必要ないと言われたので、私は旅にでます。

黒蜜きな粉

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策謀交錯

第3話

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 その金の指輪が光った瞬間、リリアの胸が凍りついた。
 身体に力は入らないが、目だけがはっきりと見開かれる。

 そんなリリアの様子を見て、ミリエラが柔らかく微笑んだ。

「……あら。理解が早くて助かるわ」

 その声音は甘く、まるで子どもをあやすようだった。
 ミリエラはシーツをそっと掴み、リリアの身体を包み込むように抱き上げる。
 羽根のように軽やかな動き。けれど、その腕に宿る力からは逃れられなかった。

「大丈夫よ。怖くないわ」

 リリアは息を呑む。
 抵抗しようにも、腕も脚も自分のものではないように重い。

 ミリエラはリリアをベッドの上にそっと寝かせた。
 まるで眠る子を起こさぬように、静かに、丁寧に。

 リリアは困惑と恐怖の入り混じった瞳でミリエラを見上げた。
 その視線を受け、ミリエラは穏やかに微笑む。
 それは、これまでに見たことのないほど慈悲深い笑みだった。
 だが、その奥に宿るのは慈しみではなく、静かな残酷さだった。

「……ほんとうに、きれいな子」

 囁きながら、指先が頬から首筋へと滑る。
 絹を撫でるような柔らかさの中に、冷たい意志が宿っていた。
 肌の上を這う感触に、リリアの背筋が震える。
 呼吸が浅くなる。恐怖は音にならず、喉の奥で微かに震えた。

 ミリエラはその様子を見つめ、目を細めた。

「安心して。……すぐ終わるから」

 指先が鎖骨をなぞり、心臓の上で止まった。
 恐怖で早鐘のように鳴る鼓動に、ミリエラはうっとりと目を細めた。

「……ねえ、聞こえる? あなたの中で、生きてる音」

 優しさを滲ませた声で囁くと、彼女はその手にわずかに力を込めた。
 リリアの胸が、握りつぶされるように強く押さえつけられる。

「……ッ!」

 焼けつくような痛みがリリアの全身を貫く。
 息が詰まり、身体が跳ねた。
 ミリエラの指先が、まるで心臓を直接掴んでいるかのようだった。

 そのとき──

「いいかげんにしろ」

 鋭い声が響く。
 男がミリエラの手首を掴んで引き離した。

 ミリエラは抵抗もせず、掴まれた腕をそのまま預けるようにして微笑んだ。
 その笑みには、艶やかな毒が滲んでいた。

「……あら、我慢できないのですか?」

 妖艶な声音。
 まるで戯れの続きを誘うようだった。

 男は眉をひそめ、気まずそうに顔をそむける。

「馬鹿なことを言うな」

 低く震える声。
 ミリエラはその表情を見て、唇の端をわずかに吊り上げた。

「では、おじけづいたのですか?」

 あざけるような囁き。
 男の瞳に怒気が宿る。

 次の瞬間、彼はミリエラの手を乱暴に払いのけ、その勢いのままリリアの胸元を掴んだ。

 布が破れる音が、静寂を切り裂いた。
 上半身が冷たい空気に晒され、リリアは息を呑む。
 自身の上に跨る男を見た瞬間、これから起こることを悟り、血の気が引いていった。
 助けを求めるように、すがるような目で男を見上げる。

「馬鹿にするな」

 男は淡々とした口調で言い放つ。
 ミリエラは一瞬だけ目を細め、やがて満足げに微笑んだ。

「……ふふ。ごゆっくり」

 ねっとりとした声音で言い残し、裾を翻して扉へ向かう。
 だが、ミリエラがドアノブに手をかけた刹那、廊下の向こうから重く荒い足音が近づいてくる。
 ミリエラと男が顔をしかめた直後、扉が乱暴に開かれる。

「……リリア!」

 鋭い声が空気を裂く。
 姿を現したのは、カリムだった。
 視線がリリアに触れた瞬間、彼の表情が凍りつき、空気が張りつめる。
 ゆっくりと、剣の柄を握る音が静寂を震わせた。

「……お前ら、何を──」

「待て、カリム!」

 怒号を遮るように、ヴァルガンの声が飛ぶ。
 カリムの腕を掴み、押しとどめた。

「落ち着け!」

 低く、しかし確かな声。
 その言葉に、カリムは歯を食いしばり、剣を下ろす。
 彼はそのままベッドに歩み寄り、男を乱暴に引きずり下ろすと、リリアの身体を抱き起こした。
 まだ力の入らないリリアを腕の中で支え、自分の上着を脱いで肩にかける。

「もう大丈夫だ」

 その言葉に、リリアの瞳が潤んだ。
 押し殺していた涙が、こぼれそうになった。

 カリムはそれを見て、そっとリリアを抱きしめた。
 背を包み込むように、静かに、優しく。

 その光景を眺めながら、ミリエラがくすりと笑う。

「まあ……賢者の血筋を絶やさないために、早いところ子を身籠もってもらおうと思っていただけよ。子種は、どちらでも構わないけれど?」

 その一言に、ヴァルガンの表情が怒りで染まった。

「ふざけるな! 閣下の意向を無視して勝手をするな!」

 雷鳴のような声が響く。
 その怒気に、さすがのミリエラも一瞬だけ目を細めた。
 だがすぐに微笑を取り戻し、優雅な仕草で髪を払う。

「……あら。閣下の意向とやらが、どこまで届くかしら?」

 挑発めいた言葉だった。
 空気が再び張り詰めた。
 リリアは、カリムの胸の中で息を詰めながら、二人の対立を見つめるしかなかった。
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