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第二章 帝国編
第74話 工業区域④
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三人は赤熱する金属線がどの位置にあるのかを確認した。
ヒーターは一つの壁に等間隔で六つ並んでいる。その六つは壁を三分割するように、三つずつ二列に並んでいる。
ヒーターが一つならどうにかできたかもしれない。しかし、合計十二個という数字が三人の前に絶望的に立ち塞がった。
三人は互いに顔を見合わせた。
シャイルとリーズの向かい合っていた顔が、同時にキーラへと向いて固まった。
キーラは飛び退いて両手を振った。
「え、ちょっと待ってよ。次はあんたの番みたいな視線を向けないでよ。滅菌フェーズと冷凍フェーズはたまたまリーズとシャイルが適任だっただけでしょ!」
リーズは片方の眉を上げてみせ、それから溜息をついた。
「べつにそんなつもりであなたを見たのではありませんわ。あなた、ときどきエストさんみたいに突拍子もないアイデアを思いつくから、今回も何かないかと思っただけですわ。いちおうあなたの機転に関してだけは認めているんですのよ」
「だけっていうのは余計よ。すべてを認めなさいよね」
「でもやっぱり、期待はずれでしたわ。認める要素が何もありませんわ」
リーズは顎を上げてそっぽを向いた。
キーラは拳を握り、唇を噛む。キーラの顔は十三個目のヒーターかと思えてくるほど赤くなっていた。
「あんたなんかに期待されたくないわよ! いいわ。他力本願なあんたと違って、あたしは自力でここから脱出してみせるわ。助かったあかつきには、あたしのことを崇め奉ることね!」
「滅菌フェーズと冷凍フェーズの半分はわたくしの魔法があったから切り抜けられましたのに……」
リーズはボソッとつぶやいた。
しかしキーラがやる気になったようなので、再び彼女のヘソを曲げないようキーラには聞こえないように言ったのだ。
「来て、スターレ!」
キーラが電池を握り締めて力強く叫ぶ。
シャイルとリーズは緊張した面持ちでキーラの手を見つめた。スターレが姿を現してくれなければ、三人は焼かれて死ぬ。
「ギャースッ!」
キーラの握る電池から光が飛び出して、彼女の足元に仔猫の姿をした電気の塊が現れた。
シャイルとリーズは互いに安堵した顔を見合わせた。シャイルがニッコリ微笑んだので、リーズは慌ててそっぽを向いた。
そんな二人を尻目に、キーラはスターレ召喚の成功は当然とばかりにすぐに指令を出した。
「スターレ、ヒーターから電気を吸うのよ!」
ヒーターは電気回路そのものだ。電気が流れることによって金属線が熱を発する。スターレが電気を奪えば、金属線の温度上昇も止められるというわけだ。
「ギギィ、ギギギィ!」
スターレが電熱線に尻尾を触れさせ、電気を吸う。仔猫の姿をした光はみるみる膨張していく。体表で電気の欠片がパチパチと弾けている。
「くぅ、いよいよ暑くなってきましたわ。一個だけ発熱を抑えても、残りのヒーターが生きていたら室温の上昇は止められませんわ」
「そんなはずはないわ。ヒーターの回路はつながっているようだから、一つから吸えば全部から吸えるはず」
たしかにスターレが電気を吸っているヒーターとほかのヒーターは同程度の赤熱具合だった。
「後ろよ! 反対側の壁のヒーターは回路が別なんだわ!」
シャイルが気づいて叫んだ。
たしかに、キーラの背中側にある壁のヒーターは真っ赤にたぎっていた。
「キーラさん、スターレさんはヒーターに触れていなければ電気を吸い取れませんの?」
「そりゃそうよ。それに、スターレもそろそろ限界。スターレは電気を吸えば吸うほどパワーアップするという単純な精霊ではないわ。初期状態がいちばん安定していて、消費するときだけでなく、電気を貯えているときにもスタミナを消費するの。もうこれ以上は容量オーバーだわ」
「スターレちゃんが貯えた電気の放出先があればいいんだけど……。冷却装置なんかがあれば、部屋を冷やせてベストなのに」
