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7.いつもと違う彼のキス
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(side 輝)
招待客がいるので今日はまるっきり給仕係だった。ウイスキーや焼酎がほしいと言われれば、そのお酒を取りにいったり、テーブルの大皿にある料理を小皿に取りわけたりしていた。
料理の小皿を配り終え、「ふうっ」とひと息つくと、冬馬くんが同期の男の子と話をしているのが見えた。
そういえば、最近は同期のみんなで飲みにいくことがめっきり少なくなってしまった。冬馬くんと一緒にいることが多いせいか、そういうことを意識することもなかった。
久しぶりにみんなと飲みたいなあ。このあと、みんな時間はあるのかな。
あとどれくらいで式典が終わるのかを確認したくなって、わたしはスーツのポケットからスマホを出した。そのときに初めて気づいた。ほんの数分前に着信が入っていた。履歴には知らない番号。
「この番号って?」
心あたりはひとり。わたしは電話をかけに会場を出た。
コールが鳴って相手はすぐに電話に出た。
『輝ちゃん?』
「はい。やっぱりサイジさんだったんですね」
『仕事中にごめんね。いま平気かな?』
「はい、抜けてきたので大丈夫です。ちょうど歓談中なので問題ないですよ」
『ならよかった。本当はさっき誘おうと思っていたんだけど、会社の人がいたから誘えなかったんだ。仕事が終わったあと、会える?』
あまりにも突然でびっくりした。さっき会ったばかりなのにと思ったけれど、わたしもサイジさんに話したいことがあったので会うことに決めた。
待ち合わせ場所はこのホテルの最上階のバー。ホテルのバーなんて行ったことがないから少し緊張するけど、サイジさんは芸能人だし、そこら辺の居酒屋というわけにもいかないから仕方がないのかもしれない。
電話を切って会場に戻ろうとすると、冬馬くんがこちらに歩いてくるのが見えた。
「あれ? 冬馬くん、どうしたの? トイレ?」
「輝のことを追っかけてきた」
「なにかあった?」
「今日さ、同期の連中で二次会に行こうってなったんだけど、輝は大丈夫だよな?」
なんてタイミングが悪いんだろう。わたしも二次会に行きたい。だけど今日を逃すともう会えないかもしれないから、どうしてもサイジさんとの約束を優先したかった。
「ごめん。今日は無理なんだ」
「なんで?」
「用事があるの」
「用事って?」
「うん、ちょっとね……。でもたいしたことじゃないよ」
わたしの言動、おかしいのかな。冬馬くんがなんとなく怒っているような気がするんだけど。
「ちょっと来い」
「え?」
なぜか冬馬くんに腕をつかまれた。
「どこ行くの?」
だけど答えてくれない。会場の外にいた人たちにじろじろ見られているのに、冬馬くんはそんなのはおかまいなしにずんずんと歩いていく。わたしは冬馬くんの歩く速さになかなかついていけなくて、ほとんど小走りだった。
しばらくして、ようやく冬馬くんが足を止めてくれた。
そこはフロアのつきあたり。目の前の会場は今日は使われていないらしく、付近には誰もいない。冬馬くんは、向こうからは柱の陰になってちょうど死角になっているところにわたしを押し込んだ。
「どうしたの? 今日の冬馬くん、変だよ」
冬馬くんが急に艶めかしい顔になる。さらに、わたしの腰に手をまわしてくるので、これから先のことを想像して顔がカアッと熱くなった。
「ねえ、冬馬くん?」
なにも答えてくれない冬馬くんにもう一度呼びかける。
「シッ、黙って」
「とう──んっ……」
それから冬馬くんは唇を重ね合わせてきた。びっくりしすぎて抵抗を忘れてしまう。ゆっくりと丁寧に、だけどちょっとだけ遠慮がちなキスだった。
冬馬くんとはこれまで数えきれないくらいキスをしてきた。だけどすぐ近くに人がいるような場所でしたことは一度もない。いつもふたりきりになれる場所で、やさしくて甘ったるいキスばかり。こんな胸が苦しくなるようなキスは初めてだった。
唇を離した冬馬くんはなぜか切なそうに「ごめん」とつぶやいた。
「ほんとにどうしちゃったの? わたし、なにかしたのかな? 気に障ることをしたんなら謝るよ」
「輝はなにも悪くないから。俺が……」
「なに?」
「いや、なんでもない」
冬馬くんはそう言ったきり、黙り込む。
なんだか突き放されたように思えて不安になった。悪くないと言われても、原因はわたしにあるんだよね?
しばらく、お互いになにも言葉を発しなかった。気まずい空気が流れ、どうしていいのかわからず困っていると、冬馬くんの胸ポケットから振動音が聞こえてきた。
「なんだよ、まったく……」
冬馬くんは眉間に皺を寄せながらスマホを取り出した。
「やばい、部長からだ」
「出ないの?」
「会場に俺がいないからさがしてるんだろう。いいよ、どうせ戻るから」
冬馬くんは乱暴にスマホをしまった。
「今日、何時に家に帰ってる?」
「時間ははっきりわからないけど、そんなに遅くはならないよ」
「俺、二次会には行くけど、なるべく早めに切りあげるから部屋で待ってて。十二時までには行くから」
「……うん」
どうして急にそんな約束をしてくるんだろう。いつも突然。気まぐれでふらりと訪ねてきて、次の約束もせずに帰っていくのに。
今夜会えるのはうれしいけど、不安定になっている冬馬くんに会うのは怖いよ。まさか、わたしから離れていかないよね?
招待客がいるので今日はまるっきり給仕係だった。ウイスキーや焼酎がほしいと言われれば、そのお酒を取りにいったり、テーブルの大皿にある料理を小皿に取りわけたりしていた。
料理の小皿を配り終え、「ふうっ」とひと息つくと、冬馬くんが同期の男の子と話をしているのが見えた。
そういえば、最近は同期のみんなで飲みにいくことがめっきり少なくなってしまった。冬馬くんと一緒にいることが多いせいか、そういうことを意識することもなかった。
久しぶりにみんなと飲みたいなあ。このあと、みんな時間はあるのかな。
あとどれくらいで式典が終わるのかを確認したくなって、わたしはスーツのポケットからスマホを出した。そのときに初めて気づいた。ほんの数分前に着信が入っていた。履歴には知らない番号。
「この番号って?」
心あたりはひとり。わたしは電話をかけに会場を出た。
コールが鳴って相手はすぐに電話に出た。
『輝ちゃん?』
「はい。やっぱりサイジさんだったんですね」
『仕事中にごめんね。いま平気かな?』
「はい、抜けてきたので大丈夫です。ちょうど歓談中なので問題ないですよ」
『ならよかった。本当はさっき誘おうと思っていたんだけど、会社の人がいたから誘えなかったんだ。仕事が終わったあと、会える?』
あまりにも突然でびっくりした。さっき会ったばかりなのにと思ったけれど、わたしもサイジさんに話したいことがあったので会うことに決めた。
待ち合わせ場所はこのホテルの最上階のバー。ホテルのバーなんて行ったことがないから少し緊張するけど、サイジさんは芸能人だし、そこら辺の居酒屋というわけにもいかないから仕方がないのかもしれない。
電話を切って会場に戻ろうとすると、冬馬くんがこちらに歩いてくるのが見えた。
「あれ? 冬馬くん、どうしたの? トイレ?」
「輝のことを追っかけてきた」
「なにかあった?」
「今日さ、同期の連中で二次会に行こうってなったんだけど、輝は大丈夫だよな?」
なんてタイミングが悪いんだろう。わたしも二次会に行きたい。だけど今日を逃すともう会えないかもしれないから、どうしてもサイジさんとの約束を優先したかった。
「ごめん。今日は無理なんだ」
「なんで?」
「用事があるの」
「用事って?」
「うん、ちょっとね……。でもたいしたことじゃないよ」
わたしの言動、おかしいのかな。冬馬くんがなんとなく怒っているような気がするんだけど。
「ちょっと来い」
「え?」
なぜか冬馬くんに腕をつかまれた。
「どこ行くの?」
だけど答えてくれない。会場の外にいた人たちにじろじろ見られているのに、冬馬くんはそんなのはおかまいなしにずんずんと歩いていく。わたしは冬馬くんの歩く速さになかなかついていけなくて、ほとんど小走りだった。
しばらくして、ようやく冬馬くんが足を止めてくれた。
そこはフロアのつきあたり。目の前の会場は今日は使われていないらしく、付近には誰もいない。冬馬くんは、向こうからは柱の陰になってちょうど死角になっているところにわたしを押し込んだ。
「どうしたの? 今日の冬馬くん、変だよ」
冬馬くんが急に艶めかしい顔になる。さらに、わたしの腰に手をまわしてくるので、これから先のことを想像して顔がカアッと熱くなった。
「ねえ、冬馬くん?」
なにも答えてくれない冬馬くんにもう一度呼びかける。
「シッ、黙って」
「とう──んっ……」
それから冬馬くんは唇を重ね合わせてきた。びっくりしすぎて抵抗を忘れてしまう。ゆっくりと丁寧に、だけどちょっとだけ遠慮がちなキスだった。
冬馬くんとはこれまで数えきれないくらいキスをしてきた。だけどすぐ近くに人がいるような場所でしたことは一度もない。いつもふたりきりになれる場所で、やさしくて甘ったるいキスばかり。こんな胸が苦しくなるようなキスは初めてだった。
唇を離した冬馬くんはなぜか切なそうに「ごめん」とつぶやいた。
「ほんとにどうしちゃったの? わたし、なにかしたのかな? 気に障ることをしたんなら謝るよ」
「輝はなにも悪くないから。俺が……」
「なに?」
「いや、なんでもない」
冬馬くんはそう言ったきり、黙り込む。
なんだか突き放されたように思えて不安になった。悪くないと言われても、原因はわたしにあるんだよね?
しばらく、お互いになにも言葉を発しなかった。気まずい空気が流れ、どうしていいのかわからず困っていると、冬馬くんの胸ポケットから振動音が聞こえてきた。
「なんだよ、まったく……」
冬馬くんは眉間に皺を寄せながらスマホを取り出した。
「やばい、部長からだ」
「出ないの?」
「会場に俺がいないからさがしてるんだろう。いいよ、どうせ戻るから」
冬馬くんは乱暴にスマホをしまった。
「今日、何時に家に帰ってる?」
「時間ははっきりわからないけど、そんなに遅くはならないよ」
「俺、二次会には行くけど、なるべく早めに切りあげるから部屋で待ってて。十二時までには行くから」
「……うん」
どうして急にそんな約束をしてくるんだろう。いつも突然。気まぐれでふらりと訪ねてきて、次の約束もせずに帰っていくのに。
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