愛してやまないこの想いを

さとう涼

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第13章 ありがとうをあなたに

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 それから数日後。世良さんに誘われて、あのダイニングレストランに来ていた。
「世良さんが設計したお店で食事をするのは初めてです。すごく素敵なお店ですね」
 無垢材のテーブルは分厚くてどっしりとした安定感がある。ブラックのひとり掛け用のソファは贅沢感があって、窓際の席のクラシカルな半透明のガラス製ペンダントライトが大人っぽい演出をしていた。お店の中央にある木製のルーバー天井はやわらかい印象で、とても落ち着いた雰囲気だ。
「食事はリーズナブルな値段なんだよ」
「おしゃれで女の子同士でも入りやすそうですね」
 ファッションビルも多いこの街にはたくさんの女性が集まってくる。OLさんや女子学生からの注目も高まりそうだ。
 お店の雰囲気を楽しんでいると、世良さんの同期だった平尾さんが前菜を持ってテーブルに来てくださった。
「平尾さん、今日はお料理を楽しみにしてきました」
 平尾さんとは初対面。長身で格闘技をやっていそうな体格。顔の彫が深く、ワイルドだ。
 でもやさしそう。笑顔はとても親しみやすい。
「結婚おめでとう。ささやかだけど、俺からの結婚祝いだから。たくさん食べていってよ」
「はい、ありがとうございます」
 お料理はイタリアンのディナーコース。わたしたちのために、お店にはない特別メニューを考えてくれたそうだ。
「式は挙げるんだろう? 日取りは決まった?」
「それは……」
 平尾さんに聞かれたけれど答えられない。両家へのあいさつがすんだのはつい最近のこと。世良さんも仕事が忙しくて、話し合う時間も持てなかった。
「もちろん、挙式も披露宴も両方やるよ。日取りは来年の春頃がいいかな、亜矢ちゃん?」
「は、はいっ!」
 うれしい。世良さんは具体的に考えてくれていたんだ。
「そういうことだから。披露宴は盛大にやるから平尾も来てくれよ」
「楽しみにしてるよ」
 平尾さんの目尻に皺が浮かぶ。朗らかな笑みだった。
 こうしてお祝いされていると、結婚がますます現実味を帯びてくる。
 これまではふたりの会話のなかで語られていた結婚というものが、少しずつほかの人たちに知られていって、みんなに夫婦として認められていくんだ。

