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明かされた真実
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屋敷に戻ると、侍従が走り寄ってきた。
「イーリスお嬢様、伯爵閣下がお呼びです」
「お父様が? すぐに伺います」
お父様から呼び出されるなんて滅多にないことだ。婚約破棄の件だろうか。少し急ぎ足で、でも気品を損なわないような歩き方を心がける。
書斎の扉の前に立つ。ノックを丁寧に3回。
「お父様、イーリスです。お呼びと伺いましたが……」
入りなさい、という低い声が聞こえた。自然と背筋が伸びる。身を硬くしながら、足を踏み入れた。
意外なことに、書斎にはお父様と、もう一人誰かが立っていた。部屋の中だというのに、なぜかフードを被っている。
お父様は私の方を向き直ると、突然床に膝をついた。
「お父様……?」
「イーリス……いや、アイリス殿下。これまでのご無礼、平にご容赦くださいませ」
何の話をされているのか、どういうことなのか、お父様はなぜ私に謝っているのか。何もわからなくて、ただあちこちに視線を泳がせる。
「伯爵、アイリス様は何もご存じないのでしょう?」
フードを被った人物が言った。声から判断するに、若い男の人だろうか。
たしなめられたお父様は、そうだったな、と言うと立ち上がった。膝についた埃を払い落し、真っすぐに私を見た。
ひるみそうになるが、正面から見つめ返す。
「貴女様にはずっと嘘をついておりました。それも、愛人の連れ子などと、とんでもない嘘を」
ずっと聞かされていた私の出自。それが、嘘だった?
「貴女様のお名前はイーリス・フォン・バルヒェットではございません」
「私の、本当の名前は……?」
聞かなければならない気がして、お父様に尋ねた。声が震える。
「アイリス・アーテル。アルバム王国の征服下におかれているアーテル帝国最後の皇帝陛下の末娘、現在唯一ご存命の直系皇族でいらっしゃいます」
言葉を失った。つまり私は、帝国の、皇女?
「侵略を受けた帝国では、ほとんど全ての皇族が殺されました。しかし、逃げ伸びた方がお二人いらっしゃいます」
「その一人が、私なのですか……?」
お父様は、静かに頷いた。
「そして、そのもう一人がこちらにいらっしゃるフィンリー殿下です」
あ、と声が出た。今日のお茶会で聞いた、兵を上げた皇族の生き残り。それが彼なのではないだろうか。
「お久しぶりです、アイリス様」
そう言って青年はフードをとった。ふわりと現れたのは、ヒーリーヌとは違う、ミルクティーのような濃い金髪。
20歳、いや、もう少し年上だろうか。大人びた顔立ちをしている。
しかし、何より目を引くのは、二つのアメジストの瞳だった。
「綺麗……」
心の声が口に出ていたらしい。青年……、フィンリー殿下は苦笑する。
「覚えていらっしゃらないようですね……。まだ幼くていらしたから、仕方がないのですが」
「前にお会いしたことが?」
「お気になさらず。……ああそうだ、お渡ししたネックレスはまだお持ちですか?」
ネックレス、と言われてすぐにはピンと来なかった。少し考えて、いつも身に着けているお守りのことだと気づく。
「これ、ですか……?」
ドレスの内側にしまい込んでいたアメジストを、チェーンを引っ張って取り出す。フィンリー殿下は花がほころぶように笑った。
「良かった。持っていてくださったのですね」
記憶を辿る。このネックレスのことを知っているということは、もしかして。
「もしかして、小さい頃に何度かお会いした」
「そうです、思い出してくださったのですか? 当時は、フィー、と名乗っていましたが」
フィー、と口で転がしてみる。フィー、そう、フィーだ。そういえば、フィーの瞳は珍しい紫色だった。
「ええ、覚えていますわ。ほんの少しですけれど」
フィンリー殿下の顔が泣きそうに歪んだ。お父様が慌てたようにハンカチを差し出す。フィンリー殿下は、それを断ると、私に一歩近づいた。
「色々とつらい思いをさせてしまったようですが……。ようやく、あなたを迎える準備ができそうです」
「準備、ですか」
フィンリー殿下は頷くと、私の頬をつたっていた涙を指で拭った。そこで初めて、自分が泣いていることに気がついた。
「もうすぐ、アルバム王国の連中を蹴散らします。そうしたら、あの日の約束を果たしてもいいですか?」
約束。私は、フィンリー殿下と何か約束をしたのだっただろうか。
「残念ながら、あまりゆっくりはしていられないのです。でも、これだけは覚えておいて」
そこで言葉を切ると、フィンリー殿下は私を強く抱きしめた。目を白黒させる私をよそに、耳元でささやかれる。
「昔と変わらず、いえ、昔以上にあなたが好きです。何を聞かされても、変わりません」
不意に、フィンリー殿下は体を離した。混乱している私を見て、笑みをこぼす。
「次に会う時までに、約束、思い出してくださると嬉しいです」
それだけ言い残して、フードを被り直すと、彼は部屋を出て行った。お父様は私を振り返った。
「ヒーリーヌを止められず、申し訳ございませんでした。あの通り、頭の足りない娘に機密を教えることもできず……」
深々と頭を下げた。私が何も言えないでいると、更に一礼し、フィンリー殿下を追いかけて行った。
私は一人、お父様の書斎でへたり込んだ。新しい話ばかり次々に聞かされて、頭がパンクしそうだった。
「イーリスお嬢様、伯爵閣下がお呼びです」
「お父様が? すぐに伺います」
お父様から呼び出されるなんて滅多にないことだ。婚約破棄の件だろうか。少し急ぎ足で、でも気品を損なわないような歩き方を心がける。
書斎の扉の前に立つ。ノックを丁寧に3回。
「お父様、イーリスです。お呼びと伺いましたが……」
入りなさい、という低い声が聞こえた。自然と背筋が伸びる。身を硬くしながら、足を踏み入れた。
意外なことに、書斎にはお父様と、もう一人誰かが立っていた。部屋の中だというのに、なぜかフードを被っている。
お父様は私の方を向き直ると、突然床に膝をついた。
「お父様……?」
「イーリス……いや、アイリス殿下。これまでのご無礼、平にご容赦くださいませ」
何の話をされているのか、どういうことなのか、お父様はなぜ私に謝っているのか。何もわからなくて、ただあちこちに視線を泳がせる。
「伯爵、アイリス様は何もご存じないのでしょう?」
フードを被った人物が言った。声から判断するに、若い男の人だろうか。
たしなめられたお父様は、そうだったな、と言うと立ち上がった。膝についた埃を払い落し、真っすぐに私を見た。
ひるみそうになるが、正面から見つめ返す。
「貴女様にはずっと嘘をついておりました。それも、愛人の連れ子などと、とんでもない嘘を」
ずっと聞かされていた私の出自。それが、嘘だった?
