恋い焦がれて

さとう涼

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2.やさしいひと

008

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「なに、ため息ついてんだ?」
「うわぁ!!」
「驚きすぎ」
「……す、すみません」

 トイレ掃除を終え、ぼんやりとしているのを渋谷《しぶや》店長に見つかってしまった。
 危ない危ない、気をつけないと。
 渋谷店長は仕事に関してはとんでもなく厳しい。身だしなみや言葉遣いのチェックが細かく、わたしもバイトをはじめたばかりの頃はスパルタ教育された。おまけに目つきも悪くて、たまに鬼に見えるときがある。

「おまえ、なにか悩みでもあるのか?」
「はい?」

 突然なにを言い出すのだろう。そう思っていたら、渋谷店長の怒声が飛んできた。

「なんだよ、今日の接客は! 暗いんだよ、顔が!」

 鬼が怒った!
 怖すぎて、身体が硬直する。ここまでいくと、パワハラで訴えてもいいレベルだ。

「す、す、すみません! 以後、気をつけます!」

 自覚はなかったけれど、そんなに顔に出ていたのか。まずい。渋谷店長は、男だろうが女だろうが、社員だろうがバイトだろうが、容赦ない人なのだ。

「あとさ……」
「……は、はい」

 声が震えそうだ。次はなにを言われるのだろう。

「仕事中に個人的なことで行動するな。持ち場を離れて店の外に出るなんてことは言語道断だ」
「はい、申し訳ありません」

 佐野先生を追いかけたところを見られていたんだ。すぐに注意するわけでなく、この機会を狙っていたのかもしれない。
 もうすぐ午前〇時。これから休憩に入る予定だったのだが、説教タイムに入ってしまうのだろうか。
 けれど、話は意外な方向に進んだ。

「で、誰なんだ?」
「えっ?」
「あのお客様だよ。大学の友達って感じでもなさそうだけど」
「小学校のときの担任の先生です」
「先生か……。ずいぶんと入れあげてるみたいだな」

 鋭い!
 でも入れあげているんじゃない。自分の立場をわきまえて密かに想っているだけ。
 だけどそのことは渋谷店長には関係ないと思うんだけど。

「そんなんじゃありません。ついこの間、卒業式以来に偶然会ったんです。そのときにここでバイトをしていることを話したので、それで食事しに来てくれたんです」
「珍しい先生だな。普通、そこまでするか? 昨日も来てたよな?」

 よく覚えているなあ。

「面倒見がいいだけです。昨日は、わたしのシフトが深夜までなのを心配して、様子を見にきてくれたというか……。とにかく、やさしい先生なんです」

 渋谷店長は、「ふーん」と不機嫌そうにつぶやいた。
 この様子だと簡単には許してもらえそうにないな。佐野先生の接客を禁止されたらどうしよう。

「今日はほんとにすみませんでした。今後はそういうことがないようにします。あと、暗い顔もしません!」
「そのことはもういいよ。輝は無遅刻、無欠勤でまじめに働いているからな。今日のことは大目にみてやる」

 渋谷店長の顔がじゃっかんではあるがほころんだ。

「ありがとうございます!」
「ホールに輝がいると安心できるんだ。頼りにしてる。大変だろうけど、今日は五時までよろしくな」
「……は、はい。こちらこそよろしくお願いします」

 どうやら正式に許してもらえたようだ。予想より短時間で説教タイムは終了した。おまけに最後は労われているし。
 でもこれが渋谷店長のやり方だ。アメとムチを使いわける。

 渋谷店長は二十六歳にして店長になってすでに丸二年。将来的に本社勤務になることが約束されていて、真意は定かでないが幹部候補だとか。
 まあ幹部候補云々はさておき、若くして店長に昇格したゆえんは、仕事をする上でのセンスのよさや素質だけでなく、リーダーシップ力と人を育てる能力に長けていることがあるのかもしれない。
 従業員の接客レベルの向上はもちろん、ミスをしたときの指導やフォローも万全。厳しく叱ったあとでもがんばった従業員をしっかりとほめるし、労いの言葉を惜しまないのだ。そのため彼を慕う人間はけっこう多い。
 震えるほど怖いのがたまにきずなのだが、引きずらないので、すごく助かっている。
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