメリカの報告書には、インフレと連邦債務の悪化が赤字で記されていた。終戦後の支援疲れと国内の物価高騰、兵士の帰還による雇用崩壊が重なり、ルーズベルト政権の支持率は急落していた。
「それに比して、我が国の通貨安定率、成長率、輸出入総量……」
レイは数値を指先でなぞった。全ての指標が、戦後国家とは思えない右肩上がりの曲線を描いていた。しかも、日本にはある“決定的な強み”があった。
——核兵器。
現時点で、核兵器を保有している国は日本ただ一国。
その絶対的抑止力は、軍事的威圧ではなく、“守護者”としての立場を日本に与えていた。
「我々は“核の傘”を広げる。ただし、敵ではなく、信頼する相手のために」
レイは“核の庇護”という新しい外交概念を掲げた。アジア諸国——フィリピン、インドネシア、タイ、イランに至るまで、日本との安全保障協定を求めて交渉を申し入れてきていた。
⸻
12月初旬、バンコクにて。
タイ王国との間で、正式に「経済友好協定」および「文化技術交流協定」が締結された。日本は鉄道、電力、教育制度の整備に協力し、見返りとして天然ゴムと鉱石資源の安定供給を受ける形に。
式典後の記者会見。
現地メディアの質問に対し、レイは静かに答えた。
「世界が日本に頼るとき、私たちは応える国家でありたい」
その発言は、現地の新聞一面に“真の帝国主義ではない帝国”という見出しで掲載された。
⸻
その頃、アルゼンチンでも同様の動きがあった。南米諸国の中で最も工業化の進んだ同国は、日本との技術提携によって、自動車と通信機器の生産技術を得る。日本製の無線ラジオが市場を席巻し、「日本語を学ぼう」という教材が現地の書店で売り切れるほどだった。
文化の輸出——。
それは、経済よりも深く、政治よりも長く、国の影響力を浸透させていく力だった。
⸻
東京・青山官邸。
桜は、国際新聞各紙を読みながら、ぽつりと呟いた。
「……あなたがやってることって、ほんとに“戦わずして勝つ”ことなのね」
「勝っているとは思ってない。ただ、“好かれている”とは思う」
レイはソファに腰かけ、新聞越しに彼女を見つめた。
「支配する力は一瞬。けれど、好かれる力はずっと残る。
だから僕は、“好かれた国家”でい続けたい」
「でも……それがどれだけ難しいか、あなた自身が一番知ってるはずよ」
「だから怖い。だからこそ、怠けた瞬間に崩れる」
レイは目を閉じる。
「影響力は、魅力があるうちだけ。
武力でも、金でもなく、“魅せる力”こそが、帝国の核なんだ」
⸻
同じ日、パリ——。
日本の企業連合「帝産グループ」が、フランスの鉄道再建事業に巨額投資を行うことが発表された。
国を挙げての支援に、仏首相は感極まり、公式記者会見でこう述べた。
「この国を真っ先に助けてくれたのは、戦勝国でも宗主国でもなかった。
極東の、かつての“敵”とさえ呼ばれた国だった」
そして、彼はゆっくりと日本語で言った。
「……ありがとう、日本」
この映像は翌日、全世界の報道機関によって放映され、日仏の新時代の到来を象徴する一幕となった。
⸻
再び東京。
レイは深夜の戦略会議で、静かに地図を見つめながら言った。
「我々は、もう一つの選択肢になった。
アメリカでもソ連でもない、“日本”という世界の軸に」
参謀の一人が問う。
「この影響力、どこまで広げるおつもりですか?」
レイは即座に否定する。
「広げない。“届ける”だけだ。
望まれる限り、必要な人に、必要なものを。
それが、帝国のかたちだ」
その言葉に、部屋の空気が静かに震えた。
“支配しない支配”。
“戦わない勝利”。
それが、蒼月レイがつくろうとしている、新しい覇権国家——日本の姿だった。
1
あなたにおすすめの小説
ゲート0 -zero- 自衛隊 銀座にて、斯く戦えり
柳内たくみ
ファンタジー
20XX年、うだるような暑さの8月某日――
東京・銀座四丁目交差点中央に、突如巨大な『門(ゲート)』が現れた。
中からなだれ込んできたのは、見目醜悪な怪異の群れ、そして剣や弓を携えた謎の軍勢。
彼らは何の躊躇いもなく、奇声と雄叫びを上げながら、そこで戸惑う人々を殺戮しはじめる。
無慈悲で凄惨な殺戮劇によって、瞬く間に血の海と化した銀座。
政府も警察もマスコミも、誰もがこの状況になすすべもなく混乱するばかりだった。
「皇居だ! 皇居に逃げるんだ!」
ただ、一人を除いて――
これは、たまたま現場に居合わせたオタク自衛官が、
たまたま人々を救い出し、たまたま英雄になっちゃうまでを描いた、7日間の壮絶な物語。
世界はあるべき姿へ戻される 第二次世界大戦if戦記
颯野秋乃
歴史・時代
1929年に起きた、世界を巻き込んだ大恐慌。世界の大国たちはそれからの脱却を目指し、躍起になっていた。第一次世界大戦の敗戦国となったドイツ第三帝国は多額の賠償金に加えて襲いかかる恐慌に国の存続の危機に陥っていた。援助の約束をしたアメリカは恐慌を理由に賠償金の支援を破棄。フランスは、自らを救うために支払いの延期は認めない姿勢を貫く。
