3 / 53
1.エンゲージリング
002
しおりを挟む
真っ白い壁に華やかなオレンジ色の照明。店内は清潔そうで落ち着いた雰囲気だった。
首に淡いブルーのスカーフを巻き、紺色の制服を着た数名の店員が「いらっしゃいませ」と貼りつけたような笑顔で迎えた。
客はわたしたちふたりだけ。わたしもこんな高級そうな店に入るのは初めてなのでさすがに緊張する。佐野先生が店先で躊躇していたのもわかる。
「あら、こんにちは」
佐野先生に向かって、なぜか店員のひとりがほほ笑みかけた。
「知り合いですか?」
わたしは小声で尋ねた。
「いや、そんなはずはない。教え子にしても年齢が上すぎる」
佐野先生は思いあたらないようだ。
すると、わたしたちのこそこそ話を見ていた店員がさっきよりも顔をほころばせた。
「すみません、つい馴れ馴れしく話しかけてしまって。最近、お店の前でよくお見かけしていたので」
といいうことは、顔を覚えられるほど通いつめていたの?
「佐野先生、さすがに恥ずかしいんですけど」
でもそう言った時点で佐野先生は耳まで真っ赤だった。
照れすぎ。でもそれだけ真剣なんだよね。何度も足を運んで彼女にプロポーズするためのエンゲージリングを買おうとがんばっていたんだ。
単純に佐野先生の彼女がうらやましい。わたしはそこまで愛されたことがないから。いつか心から愛してくれる人が現れることを期待しているけれど、いまのところそんな気配はない。
「先生ということは学校の先生なんですか?」
真っ赤になっている佐野先生に狙いを定めたらしいさっきの店員がここぞとばかりに話しかけてきた。
「ええ、小学校の教師なんです」
「だから雰囲気がおやさしい感じなんですね。前から気になっていたんです。お相手の女性はどんな方なんだろうって」
店員がわたしのほうを見る。
こういう店にふたりで入るということは、おのずとその関係は定まってくるわけで。つまりこの店員がわたしを恋人と思うのはあたり前のこと。
すると佐野先生は慌てて否定した。
「違うんです! 恋人同士とかそんなんじゃないんです。卒業生といっても教え子に手を出すなんてそんなこと……。俺にとってはまだまだ子どもみたいなものですから」
店員はきょとんとするが、すぐに取り繕うように口角をあげた。
「失礼しました。つき添いの方なんですね」
「そうなんですよ。エンゲージリングをさがしているんですが、こういう店は慣れてないものでつき合ってもらっただけなんです。決してそういう関係ではなくてですね、ただ偶然に店の前で会っただけなんです。しかも七年ぶりだったもので……」
慌てすぎて、言わなくていいことまで口走っている。
店員も困惑気味だった。わたしに向かって、「とてもまじめな先生なんですね」と苦笑する。
たしかに佐野先生は教育熱心でまじめな人だった。クラスのいじめ問題にもちゃんと向き合っていたし、どんなことにも全力投球で取り組んでいた。
わたしはそんな佐野先生が大好きだった。あの頃の「好き」はいまも変わらない。
だけど佐野先生、なにもそこまで必死に否定しなくてもいいじゃない。こんなふうに子ども扱いされるのはさすがにおもしろくない。
「佐野先生、警戒しすぎですって」
「そ、そうか?」
「わたしは二十歳の大人です。たとえ恋愛関係にあったとしても別になんの問題もないんですよ。それに卒業後に恋愛に発展するパターンなんて、いくらでもあるじゃないですか」
ちょっときわどいセリフになってしまい、自分でもドキドキした。だけど佐野先生はそれを軽く笑い飛ばした。
「いくらでもあるとか気持ち悪いこと言うなよ。ないない! 俺と輝が恋愛するなんてありえないって」
失礼な!
「いまのは、たとえばの話です。わたしだって無理ですから。恋愛するならオジサンより同年代の若い男性のほうが好みです」
ピシッと言いきってドヤ顔をする。
「オジサンって……」
だけど佐野先生は言い返すのをあきらめたらしく、いまにも舌打ちしそうなほどの不快そうな顔をした。
首に淡いブルーのスカーフを巻き、紺色の制服を着た数名の店員が「いらっしゃいませ」と貼りつけたような笑顔で迎えた。
客はわたしたちふたりだけ。わたしもこんな高級そうな店に入るのは初めてなのでさすがに緊張する。佐野先生が店先で躊躇していたのもわかる。
「あら、こんにちは」
佐野先生に向かって、なぜか店員のひとりがほほ笑みかけた。
「知り合いですか?」
わたしは小声で尋ねた。
「いや、そんなはずはない。教え子にしても年齢が上すぎる」
佐野先生は思いあたらないようだ。
すると、わたしたちのこそこそ話を見ていた店員がさっきよりも顔をほころばせた。
「すみません、つい馴れ馴れしく話しかけてしまって。最近、お店の前でよくお見かけしていたので」
といいうことは、顔を覚えられるほど通いつめていたの?
「佐野先生、さすがに恥ずかしいんですけど」
でもそう言った時点で佐野先生は耳まで真っ赤だった。
照れすぎ。でもそれだけ真剣なんだよね。何度も足を運んで彼女にプロポーズするためのエンゲージリングを買おうとがんばっていたんだ。
単純に佐野先生の彼女がうらやましい。わたしはそこまで愛されたことがないから。いつか心から愛してくれる人が現れることを期待しているけれど、いまのところそんな気配はない。
「先生ということは学校の先生なんですか?」
真っ赤になっている佐野先生に狙いを定めたらしいさっきの店員がここぞとばかりに話しかけてきた。
「ええ、小学校の教師なんです」
「だから雰囲気がおやさしい感じなんですね。前から気になっていたんです。お相手の女性はどんな方なんだろうって」
店員がわたしのほうを見る。
こういう店にふたりで入るということは、おのずとその関係は定まってくるわけで。つまりこの店員がわたしを恋人と思うのはあたり前のこと。
すると佐野先生は慌てて否定した。
「違うんです! 恋人同士とかそんなんじゃないんです。卒業生といっても教え子に手を出すなんてそんなこと……。俺にとってはまだまだ子どもみたいなものですから」
店員はきょとんとするが、すぐに取り繕うように口角をあげた。
「失礼しました。つき添いの方なんですね」
「そうなんですよ。エンゲージリングをさがしているんですが、こういう店は慣れてないものでつき合ってもらっただけなんです。決してそういう関係ではなくてですね、ただ偶然に店の前で会っただけなんです。しかも七年ぶりだったもので……」
慌てすぎて、言わなくていいことまで口走っている。
店員も困惑気味だった。わたしに向かって、「とてもまじめな先生なんですね」と苦笑する。
たしかに佐野先生は教育熱心でまじめな人だった。クラスのいじめ問題にもちゃんと向き合っていたし、どんなことにも全力投球で取り組んでいた。
わたしはそんな佐野先生が大好きだった。あの頃の「好き」はいまも変わらない。
だけど佐野先生、なにもそこまで必死に否定しなくてもいいじゃない。こんなふうに子ども扱いされるのはさすがにおもしろくない。
「佐野先生、警戒しすぎですって」
「そ、そうか?」
「わたしは二十歳の大人です。たとえ恋愛関係にあったとしても別になんの問題もないんですよ。それに卒業後に恋愛に発展するパターンなんて、いくらでもあるじゃないですか」
ちょっときわどいセリフになってしまい、自分でもドキドキした。だけど佐野先生はそれを軽く笑い飛ばした。
「いくらでもあるとか気持ち悪いこと言うなよ。ないない! 俺と輝が恋愛するなんてありえないって」
失礼な!
