愛してやまないこの想いを

さとう涼

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第12章 結婚の現実

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 都内某所。世良さんのご実家へとうとう来てしまった。わたしの両親と萌さんへのあいさつはそれぞれすんでいた。もちろん、うちの両親も萌さんも、世良さんとの結婚を喜んでくれた。
 そして今度はわたしの番。今日が世良さんのご両親と初対面の日。
 閑静な住宅街に佇む一軒家の庭先の駐車場に車を停めると、その音を聞きつけて、ご両親が玄関ドアを開けてわたしたちを出迎えてくれた。
「お帰りなさーい!」
「ただいま、母さん」
 車を降りて世良さんが言った。わたしも隣でおじぎをする。
「亜矢さん、待ってたのよ! お会いできてうれしいわ!」
「わたしもです。お会いできて光栄です」
 続いて世良さんのお父さんに軽く頭を下げられ、わたしも慌てて頭を下げる。
「初めまして、大久保亜矢と申します」
「いらっしゃい。狭い家ですが、ゆっくりしていってください」
 お父さんがやさしい声でおっしゃってくれた。心がぽっとあたたかくなるようだった。
「ありがとうございます。おじゃまさせていただきます」
 家に入ると広い玄関。狭いだなんてとんでもない。外観を見たときも思ったけれど、とても大きな家だった。
「文哉、ずいぶん遅かったな。事故にでも遭ったんじゃないかと心配していたんだよ」
「途中の道が混んでいてさ。つい最近、少し先の国道沿いに大型のショッピングセンターが出きただろう」
「なるほど、そのせいか。今日は日曜だしな。まだ行ったことはないが、あの辺の道路は混みそうだな」
 お父さんはハンサムで穏やかな方だ。世良さんの声や雰囲気はお父さんによく似ている。お母さんは底抜けに明るくてパワフル。笑ったときの目は世良さんと同じだ。
「今日は本当によく来てくださったわ」
 お茶を出しながら、お母さんが言う。
 広々としたリビングダイニングのソファは世良さんのアパートのお部屋のモスグリーンのソファと色違いで、比較的落ち着いた色合いのオレンジ。あたたかい色と馴染みある座り心地が緊張していた心を解きほぐしてくれた。
「ほんと、かわいらしいお嬢さんだこと」
 お茶を出し終えたお母さんもソファに座り、四人がそろう。わたしは「そんなことないです」と首を振った。
「いやいや、妻の言う通りだよ。文哉は随分と面食いなんだな」
 お父さんにまでそう言われ下を向くしかない。
「そうよねえ。そういうところはやっぱり親子よね。文哉はお父さんにそっくりだわ」
 すかさず、お母さんの冗談なのか本気なのかわからない会話が混ざった。
「自分でよく言うよ。でも亜矢さんは、母さんの若い頃に似ているような気がするなあ」
「だから文哉が好きになったのかしら?」
「そうかもしれないな。母さんの言う通り、親子でタイプが似ているのかもな」
 ご夫婦のちょっぴり色気のある会話にこっちは赤面中。今でもラブラブなご夫婦なんだ。
「緊張するだけ無駄だっただろう?」
 世良さんがニヤニヤと小声で言う。震え声の話を思い出したわたしはキッと世良さんを睨むけれど、世良さんは澄ました顔で熱々の緑茶をすすった。
 そのあとはわたしの仕事や実家の話をしたり、世良さんとの生活のことを聞かれたり。驚いたことに、ご両親はわたしが世良さんと同棲していることをご存じで、そのことも好意的に思ってくれていた。
 家族の仲がとてもいい。たくさん話をしてそう思った。
「亜矢さんはもともと文哉と同じ会社の受付だったそうだね?」
 お父さんが興味深そうにたずねる。
「はい。その後、わたしは高嶋建設を退職して今の会社に。そこで偶然再会しました」
「なるほど」
「まさか、うちの事務所が高嶋建設と仕事をするようになるとは思ってもみませんでした」
「たしかにすごい偶然だな。まあ、同じ東京で同じ業界にいるわけだから、それもあり得る話ではあるんだろうけどな」
「ええ。こうして結婚することになって、偶然の再会に感謝しています」
 隣に世良さんが座っているのに、とても楽しい雰囲気だったので、ついベラベラと口が動いてしまう。あとで世良さんに突っ込まれたら恥ずかしいな。
「きっと、ふたりは結ばれる運命だったのよ。素敵ねえ、憧れるわ」
「母さん、その年で『憧れる』はないんじゃない?」
 世良さんが、うっとりしているお母さんに向かってからかうように言う。
「失礼ね! 女はね、年をとっても結婚していても夢を見るものなの!」
「ふーん、そういうものなのか」
 お母さんの意気込みに対しても、世良さんはさらっと流し、相変わらず落ち着いた様子。家でも外でも世良さんは変わらない人なんだなあと、ふたりのやり取りからも感じた。
「それより母さん、そろそろ支度をしなくてもいいの?」
 世良さんに言われて時計を見たお母さんが慌て出した。
「あら、もうこんな時間。お夕飯の支度をしなきゃ」
 本当だ。あれから二時間近くたっている。話が弾んで気づかなかった。
 キッチンへ行ってしまったお母さんを見て、わたしもさっと立ち上がった。それからキッチンの入口に立って、お母さんに声をかける。
「わたしにもお手伝いさせてください」
 お母さんは一瞬きょとんとした顔をしていたけれど、エプロンを胸に抱いているわたしを見て、「お願いするわ」とわたしを手招きしてくれた。
 シンプルな透明容器に入った調味料が作業台のスパイスラックに何種類も並んでいた。ピカピカのシンクは清潔感があって、カフェカーテンのひかれた窓の下にはさわやかな小さな観葉植物が置いてある。気持ちがよくて、使いやすそうなキッチンだ。
「お料理がお好きなんですね」
「ほかに趣味がないの。でも家族に料理を作ることは楽しいわ。文哉も小さい頃はよくお手伝いをしてくれたのよ」
 ひとり息子の世良さんは甘えん坊だったのかな。小さな世良さんがお母さんのお手伝いをしている姿を想像し、ついにやけてしまった。
「だから文哉さんは料理上手なんですね。わたしはなかなか腕前があがらなくて」
「そう言うわりには、亜矢さんの包丁を握る手つきはなかなかよ。文哉のためにいつもありがとう」
 野菜を切るわたしの手もとを見たお母さんが、そう言ってくれた。
 お料理は世良さんのために覚えたと言っても過言ではない。それまではお魚をおろせなかったわたしが、ついにアジの三枚おろしができるようになったのだ。
「ひとり暮らしのときは栄養バランスや旬の食材をあまり考えていませんでしたし、そもそも料理をあまりやらなかったんですけど。文哉さんと一緒に暮らすようになって、そういうことも大切だなあと思うようになりました」
「わたしもよ。独身時代は料理なんて全然興味がなかったけど、夫と結婚してすぐに文哉が生まれて……。やらないわけにいかないじゃない。もう必死だったわ」
 お母さんとの女同士の会話。パワフルなお母さんのもうひとつの顔。
 この人が世良さんを産んで、大切に育ててくださったんだ。そのおかげで、わたしは世良さんという素晴らしい人と結婚することができる。世良さんとならあたたかくて幸せな家庭を作ることが叶うはず。
「そうそう! 亜矢さん、リフォームの話を文哉から聞いた?」
「リフォームですか? いいえ、聞いていませんけど」
「そうなの? まったく、あの子ったら。あれほど急いでねって念を押していたのに」
 お母さんはぶつぶつとそう言って水道で手を洗うと、リビングにいるお父さんに声をかけた。
「お父さん、あの図面、どこに置いたかしら?」
「その話はまた今度にしたほうがいいんじゃないか?」
「だめよ。文哉にまかせていたら、いつまでたっても話が進まないんだから」
 いったい、なんの話だろう。このお家のリフォームの話みたいだから世良さんがかかわっているのはわかるんだけれど。わたしもまざっていいお話なのだろうか。
「母さん! その話はまだ亜矢ちゃんにしていないんだ!」
 お母さんたちの会話を聞いていた世良さんが声を荒らげた。
「だからよ。あれほど言ったのに。てっきり話してくれているんだと思っていたわ」
「順番があるだろう。親に紹介して正式に結婚が決まってからだと思ったんだよ」
「それなら今日でいいじゃない。嘘のお見合い話をでっちあげても、文哉がなかなか亜矢さんとの結婚を決めてくれないから、のびのびになっちゃったのよ」
 嘘のお見合い話。あれって本当にお母さんの嘘だったんだ。
 で、このお家のリフォームとわたしたちの結婚はどういう関係があるのだろうか。

「二世帯住宅ですか?」
 夕飯が出きあがり、みんなで食卓を囲んでいた。
 豪華なお刺身の盛り合わせに煮物にサラダ。それから茶碗蒸しにワカメときゅうりの酢の物。天ぷらのエビはすごく大きい。食べきれないほどのごちそうだ。
「そろそろ我が家もリフォーム時期かなと思っていたの。でも肝心の文哉の結婚がまだなものだから。やっぱりリフォームよりも息子の結婚が先でしょう?」
「は、はぁ……」
「それでね、文哉の結婚を急かそうと思ってお見合いの話をしたのよ。そうしたらプロポーズした女性がいるって言うじゃない。わたし、うれしくて……」
「それで二世帯住宅にしてお嫁さんと一緒に住むって言い出したってわけ。仕方なく二世帯住宅とそうじゃないものの両方の設計をしたんだよ。おまけに電気工事業者の指定をしてきたり、手作りの作りつけの家具をサービスしてほしいなんて頼んできたり。わがままなお客様だよ」
 お母さんに続き、世良さんがポカンとしているわたしに苦笑いしながら説明してくれた。
 なるほど、そういうことか。
 息子の世良さんになら、気軽にふたつのパターンの設計を頼める。
 それにしても二世帯住宅とは驚いたな。
 そういえば、結婚したあとの新居の話をしたことがなかった。もともと世良さんが住んでいたアパートにわたしが住まわせてもらっていて、このまま住み続けるものだと勝手に思い込んでいた。
 工事業者の選定まで話が進んでいるとなると、お母さんのなかでは少なくともリフォームは決めていて、あとはわたしたちの返答を待つのみなのか。「あ! 前にアパートで見た北街角の家の電気工事の見積もりって?」
「そう。あれは、この家のリフォームの見積もり」
「そういうことだったんですね」
 あのとき、世良さんが一般住宅の設計をするなんて珍しいなと思ったんだ。高嶋建設では一般住宅の建設そのものが少ないから。
「その電気工事の会社は父さんの知り合いの業者さんなんだ。図面を渡したら、まだはっきり決まっていないのを承知で、さっそく見積もりしてくれたんだよ」
 デート予定だった日。ドタキャンして世良さんは社長さんに会いにいくと言っていた。その社長さんというのが、その方だったんだ。
「腕のいい職人あがりの社長さんで、人柄もよかったよ。経営も安定しているし、技術職に就いている人のほとんどが資格を持っているから、安心して仕事をまかせられるよ」
 すべての辻褄がピタリと合った。世良さんが家でパソコンに向かっていたのも、ご実家のリフォームの設計をしていたんだ。
「でも今日初めてお会いしたのに、二世帯住宅を希望されてよろしいんでしょうか?」
 わたしはいきなりのことで実感がない。いまだに、どこか他人事みたいな感じだ。
 世良さんのご両親は、わたしでいいのだろうか。
「亜矢さんのことは文哉から聞いていたから。それに文哉が選んだ女性なら間違いないわ。実際にお会いして、いいお嬢さんだってことがわかって安心したの。ねえ、そうよね?」
 お母さんがお父さんに問いかける。お父さんはやさしくうなずき、さらにフォローを加えた。
「しかし二世帯住宅のことは、もう少し話し合わないといけないけどな。亜矢さんと文哉の意見も聞かないと」
「わかってるわ。そのために二種類の設計をしてもらったんだもの。そういうことだから、亜矢さんも気楽に考えてちょうだいね」
 お母さんは、わたしのことを気遣うように言ってくれた。

 食事のあと、キッチンにいるお母さんのもとへ食器を運んだ。
「食器洗い、わたしもお手伝いします」
「ありがとう。並んであと片づけするなんて久しぶり。うれしいわ」
「ふたりでやると楽しいですよね。文哉さんもいつも手伝ってくれるんです。仕事が忙しいのに、家のことも協力的で助かってます」
 最初はわたしに気を使っているのかなと思っていたんだけれど、そういうわけでもなさそうで。だからといって自分で家事をやらなきゃ気がすまないタイプでもなく、不思議だなと思っていた。でも小さい頃からお手伝いをする習慣があったと聞いて納得していたところ。
 世良さんにとって、家事を手伝うことは自然なことなんだね。
「わたしね、以前は看護師として大きな病院に勤務していたの。文哉は子どもながらにわたしが忙しいのを知っていたみたい」
「それでいつもお手伝いを。昔からやさしいんですね……」
「そうね、親ばかだって思われちゃうかもしれないけど。あの子は本当にやさしい子なの」
「文哉さんが言ってました。女の子は赤ちゃんを産む身体だから大切にしなさいとお母さんに教えられたって。だから、とてもやさしいんですね。女の子だけでなくて、みんなにも」
「えっ、やだ、あの子ったら……」
 お母さんが涙ぐむ目をごまかすように瞬きをした。
「わたし、感動しちゃいました。だから文哉さんのご両親は素敵な人だと確信していました」
「亜矢さん……」
「わたしもいつか子どもを産んで、もしその子が男の子だったら、そういうふうに教えたいです。未来の息子のお嫁さんにもわたしと同じ感動を味わってもらいたいなって」
「ありがとう。文哉の選んだ女性が亜矢さんでよかったわ。本当にうれしいの」
 そしてお母さんが打ち明けてくれた。どうして二世帯住宅にこだわっているかを。
 看護師だったお母さんは夜勤もこなし、家を留守にすることが多かった。ひとりぼっちでお母さんの帰りを待っていた小学生の世良さんはいつもさみしそうに見えたという。夜、家の外でお母さんを待っていることも度々だったそうだ。
 だから、せめて孫にはそんな思いをさせないようにしたい。学校から帰ってきた孫を、「お帰りなさい」と迎えてあげたいと思ったそうだ。
「亜矢さんが専業主婦だったとしても、美容院に行ったり、お友達と会ったりすることもあるでしょう。そういうときにも気軽に預けていける環境を作ってあげたいと思ったのよ。自己満足だけど」
 そう言ったお母さんの顔はとてもやさしくて、世良さんはお母さんにそっくりだなと思った。

「今日は驚かせてごめん。二世帯住宅のこと、なかなか言い出せなくて」
 帰りの車のなかで、世良さんが申し訳なさそうに言う。
 すっかり長居をしてしまい、時刻は夜の十時近くなっていた。交通量が少なくなった道を車が加速していく。
「たしかにびっくりしました」
「母さんのことは気にしなくていいから。僕としてはこの話は保留にしようかと思ってるんだ。数年後に改めて考えても遅くはないかなって」
 世良さんは意外にも同居のことには消極的だった。わたしのことを気にしてくれているのかな。
「わたし、同居のことは思ったほど抵抗を感じていないんです。今は地方に住んでいる短大のときの友達も相手の親と同居していて、身近なことっていうか、そういうこともあるかもしれないんだなって漠然と思っていたんで」
「そう言ってもらえるとありがたいけど。亜矢ちゃん自身の希望を優先したいんだ」
「わかってます。お母さんのこととは別に考えてみます。実家の両親にも話しておかないといけないですし」
 結婚とはそういうものなんだ。ふたりの戸籍が一緒になるだけではない。お互いの親や親戚ともつながって、ふたりだけの関係ではなくなる。
 そこまで考えていなかった。同棲の延長みたいに思っていた。でもぜんぜん違うんだ。
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