 その後、おいしいイタリアンの食事をいただく。最後にデザートとエスプレッソが運ばれてきて、世良さんと食事の感想を話していたら、平尾さんがもう一度テーブルに来てくださった。隣には奥様と小さなお子さんが立っていた。
「紹介するよ。俺の嫁の景子《けいこ》と息子の翔《しょう》」
「平尾の妻です。ご結婚が決まったそうで、おめでとうございます」
「ありがとうございます。大久保亜矢です。以前お会いしたときはちゃんとごあいさつできなくて……」
 世良さんのアパートのエントランスで会ったときはそんな余裕がなかった。今思い出しても恥ずかしい。
「いいえ、わたしのほうこそ失礼しました。あの日は世良さんが店のオープンの前祝いを開いてくださって、家族でおじゃましていたんです。この子も世良さんに懐いているので。ほら、翔、ごあいさつして」
 景子さんが翔くんの頭にポンと手を置く。
「ひらおしょうです。よんさいです!」
 景子さんの脚にピッタリとはりつきながらも、翔くんは大きな声でハキハキと自己紹介した。
 かわいいなあ。男の子だから元気いっぱいで、今も手には恐竜のおもちゃを持っている。
「翔くん、初めまして。大久保亜矢です。翔くんは恐竜が好きなの?」
 目線を合わせるように少し前かがみになって言うと、翔くんがはにかみながら「うん」とうなずいた。
「これ、世良さんから誕生日プレゼントでいただいたんです。それ以来、一番のお気に入りなんですよ」
 景子さんがそう言うと、向かいの席に座っている世良さんの顔がパアッと明るくなった。
「翔くん、ほんと?」
 世良さんがたずねると、翔くんがまたまた「うん」とうなずく。世良さんが、「そっかそっか」と満面の笑みになった。
 世良さん、すごくうれしそう。翔くんのことが大好きなんだなあ。
 景子さんは、外資系の化粧品会社で働いているそうだ。
 こうして改めて見ると、まつ毛が長くて鼻も高くて、整った顔立ちをしている。彼女はしっとり系和風美人で、近くで見れば見るほど美形だ。平尾さんと並ぶと芸能人夫婦みたい。洗練されたカップルで格好いい。
 こんなにお似合いのご夫婦なのに。わたしったら、世良さんとの仲を疑っていたのか。
「亜矢さんはライティングデザインの会社にお勤めと聞きました。有名な会社ですよね。前にテレビで見ました」
「そうなんですか! かなり前の放送だったんですけど」
 実は、春山社長の密着番組が過去に放送されたことがあった。人気番組で何度か再放送もされていたので、いまだにそういった話題が出ることもある。
「あの番組を見てライティングデザインというお仕事を知ったんです。素敵なお仕事ですよね。わたし、すごく感謝しているんです。あの頃、仕事のことで落ち込んでいたんですけど、あの番組を見てすごく励まされたんです。感動しました」
「ありがとうございます! うちの社長に伝えておきます」
 テレビなどに顔を出すと陰でいろいろ言われることもあるのだが、春山社長はそれでもできる限り取材を受けている。春山社長がそうするのは、ライティングデザインという仕事を世間に広めるためなのだそうだ。
 こうやって番組を見た人から生の声を聞けて、わたしも感動している。
 光の装飾は必ず必要というものではないかもしれない。でも誰かの心を癒やせているなら意義はあると思う。
「本当に素晴らしい仕事だよね。春山社長が言ってたんだ。みんなが光に見入っている姿を見たときが、それまでの苦労が報われる瞬間なんだって。だからこの話を聞いたら大喜びするよ」
 世良さんが切々と語った。
 わたしはうれしくて、自分のことじゃないのに誇らしくて、少し照れくさかった。
 最後に景子さんから花束を渡された。
「ふたりともお幸せに」
「うわぁ……ありがとうございます」
 花束はピンクのバラ、ガーベラ、スイートピーの素敵なアレンジ。花の香りを吸い込んで幸せに浸る。
「かわいいね」
「はい、とっても」
 顔を上げると世良さんがやさしく微笑んでいた。
 彼はいつもわたしをこんなふうに見守ってくれている。本当にわたしにはもったいない人だ。

 食事を終えてお店を出ると、通りを歩いて駅に向かう。
 わたしはこの石畳の歩道を歩くのが好き。コツンコツンとヒールを鳴らし、淡く照らされた街路樹を眺めながらゆっくりと進む。
 隣には愛する人。その人と手をつなぎ、他愛もない話をしながら歩いているだけで、わたしの心は無敵になる。怖いものなんてない。この人を守るためなら、わたしの命なんて惜しくない。本気でそう思っている。
 その想いをいつも胸に抱き、今日という日が無事に過ぎることに感謝し、今日と同じように笑顔あふれる明日が来ることを願う──。これがわたしなりの愛するということ。

 今日も静かに夜が過ぎていく。月がきれいな夜だった。
 満月の夜の砂漠では、新聞の見出しほどの大きさの文字なら読めるほど明るいという。満月が三日後の今日も、この部屋の照明は消しているのに、ぼんやりと明るかった。
 彼の手のひらが、わたしの素肌をすべっていく。最初の頃はどこか緊張していて、しっくりこなかった部分も、今ではすっかり馴染んでいる。身体の相性というけれど、何度も肌を重ね合わせていくうちに、だんだんと合っていくような気がする。
「好きだよ、何度言っても足りないくらい」
 真剣な顔が見下ろしている。
 彼の愛はこの身をとかしてしまいそうなほどに深くて、激しい。乱れる髪、滲む汗、荒い呼吸、切なげな表情。すべてが愛おしかった。
 全身をめぐる快感によって、声にならない声が月明かりの部屋に響いた。
 やがて身体の芯が貫かれ、奥のほうで感じる熱い情熱。わたしの上に倒れ込む彼の重みが快感の余韻に導いていく。満ちあふれる幸せのなかで、今日もまた彼への愛が深まっていった。

 アナログの時計の秒針が止まることなく動き続けている。刻々と時を刻み、ふたりでいられる時間が少しずつ失われていく。
 幸せのはずなのに、こうして最後には泣きたくなるような気持ちになるのはわたしだけなのかな。
「二世帯住宅のことなんですけど……」
 仰向けになっている世良さんの胸もとに手を乗せ、その鼓動を手のひらで感じていた。こうしていると安心できる。ふたりで共有している時間をはっきりと実感できる。
「ご両親はなんて?」
「反対はされませんでした」
「複雑な気持ちになるのは当然だよ。別に無理しなくてもいいよ。亜矢ちゃんだってひとり娘なんだから」
「いいえ、わたしは同居してもいいと思っているんです」
「でも……」
「妥協とかそんなんじゃないんです。現実的な問題を考えたら、世良さんのご両親に頼ることも出てくると思うんです。家族ですから。お互いに助け合っていければいいなと思ったんです」
 誰にも会いたくない、ひとりがいいと思っていた時期もあったけれど、人はひとりでは生きていけないんだと、これまでの経験ですごく感じた。だから家族として寄り添って、できれば支えになれたらいいなと思う。
「ありがとう。亜矢ちゃんのご両親には僕からもお礼を言わせて」
「はい」
 世良さんのお母さんの気持ちも無駄にしたくない。それに世良さんを育ててくださったご両親だから大切にしたいし、教わることもたくさんあると思う。
「世良さんが設計したお家に住めるなんて、なんて贅沢なんだろうと思います。期待してますね」
「設計の希望があればなんでも言って。今からでも変更できるから。どんなことでも叶えてあげるよ」
「どんなことでも? そんなこと言っちゃってもいいんですか?」
「たぶん僕ならできるよ。亜矢ちゃんのわがままくらい、どうってことないよ」
 少しずつ結婚が形になっていく。そうやってわたしたちは家族になる。もちろん、いつまでも男と女であり続けたいと思ってはいるけれど、こればかりは結婚してみないとわからない。
 だけどあなたとなら後悔のない人生を歩んでいける。そのことを確信できるのは海よりも深いあなたの強いやさしさを知っているから。
 大切に守られながら、わたしもあなたを守りたい。灯が消える最期の日まで。

 半年後。
 わたしたちは結婚式を挙げた。
 早いもので、文哉さんからプロポーズされてからもうすぐ一年が過ぎようとしている。
 今日は穏やかな春の陽気に包まれていた。
 純白のウエディングドレスを着てバージンロードを歩いていくと、その先に文哉さんが微笑んで立っていた。その姿を見て、わたしの胸はいっぱいになった。
 だけど誓いのキスのとき。文哉さんはなかなか唇を離してくれなかった。長い長いキスに、わたしは恥ずかしくなって、でもどうにもできなくて。キスのあと抗議の意味で文哉さんを軽く睨んだら、なぜか笑われてしまった。
 文哉さん、困ります。今日は一生に一度の結婚式なのに……。
 最近の文哉さんは無邪気すぎて手に負えないことが増えた。
 ついこの間もひと騒動あった。わたしのうっかりミスで、萌さんにもらったスケスケルームウェアが見つかってしまったのだ。

 ◇

 新婚旅行の準備のために、わたしと文哉さんは寝室でそれぞれ荷造りをしていた。そのとき自分のスーツケースを開けたら紙袋が出てきて、なんだったかな? と中身を確認したところを文哉さんに見られてしまったのだ。
 そうだった、スーツケースに隠していたんだ!
「亜矢って、こういうの着るんだ?」
 文哉さんはニヤニヤとわたしを追いつめてきた。
「き、着ませんからっ!」
「なんで? そのために買ったんでしょう?」
「これは萌さんにもらったんです」
「なーんだ。でも見たいな、着てみてよ、お願い」
「……や、やです」
「かわいいんだろうなあ。ね、だめかな?」
 目の前のきれいな顔がにこりと笑う。さらに甘えるようにねだってくるので、思わずうなずいてしまった。
「……ちょっとだけなら」
「よし! お風呂上がりにそれ着てよ。約束だからね」

 ◇

 こうして、あのスケスケルームウェアを着ることとなってしまった。
 最初は恥ずかしくて仕方がなかったけれど、文哉さんはすごく喜んでくれたので、これでよかったのかな。
 文哉さんにはいつもたくさんのやさしさをもらっている。そのお返しというわけじゃないけれど、うれしそうな顔を見ていたら、これくらいどうってことないって思えた。

 ブーケトスの直後。
 周囲が盛り上がっているなかで文哉さんがわたしの腰に手を添え、耳もとでささやいた。
「今日もすごくきれいだよ、亜矢」
「……あ、ありがとう」
「バージンロードを歩いてきた亜矢を見て、ほんと困ったよ。ごめんね、亜矢があまりにもきれいだから、誓いのキス、ちょっと長めになっちゃった」
 こんなときでも文哉さんは甘くてやさしい。
 文哉さんは出会ったときから変わらない。わたしは相変わらず文哉さんの言葉や仕草にドキドキさせられている。
「文哉さんも格好いいです。わたしを選んでくれてありがとうございます」
「それはこっちのセリフ。わがままな僕を受け入れてくれてありがとう」
「本当にわたしでよかったんですか?」
「またそんなこと言ってる」
「だって文哉さんモテるし、仕事もできるし、もっといい人がいたかもしれないのに」
 文哉さんの言う通り、わたしは何度もこんなセリフを言っている。
 正式に日取りが決まってから、逆にわたしのなかに不安が生まれていた。
 文哉さんが素敵すぎるから。
 わたしは文哉さんと釣り合っているのだろうか。愛されるだけの価値があるのだろうか。
 そんな自問自答を繰り返し、文哉さんを困らせている。
「臆病になる必要なんてないんだよ。亜矢は僕に惜しみなく愛をそそいでくれるだろう。僕だってそうだよ。いくら愛しても、次から次へとあふれてくるんだ」
 そのとき文哉さんの唇が頬をかすめた。驚いて彼を見ると、してやったりの顔。
「続きは今夜」
 もう……文哉さんには敵わない。わたしをドキドキさせる天才だ。
「楽しみにしてますね」
 わたしも負けたくなくてそう言ったら、文哉さんも「僕も楽しみ」と朗らかに笑った。
 この笑顔がわたしは大好きだ。参列者の方々の笑顔にも囲まれて、わたしはそれらの笑顔をしっかりと心に刻んだ。
 たくさんの人たちに祝福してもらい、この日を迎えられた。
 わたしじゃだめなんだと自分が嫌いになって、なにもかも投げ出したくなったとき、わたしを救ってくれたのが萌さんや春山社長、文哉さんだった。
 わたしの胸は感謝の気持ちでいっぱいだ。
 今日という日をありがとう。
 そして文哉さん。
 あなたと出会えたおかげで、わたしは愛し合うことの尊さを知ることができました。人を思いやり、感謝する気持ちを教えてくれたのはあなたでした。
 わたしと結婚してくれてありがとう。あなたを愛してやみません。


《本編・2018.9.16完結》



●お知らせ(2019.2.28)

番外編をupしました。
タイトルは『そんな嘘もときにはいいよね』です。

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