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王都霊廟
第2話
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納骨堂の中に一歩足を踏み入れた瞬間、ひやりとした空気が頬を撫でた。
まるで、外の世界と見えない膜で隔てられた場所へ足を踏み入れたようだった。
中は闇に沈み、わずかな灯火が石壁を淡く照らしている。
呼吸をするたびに胸の奥がざらつき、瘴気の匂いが肺を満たした。
「こんなことって……どうして……」
リリアは言葉を失った。
静まったと聞かされていた異変が、嘘のように息を吹き返していた。
だが、目の前の光景は、幼いころから何度も訪れた霊廟の姿とはまるで違っていた。
空気そのものが黒く濁り、視界がかすんでいる。
ここまで酷い状態は、生まれて初めて見る光景だった。
「リリア……こりゃ、ひどいな……」
カリムが苦しそうに顔をしかめ、喉を押さえた。
瘴気の濃さに、息を詰まらせているのが分かった。
リリアは慌てて彼のもとに駆け寄り、その頬を両手で包んだ。
「ごめんなさい。少しだけ我慢してくださいね」
リリアはカリムと額を合わせ、静かに目を閉じた。
唇がゆっくりと動き、柔らかな旋律が零れ落ちた。
空気に淡い波紋が走り、鎮律の調べがカリムの体に流れ込んでいく。
瘴気の濁りが薄れ、周囲の冷気が一瞬だけ和らいだ。
「これで少しは苦しくなくなると思います。……でも、無理そうなら外で待っていてください」
そう言うと、カリムはむっとした顔で短く答えた。
「……馬鹿言うな。お前をひとりで行かせるかよ」
その強い声音に、リリアは小さく息を呑んだ。
──その瞬間、轟音が地下から響き渡った。
重い石が砕け、何かが崩れ落ちる音。
床がわずかに震え、石粉がぱらぱらと舞う。
「……今の音……!」
リリアが言いかけるより早く、カリムが動いた。
「さっさと行くぞ!」
短く叫び、リリアの手を掴む。
その手は熱く、けれど指先にはわずかに震えがあった。
リリアも頷き、二人は螺旋状の階段を駆け下りる。
冷たい空気が頬を切り、瘴気が足元にまとわりつく。
石壁に刻まれた祈りの紋が、ところどころ焼け焦げていた。
やがて、地下の一室へと続く大きな扉が目に入る。
「そんな……この扉が壊れるなんて……」
リリアは息を呑んだ。
古来より王族ですら通れぬはずの封印の扉が、無残に砕け散っていた。
その中心に走る鎮律の文様は、見る影もなく崩れ落ちている。
ただならぬ異変に、彼女の背筋が凍った。
視線を交わし、カリムが剣に手を添える。
リリアは息を整え、一歩前へ。
二人は壊された扉の奥へと足を踏み入れた。
地下の一室は、何かが息を潜めているように静まり返っていた。
空気が張りつめ、時間さえ止まったように感じられる。
そこに、一人の少女が立っていた。
「……セラさん?」
少女は背を向けたまま、ぴたりと動きを止めた。
返事がない。空気だけが、ゆっくりと沈んでいく。
やがて、首だけがゆっくりとこちらを向いた。
身体は正面を向いたまま、視線だけがぐるりと回る。
その不自然な動きに、冷たいものがリリアの背を走った。
「ああ、やっと来たのね」
セラは無邪気に笑っていた。
少女らしい笑顔なのに、底知れぬ狂気を秘めている。
その手の中には、見覚えのある銀色の鈴。
リリアが無くした、祖母の鈴が握られていた。
「それは……!」
「探してたんでしょ? 返してあげてもいいけど」
セラは「でもね」と楽しそうに目を細め、ためらいなく鈴を振った。
──しゃららら――ん。
一瞬の静寂。
そして、音が濁った。
──しゃらら……ら……ら。
本来なら澄んだ高い音色を放つはずの鈴が、どこか歪んで響いていた。
まるで鋭い爪で壁をひっかいたような、耳の奥をざらつかせる不快な音。
拍が逆立ち、封印の律と噛み合わない音がぶつかり合う。
空気がびりびりと震えた。
美しいはずの音色が、耳を裂くような悲鳴に変わっていく。
その音に呼応するように、霊廟の底に沈んでいた瘴気がうねり始めた。
