FLORAL-敏腕社長が可愛がるのは路地裏の花屋の店主-

さとう涼

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1.恋をしましょう!

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「あの、もう閉店ですか?」

 店先で鉢物の最後のひとつを手に取ったときだった。遠慮がちな声がして、かがんだまま見上げると、スーツ姿の若い男性が立っていた。

 うちの店はオフィス街からほど近い場所にあるから、さっき帰ったお客様のように男性客が来ることはたまにある。けれど、このお客様はこれまでの男性たちとは出で立ちがどことなく違う。貫禄というか、品格があるというか……。
 たぶん、両方が備わっている。長身でスラッとした体型。遠慮がちと言っても、人あたりがよさそうな軽やかな口調と、わたしをまっすぐ見つめる自信に満ちた微笑み。スーツだって身体のラインに合っていて、オーダーメイドなのかなとなんとなく思った。

「よろしいですよ。どんなものをご希望ですか?」

 立ち上がって尋ねる。

「花束なんだけど、アレンジをお願いできる?」
「ええ、もちろんです。なにかのお祝いでしょうか?」
「誕生日なんだ」

 お客様はそう言うと、少し恥ずかしそうにはにかむ。
 このお客様も奥様か恋人へのプレゼントかな。どちらにしても誕生日プレゼントなのだし、きっとある程度親密な関係の方なのだろう。「なかへどうぞ」と店内に招き入れると、お客様はおずおずと入ってきて、店内を軽く見まわした。

「どなたへのプレゼントですか?」

 アレンジもお願いされたので、お相手を知る必要がある。性別、年齢、できればどんな関係なのかもわかれば作りやすい。
 だけどすぐに返答がなく、どうしたのだろうと様子をうかがっていると、お客様は「母へ」とだけ答え、目を伏せた。

 さっきからとても居心地の悪そうな様子。もしかして花を贈ることに慣れていないのだろうか。
 もっとも日本人は男女関係なく、多くの人が花を贈るのは日常的なことではないのだろうけれど。このお客様は花を持っている姿が様になる感じ。女性の誕生日にバラの花束をプレゼントしそうな雰囲気なのでちょっと意外だった。

「お花の種類や色合いのご希望はありますか?」

 お客様は店内の花にちらりと目を向けたけれど、案の定「おまかせするよ」という返事。
 わたしはあまり踏み込まない程度に、お母様の情報を聞き出すことにした。
 するとどうやら活動的な方らしく、お仕事もされているとか。花もお好きで、最近になって生け花も習いはじめたそうだ。

 なるほど。このお客様はわたしとそう年齢は変わらない感じだから、お母様の年齢はおそらく四十代後半からせいぜい六十代前半。
 お仕事をしながら習いごともこなすということは、きっと若々しい方なのだろう。それなら華やかな色合いがいいかもしれない。

「予算は一万円ぐらいで」
「かしこまりました。ご予算内でお作りしますね」

 今朝仕入れた切り花のなかから数種類の花を選ぶ。
 鮮やかなピンクのガーベラ、やさしいピンクのバラ、上品なピンクのユリ。少し個性的になるようにピンク系でアレンジしようと思った。

「お母様はピンク系の色はお好きですか?」

 花のアレンジメントとしてはわりあい好まれる色だけれど、念のため確認してみる。

「好き……だと思うよ。昔はよくピンクの着物を着ていたから」
「和服がお好きなんですか?」
「どうなんだろうな。仕事柄、着る機会は多いけど」

 どんなお仕事なのだろうと気になるけれど、これ以上尋ねるのは遠慮しておこう。
 わたしはこのお客様とお母様に喜んでもらえるよう、心を込めて花束を作る。ドット柄の白いチュールとグレージュのペーパーでラッピングして、最後にブラウンのリボンを巻いた。

「こんな感じでよろしいですか?」
「ああ、すごくきれいだ。花もいいけど、ラッピングもおしゃれだね。こういうの、あんまり見たことないな」
「ありがとうございます。お花が引き立つようなラッピングを心がけています」

 うちの店は、包装紙とリボンについて、こだわっているほうかもしれない。色はもちろん、材質や柄もいろいろと取りそろえている。経費はかかるけれど、こういうところで他店との差別化を図らないとリピーターのお客様の確保が難しい。

「これなら、きっと母も喜ぶよ。あの人、年甲斐もなく、こういう乙女チックなの好きそうだから」

 店に来たばかりのときの居心地の悪そうだった顔が嘘のよう。気持ちが楽になったようで、白い歯を見せ、本当に気に入ってくれたことが伝わってくる。
 この仕事をしているとき、様々な場面でやりがいを感じるけれど、こんなふうに目の前でお客様の笑顔を見ているときも幸せだなと感じる。仕事がきつくても、もっとがんばろうと思える。
 あとはお母様が気に入ってくれればいいんだけど。

 会計のときにメッセージカードを添えられてはどうかと提案してみたら、少し考え込み、恐る恐るといったふうに受け取っていた。
 その様子を見て、余計なことを言ってしまったかなと反省する。
 だけど、「ちょっとテーブル貸してね」と言って、背広からペンを取り出すのを見て、胸を撫で下ろした。