シャイルが顎に手を添えて考え込んでいる。彼女の独り言に、なるほど、とリーズが手を叩いた。
だがこの部屋の中に冷却装置がないことはすでに調査済みだ。先ほど燃えるものを探している中で、何がどこにあるのかは三人合わせればだいたい把握できている。
「シャイルもまだまだね。あたしはべつに室温の上昇を抑えるためにヒーターの電気をスターレに吸わせていたわけではないわ。必要な電気を貯めたかったのよ。もちろん、温度上昇が抑えられるのは一石二鳥だけれどね」
「え、そうなの?」
「それならそうと最初から言いなさい!」
リーズは慌て「なるほど」の形をした手を背中に隠した。
キーラは棚に積んである箱の一つへと直行し、その中から金属製品を取り出した。また、別の棚の箱を開け、そこからも金属製の部品を取り出した。
「これをどするの? とても電気を使う製品には見えないけれど」
シャイルとリーズが覗き込む。
キーラが握っているのは、細長い銅の筒と、小さい鉄の棒だった。キーラが銅筒の中に鉄棒を二回ほど出し入れして、筒の内径と棒の外径がほぼ一致していることを確認した。
「もったいぶらないでくださる? あまりに暑くて意識が朦朧としてきましたわ」
「もう、弱いわね! これだからお嬢様は。それにもったいぶっているわけじゃないわよ。あんたが邪魔なの。危ないからどいて」
キーラは中央の棚の中段に銅筒を置いた。そしてそれを針金で固定した。筒の端に鉄の棒を半分ほど入れる。
「なんだか、吹き矢みたいね」
「似たようなものよ。でも、そんなチャチなものではないわ。これはね、コイルガンよ!」
そう言われてシャイルもリーズもキョトンとした。二人ともそんな言葉は聞いたことがない。
「何ですの? その、コイルガンというのは……」
「悠長に説明している暇はないわ。まあ見てなさい。スターレ、この筒に螺旋状に電気を流すのよ。できるだけ細かく密に螺旋を描くの。分かるわね?」
スターレが棚に飛び乗って筒の前で構えた。そして、鼠を狩るように前足で筒を叩く。その瞬間、スターレの体がバチッと鳴って鉄の棒が筒の中へ吸い込まれた。
三人が見守る中、筒は棒を吐き出した。
コンッ、と音がした。
それは棒が床に落ちる音だった。一メートルも飛んでいない。
「あの、キーラさん?」
キーラはシャイルの渋い顔を見ないようにして、再びスターレに充電を命じた。
「違うのよ。失敗じゃないのよ。その、なんていうか、これはね、こういうものなの」
「こういうものだったら、ここから脱出なんてできませんわ」
リーズの言葉が刺さる。いつもなら辛辣に言い返すキーラが口ごもった。しかし、もどかしくなって、兎が威嚇するように足で床をバンバンと踏み鳴らした。
「仕方ないじゃない! 調整が難しいのよ。あと何回かチャレンジすればいけるわ。スターレ、次は多段式でいくわよ! 螺旋を二箇所で区切って三つのコイルにするのよ!」
キーラが再び筒に鉄の棒をセットし、スターレが筒の前で構えた。
そして、通電。
再び鉄の棒が銅の筒に吸い込まれた。さっきより速い。
三人の視線をまといながら、鉄の棒は飛び出した。さっきとは違い、水平に飛ぶ。
カンッ、と音がした。
鉄の棒は扉まで届いたが、弾き返されて放物線を描いた。
扉には傷ひとつ付いていない。
「駄目じゃありませんか!」
「まだよ! まだ調整が足りないのよ! スターレ、充電!」
三人の体から湯気が出ている。汗が蒸発しているのだ。制服のブラウスはプールに飛び込んだようにビショビショだった。
キーラは顎に手を添え、筒を見つめながら一人でつぶやいた。
「コイルを三つにすることで威力は三倍になった。でも、そもそも一つのコイルの加速が小さすぎる。何か大きな見落としがあるとしか思えない。プロジェクタイルはコイルの入り口で最大の吸引力を受けるけれど、それと同等の吸引力を出口でも受ける。吸引力はコイルの中心に向かって働くから、せっかく加速したものを減速させてしまう。だからこそプロジェクタイルがコイルの中心に来たときにコイルの電流を消さなければならない。同時に二つ目のコイルに通電しなければならない。威力が出ない原因があるとしたら、きっとそこだわ。スターレが適切なタイミングでコイルを切り替えられていないのよ」
