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1.エンゲージリング
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一方、佐野先生がエンゲージリングをさがしていると知った店員は、隣にいるわたしは完全無視で、ニコニコ顔で佐野先生だけに話しかける。「どうぞこちらへ」と案内した。
いくらただのつき添いだからって、そこまで露骨に態度を変えることないじゃない。だけど帰るわけにもいかないので、佐野先生と一緒に店の奥のほうへ進んだ。
「ご予算にもよりますけど、このあたりはどうでしょう? 人気なんですよ」
そう言いながら店員がピカピカに磨きあげられた指紋ひとつないガラスのショーケースを示す。それから白い手袋をはめ、いくつかの指輪を並べはじめた。
一つひとつゆっくりと見ていく。
「きれい……」
店員の笑顔は偽物だけれど、ダイヤモンドの輝きは本物。ワクワクしてきて思わず見とれてしまう。
「やっぱりダイヤモンドは違いますよね」
それは強く輝いていた。でもいかにもエンゲージリングといった感じで、少し仰々しいかな。わたしはどちらかというと、普段も身につけられるようなシンプルなものがいい。
それからも店員はさまざまなエンゲージリングを見せてくれた。でもどれもこれも佐野先生の反応はいまいち。しまいには「輝はどれがいい?」なんて聞いてくる始末。
「わたしに聞かないでください」
店に一緒に入ることはできてもエンゲージリングを選ぶことはできないんだから。
「こういうのを選ぶのは初めてなんだよ。輝、頼むよ」
佐野先生は眉尻をさげて懇願する。
その顔が子どもの頃に飼っていたチワワとトイプードルのミックス犬に似ているものだから、無下にできず、きっぱり断ることができない。
「仕方ないなあ」
言いながら適当に指差した。
だけどそれが偶然、大きなダイヤモンドだったので、佐野先生が固まっている。
「これ?」
「う、うん。やっぱりこれぐらい豪華じゃないと」
引くに引けずに、ちょっとばかり笑ってごまかしてみる。
佐野先生はため息をつきながら、あきれ顔でわたしを見た。
「あのなあ、いくらなんでもあんなの買えるわけないだろう」
ショーケースに顔を近づけ、値段を見る。
「ひゃっ、一五〇万!?」
ダイヤモンドってこんなにするのか。
わたしが普段身に着けているアクセサリーはチープなものばかり。ダイヤモンドの相場も知らなかった。
「プロポーズを断られたときのことを考えると、これはナシですね」
「おいおい、俺が考えないようにしていることを平気で言うなよ」
「えっ? 勝算が低いんですか?」
「それがなんともいえないんだよ。これまで結婚どころか将来の話をしたことがないんだ」
「なのにいきなり指輪を買っちゃうんですか?」
「とりあえず指輪を見てテンションをあげてみようと思って。その勢いに乗れたらいいなと」
「えっ……」
なんだそれ、テンションをあげるって……。
店員もわたしと同じように思ったらしく、訝《いぶか》しげにこちらを見ていた。
どうやら冷やかしだと思われているみたい。その証拠にさっきまでの笑顔が少し崩れている。こめかみの血流がちょっとだけピクンとしたような気がした。
空調が冷たく感じるほど重苦しい雰囲気に、わたしと佐野先生は気まずくなって顔を見合わせた。
「失礼ですが、ご予算はいくらぐらいでしょう?」
「……す、すみません。今日は見学みたいなものなんです。どんなものがあるのかなあと思いまして。しかし、やはり高いものは高いですね。もう少し低めの金額で考えていたもので驚きました」
佐野先生は一五〇万の値段にすっかり怯んでしまい、タジタジだった。
でもそこはさすがプロ。店員はなにごともなかったかのように、別のショーケースから再びエンゲージリングを取り出した。
「では、こちらはいかがでしょう? ハートをあしらっているので、かわいらしいですよ」
見ると、小さなダイヤモンドがハートの形にカットされていて、プラチナのやわらかい曲線の上で遠慮がちに光っていた。
「うわぁ、これ絶対かわいい!」
いいなあ。こういうのだったら、わたしもほしい。
「なるほど」
佐野先生も興味深そうに眺めていた。
「気に入りました?」
「うん、まあな」
「じゃあ、これに決めちゃいます?」
「とりあえず今日は見るだけだから。家でもう一度じっくり考えたいんだ」
「これ、すごくいいと思うんだけどなあ」
