恋い焦がれて

さとう涼

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1.エンゲージリング

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 真っ白い壁に華やかなオレンジ色の照明。店内は清潔そうで落ち着いた雰囲気だった。
 首に淡いブルーのスカーフを巻き、紺色の制服を着た数名の店員が「いらっしゃいませ」と貼りつけたような笑顔で迎えた。
 客はわたしたちふたりだけ。わたしもこんな高級そうな店に入るのは初めてなのでさすがに緊張する。佐野先生が店先で躊躇していたのもわかる。

「あら、こんにちは」

 佐野先生に向かって、なぜか店員のひとりがほほ笑みかけた。

「知り合いですか?」

 わたしは小声で尋ねた。

「いや、そんなはずはない。教え子にしても年齢が上すぎる」

 佐野先生は思いあたらないようだ。
 すると、わたしたちのこそこそ話を見ていた店員がさっきよりも顔をほころばせた。

「すみません、つい馴れ馴れしく話しかけてしまって。最近、お店の前でよくお見かけしていたので」

 といいうことは、顔を覚えられるほど通いつめていたの?

「佐野先生、さすがに恥ずかしいんですけど」

 でもそう言った時点で佐野先生は耳まで真っ赤だった。
 照れすぎ。でもそれだけ真剣なんだよね。何度も足を運んで彼女にプロポーズするためのエンゲージリングを買おうとがんばっていたんだ。
 単純に佐野先生の彼女がうらやましい。わたしはそこまで愛されたことがないから。いつか心から愛してくれる人が現れることを期待しているけれど、いまのところそんな気配はない。

「先生ということは学校の先生なんですか?」

 真っ赤になっている佐野先生に狙いを定めたらしいさっきの店員がここぞとばかりに話しかけてきた。

「ええ、小学校の教師なんです」
「だから雰囲気がおやさしい感じなんですね。前から気になっていたんです。お相手の女性はどんな方なんだろうって」

 店員がわたしのほうを見る。
 こういう店にふたりで入るということは、おのずとその関係は定まってくるわけで。つまりこの店員がわたしを恋人と思うのはあたり前のこと。
 すると佐野先生は慌てて否定した。

「違うんです! 恋人同士とかそんなんじゃないんです。卒業生といっても教え子に手を出すなんてそんなこと……。俺にとってはまだまだ子どもみたいなものですから」

 店員はきょとんとするが、すぐに取り繕うように口角をあげた。

「失礼しました。つき添いの方なんですね」
「そうなんですよ。エンゲージリングをさがしているんですが、こういう店は慣れてないものでつき合ってもらっただけなんです。決してそういう関係ではなくてですね、ただ偶然に店の前で会っただけなんです。しかも七年ぶりだったもので……」

 慌てすぎて、言わなくていいことまで口走っている。
 店員も困惑気味だった。わたしに向かって、「とてもまじめな先生なんですね」と苦笑する。

 たしかに佐野先生は教育熱心でまじめな人だった。クラスのいじめ問題にもちゃんと向き合っていたし、どんなことにも全力投球で取り組んでいた。
 わたしはそんな佐野先生が大好きだった。あの頃の「好き」はいまも変わらない。
 だけど佐野先生、なにもそこまで必死に否定しなくてもいいじゃない。こんなふうに子ども扱いされるのはさすがにおもしろくない。

「佐野先生、警戒しすぎですって」
「そ、そうか?」
「わたしは二十歳の大人です。たとえ恋愛関係にあったとしても別になんの問題もないんですよ。それに卒業後に恋愛に発展するパターンなんて、いくらでもあるじゃないですか」

 ちょっときわどいセリフになってしまい、自分でもドキドキした。だけど佐野先生はそれを軽く笑い飛ばした。

「いくらでもあるとか気持ち悪いこと言うなよ。ないない! 俺と輝が恋愛するなんてありえないって」

 失礼な!

「いまのは、たとえばの話です。わたしだって無理ですから。恋愛するならオジサンより同年代の若い男性のほうが好みです」

 ピシッと言いきってドヤ顔をする。

「オジサンって……」

 だけど佐野先生は言い返すのをあきらめたらしく、いまにも舌打ちしそうなほどの不快そうな顔をした。
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