話しかけづらいが、何か力になりたくてシャイルはキーラに声をかけた。
「あの、プロジェクタイルって何?」
「この弾丸のことよ!」
キーラは鉄の棒を差しながら即答し、そして姿勢を崩すことなく独り言を続けた。ワンサイドアップの髪が微動だにしないほど彼女は集中していた。
「スターレは電気の精霊で、電気の速度で動けるのならプロジェクトタイルの動きにだってついていけるはず。もしかして、ただの筒にコイル状に流れろっていうのは無茶振りなのかしら。そっちに意識やらエネルギーやらを持っていかれて、プロジェクタイルを認識する余裕がないということ? あ、もしかして、スターレにとって電気は自分の一部だから高速でも制御できるけれど、電気以外は人間の認識力と同じで速すぎるものは目で追えないの?」
「ええと、弾丸も電気でできていたら、スターレちゃんにも位置を追えるってこと?」
シャイルが恐るおそるつぶやくように尋ねると、キーラの独り言がピタリと止まった。そして彼女の瞳がキラキラと輝く。
「それだわ!」
キーラが右手を掲げた。ハイタッチを要求しているのだ。シャイルはそれに答えようと手を持ち上げたが、小指同士がかすっただけだった。二人とも大量の汗で視界がぼやけていた。
「電気で弾丸を作りますの?」
「そうじゃないわ。プロジェクタイルを帯電させればいいのよ。スターレ、磁場の発生に影響が出ないよう微量の電気をこの鉄の棒にも流すのよ」
スターレが鉄の棒に触れ、パチッと音がした。三人の目には何も変わった様子はないが、鉄の棒はちゃんと帯電している。
「いける……今度はいける! 直感的に確信を得たわ。いくわよ、スターレ! ロスゼロ・スターレシュートッ!」
発射!
必殺技に名前をつけて叫んだのは、自信の表れでもあり、成功への願いでもあった。
パンッという火薬の破裂するような音が響く。金属扉に鉄の弾丸が衝突した音だ。ドアから白い煙があがる。
三人は不安を内包した期待を眼差しに変えて扉へと注ぎ込んだ。ゆっくりと煙が引き、その場所の視認が許される。
「うそ……」
扉は健在だった。扉の表面がわずかに凹んだだけで、破壊とはほど遠い。
だが……。
『室内閉鎖機構に異常を感知しました。点検モードを緊急停止します』
シュウウウゥと空気が鳴いている。通気口から熱気が能動的に排出されているのだ。
真っ赤に輝いていたヒーターもだんだんと黒ずんでいく。
「やったぁ……」
三人はその場にへたり込んだ。飛び跳ねて喜ぶような元気はない。寒さと暑さに体力を奪われ尽くしていた。
まだ部屋から脱出できていないが、扉が修理されない限り点検モードが再起動することはないだろう。
「まさかこんなに早く役に立つとは。眠たいのにエストから夜通し講義を受けた甲斐があったというものだわ」
息も絶え絶えにキーラがつぶやいた。言葉を発することすらしんどいはずだが、会話をすることで意識を保ちつづけようとしている。
その意図を汲み取ったのかは分からないが、リーズが応答する。
「講義……? 昨晩寝かせてもらえなかったって、そういうことでしたの? なんだ……。それなら最初からそう言いなさい」
「なーに言ってんの? 勝手に勘違いしたのはあんたでしょ。勝手に妄想しちゃって、リーズってばムッツリさんね」
「な、なんてことを仰いますの! 無礼にもほどがありますわ!」
リーズが勢いよく立ち上がったが、頭を抱えてその場に座った。
キーラはふと気になってシャイルの方を見た。
「シャイル、大丈夫!?」
シャイルは閉じかけの虚ろな目で焦点の合わないどこかを見つめながら、頭をゆらゆらと揺らしていた。
「んー? へーき……」
明らかに平気ではない。正常な意識を保てていない。早く涼しいところへ避難させなければならない。
しかし、まだ扉は開いていない。
――いや、扉が開く。
ガギギギという金属の強引な摩擦音とともに、分厚い扉が開かれる。
ヒーターは一つの壁に等間隔で六つ並んでいる。その六つは壁を三分割するように、三つずつ二列に並んでいる。
ヒーターが一つならどうにかできたかもしれない。しかし、合計十二個という数字が三人の前に絶望的に立ち塞がった。
三人は互いに顔を見合わせた。
シャイルとリーズの向かい合っていた顔が、同時にキーラへと向いて固まった。
キーラは飛び退いて両手を振った。
「え、ちょっと待ってよ。次はあんたの番みたいな視線を向けないでよ。滅菌フェーズと冷凍フェーズはたまたまリーズとシャイルが適任だっただけでしょ!」
リーズは片方の眉を上げてみせ、それから溜息をついた。
「べつにそんなつもりであなたを見たのではありませんわ。あなた、ときどきエストさんみたいに突拍子もないアイデアを思いつくから、今回も何かないかと思っただけですわ。いちおうあなたの機転に関してだけは認めているんですのよ」
「だけっていうのは余計よ。すべてを認めなさいよね」
「でもやっぱり、期待はずれでしたわ。認める要素が何もありませんわ」
リーズは顎を上げてそっぽを向いた。
キーラは拳を握り、唇を噛む。キーラの顔は十三個目のヒーターかと思えてくるほど赤くなっていた。
「あんたなんかに期待されたくないわよ! いいわ。他力本願なあんたと違って、あたしは自力でここから脱出してみせるわ。助かったあかつきには、あたしのことを崇め奉ることね!」
「滅菌フェーズと冷凍フェーズの半分はわたくしの魔法があったから切り抜けられましたのに……」
リーズはボソッとつぶやいた。
しかしキーラがやる気になったようなので、再び彼女のヘソを曲げないようキーラには聞こえないように言ったのだ。
「来て、スターレ!」
キーラが電池を握り締めて力強く叫ぶ。
シャイルとリーズは緊張した面持ちでキーラの手を見つめた。スターレが姿を現してくれなければ、三人は焼かれて死ぬ。
「ギャースッ!」
キーラの握る電池から光が飛び出して、彼女の足元に仔猫の姿をした電気の塊が現れた。
シャイルとリーズは互いに安堵した顔を見合わせた。シャイルがニッコリ微笑んだので、リーズは慌ててそっぽを向いた。
そんな二人を尻目に、キーラはスターレ召喚の成功は当然とばかりにすぐに指令を出した。
「スターレ、ヒーターから電気を吸うのよ!」
ヒーターは電気回路そのものだ。電気が流れることによって金属線が熱を発する。スターレが電気を奪えば、金属線の温度上昇も止められるというわけだ。
「ギギィ、ギギギィ!」
スターレが電熱線に尻尾を触れさせ、電気を吸う。仔猫の姿をした光はみるみる膨張していく。体表で電気の欠片がパチパチと弾けている。
「くぅ、いよいよ暑くなってきましたわ。一個だけ発熱を抑えても、残りのヒーターが生きていたら室温の上昇は止められませんわ」
「そんなはずはないわ。ヒーターの回路はつながっているようだから、一つから吸えば全部から吸えるはず」
たしかにスターレが電気を吸っているヒーターとほかのヒーターは同程度の赤熱具合だった。
「後ろよ! 反対側の壁のヒーターは回路が別なんだわ!」
シャイルが気づいて叫んだ。
たしかに、キーラの背中側にある壁のヒーターは真っ赤にたぎっていた。
「キーラさん、スターレさんはヒーターに触れていなければ電気を吸い取れませんの?」
「そりゃそうよ。それに、スターレもそろそろ限界。スターレは電気を吸えば吸うほどパワーアップするという単純な精霊ではないわ。初期状態がいちばん安定していて、消費するときだけでなく、電気を貯えているときにもスタミナを消費するの。もうこれ以上は容量オーバーだわ」
「スターレちゃんが貯えた電気の放出先があればいいんだけど……。冷却装置なんかがあれば、部屋を冷やせてベストなのに」
シャイルが顎に手を添えて考え込んでいる。彼女の独り言に、なるほど、とリーズが手を叩いた。
