恋い焦がれて

さとう涼

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2.やさしいひと

007

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 それから入れ違いでナリたちが来店した。
 彼らが来ると一気に店内が華やぐ。ほかの人たちと違うオーラを彼らは持っていた。

「今日もいつものでいいですか?」

 リーダーのシグレさんに確認した。

「そろそろメニューを変えてみるか。なにか、おすすめある?」

 わたしはテーブルのメニューを開いた。

「ナスとチーズの贅沢ピザはいかがですか? 五種類のチーズを使っていて、おいしい上にお腹にもたまると思います」
「うまそうだな。たまにはピザにするか。トマトパスタをやめてピザにしておいて」
「はい、かしこまりました。今日はカザネさんはいらっしゃらないんですね」

 いつもメンバーに同伴しているわけではないけれど、いないと気になる。喧嘩でもしたのだろうか。

「カザネは仕事が忙しいらしいんだ。なんか大きなプロジェクトのメンバーのひとりに抜擢されたらしくて、ここんとこ残業続きなんだってさ」

 ナリがグラスの水を飲み干して言った。ライブ直後だからか、その声は少し枯れていた。

「カザネさん、仕事ができるって感じで格好いいですよね」
「いやいや。カザネちゃんってけっこう天然だよ」

 ミツヒデさんが即座に否定する。続けてトオルさんが教えてくれた。

「カザネちゃんは、俺の嫁の友達なんだけど。それが縁で大学四年のあたりから、うちらのバンドのマネージャーみたいなことをしてくれていたんだ。で、ある日、休憩のときに飲むお茶を買ってきてって頼んだら、ペットボトルのウーロン割りを買ってくるもんだから驚いたよ」
「ああ、あったねえ。あとさ電車に乗ったら片方のパンプスが脱げちゃってホームに飛んでいっちゃったんだよ。そのタイミングでドアが閉まって、パンプスだけホームに置き去りっていうのもあったよな」
「あった、あった!」

 ミツヒデさんとトオルさんがお腹を抱えて爆笑している。
 なんだかカザネさんが気の毒だ。

「おまえら、本人がいないからって言いすぎだって。あいつ、ああ見えて実はけっこう繊細なんだからな。仕事でもミスしたとか言って、しょっちゅう落ち込んで泣いてるんだぞ」

 ナリがミツヒデさんとトオルさんをたしなめた。
 意外だ。カザネさんはいつもキラキラ輝いていて、悩みなんてなさそうに見える。でもそんな弱さをナリだけに見せているのかもしれない。やっぱり、ふたりは相思相愛なんだなあ。

「今日のライブも盛りあがったみたいですね」

 ナリの声が枯れていたのもあるけど、みんなも機嫌がよさそうだったので、きっとそうなのだろうと思った。

「めちゃめちゃ盛りあがったよ。今度、輝ちゃんもライブにおいでよ。来週はどう? チケット、プレゼントするから」

 初めてライブに誘われた。誘ってくれたのはベースのサイジさん。クールなイメージのサイジさんだけど、その声はやさしくて、なんだかほっとする。

「でも来週の週末もバイトがあるので」

 今月はシフトが決まっているから、なかなか休みにくい。

「そういえばそうか」
「残念です。来月以降でしたら、たぶん休めると思います」
「わかった。輝ちゃんの都合のいい日のチケットを持ってくるようにするよ。そうそう! その代わりと言うわけでもないんだけど、よかったらコレをどうぞ」

 サイジさんが財布からチケットを二枚取り出した。手に取ってよく見ると、チケットには花の絵柄が印刷されている。華やかで独創的。とても素敵な絵画だった。

「美術館のチケットですか?」
「うん、無料招待券。でもこの招待券の期限は今月までなんだ」
「今月か……。せっかくなので行ってみようかな」
「現代美術が中心みたいだけど、ちょうどヨーロッパの有名画家の展示イベントもあるみたいだし、楽しめると思うよ。場所がちょっと遠くて悪いんだけど」

 この美術館は山のなかに佇む有名な美術館だった。雑誌で紹介されていた記事を読んだことがある。

「ありがとうございます。でもサイジさんは行かないんですか?」
「知り合いの会社の伝手で、無料招待券はもらおうと思えばいつでももらえるんだよ」
「わかりました。そういうことなら遠慮なく。ぜひ行かせていただきます」
「よかった。二枚あるけど、残念ながら俺には行く相手がいないからね」

 わたしもとくにいないけど……。
 誰と行こう? 真っ先に佐野先生の顔が浮かんだけれど無理に決まっている。だいたい、誘えるわけがない。彼女持ちの人を誘うなんて、それはやっていけないことだ。
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