光のない、真っ黒な波が、納骨堂の空気を呑み込んでいく。
そして、音が消えた。
まるで、外の世界と見えない膜で隔てられた場所へ足を踏み入れたようだった。
中は闇に沈み、わずかな灯火が石壁を淡く照らしている。
呼吸をするたびに胸の奥がざらつき、瘴気の匂いが肺を満たした。
「こんなことって……どうして……」
リリアは言葉を失った。
静まったと聞かされていた異変が、嘘のように息を吹き返していた。
だが、目の前の光景は、幼いころから何度も訪れた霊廟の姿とはまるで違っていた。
空気そのものが黒く濁り、視界がかすんでいる。
ここまで酷い状態は、生まれて初めて見る光景だった。
「リリア……こりゃ、ひどいな……」
カリムが苦しそうに顔をしかめ、喉を押さえた。
瘴気の濃さに、息を詰まらせているのが分かった。
リリアは慌てて彼のもとに駆け寄り、その頬を両手で包んだ。
「ごめんなさい。少しだけ我慢してくださいね」
リリアはカリムと額を合わせ、静かに目を閉じた。
唇がゆっくりと動き、柔らかな旋律が零れ落ちた。
空気に淡い波紋が走り、鎮律の調べがカリムの体に流れ込んでいく。
瘴気の濁りが薄れ、周囲の冷気が一瞬だけ和らいだ。
「これで少しは苦しくなくなると思います。……でも、無理そうなら外で待っていてください」
そう言うと、カリムはむっとした顔で短く答えた。
「……馬鹿言うな。お前をひとりで行かせるかよ」
その強い声音に、リリアは小さく息を呑んだ。
──その瞬間、轟音が地下から響き渡った。
重い石が砕け、何かが崩れ落ちる音。
床がわずかに震え、石粉がぱらぱらと舞う。
「……今の音……!」
リリアが言いかけるより早く、カリムが動いた。
「さっさと行くぞ!」
短く叫び、リリアの手を掴む。
その手は熱く、けれど指先にはわずかに震えがあった。
リリアも頷き、二人は螺旋状の階段を駆け下りる。
冷たい空気が頬を切り、瘴気が足元にまとわりつく。
石壁に刻まれた祈りの紋が、ところどころ焼け焦げていた。
やがて、地下の一室へと続く大きな扉が目に入る。
「そんな……この扉が壊れるなんて……」
リリアは息を呑んだ。
古来より王族ですら通れぬはずの封印の扉が、無残に砕け散っていた。
その中心に走る鎮律の文様は、見る影もなく崩れ落ちている。
ただならぬ異変に、彼女の背筋が凍った。
視線を交わし、カリムが剣に手を添える。
リリアは息を整え、一歩前へ。
二人は壊された扉の奥へと足を踏み入れた。
地下の一室は、何かが息を潜めているように静まり返っていた。
空気が張りつめ、時間さえ止まったように感じられる。
そこに、一人の少女が立っていた。
「……セラさん?」
少女は背を向けたまま、ぴたりと動きを止めた。
返事がない。空気だけが、ゆっくりと沈んでいく。
やがて、首だけがゆっくりとこちらを向いた。
身体は正面を向いたまま、視線だけがぐるりと回る。
その不自然な動きに、冷たいものがリリアの背を走った。
「ああ、やっと来たのね」
セラは無邪気に笑っていた。
少女らしい笑顔なのに、底知れぬ狂気を秘めている。
その手の中には、見覚えのある銀色の鈴。
リリアが無くした、祖母の鈴が握られていた。
「それは……!」
「探してたんでしょ? 返してあげてもいいけど」
セラは「でもね」と楽しそうに目を細め、ためらいなく鈴を振った。
──しゃららら――ん。
一瞬の静寂。
そして、音が濁った。
──しゃらら……ら……ら。
本来なら澄んだ高い音色を放つはずの鈴が、どこか歪んで響いていた。
まるで鋭い爪で壁をひっかいたような、耳の奥をざらつかせる不快な音。
拍が逆立ち、封印の律と噛み合わない音がぶつかり合う。
空気がびりびりと震えた。
美しいはずの音色が、耳を裂くような悲鳴に変わっていく。
その音に呼応するように、霊廟の底に沈んでいた瘴気がうねり始めた。
光のない、真っ黒な波が、納骨堂の空気を呑み込んでいく。
そして、音が消えた。
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