恋い焦がれて

さとう涼

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3.不謹慎なデート

012

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 由紀乃にデレデレのマヌケ顔を指摘されながらも、わたしは上機嫌で、できたての料理を佐野先生のテーブルに運んだ。
 いい匂い。夕飯はまだ食べていないので、いますぐわたしが食べたいくらいだ。

「お待たせいたしました。豚の生姜焼き定食です」
「おすすめが生姜焼き?」
「そうですよ。こだわりのタレを使っているんです」
「へえ、どんなところが特別なんだ?」
「えーっと、それはですね……。ごはんが何杯でもいけちゃうくらいおいしくてですね、その秘密は……えっと、醤油と生姜の黄金比率? にありまして……。とにかく食べればわかります!」
「なるほど、黄金比率ね。よくわかった」

 あ、バカにされたかも。じゃっかん棒読みだった。
 きちんと把握していないのがバレてしまったみたい。だけど、この間まかないで食べたらおいしかったから、佐野先生にも食べてもらいたいなと思った。

「ちなみに期間限定なんです。山形のブランド豚で、やわらかくて甘みもあるんですよ」
「へえ、そっか。じゃあ、なおさら期待できるな」

 佐野先生は箸を持って豚の生姜焼き定食を食べはじめた。食欲があるみたい。おいしそうに口に運んでいた。



 その後、レジで食事を終えた佐野先生からお金を受け取る。
 この間も思ったけれど、この瞬間はひどくさみしい。もっと一緒にいたいと、押し殺していた感情が暴れる。
 それでもわたしはがんばって笑顔を作る。心の奥を悟られてはいけない。

「今日もおいしかったよ」
「ありがとうございます!」
「また来るよ」

 ……え?

「はい、お待ちしています!」

 今日は思いもかけずに佐野先生のほうから言ってもらえた。また会えるんだ。
 でもそれはいつなんだろう。明日? それとも来週? それとも一ヶ月後になるんだろうか。
 おつりを渡したときに少しだけ触れた手のひらにドキドキしながらも、そんなことを考えていたら、再び気持ちが沈んでいった。「じゃあな」と去っていくうしろ姿を見送りながら胸がしめつけられる。次に会える日に思いを馳せていた。

 しかし、ここであることを思い出した。

「由紀乃! お願い、少し早いけど休憩とるから!」
「ちょっと!?」

 ホールにいた由紀乃を捕まえて、無理やり休憩を取り、わたしは佐野先生を追った。
 美術館に誘うことをすっかり忘れていた。いまを逃したら、もうチャンスはないんだ。

「佐野先生!」

 やっぱり男の人。歩くのが早い。思ったよりも先まで進んでいた。
 息をきらしているわたしを見て、佐野先生が驚いている。

「どうした?」

 心配そうな声に罪悪感を覚える。
 わたしの不謹慎なたくらみを神様はどう思うだろう。バチがあたってしまうのだろうか。

「美術館の無料招待券が二枚あるんです。なので、よかったら……」

 そう言いかけて言葉が止まってしまった。
 迷惑に思われたらどうしよう。きっと、もう二度と会うことができなくなる。

「いま、持ってる?」

 なぜか佐野先生が手を伸ばしてきた。

「無料招待券、あるなら見せて」

 予想外の反応にわたしはきょとんとなるが、ポケットからそれを取り出して見せた。
 もしかして、彼女と行くから二枚ともくれということじゃないだろうか。まあそれはそれでいいのかもしれない。直接断られるより、ちょっとだけマシだ。

「行きたいのか? 輝」
「えっ……」
「有名な美術館で、人気もあるよな、ここ」

 嘘……。わたしと一緒に行ってくれるの?

「この美術館、知ってるんですか?」
「うん、まあ。テレビでも紹介してたからな」
「そうなんです。わたしは雑誌で見たんですけど、前々から行ってみたいなと思っていたんです」
「期限はあさってまでか。じゃあ、行ってみるか?」
「い、い、いいんですか!?」
「いいよ」

 なんでそんなにあっさり言えるんだろう。

「でも彼女は?」
「どうせ仕事だから。それに輝にはこの間、ジュエリーショップにつき合ってもらったし。車で迎えにいくよ。日曜日の九時でいいか? 美術館まで二時間ってとこだから」
「はい、九時でいいです」

 それから佐野先生と連絡先を交換した。
 バイト中にいつも持ち歩いている小さなメモ帳に書いてもらった念願の電話番号。ほしくてほしくてたまらなかった。日曜日に本当に会えるんだ。
 わたしは愛おしむようにメモ帳をぎゅっと胸に抱いた。



 ウキウキしながら店に戻ると、正面の自動ドアに人が立っている。わたしは恐怖のあまり、足が止まった。

「なにやってた?」

 渋谷店長だった。

「きゅっ、休憩をもらっていましたっ! い、いまから仕事に戻りますっ!」

 ものものしい雰囲気に声が裏返ってしまう。
 渋谷店長から返事がなく、無言だった。それは強力なプレッシャー。
 でもこれ以上言い訳できない。休憩とごまかしたところで、許してもらえないだろう。

「……すみませんでした」
「勝手に休憩は取るな。休憩は決められた時間にとるように。輝ひとりのせいで店のチームワークが乱れるだろう」
「すみません」
「次に同じことをやったら辞めてもらう」

 渋谷店長はそう言い残すと、自分だけさっさと店に戻っていった。
 いつも厳しいけれど、今回は冷淡な感じもする。わたしにがっかりして、期待なんてしていないという態度に思えた。こんなのは嫌だ。あからさまに突き放されるのなら、怒鳴られたほうがずっといい。

 店に入り、キッチンに向かう。歩きながら反省していると、状況を理解した由紀乃が声をかけてきてくれた。

「大丈夫?」
「うん、なんとか」
「よく見えなかったけど、けっこう絞られてたみたいだね」
「わたしが悪いからしょうがないよ。それよりごめんね、自分勝手な行動ばっかりして」
「わたしはいいんだけどさ。お店のほうもなんとかやれてたし……。でも、わたしが言うのもなんだけど、お客様はお金を出して食事しに来てくれているんだから、次からはあそこまでの個人プレーはやめてほしいかな」
「うん、ごめん」

 いつもはおおらかで、底抜けに明るい由紀乃にまで苦い顔をされてしまった。
 思いきり落ち込む。
 渋谷店長がさっき言っていた「辞めてもらう」という言葉もかなりこたえた。わたしはこの仕事が大好きだ。できればこの店を辞めたくない。
 わたしはパンパンと自分で頬を叩き、仕事に集中すべく気合を入れた。

「少し厳しく言いすぎたかと思ったけど、大丈夫そうだな」

 急に聞こえてきた声に、頬を両手で押さえた状態で振り向く。そこにいたのはさっきより幾分顔がほころんだ渋谷店長だった。

「はい。しっかり反省もしました」
「なら、よろしい。がんばれよ」
「はい。あっ……」

 すれ違うとき、渋谷店長がわたしの頭をポンッと撫でていった。
 さっきまで冷たかった渋谷店長だったのに、いまはもう別人。こういうことをするなんて反則だ。
 乱れた前髪を直しながら、ほっとして涙が出そうだった。それと同時にがんばろうという意欲もわいてきた。
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