ドイツ第三帝国は自らの存続のために、世界に隠しながら軍備の拡張に奔走することになる。
また、極東の国大日本帝国。関係の悪化の一途を辿る日米関係によって受ける経済的打撃に苦しんでいた。
その解決法として提案された大東亜共栄圏。東南アジア諸国及び中国を含めた大経済圏、生存圏の構築に力を注ごうとしていた。
この小説は、ドイツ第三帝国と大日本帝国の2視点で進んでいく。現代では有り得なかった様々なイフが含まれる。それを楽しんで貰えたらと思う。
またこの小説はいかなる思想を賛美、賞賛するものでは無い。
この小説は現代とは似て非なるもの。登場人物は史実には沿わないので悪しからず…
大日本帝国視点は都合上休止中です。気分により再開するらもしれません。
【重要】
不定期更新。超絶不定期更新です。
いや、婿を選べって言われても。むしろ俺が立候補したいんだが。
SHO
歴史・時代
時は戦国末期。小田原北条氏が豊臣秀吉に敗れ、新たに徳川家康が関八州へ国替えとなった頃のお話。
伊豆国の離れ小島に、弥五郎という一人の身寄りのない少年がおりました。その少年は名刀ばかりを打つ事で有名な刀匠に拾われ、弟子として厳しく、それは厳しく、途轍もなく厳しく育てられました。
そんな少年も齢十五になりまして、師匠より独立するよう言い渡され、島を追い出されてしまいます。
さて、この先の少年の運命やいかに?
剣術、そして恋が融合した痛快エンタメ時代劇、今開幕にございます!
*この作品に出てくる人物は、一部実在した人物やエピソードをモチーフにしていますが、モチーフにしているだけで史実とは異なります。空想時代活劇ですから!
*この作品はノベルアップ+様に掲載中の、「いや、婿を選定しろって言われても。だが断る!」を改題、改稿を経たものです。
戦神の星・武神の翼 ~ もしも日本に2000馬力エンジンが最初からあったなら
もろこし
歴史・時代
架空戦記ファンが一生に一度は思うこと。
『もし日本に最初から2000馬力エンジンがあったなら……』
よろしい。ならば作りましょう!
史実では中途半端な馬力だった『火星エンジン』を太平洋戦争前に2000馬力エンジンとして登場させます。そのために達成すべき課題を一つ一つ潰していく開発ストーリーをお送りします。
そして火星エンジンと言えば、皆さんもうお分かりですね。はい『一式陸攻』の運命も大きく変わります。
しかも史実より遙かに強力になって、さらに1年早く登場します。それは戦争そのものにも大きな影響を与えていきます。
え?火星エンジンなら『雷電』だろうって?そんなヒコーキ知りませんw
お楽しみください。
If太平洋戦争 日本が懸命な判断をしていたら
みにみ
歴史・時代
もし、あの戦争で日本が異なる選択をしていたら?
国力の差を直視し、無謀な拡大を避け、戦略と外交で活路を開く。
真珠湾、ミッドウェー、ガダルカナル…分水嶺で下された「if」の決断。
破滅回避し、国家存続をかけたもう一つの終戦を描く架空戦記。
現在1945年中盤まで執筆
離反艦隊 奮戦す
みにみ
歴史・時代
1944年 トラック諸島空襲において無謀な囮作戦を命じられた
パターソン提督率いる第四打撃群は突如米国に反旗を翻し
空母1隻、戦艦2隻を含む艦隊は日本側へと寝返る
彼が目指したのはただの寝返りか、それとも栄えある大義か
怒り狂うハルゼーが差し向ける掃討部隊との激闘 ご覧あれ
天竜川で逢いましょう 〜日本史教師が石田三成とか無理なので平和な世界を目指します〜
岩 大志
歴史・時代
ごくありふれた高校教師津久見裕太は、ひょんなことから頭を打ち、気を失う。
けたたましい轟音に気付き目を覚ますと多数の軍旗。
髭もじゃの男に「いよいよですな。」と、言われ混乱する津久見。
戦国時代の大きな分かれ道のド真ん中に転生した津久見はどうするのか!!???
そもそも現代人が生首とか無理なので、平和な世の中を目指そうと思います。
皇国の栄光
ypaaaaaaa
歴史・時代
1929年に起こった世界恐慌。
日本はこの影響で不況に陥るが、大々的な植民地の開発や産業の重工業化によっていち早く不況から抜け出した。この功績を受け犬養毅首相は国民から熱烈に支持されていた。そして彼は社会改革と並行して秘密裏に軍備の拡張を開始していた。
激動の昭和時代。
皇国の行く末は旭日が輝く朝だろうか?
それとも47の星が照らす夜だろうか?
趣味の範囲で書いているので違うところもあると思います。
こんなことがあったらいいな程度で見ていただくと幸いです
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる