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最終章 狂酔編
第267話 カケララ戦‐リオン帝国④
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「あなたに話すことなんて、何一つないわ」
「じゃあ私が一方的に話すわ。話すのはあなたの恋路についてだけれどね」
キーラはまるで十字架にはりつけにされた気持ちになった。
これから業火に焼かれて処刑される。いや、そうじゃない。弱火でじわじわと、じっくりと、足を焼かれつづける地獄が待っている。それが本来の火炙りの刑なのだ。
それを肉体に対してではなく魂に対して施される。そんな予感がした。
「話すことなんてないって言っているでしょうが!」
キーラは電気をまとった拳でカケララに殴りかかった。
しかし、その腕を掴まれて捻ひねられた。体を地面に押しつけられたため、まとっていた電気が解除された。アースを避けるためスターレがキーラから離れて猫の姿に戻ったのだ。
キーラは関節技がキマり身動きが取れない。
「雑念だらけだと脆もろいわね、あなた」
キーラは分かっている。カケララの狙いは自分を殺すことではない。精神を犯して狂気を貪むさぼり、狂気に染まる世界の糧かてや贄にえとすることだ。
「あたしはおまえに屈しない。どんな苦痛を与えられても、どんな辱はずかしめを受けても、殺してくれと懇願したりしない」
「それくらいの意気込みでいてくれたほうが私も嬉しいわ」
キーラはカケララに心を読ませないように、ひたすら無心を心がけた。何も考えなければ何も情報を与えなくてすむ。
「心を読む能力にもいろいろあってね。心の声が聞こえるタイプとか、心の中のイメージが視えるタイプとかね。私の能力はね、そんな陳腐なものじゃないの。心の内を知ることができるの。心の声も聞けるし、イメージを視ることもできるし、過去の記憶を辿ることもできるし、本人ですら気づいていない深層心理を見抜くこともできる。狂気を貪る手段になるなら何でもできる、というのがカケラの能力であり、心理に特化したものを受け継いだのが私の能力。だ、か、ら、思考停止は無駄なのよ、ふふふ」
それはカケララの罠の可能性もある。キーラに無心が無駄だと思わせて自分で探られてほしくないことを考えさせ、それを読み取るという罠だ。
そうだといいと思った。だが、カケララの言うことは本当だった。
「あなたがいちばんつつかれたくないのは、ゲス・エストに対する失恋のことでしょう? あなた、失恋を受けとめきれていないものね」
キーラは何も答えない。できるだけ何も考えないようにする。
しかし過去の記憶を消すことはできない。
キーラは以前、ゲス・エストに告白してフラれた。最近のことだ。
真新しいその傷口はけっこう深い。
ゲス・エストは強い奴にしか興味がない、とかねてから言っていた。そんな中でエアが現われた。
いや、もともとエアはずっとエストの傍そばにいたが、人成して魔術師となったとき、初めてゲス・エストを打ち負かした存在となった。
そしてそれは、カケラを除けばいまだに唯一無二の存在でもある。
だからキーラも強くなってエアを超えてみせれば、エストは自分のほうに振り向いてくれると考えた。
そこからはとにかく修行に修行を重ね、魔法の鍛錬に明け暮れた。
その結果が新四天魔の第二位。第一位のダース・ホークにはまだ挑んでいないから、実力的には第一位の可能性もある。
そんな中でゲス・エストに勝負を挑み、敗北した。その勝負の最中で告白をして、そちらのほうでも敗北したのだった。
「エストはあたしのことを好きだと言ってくれたわ。ただ、一番がエアだっただけ」
「あらぁ? ふふふ、あははは。あなたは致命的な勘違いをしているわよ。あなた、自分が二番だと思っているでしょう? それは勝手な思い込みよ。二番だと言われてもいないのに、都合良く解釈しすぎじゃないかしら? シャイル・マーンにリーズ・リッヒ、それから生徒会長のレイジー・デントや風紀委員長のルーレ・リッヒ、リオン帝国皇帝のリーン・リッヒ、シミアン王国の女王ミューイ・シミアン、あと、マーリン・マーミン。二番の候補はたくさんいるわ。あなたはエアと自分との一騎打ちだなんて考えているようだけれど、所詮、あなたはエアという天上の月を見上げる数多あまたの団子の一つにすぎないのよ」
キーラは頭を地面に擦こすりつけられ、いたぶられる。失恋の傷を抉えぐるだけでなく少しでも多くの屈辱を与えてくる。
そして怒涛どとうの精神攻撃は留まることを知らない。
「ねえねえ、どうして先にエアに挑まずにゲス・エストと戦ったの? ゲス・エストに負けてもエアにはまだ負けてないって、自分に言い訳したかったから? あらあら、打算まみれだわ。そういうところなのよねぇ、あなたが及ばないのって。容姿で負けて、魔法で負けて、心で負けて、あなたって、何ならエアに勝てるの? あなたの取り柄を私に教えて。ねえ、私はあなたの深層心理まで知る能力があるんだけど、あなたの取り柄はどこに置いてあるの?」
考えない。何も考えない。
聞かないようにしたいけれど、それを許さない声で語りかけてくるから、せめて考えないようにする。
しかし、キーラは大釘を心臓に直接打ち込まれたかのような胸の痛みを感じ、涙がとめどなくあふれてしまう。
一度決壊すると、もう止められない。
「健気けなげよねぇ。強さなんて関係ないって、本当は気づいているのにね。エアが自分より強いからゲス・エストはエアを選んだと自分に言い聞かせて、どうにか平常心を保とうと躍起になっている。必死そのもの。でも仮にね、万が一あなたがエアに勝てたとしても、ゲス・エストはあなたではなくエアを選ぶわよ。ああ、言うまでもないか。心の奥底では気づいているからこその打算だったわね。その点だけは正解よ。おめでとう」
(もう、やめて……)
それを口にしそうになるが、こらえる。
しかしカケララにはその言葉も筒抜けだ。
「あーあ、可哀相に。あんなに泣き散らかしたのに、まだ受け入れられないなんて」
「やめなさい! くだらない!」
心はそうは思っていない。苦しんでいる。
すべてカケララには筒抜けだ。
「ふふふ。泣いていいのよ。身の程を思い知らされて泣きじゃくるあなたはとっても素敵よ。あっははははは!」
カケララはありとあらゆる言葉でキーラを攻め立てる。
もうそろそろバリエーションがネタ切れしてもよさそうなのに、カケララの勢いは留まることを知らない。
「ねえ、キーラ・ヌアさん。あなたをつなぎとめている未練を、私が完全に断ち切ってあげるわ」
キーラの顔を押さえつけていた左手が、キーラの頭の方にスライドする。そして、その手が掴んだのは髪飾りだった。
金の茎くきにプリムラの花を模した大きなエメラルドがあしらわれたヘアピン。
「あっ、それはダメッ! だめぇええええっ!」
他人に贈り物などしないであろうゲス・エストが、キーラのために自分で選んだ髪飾り。
そしていまよりずっと尖っていた時期のエストが、キーラに対して似合うと言った逸品。
客観的に世界最高峰の装飾品でありながら、キーラにとっては主観的にそれ以上の価値がある代物。
――パキンッ。
それはキーラの心が折れる音でもあった。
ヘアピンはゲス・エストからもらった大切なもの。キーラの心の拠り所でもあった。
寝る前にはときどきそれを眺めていた。もはやいまのキーラを構成する一部となっている。
それを目の前で壊されてしまった。
「ねえ、いまどんな気持ち? 悲しい? 悔しい? 怒った? 絶望した? ねえねえ、いまどんな気持ちなのか教えてよ。いまはあえて心を読まないからさぁ、私はあなたの口から聞きたいの。その後に心を読んで答え合わせしてあげる。あっははははは!」
キーラはカケララの拘束から解放されたが、体に力が入らなかった。
言葉を口にする気力もない。頭を上げる気力もない。いまさらカケララに立ち向かうという発想すら沸かなかった。
いまならキーラのチャームポイントであるサイドテールをバッサリ切られても無反応だろう。
髪飾りを壊されたいま、キーラはこれ以上の仕打ちは存在しないと思っていた。
だがカケララは止まらなかった。キーラの想像を超えて、徹底的にキーラの心を痛めつけてくる。
「私はね、人の心に干渉して言葉やイメージを届けることもできるの。狂気を貪る手段と位置づけられれば何だってできる。あなたのコイバナを本部のおっさん二人にも届けてあげるわ」
「やめてよ……」
「あら、ごめんなさい。二人にはもう届けちゃったわ。狂気のクサビを打っておいたから、すぐに届けられたもの。この後はカケラ本体に持ち帰って、あなたの知り合い全員にも晒してあげる。もちろん、ゲス・エスト本人にもね」
「やめて。お願い、やめて……」
キーラは泣いた。膝を折り、もはや泣くことしかできなかった。
いろいろな感情が交錯し、混濁し、気が狂いそうだった。
もはやすでに狂いかけていた。
「あははは! 無様ね。もっと泣け! おまえの涙を酸に変えてやる。自分で自分を溶かすがいいわ。あっははははは!」
「じゃあ私が一方的に話すわ。話すのはあなたの恋路についてだけれどね」
キーラはまるで十字架にはりつけにされた気持ちになった。
これから業火に焼かれて処刑される。いや、そうじゃない。弱火でじわじわと、じっくりと、足を焼かれつづける地獄が待っている。それが本来の火炙りの刑なのだ。
それを肉体に対してではなく魂に対して施される。そんな予感がした。
「話すことなんてないって言っているでしょうが!」
キーラは電気をまとった拳でカケララに殴りかかった。
しかし、その腕を掴まれて捻ひねられた。体を地面に押しつけられたため、まとっていた電気が解除された。アースを避けるためスターレがキーラから離れて猫の姿に戻ったのだ。
キーラは関節技がキマり身動きが取れない。
「雑念だらけだと脆もろいわね、あなた」
キーラは分かっている。カケララの狙いは自分を殺すことではない。精神を犯して狂気を貪むさぼり、狂気に染まる世界の糧かてや贄にえとすることだ。
「あたしはおまえに屈しない。どんな苦痛を与えられても、どんな辱はずかしめを受けても、殺してくれと懇願したりしない」
「それくらいの意気込みでいてくれたほうが私も嬉しいわ」
キーラはカケララに心を読ませないように、ひたすら無心を心がけた。何も考えなければ何も情報を与えなくてすむ。
「心を読む能力にもいろいろあってね。心の声が聞こえるタイプとか、心の中のイメージが視えるタイプとかね。私の能力はね、そんな陳腐なものじゃないの。心の内を知ることができるの。心の声も聞けるし、イメージを視ることもできるし、過去の記憶を辿ることもできるし、本人ですら気づいていない深層心理を見抜くこともできる。狂気を貪る手段になるなら何でもできる、というのがカケラの能力であり、心理に特化したものを受け継いだのが私の能力。だ、か、ら、思考停止は無駄なのよ、ふふふ」
それはカケララの罠の可能性もある。キーラに無心が無駄だと思わせて自分で探られてほしくないことを考えさせ、それを読み取るという罠だ。
そうだといいと思った。だが、カケララの言うことは本当だった。
「あなたがいちばんつつかれたくないのは、ゲス・エストに対する失恋のことでしょう? あなた、失恋を受けとめきれていないものね」
キーラは何も答えない。できるだけ何も考えないようにする。
しかし過去の記憶を消すことはできない。
キーラは以前、ゲス・エストに告白してフラれた。最近のことだ。
真新しいその傷口はけっこう深い。
ゲス・エストは強い奴にしか興味がない、とかねてから言っていた。そんな中でエアが現われた。
いや、もともとエアはずっとエストの傍そばにいたが、人成して魔術師となったとき、初めてゲス・エストを打ち負かした存在となった。
そしてそれは、カケラを除けばいまだに唯一無二の存在でもある。
だからキーラも強くなってエアを超えてみせれば、エストは自分のほうに振り向いてくれると考えた。
そこからはとにかく修行に修行を重ね、魔法の鍛錬に明け暮れた。
その結果が新四天魔の第二位。第一位のダース・ホークにはまだ挑んでいないから、実力的には第一位の可能性もある。
そんな中でゲス・エストに勝負を挑み、敗北した。その勝負の最中で告白をして、そちらのほうでも敗北したのだった。
「エストはあたしのことを好きだと言ってくれたわ。ただ、一番がエアだっただけ」
「あらぁ? ふふふ、あははは。あなたは致命的な勘違いをしているわよ。あなた、自分が二番だと思っているでしょう? それは勝手な思い込みよ。二番だと言われてもいないのに、都合良く解釈しすぎじゃないかしら? シャイル・マーンにリーズ・リッヒ、それから生徒会長のレイジー・デントや風紀委員長のルーレ・リッヒ、リオン帝国皇帝のリーン・リッヒ、シミアン王国の女王ミューイ・シミアン、あと、マーリン・マーミン。二番の候補はたくさんいるわ。あなたはエアと自分との一騎打ちだなんて考えているようだけれど、所詮、あなたはエアという天上の月を見上げる数多あまたの団子の一つにすぎないのよ」
キーラは頭を地面に擦こすりつけられ、いたぶられる。失恋の傷を抉えぐるだけでなく少しでも多くの屈辱を与えてくる。
そして怒涛どとうの精神攻撃は留まることを知らない。
「ねえねえ、どうして先にエアに挑まずにゲス・エストと戦ったの? ゲス・エストに負けてもエアにはまだ負けてないって、自分に言い訳したかったから? あらあら、打算まみれだわ。そういうところなのよねぇ、あなたが及ばないのって。容姿で負けて、魔法で負けて、心で負けて、あなたって、何ならエアに勝てるの? あなたの取り柄を私に教えて。ねえ、私はあなたの深層心理まで知る能力があるんだけど、あなたの取り柄はどこに置いてあるの?」
考えない。何も考えない。
聞かないようにしたいけれど、それを許さない声で語りかけてくるから、せめて考えないようにする。
しかし、キーラは大釘を心臓に直接打ち込まれたかのような胸の痛みを感じ、涙がとめどなくあふれてしまう。
一度決壊すると、もう止められない。
「健気けなげよねぇ。強さなんて関係ないって、本当は気づいているのにね。エアが自分より強いからゲス・エストはエアを選んだと自分に言い聞かせて、どうにか平常心を保とうと躍起になっている。必死そのもの。でも仮にね、万が一あなたがエアに勝てたとしても、ゲス・エストはあなたではなくエアを選ぶわよ。ああ、言うまでもないか。心の奥底では気づいているからこその打算だったわね。その点だけは正解よ。おめでとう」
(もう、やめて……)
それを口にしそうになるが、こらえる。
しかしカケララにはその言葉も筒抜けだ。
「あーあ、可哀相に。あんなに泣き散らかしたのに、まだ受け入れられないなんて」
「やめなさい! くだらない!」
心はそうは思っていない。苦しんでいる。
すべてカケララには筒抜けだ。
「ふふふ。泣いていいのよ。身の程を思い知らされて泣きじゃくるあなたはとっても素敵よ。あっははははは!」
カケララはありとあらゆる言葉でキーラを攻め立てる。
もうそろそろバリエーションがネタ切れしてもよさそうなのに、カケララの勢いは留まることを知らない。
「ねえ、キーラ・ヌアさん。あなたをつなぎとめている未練を、私が完全に断ち切ってあげるわ」
キーラの顔を押さえつけていた左手が、キーラの頭の方にスライドする。そして、その手が掴んだのは髪飾りだった。
金の茎くきにプリムラの花を模した大きなエメラルドがあしらわれたヘアピン。
「あっ、それはダメッ! だめぇええええっ!」
他人に贈り物などしないであろうゲス・エストが、キーラのために自分で選んだ髪飾り。
そしていまよりずっと尖っていた時期のエストが、キーラに対して似合うと言った逸品。
客観的に世界最高峰の装飾品でありながら、キーラにとっては主観的にそれ以上の価値がある代物。
――パキンッ。
それはキーラの心が折れる音でもあった。
ヘアピンはゲス・エストからもらった大切なもの。キーラの心の拠り所でもあった。
寝る前にはときどきそれを眺めていた。もはやいまのキーラを構成する一部となっている。
それを目の前で壊されてしまった。
「ねえ、いまどんな気持ち? 悲しい? 悔しい? 怒った? 絶望した? ねえねえ、いまどんな気持ちなのか教えてよ。いまはあえて心を読まないからさぁ、私はあなたの口から聞きたいの。その後に心を読んで答え合わせしてあげる。あっははははは!」
キーラはカケララの拘束から解放されたが、体に力が入らなかった。
言葉を口にする気力もない。頭を上げる気力もない。いまさらカケララに立ち向かうという発想すら沸かなかった。
いまならキーラのチャームポイントであるサイドテールをバッサリ切られても無反応だろう。
髪飾りを壊されたいま、キーラはこれ以上の仕打ちは存在しないと思っていた。
だがカケララは止まらなかった。キーラの想像を超えて、徹底的にキーラの心を痛めつけてくる。
「私はね、人の心に干渉して言葉やイメージを届けることもできるの。狂気を貪る手段と位置づけられれば何だってできる。あなたのコイバナを本部のおっさん二人にも届けてあげるわ」
「やめてよ……」
「あら、ごめんなさい。二人にはもう届けちゃったわ。狂気のクサビを打っておいたから、すぐに届けられたもの。この後はカケラ本体に持ち帰って、あなたの知り合い全員にも晒してあげる。もちろん、ゲス・エスト本人にもね」
「やめて。お願い、やめて……」
キーラは泣いた。膝を折り、もはや泣くことしかできなかった。
いろいろな感情が交錯し、混濁し、気が狂いそうだった。
もはやすでに狂いかけていた。
「あははは! 無様ね。もっと泣け! おまえの涙を酸に変えてやる。自分で自分を溶かすがいいわ。あっははははは!」
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