だがこの部屋の中に冷却装置がないことはすでに調査済みだ。先ほど燃えるものを探している中で、何がどこにあるのかは三人合わせればだいたい把握できている。
「シャイルもまだまだね。あたしはべつに室温の上昇を抑えるためにヒーターの電気をスターレに吸わせていたわけではないわ。必要な電気を貯めたかったのよ。もちろん、温度上昇が抑えられるのは一石二鳥だけれどね」
「え、そうなの?」
「それならそうと最初から言いなさい!」
リーズは慌て「なるほど」の形をした手を背中に隠した。
キーラは棚に積んである箱の一つへと直行し、その中から金属製品を取り出した。また、別の棚の箱を開け、そこからも金属製の部品を取り出した。
「これをどするの? とても電気を使う製品には見えないけれど」
シャイルとリーズが覗き込む。
キーラが握っているのは、細長い銅の筒と、小さい鉄の棒だった。キーラが銅筒の中に鉄棒を二回ほど出し入れして、筒の内径と棒の外径がほぼ一致していることを確認した。
「もったいぶらないでくださる? あまりに暑くて意識が朦朧としてきましたわ」
「もう、弱いわね! これだからお嬢様は。それにもったいぶっているわけじゃないわよ。あんたが邪魔なの。危ないからどいて」
キーラは中央の棚の中段に銅筒を置いた。そしてそれを針金で固定した。筒の端に鉄の棒を半分ほど入れる。
「なんだか、吹き矢みたいね」
「似たようなものよ。でも、そんなチャチなものではないわ。これはね、コイルガンよ!」
そう言われてシャイルもリーズもキョトンとした。二人ともそんな言葉は聞いたことがない。
「何ですの? その、コイルガンというのは……」
「悠長に説明している暇はないわ。まあ見てなさい。スターレ、この筒に螺旋状に電気を流すのよ。できるだけ細かく密に螺旋を描くの。分かるわね?」
スターレが棚に飛び乗って筒の前で構えた。そして、鼠を狩るように前足で筒を叩く。その瞬間、スターレの体がバチッと鳴って鉄の棒が筒の中へ吸い込まれた。
三人が見守る中、筒は棒を吐き出した。
コンッ、と音がした。
それは棒が床に落ちる音だった。一メートルも飛んでいない。
「あの、キーラさん?」
キーラはシャイルの渋い顔を見ないようにして、再びスターレに充電を命じた。
「違うのよ。失敗じゃないのよ。その、なんていうか、これはね、こういうものなの」
「こういうものだったら、ここから脱出なんてできませんわ」
リーズの言葉が刺さる。いつもなら辛辣に言い返すキーラが口ごもった。しかし、もどかしくなって、兎が威嚇するように足で床をバンバンと踏み鳴らした。
「仕方ないじゃない! 調整が難しいのよ。あと何回かチャレンジすればいけるわ。スターレ、次は多段式でいくわよ! 螺旋を二箇所で区切って三つのコイルにするのよ!」
キーラが再び筒に鉄の棒をセットし、スターレが筒の前で構えた。
そして、通電。
再び鉄の棒が銅の筒に吸い込まれた。さっきより速い。
三人の視線をまといながら、鉄の棒は飛び出した。さっきとは違い、水平に飛ぶ。
カンッ、と音がした。
鉄の棒は扉まで届いたが、弾き返されて放物線を描いた。
扉には傷ひとつ付いていない。
「駄目じゃありませんか!」
「まだよ! まだ調整が足りないのよ! スターレ、充電!」
三人の体から湯気が出ている。汗が蒸発しているのだ。制服のブラウスはプールに飛び込んだようにビショビショだった。
キーラは顎に手を添え、筒を見つめながら一人でつぶやいた。
「コイルを三つにすることで威力は三倍になった。でも、そもそも一つのコイルの加速が小さすぎる。何か大きな見落としがあるとしか思えない。プロジェクタイルはコイルの入り口で最大の吸引力を受けるけれど、それと同等の吸引力を出口でも受ける。吸引力はコイルの中心に向かって働くから、せっかく加速したものを減速させてしまう。だからこそプロジェクタイルがコイルの中心に来たときにコイルの電流を消さなければならない。同時に二つ目のコイルに通電しなければならない。威力が出ない原因があるとしたら、きっとそこだわ。スターレが適切なタイミングでコイルを切り替えられていないのよ」
