殿下、毒殺はお断りいたします

石里 唯

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第2章

誓い

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 日は沈み、空には月が美しい姿を見せ、夜の訪れを告げていた。
 しかし、城内は、いや、城内だけではなくクロシア国中が、まだ賑やかな気配の中にあり、夜の訪れを忘れている。
 今日、王太子殿下が長年の思いを実らせ、婚姻の儀を上げたのだ。
 国を挙げての祝いの祭りは、収まる気配を見せなかった。

 けれども――、
 城内の王太子夫妻の寝室は外界とは異なり、静寂に満ちていた。
 明かりも僅かなものに抑えられ、静寂を一層深めている。

 寝台には微かに衣擦れの音がしていた。
 その微かな音を、寝台に横たわるリズの耳が拾うことはなかった。彼女の耳は自分の鼓動の音しか捉えられなかった。
 彼女の乱れた鼓動に気づいているのかいないのか、エドワードは熱を帯びた唇で彼女に触れていく。
 彼の唇に触れられた場所は血が集まるような心地がし、彼の熱以上に熱くなり、リズは呼吸まで乱れ始めていた。

 エドワードの唇がリズの首筋をたどったとき、リズの強い脈がはっきりと彼の唇に伝わった。
 彼の動きが止まる。
 脈は強まり、彼の唇を動かすほどだった。
 彼は止まったままだった。
 リズが疑問を覚えたとき、彼女の首に雫が伝った。雫は後から後から伝い続け、リズの首を濡らす。
 驚き、目を瞠ったリズの首筋で、小さな囁きが零れた。

「貴女の鼓動だ。…貴女が生きている」

 リズの瞳からも涙が零れた。

――私はどれだけこの方を傷つけてしまったのだろう。

 彼の抱える闇を感じ、リズの胸は痛んだ。
 彼の渡した毒で、彼が薬と思い込んでいた毒で、彼の目の前で昔の自分は彼を置いて逝ってしまった。
 彼が囚われてしまった闇を、命ある限り、彼との笑顔で塗り替えていきたいと、祈りにも似た切なる願いが込み上がる。

 彼の髪を撫で、彼女は口を開いた。
 
「エドワード。高直様」

 彼の身体がピクリと動き、唇はようやく首筋から離れた。リズがそっと彼の頭を両手で包み込みながら、上体を起こそうとすると、彼女の動きを察して彼が腕を背に回し、助け起こしてくれた。
 彼と寝台で向かい合うと、リズは、ほのかな明かりの中でも美しい、濡れたサファイアの瞳を見つめた。

「お願いがあるのです」

 微笑と共に返された彼の答えは、やはりいつもと変わらぬものだった。
 
「貴女の願いなら、何なりと」

 微笑を返しながら、リズは彼の長い指に自分の指を絡めた。

「私たちは、今日、多くの人の前で、神に夫婦となることを誓いました」

 彼はゆっくりと頷き、リズの言葉を待ってくれる。
 リズは想いを込めてサファイアの瞳を見つめた。

「それでも私は誓いが欲しいのです」

 彼女の願いの真意をつかめず、彼は美しい眉を微かに寄せた。
 リズは額に口づけて、眉間のしわを無くした。
 そして、彼の額に自分の額を合わせて、目を閉じた。触れ合わせた額と、絡め合わせた指から伝わる温もりだけが、彼女の全てになった。
 その温もりの中、彼女は魂が求める想いを紡いだ。

「私たちは今度こそ、比翼の鳥―」

 彼が息を呑んだ。
 彼の長い指がしっかりとリズの指に絡まる。

「「連理の枝と」」

 二人の言葉は重なった。

「なろう」
「なりましょう」

 彼は力の限り彼女を抱きしめ、彼女も彼の背に手を回す。
 お互いの身体の熱が重なったとき、彼は腕の中にある自分の命に口づけた。
 何度もその存在を確かめるように、彼は口づけを重ねる。
 彼の愛しい存在は、彼の想いを受け止め、想いを返してくれていたが、やがて、くたりと体から力が抜け、彼の胸にもたれかかった。
 彼は柔らかく彼女を抱き止め、その髪に口づけを落とし、囁いた。

「前世は短すぎた。来世も加えてほしい。いや、未来永劫に」

 腕の中で彼女がくすりと優しく笑いを零す。
 彼女は体を起こし、いつまでも覗き込みたい紫の瞳に彼を映し、ふわりと微笑んだ。
 彼がその笑顔に見惚れていると、彼女は優しい口づけと共に、彼の願いに答えを返す。

「この魂が続く限り、永遠に」

 二人は誓いと笑顔を交わし合い、やがて寝台に沈み込むと、
  
 夜の帳の中、遠い昔からの想いを重ね合った。


**********************************************
第2章 完
 
「殿下、毒殺はお断りいたします」完

 
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