値段だってなんとか佐野先生の給料でも買えるくらいだと思う。
だけど買う気はさらさらないらしく、結局三十分ほど居座ったジュエリーショップをそそくさとあとにした。
いくらただのつき添いだからって、そこまで露骨に態度を変えることないじゃない。だけど帰るわけにもいかないので、佐野先生と一緒に店の奥のほうへ進んだ。
「ご予算にもよりますけど、このあたりはどうでしょう? 人気なんですよ」
そう言いながら店員がピカピカに磨きあげられた指紋ひとつないガラスのショーケースを示す。それから白い手袋をはめ、いくつかの指輪を並べはじめた。
一つひとつゆっくりと見ていく。
「きれい……」
店員の笑顔は偽物だけれど、ダイヤモンドの輝きは本物。ワクワクしてきて思わず見とれてしまう。
「やっぱりダイヤモンドは違いますよね」
それは強く輝いていた。でもいかにもエンゲージリングといった感じで、少し仰々しいかな。わたしはどちらかというと、普段も身につけられるようなシンプルなものがいい。
それからも店員はさまざまなエンゲージリングを見せてくれた。でもどれもこれも佐野先生の反応はいまいち。しまいには「輝はどれがいい?」なんて聞いてくる始末。
「わたしに聞かないでください」
店に一緒に入ることはできてもエンゲージリングを選ぶことはできないんだから。
「こういうのを選ぶのは初めてなんだよ。輝、頼むよ」
佐野先生は眉尻をさげて懇願する。
その顔が子どもの頃に飼っていたチワワとトイプードルのミックス犬に似ているものだから、無下にできず、きっぱり断ることができない。
「仕方ないなあ」
言いながら適当に指差した。
だけどそれが偶然、大きなダイヤモンドだったので、佐野先生が固まっている。
「これ?」
「う、うん。やっぱりこれぐらい豪華じゃないと」
引くに引けずに、ちょっとばかり笑ってごまかしてみる。
佐野先生はため息をつきながら、あきれ顔でわたしを見た。
「あのなあ、いくらなんでもあんなの買えるわけないだろう」
ショーケースに顔を近づけ、値段を見る。
「ひゃっ、一五〇万!?」
ダイヤモンドってこんなにするのか。
わたしが普段身に着けているアクセサリーはチープなものばかり。ダイヤモンドの相場も知らなかった。
「プロポーズを断られたときのことを考えると、これはナシですね」
「おいおい、俺が考えないようにしていることを平気で言うなよ」
「えっ? 勝算が低いんですか?」
「それがなんともいえないんだよ。これまで結婚どころか将来の話をしたことがないんだ」
「なのにいきなり指輪を買っちゃうんですか?」
「とりあえず指輪を見てテンションをあげてみようと思って。その勢いに乗れたらいいなと」
「えっ……」
なんだそれ、テンションをあげるって……。
店員もわたしと同じように思ったらしく、訝《いぶか》しげにこちらを見ていた。
どうやら冷やかしだと思われているみたい。その証拠にさっきまでの笑顔が少し崩れている。こめかみの血流がちょっとだけピクンとしたような気がした。
空調が冷たく感じるほど重苦しい雰囲気に、わたしと佐野先生は気まずくなって顔を見合わせた。
「失礼ですが、ご予算はいくらぐらいでしょう?」
「……す、すみません。今日は見学みたいなものなんです。どんなものがあるのかなあと思いまして。しかし、やはり高いものは高いですね。もう少し低めの金額で考えていたもので驚きました」
佐野先生は一五〇万の値段にすっかり怯んでしまい、タジタジだった。
でもそこはさすがプロ。店員はなにごともなかったかのように、別のショーケースから再びエンゲージリングを取り出した。
「では、こちらはいかがでしょう? ハートをあしらっているので、かわいらしいですよ」
見ると、小さなダイヤモンドがハートの形にカットされていて、プラチナのやわらかい曲線の上で遠慮がちに光っていた。
「うわぁ、これ絶対かわいい!」
いいなあ。こういうのだったら、わたしもほしい。
「なるほど」
佐野先生も興味深そうに眺めていた。
「気に入りました?」
「うん、まあな」
「じゃあ、これに決めちゃいます?」
「とりあえず今日は見るだけだから。家でもう一度じっくり考えたいんだ」
「これ、すごくいいと思うんだけどなあ」
値段だってなんとか佐野先生の給料でも買えるくらいだと思う。
だけど買う気はさらさらないらしく、結局三十分ほど居座ったジュエリーショップをそそくさとあとにした。
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