 お客様はさらさらとペンを走らせ、カードにメッセージを書き込んでいた。
 わたしはカードの文字を見ないよう、横を向く。
 ふいに榎本くんと目が合った。なんだか彼がにやけているように見えるのは気のせいだろうか。
 ちゃんと仕事しなさいと目で訴えると、榎本くんは、はいはいわかりましたとでも言うように肩をすくませ、掃除に取りかかった。

「こんなもんかな」

 お客様はメッセージを書き終えたらしく、ひとりごとのようにつぶやく。
 わたしはお客様が満足げな顔でカードをそっと花束のなかに入れるのを見届け、微笑ましい気持ちになった。

「ありがとう」
「えっ?」

 急に向けられた笑顔と言葉にドキッとする。
 笑うと少し可愛い。大人の男性に可愛いという形容詞はおかしいかもしれないけれど、無邪気な感じがして、思わずこちらも笑顔になってしまう。
 なんなのだろう、この破壊力は。一瞬にして心を持っていかれる。

「こういう機会でもないと、自分の母親に手紙なんて書かないからね。プレゼント、花にしてよかったよ。アクセサリーやバッグも悪くないけど、いろんなものを持っている人だから、どれもピンとこなかったんだ」

 その言葉に目頭が熱くなる。
 お客様が満足げによかったと言ってくださった。自分が少しでもこのお客様の役に立てたのなら、それは本当に喜ばしいこと。
 いろいろな想いを抱え、いろいろな方が花を買いにくる。お祝いごとだけでなく、お仏壇やお墓にお供えするために買いにこられる方もいるし、お亡くなりになった方のための枕花をお届けすることもある。
 日常の癒《い》やしになるときもあれば、誰かの人生の節目に寄り添うときもあって、自分がその手助けや橋渡しになれることが誇らしくもあり、おこがましくもある。

 お客様は花束を手に、「それじゃあ」と言って帰っていく。路地を抜け、オフィスが立ち並ぶ大通りのほうへ歩いていった。
 わたしはいつものように店の外に出て、頭を下げてお客様を見送った。

「すごく格好よかったですね、今のお客様」

 店のドアを閉め、振り向くと、榎本くんがニヤニヤしながら近づいてきた。
 さっきもそうだったけれど、なにを言いたいのだろう。

「たしかに格好いい方だよね。だからってお客様のことをあれこれ詮索しちゃだめだよ」
「詮索したくもなりますよ。だって咲都さんのこと、かなり気に入っていたみたいでしたから。いやあ、咲都さんモテモテですね」
「なんでそうなるの? 花を買って満足された、それだけのことでしょう?」
「いやいや、それだけじゃないですって。さっきのお客様はどこの会社の人だろう? 靴はピカピカで、高そうな時計をしてたから、きっと大手ですよ」
「時計まで? よく見えたね」
「昔から視力と体力だけは自信あるんで。その代わり、勉強はまるっきりだめなんですけど」

 榎本くんはいつもこんなふうに自分のことをおちゃらけて話すけれど。わたしは榎本くんをかなり買っている。彼には商才があるような気がする。数字に強いし、発想も豊かだし、人に可愛がられ、コミュニケーション能力も高い。
 なにより先のことを考える能力がある。榎本くんはなぜか新しくオープンした店が繁盛するか、それほどでもないかをあてられる。なんでも立地などから集客率が瞬時にわかってしまうらしい。

 実際過去に、オープンして一年ほどで撤退した居酒屋やラーメン屋、クリーニング店を言いあてた。
 なんだそれ、マーケティングの天才か。
 そんな彼がなんでうちの店で働いてくれているのかは謎だが、言い換えれば榎本くんはうちの店にとっての座敷童《ざしきわらし》的な存在。少なくとも榎本くんがいるうちは、うちの店は潰れないだろうと密かに思っている。

「樫村さんもいいですけど、あのお客様も捨てがたいなあ。咲都さんはどっちがタイプですか?」
「その話、まだ続いてるの? いい加減にしてよ、わたしは──」
「恋愛してる暇なんてないって言うんでしょう? そのセリフ、聞き飽きました」
「だったら……」
「いいえ、咲都さん、恋をしましょう! 恋愛が仕事の妨げになるなんて、そんなことないと思います! むしろ活力になるって俺は思ってます!!」

 これでもかというくらい力説され、なにも言えなくなってしまった。
 わたしって、そんなにさみしい女に見えるのだろうか。仕事は大変だけれど楽しい。今はそれだけで満足しているのにな。

 恋かあ。
 自分のなかでは結婚もまだ先のことだという認識でしかない。晩婚化の時代、わたしとしても結婚は三十代になってから考えてもいいと思っているくらいだ。
 でも世間の目は少し違うのだと、二十六歳になった今、ひしひしと感じてはいる。

 やっぱり榎本くんの言うように恋ぐらいはしないとだめかな。同年代の人たちのなかにはすでに結婚して子どももいる人だっているのだから。
 それにしても、みんなどうやって相手と出会っているのだろう。わたしの場合、出会いといえば店にいらっしゃるお客様ぐらいしか……。

「咲都さん?」

 ぼんやりとしていたわたしに、榎本くんが心配そうに声をかけてきた。

「ううん、なんでもない。さあさあ、仕事仕事!」

 わたしはごまかすように大きな声を出す。
 スーツ姿のさっきのお客様の笑顔が浮かんだのはなんだったのだろうと思いながら、閉店作業を再開した。
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