「いまのは、たとえばの話です。わたしだって無理ですから。恋愛するならオジサンより同年代の若い男性のほうが好みです」
ピシッと言いきってドヤ顔をする。
「オジサンって……」
だけど佐野先生は言い返すのをあきらめたらしく、いまにも舌打ちしそうなほどの不快そうな顔をした。
0
あなたにおすすめの小説
橘若頭と怖がり姫
真木
恋愛
八歳の希乃は、母を救うために極道・橘家の門を叩き、「大人になったら自分のすべてを差し出す」と約束する。
その言葉を受け取った橘家の若頭・司は、希乃を保護し、慈しみ、外界から遠ざけて育ててきた。
高校生になった希乃は、虚弱体質で寝込んでばかり。思いつめて、今まで養ってもらったお金を返そうと夜の街に向かうが、そこに司が現れて……。
Lucia(ルシア)変容者たち
おまつり
恋愛
人は、ときに自分の中に「もう一人の自分」を抱えて生きている。
それがもし、感情の揺らぎや、誰かとの触れ合いによって、男女の姿を入れ替える存在だったとしたら――。
カフェ『リベラ』を営むリアと、雑誌編集者の蓮。
二人は、特定の感情を抱くと性別が変わる「性別変容者」だった。
誰にも明かせない秘密を抱えながら生きてきた彼らは、互いの存在に出会い、初めて“同類”として心を通わせていく。
愛が深まるほど、境界は曖昧になる。
身体と心の輪郭は揺らぎ、「自分とは何者なのか」という問いが、静かに迫ってくる。
一方、過去に囚われ、自分自身を強く否定し続けてきたウェディングプランナー・景子と、まっすぐすぎるほど不器用な看護学生・ユウ。
彼らもまた、変容者として「変わること」と「失うこと」の狭間で、避けられない選択を迫られていく。
これは、誰の記憶にも残らないかもしれない“もう一人の自分”と共に生きながら、
それでも確かに残る愛を探し続けた人々の、静かなヒューマンドラマ。
※毎日20時に1章ずつ更新していく予定です。
迷子の会社員、異世界で契約取ったら騎士さまに溺愛されました!?
翠月 瑠々奈
恋愛
気づいたら見知らぬ土地にいた。
衣食住を得るため偽の婚約者として契約獲得!
だけど……?
※過去作の改稿・完全版です。
内容が一部大幅に変更されたため、新規投稿しています。保管用。
忘れられたら苦労しない
菅井群青
恋愛
結婚を考えていた彼氏に突然振られ、二年間引きずる女と同じく過去の恋に囚われている男が出会う。
似ている、私たち……
でもそれは全然違った……私なんかより彼の方が心を囚われたままだ。
別れた恋人を忘れられない女と、運命によって引き裂かれ突然亡くなった彼女の思い出の中で生きる男の物語
「……まだいいよ──会えたら……」
「え?」
あなたには忘れらない人が、いますか?──
籠の鳥〜見えない鎖に囚われて✿❦二人の愛から…逃れられない。
クラゲ散歩
恋愛
私。ユリアナ=オリーブ(17)は、自然豊かなオータム国にあるグローパー学院に在籍している。
3年生になって一ヶ月が経ったある日。学院長に呼ばれた。技術と魔術の発展しているフォール国にある。姉妹校のカイト学院に。同じクラスで3年生の男子3名と女子3名(私を含め)。計6名で、半年の交換留学をする事になった。
ユリアナは、気楽な気持ちで留学をしたのだが…まさか学院で…あの二人に会うなんて。これは…仕組まれていたの?幼い頃の記憶。
「早く。早く。逃げなきゃ。誰か〜私を…ここから…。」
嘘をつく唇に優しいキスを
松本ユミ
恋愛
いつだって私は本音を隠して嘘をつくーーー。
桜井麻里奈は優しい同期の新庄湊に恋をした。
だけど、湊には学生時代から付き合っている彼女がいることを知りショックを受ける。
麻里奈はこの恋心が叶わないなら自分の気持ちに嘘をつくからせめて同期として隣で笑い合うことだけは許してほしいと密かに思っていた。
そんなある日、湊が『結婚する』という話を聞いてしまい……。
遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。
沼野 花
恋愛
私は、夫にも子供にも選ばれなかった。
その事実だけを抱え、離縁を突きつけ、家を出た。
そこで待っていたのは、最悪の出来事――
けれど同時に、人生の扉がひらく瞬間でもあった。
夫は愛人と共に好きに生きればいい。
今さら「本当に愛していたのは君だ」と言われても、裏切ったあなたを許すことはできない。
でも、子供たちの心だけは、必ず取り戻す。
妻にも母にもなれなかった伯爵夫人イネス。
過去を悔いながらも、愛を手に入れることを決めた彼女が辿り着いた先には――
お前が欲しくて堪らない〜年下御曹司との政略結婚
ラヴ KAZU
恋愛
忌まわしい過去から抜けられず、恋愛に臆病になっているアラフォー葉村美鈴。
五歳の時の初恋相手との結婚を願っている若き御曹司戸倉慶。
ある日美鈴の父親の会社の借金を支払う代わりに美鈴との政略結婚を申し出た慶。
年下御曹司との政略結婚に幸せを感じることが出来ず、諦めていたが、信じられない慶の愛情に困惑する美鈴。
慶に惹かれる気持ちと過去のトラウマから男性を拒否してしまう身体。
二人の恋の行方は……
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる