恋い焦がれて

さとう涼

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3.不謹慎なデート

015

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 突然、大粒の雨が落ちてきた。だけど空は明るい。天気雨のようだった。

「すぐに止むとは思うけど、けっこうひどい雨だな」

 佐野先生も空を見あげていた。
 天気雨なんて久しぶりだ。子どもの頃に何度か遭遇した覚えがあるけれど、最近は空なんて見る機会もなかったから余計に珍しいと思ったのかもしれない。
 そんなことを考えていたら、佐野先生がわたしの背中を軽く押した。

「うわぁっ!」

 思わず前のめりになる。

「車まで走るぞ」

 でも手にはアイスがあり、走ろうにも走りづらい。結局、よたよたとしか走ることができず、車に着く頃には服も髪もびしょ濡れになっていた。



「まさか雨に濡れるとは」

 車に乗り込んで、もう一度空を恨めしく見あげた。
 車のフロントガラスや天井に、雨が音を立て打ちつけている。天気雨なのに、怖いくらいの激しさだった。

「山の上だから天気が変わりやすいのかもな。寒くないか?」
「少し」

 七月ではあるが、ここは街中より標高が高い分、気温が低い。そこに雨が降り、おまけにアイスも食べていたのですっかり身体が冷えてしまった。
 すると佐野先生が自分の食べかけのアイスをわたしに持たせると、自分は運転席のシートを倒し、後部座席に手を伸ばした。

「たしか、積んでいたはずなんだけど……」
「なにをさがしているんですか?」

 後部座席をあさっている佐野先生に尋ねるが、わたしの質問はスルーされ、代わりに「あった!」とうれしそうな声があがった。かと思ったら、わたしの頭にふわりとなにかが被さる。

「風邪ひくと大変だから」

 これ、バスタオルだ。
 大きな手でわたしの頭をごしごしと拭いてくれる。

「そんなに拭かなくても大丈夫ですよ。すぐ乾きますから」
「だめだ。ほら、服も拭かないと」

 そう言いながら今度は肩のあたりを拭いてくれた。冷えた身体がその部分からじわじわと熱を持っていく。やがてその熱は人の温もりのように、やさしくわたしを包み込んでくれた。

「先生も濡れてる」

 佐野先生の髪から数滴の水が滴り落ちた。

「俺はいいんだよ」

 目の前から香る佐野先生の匂いがどうしようもなくわたしを誘う。だけど甘くない男の人の匂いは、わたしじゃない別の人がいつも嗅いでいる匂い。そう思ったら、手の届かないもどかしさがわたしを苛立たせ、どうしようもなく泣きたい気分だった。
 これ以上は無理だ。体温を感じるくらいの近い距離はいまのわたしには拷問みたいなものだ。

「これ、とけちゃいますよ」

 わたしは佐野先生の分のアイスを差し出した。車内の温度ですでにとけたクリームが指のほうまで垂れていた。

「悪い、汚れちゃったな」
「大丈夫です。ウエットティッシュ、持ってますから」

 だけどわたしは指についた抹茶味のアイスを舐めあげた。小さくチュッとリップ音が鳴る。

「苦い」
「え?」
「やっぱり苦いです、抹茶味」
「輝?」

 佐野先生はわたしがぼそぼそとひとりごとのように言うものだから戸惑っている。
 いまのわたしはどうかしているのかもしれない。佐野先生の存在を近くに感じれば感じるほどもっとほしくなってしまう。彼女がうらやましくて、悔しくて、理性を失いそうだった。

「プロポーズはしたんですか?」
「急に話題を変えるなよ」
「彼女とうまくいってます?」

 わたしったらなにを言っているんだろう。こんなことを聞いてどうするの?
 でも知りたい。佐野先生を悲しませているのがなんなのかを。
 佐野先生は答えをさがしているみたいに、じっと窓の外を眺めていた。そして、怖いくらいに冷静に言った。

「輝には関係ないだろう」

 佐野先生は一瞬にして、固い殻で身体を覆い、わたしを拒絶した。踏み込めないこの関係にさみしさを覚える。
 だけど、あきらめたくない。わたしには心を開放してほしい。

「佐野先生がずっと元気がなかったのは、彼女とのことが理由なんでしょう?」

 佐野先生が落ち込んでいた理由はなんとなくわかっていた。わたしの誘いを断らなかったのも、ふたりの関係に不満があって、その腹いせもあるのかもしれないと思った。本人は無意識なんだろうけど。
 でも無意識だからたちが悪い。彼女と一緒に食べたアイスをわたしにすすめてきてしまうのだから。

「輝ってけっこう鋭いんだな」
「よかったら相談にのりましょうか?」

 本当はこんなことを言いたくなかった。でもどうしようもなかった。佐野先生が本当に彼女のことを好きだと知っているからほかに言葉が思いつかなかった。
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