「貴女様のお名前はイーリス・フォン・バルヒェットではございません」
「私の、本当の名前は……?」
聞かなければならない気がして、お父様に尋ねた。声が震える。
「アイリス・アーテル。アルバム王国の征服下におかれているアーテル帝国最後の皇帝陛下の末娘、現在唯一ご存命の直系皇族でいらっしゃいます」
言葉を失った。つまり私は、帝国の、皇女?
「侵略を受けた帝国では、ほとんど全ての皇族が殺されました。しかし、逃げ伸びた方がお二人いらっしゃいます」
「その一人が、私なのですか……?」
お父様は、静かに頷いた。
「そして、そのもう一人がこちらにいらっしゃるフィンリー殿下です」
あ、と声が出た。今日のお茶会で聞いた、兵を上げた皇族の生き残り。それが彼なのではないだろうか。
「お久しぶりです、アイリス様」
そう言って青年はフードをとった。ふわりと現れたのは、ヒーリーヌとは違う、ミルクティーのような濃い金髪。
20歳、いや、もう少し年上だろうか。大人びた顔立ちをしている。
しかし、何より目を引くのは、二つのアメジストの瞳だった。
「綺麗……」
心の声が口に出ていたらしい。青年……、フィンリー殿下は苦笑する。
「覚えていらっしゃらないようですね……。まだ幼くていらしたから、仕方がないのですが」
「前にお会いしたことが?」
「お気になさらず。……ああそうだ、お渡ししたネックレスはまだお持ちですか?」
ネックレス、と言われてすぐにはピンと来なかった。少し考えて、いつも身に着けているお守りのことだと気づく。
「これ、ですか……?」
ドレスの内側にしまい込んでいたアメジストを、チェーンを引っ張って取り出す。フィンリー殿下は花がほころぶように笑った。
「良かった。持っていてくださったのですね」
記憶を辿る。このネックレスのことを知っているということは、もしかして。
「もしかして、小さい頃に何度かお会いした」
「そうです、思い出してくださったのですか? 当時は、フィー、と名乗っていましたが」
フィー、と口で転がしてみる。フィー、そう、フィーだ。そういえば、フィーの瞳は珍しい紫色だった。
「ええ、覚えていますわ。ほんの少しですけれど」
フィンリー殿下の顔が泣きそうに歪んだ。お父様が慌てたようにハンカチを差し出す。フィンリー殿下は、それを断ると、私に一歩近づいた。
「色々とつらい思いをさせてしまったようですが……。ようやく、あなたを迎える準備ができそうです」
「準備、ですか」
フィンリー殿下は頷くと、私の頬をつたっていた涙を指で拭った。そこで初めて、自分が泣いていることに気がついた。
「もうすぐ、アルバム王国の連中を蹴散らします。そうしたら、あの日の約束を果たしてもいいですか?」
約束。私は、フィンリー殿下と何か約束をしたのだっただろうか。
「残念ながら、あまりゆっくりはしていられないのです。でも、これだけは覚えておいて」
そこで言葉を切ると、フィンリー殿下は私を強く抱きしめた。目を白黒させる私をよそに、耳元でささやかれる。
「昔と変わらず、いえ、昔以上にあなたが好きです。何を聞かされても、変わりません」
不意に、フィンリー殿下は体を離した。混乱している私を見て、笑みをこぼす。
「次に会う時までに、約束、思い出してくださると嬉しいです」
それだけ言い残して、フードを被り直すと、彼は部屋を出て行った。お父様は私を振り返った。
「ヒーリーヌを止められず、申し訳ございませんでした。あの通り、頭の足りない娘に機密を教えることもできず……」
深々と頭を下げた。私が何も言えないでいると、更に一礼し、フィンリー殿下を追いかけて行った。
私は一人、お父様の書斎でへたり込んだ。新しい話ばかり次々に聞かされて、頭がパンクしそうだった。
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