話しかけづらいが、何か力になりたくてシャイルはキーラに声をかけた。
「あの、プロジェクタイルって何?」
「この弾丸のことよ!」
キーラは鉄の棒を差しながら即答し、そして姿勢を崩すことなく独り言を続けた。ワンサイドアップの髪が微動だにしないほど彼女は集中していた。
「スターレは電気の精霊で、電気の速度で動けるのならプロジェクトタイルの動きにだってついていけるはず。もしかして、ただの筒にコイル状に流れろっていうのは無茶振りなのかしら。そっちに意識やらエネルギーやらを持っていかれて、プロジェクタイルを認識する余裕がないということ? あ、もしかして、スターレにとって電気は自分の一部だから高速でも制御できるけれど、電気以外は人間の認識力と同じで速すぎるものは目で追えないの?」
「ええと、弾丸も電気でできていたら、スターレちゃんにも位置を追えるってこと?」
シャイルが恐るおそるつぶやくように尋ねると、キーラの独り言がピタリと止まった。そして彼女の瞳がキラキラと輝く。
「それだわ!」
キーラが右手を掲げた。ハイタッチを要求しているのだ。シャイルはそれに答えようと手を持ち上げたが、小指同士がかすっただけだった。二人とも大量の汗で視界がぼやけていた。
「電気で弾丸を作りますの?」
「そうじゃないわ。プロジェクタイルを帯電させればいいのよ。スターレ、磁場の発生に影響が出ないよう微量の電気をこの鉄の棒にも流すのよ」
スターレが鉄の棒に触れ、パチッと音がした。三人の目には何も変わった様子はないが、鉄の棒はちゃんと帯電している。
「いける……今度はいける! 直感的に確信を得たわ。いくわよ、スターレ! ロスゼロ・スターレシュートッ!」
発射!
必殺技に名前をつけて叫んだのは、自信の表れでもあり、成功への願いでもあった。
パンッという火薬の破裂するような音が響く。金属扉に鉄の弾丸が衝突した音だ。ドアから白い煙があがる。
三人は不安を内包した期待を眼差しに変えて扉へと注ぎ込んだ。ゆっくりと煙が引き、その場所の視認が許される。
「うそ……」
扉は健在だった。扉の表面がわずかに凹んだだけで、破壊とはほど遠い。
だが……。
『室内閉鎖機構に異常を感知しました。点検モードを緊急停止します』
シュウウウゥと空気が鳴いている。通気口から熱気が能動的に排出されているのだ。
真っ赤に輝いていたヒーターもだんだんと黒ずんでいく。
「やったぁ……」
三人はその場にへたり込んだ。飛び跳ねて喜ぶような元気はない。寒さと暑さに体力を奪われ尽くしていた。
まだ部屋から脱出できていないが、扉が修理されない限り点検モードが再起動することはないだろう。
「まさかこんなに早く役に立つとは。眠たいのにエストから夜通し講義を受けた甲斐があったというものだわ」
息も絶え絶えにキーラがつぶやいた。言葉を発することすらしんどいはずだが、会話をすることで意識を保ちつづけようとしている。
その意図を汲み取ったのかは分からないが、リーズが応答する。
「講義……? 昨晩寝かせてもらえなかったって、そういうことでしたの? なんだ……。それなら最初からそう言いなさい」
「なーに言ってんの? 勝手に勘違いしたのはあんたでしょ。勝手に妄想しちゃって、リーズってばムッツリさんね」
「な、なんてことを仰いますの! 無礼にもほどがありますわ!」
リーズが勢いよく立ち上がったが、頭を抱えてその場に座った。
キーラはふと気になってシャイルの方を見た。
「シャイル、大丈夫!?」
シャイルは閉じかけの虚ろな目で焦点の合わないどこかを見つめながら、頭をゆらゆらと揺らしていた。
「んー? へーき……」
明らかに平気ではない。正常な意識を保てていない。早く涼しいところへ避難させなければならない。
しかし、まだ扉は開いていない。
――いや、扉が開く。
ガギギギという金属の強引な摩擦音とともに、分厚い扉が開かれる。
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